植物相調査の結果、渡良瀬川上流の足尾町の山に植林したハリエンジュは、中流の草木ダム周辺、下流の桐生市まで、河川敷の広範囲に生育していることが確認された。ハリエンジュの種子の発芽実験で確認されたように、ハリエンジュの種子は、河川で流されて種皮に傷がついて不透水性が解除され、さらに発芽阻害物質が洗い流されると高い発芽率を獲得する。したがって、川の上流域で引き続きハリエンジュが旺盛な種子生産を続けることができるならば、下流ではさらにハリエンジュの生育範囲が拡大する恐れがあると考えられる。土壌窒素濃度分析結果によれば、ハリエンジュを植林した足尾町よりも、ハリエンジュが拡大した下流の河川敷で土壌窒素濃度が高い地点が複数みられた。足尾鉱毒事件の際と同様に、河川の上流域で起こった汚染、環境変化は、下流にまで影響を及ぼしているのである。
また、在来植物が多く、ハリエンジュがほとんど生育していない地点でも、河川敷が洪水・増水で攪乱を受けないために、クズなどのマメ科在来植物が繁茂して、土壌窒素濃度が高くなっている場合があった。この地点は、オギやヨシなど、草丈の高い在来種が多く、これらに被圧されるためかハリエンジュは生育していなかった。しかしもし頻繁な洪水・増水以外の人為的攪乱(河川改修工事など)によってこの植生が壊された場合には、隣接地と同様にハリエンジュが一気に侵入し、樹林化する危険性がある。これ以上ハリエンジュや外来植物を侵入させないためには、現在ある在来植物を保全することが大切であると考えられる。
ダムにより水がせき止められ、河川の増水頻度が少なくなると、ダム下流の中流域では河川敷が土壌流出やマメ科植物の除去といった攪乱を受けにくくなり、また土壌が灌流されることも少なくなる。そうなるとリターが蓄積され土壌窒素濃度が高くなり、栄養要求性の高い、競争に強い在来・外来の植物種のみが優占するようになることが、本研究で示唆された。日本の河川敷における在来植物種の多くは、貧栄養に適応しており競争に弱い種であるので、このような環境変化にさらされると衰退する危険性が懸念される。実際本研究の結果でも、ハリエンジュの樹林の下では、生育する植物種数は非常に少ないことが示された。ハリエンジュの駆除には、綿密な抜根と、適度な洪水により土壌を入れ替え、ハリエンジュの種子が停滞しないようにし、在来植物が生育しやすい土壌環境を整える必要がある。
ダムによる洪水の調節は、私たちの生活に安心をもたらしてくれるが、下流の自然環境の保全・再生のためには、適度に水を放水し、河川敷がある程度の頻度で自然攪乱を受けることが必要であると考えられる。