結果および考察

1 3地域の植物相

 調査した3地域では、足尾町で56種、草木ダム周辺で43種、桐生市で52種の合計119種の植物の生育が確認された。慶野(2005)により、足尾町から桐生市にかけての渡良瀬川の河川敷に多量のハリエンジュが生育していることが確認されているのと同様に、3地域いずれにおいても、外来木本植物種であるハリエンジュの生育が確認された(表1表2表3)。外来木本種で生育が確認されたのは、この一種だけであった。

 足尾町では、木本種31種中、山野・山地を主な生育地とする落葉木本種が28種確認された(表4)。フサザクラ、ヤマヤナギ、ネコヤナギは、主として山地の渓流地に生育する種であり、足尾の河川植生が、より自然状態に近い形に維持されていることを示唆しているといえる。

 草木ダム周辺では、落葉木本種が30種確認された(表5)。このうちネコヤナギは、主として山地の渓流地に生育する種であり、草木ダム周辺の植生が、部分的ではあれより自然状態に近い形に維持されていることを示唆しているといえる。また他の2地点と比べると、ツル植物が6種と多く確認された。これは、一般に林縁のような光環境が比較的良い立地では、マント群落(樹林を包み込むようにツルを茂らせる)と呼ばれるツル植物種の多い群落が成立することと同様であると考えられる。ダム周辺の道路沿いで、道路が切り開かれたことによってある程度光条件が改善されたことが影響したものと推察される。KD1、KD2のダム側は、ダムや発電所の建設によって植生が切り開かれた地点であり、クズやイタドリなど、荒地に生える草本植物種の生育が確認された。

 桐生市では、草本種42種中、外来草本植物種が10種確認され、すべての生育種が発見・同定できたわけではないが、得られたデータをもとにして外来種の比率を算出すると21%であった(表6)。桐生市においては、コセンダングサ、セイタカアワダチソウ、オオブタクサなど、全国の人為的攪乱を受けた河川敷で多くみられる外来種の繁茂がみられた。桐生市内の河川敷植生はより強い人為的破壊を受けていることが示唆される。しかし、外来草本植物が多く確認された一方で、ヨシ、オギ、ススキといった草丈の高い在来のイネ科草本種の生育も確認された。

 本来、年に数回程度の頻繁な洪水・増水があると、河川敷にはヤナギ、サワグルミなどの在来木本種や、オギ、ススキなどの在来草本種が生育する(星野・清水2005)。KR3はハリエンジュの優占するKR2に隣接した、同じ河川敷にある地点であるが、オギ、ヨシ、ススキなどイネ科の草丈の高い在来種が優占し、これらに這い上がって生育するクズ、ヘクソカズラなどのツル性植物も生育していた。しかしハリエンジュの生育は見られなかった。ハリエンジュはこれらの草丈の高い植物が繁茂する地点では、被圧されて生育が困難なのではないかと推察される。逆に、ハリエンジュが樹林化しているKR4、KR6の2地点では、林床にはチヂミザサ、ツユクサが多数みられたが、その他の植物は非常に量が少なかった。

 1998(平成10)年に大きな洪水があり、草木ダムの水が放水されてから、ハリエンジュが急増したという報告がある(星野・清水2005)。ハリエンジュが樹林化しているKR4、KR6では、上流に蓄積されていたハリエンジュの種子が、この放水によってこれらの地点に漂着し、それ以降は、洪水による攪乱の頻度が少なかったため定着したのではないかと考えられる。また、ハリエンジュは倒木や根から萌芽し、再生する(星野・清水2005)為、洪水の際に倒木したところから増加し、樹林化したと考えられる。

 KR5?では、ネコヤナギ、カワヤナギなど、本来川辺に生育する木本植物種が確認された。この地点は草木ダムの設置によって水位が下がったために、現在では1mほど比高が高くなっているが、植生は本来の河川敷植生が依然として存続しているものといえる。またKR5?は丸石河原であり、植生は非常に貧弱で、冠水に強いツルヨシと、一年生草本が数種生育しているのみである。これは、この地点が現在も頻繁に渡良瀬川の冠水にみまわれることが原因であると考えられる。

2 ハリエンジュの種子発芽特性

温度依存性

 ハリエンジュの種子は、30℃/15℃、25℃/13℃、22℃/10℃の温度条件区で発芽速度が早く(図9)、また最終発芽率も94〜97%と高くなった(表7)。17℃/8℃区では、上記の高温条件区よりも発芽し始めるのが遅れたが、最終発芽率は90%を越え、高温条件区に匹敵する値となった、10℃/6℃、4℃の低い温度区でも、時間をかければ発芽する可能性はあるものの、今回の実験ではそれぞれ51%、4%と、高温条件区に比べると低い値となった。

 2004年に行われた実験結果(慶野2005)では、ハリエンジュの種子は低温条件の方の最終発芽率が高くなるという、今回とは逆の結果が示された。この相違は、実験方法の違いに起因すると考えられる。すなわち、慶野の実験は種子の不透水性解除、発芽阻害物質の除去に時間がかかり、高温条件区において種子の発芽能力が損なわれ、低温条件区においては、今回の2倍近くの時間にわたって培養が行われたことが原因であると推察される。

 いずれにしても時間をかければどの温度条件でも高い最終発芽率が得られることになる。したがって、ハリエンジュは今後も、広汎な気候帯の地域で発芽し、繁茂する危険性があると考えられる。

発芽阻害物質

 ハリエンジュの種子は、カッターで傷をつけた場合の最終発芽率(89%、96%)に比べ、無傷の状態であるコントロールでは吸水力が弱く、最終発芽率が13%と、発芽率が低くなることが明らかになった(図10表7)。さらに、カッターで傷をつけた後に水洗いした方(96%)が、カッターで傷をつけただけ(89%)より、最終発芽率が高かった。以上の結果より、ハリエンジュの種子が高い最終発芽率を得るためには、種皮の不透水性が解除され、また種皮に含まれる発芽阻害物質が除去されることが必要であることが明らかになった。

 こうした種子特性を持つハリエンジュの種子にとっては、河川敷は、風雨にさらされたり、川に流されたりして、種皮に傷がつくのにも発芽阻害物質が洗い流されるのにも好適な立地であるといえる。このことが、ハリエンジュが河川敷で猛威を振るっている原因の1つと考えられる。また、これらの発芽条件を満たすには、野外では相応の時間がかかると考えられ、その間にハリエンジュの種子は川に流され遠くに運ばれるとも推察される。したがって、種皮の不透水性と芽阻害物質は、広範囲でハリエンジュが繁茂することを可能にしていると推察される。

3 土壌窒素濃度

 計7地点において採取した土壌の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計の窒素濃度の平均値は、KD5、KR3、KR4、KR6において、42〜66mg/Lと高かった(表8図11)。特に、KR4、KR6での濃度は、それぞれ51mg/L、66?/Lと一段と高い値であった。KR4は桐生大橋において、KR6は松原橋において、ハリエンジュが樹林化している地点である。硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度別に見ると、この2地点は硝酸態窒素濃度が他の地点より高かった(図12)。ハリエンジュはマメ科の植物で、窒素ガスを硝酸態窒素に固定する根粒菌と共生している。このためハリエンジュが樹林化した地点では、土壌中の硝酸態窒素濃度が高くなると考えられる。KD5は、本来の山地渓流植生がある程度存続している地点であり、リター(落葉、落枝などの植物遺体)が豊富に蓄積している地点である。このため、土壌窒素濃度が比較的高いものと推察される。KR3は在来種が優占し、ハリエンジュも殆ど見られない地点であるが、土壌窒素濃度は42?/Lと高かった。ここにはマメ科のクズが生育しているため、ハリエンジュと同様に、クズと共生する根粒菌の影響で、このような高い土壌窒素濃度になっていると推察される。

 A4、KD6、KR5における三態合計の土壌窒素濃度の平均値は、21〜25?/Lと、上記の窒素濃度の高い地点に比べ、2分の1〜3分の1程度の低い値となった(図11)。A4は足尾の親水公園の直近にある砂礫河原で、植物の生育密度が低くて未熟土となっており、ハリエンジュの数も少ない地点であるため、このような低い値になったと考えられる。KD6は、草木ダムの水面直近の地点で、漂着した種子から多数のハリエンジュの稚樹が成立し、それ以外の植物種の少ない地点である。ハリエンジュの約1m以下の部分の葉がすべて枯れていることから、時々1m程度の増水・冠水にみまわれると思われる。土壌は砂礫からなる未熟土であるが、それでも硝酸態窒素濃度がA4やKD5より高くなっていた(図12)のは、ハリエンジュの影響であると推察される。KR5は丸石河原で、KD6地点と同様に、時々増水・冠水があると思われる地点であるが、A4と同様に植物の生育密度が低くて未熟土となっており、ハリエンジュの数も少ない地点であるため、このような低い値になったと考えられる。

 KD6は、草木ダムの水面直近であるが、特別に窒素濃度が高くは無かったことから、ダムによる水質の直接的な影響は見られず、ハリエンジュやクズなどマメ科の植物の影響、リターが多い土壌かどうか、未熟土であるかどうかという地点の相違が影響していると言える。


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