結果および考察

植物相調査
アドバンテスト・ビオトープ
 アドバンテスト・ビオトープでは、2012年度(4〜10月)の計6回の植物相調査により、在来種59種、外来種23種の計82種の生育と開花が確認された(表3)。これまでの調査では、2008年には在来種94種、外来種38種の計132種(高橋 2009)、2009年には在来種86種、外来種33種の計119種(鈴木 2010)、また、2010年は在来種66種、外来種32種の計98種(青木 2011)、昨年の2011年には在来種68種、外来種27種の計95種(松田 2012)の生育と開花が確認された(図6)。年によって確認できなかった種もあるため、全生育種数を毎年確認できているわけではないが、新規確認種を含めて生育している在来植物種数は、引き続き動的平衡状態にあるものと考えられる。
 今年度も昨年に引き続きフジバカマ(写真4)、ミゾコウジュ(写真6)といった湿地生絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。2011年にミゾコウジュは修景緑地にて推定500個体以上の生育と開花が確認された(松田 2012)。本種は個体数の変動が大きく、2009年、2010年はともに多数の生育が確認された(鈴木2010;青木2011)が、2008年は確認された個体数が少なかった(高橋 2009)。近年の大量開花によって多数の種子が生産されたと考えられるので、今後も継続的に生育・開花していくと期待される。
 一方、フジバカマは、アドバンテスト内の盛り土に移植したフジバカマが今年初めて開花した(写真5)。草刈り管理がうまく行われなかったことにより2011年までの個体数は少なかったが(松田 2012)、これをふまえ、今年度はフジバカマの主な生長期に入る前(7月以前)に草刈りを行い、十分な光環境を整えたことでフジバカマの生長を促したと推測される。
 高橋(2009)は2008年、板倉町内の谷田川土手において、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマと同様に三裂葉がはっきりしないタイプのフジバカマを確認した。板倉地域内ではフジバカマの他にもミゾコウジュ、ミコシガヤの生育が確認されていることから、アドバンテスト・ビオトープは周辺地域とともに谷田川、渡良瀬流水池と生態系としてのネットワークを形成しており、これらの地域間で生物種の移動・流入が起こっているものと推測される(高橋 2009)。
 他にも館林市の畑地で生育が確認されている(松澤ら 1995)エノコログサ、オオバコ、ヒナタイノコヅチや、休耕田や湿地で確認されているイヌタデ、ウシハコベ、オニタビラコ、カモジグサ、キュウリグサ、トキワハゼ、ヤナギタデなど多くの在来種がアドバンテスト・ビオトープ内で生育が確認された。オニタビラコ、キュウリグサといった里山に生育する植物も含まれており、アドバンテスト・ビオトープは周囲の環境に恵まれ、これからも地域間での生物種の移動・流入が期待できる。もちろん、移動・流入されるのは在来種だけではないので、外来種の侵入には引き続き注意する必要がある。
 また、当研究室で栽培しているアサザを2012年9月20日にアドバンテスト・ビオトープ内のせせらぎに移植したので、これらが定着し開花することも期待したい。アサザは2000年の群馬県のレッドデータブックでは県内絶滅とされたが、2000年代中頃に伊勢崎市の男井戸川調整池(当時は休耕田)の近くの天野沼池で復活が確認された。その後休耕田に移植され、調整池の造成前の2008年よりに当研究室によって大学構内に移植・増殖させている。アサザは10cmほどの水位を好み、水に流されやすいので、大雨の際には注意が必要である。今年移植したアサザも、大雨による洪水で半分程が流されてしまったことが2012年10月25日に確認された。定着するまでは植木鉢に植え、鉢ごと沈めておくなどの工夫が必要である。
 2012年の調査での出現植物の総種類に占める外来種の割合(帰化率)は約28%であった。2010年度の調査では33%、2011年度は29%であった。(青木 2011;松田 2012)これまでの調査では、19%(2006年)〜45%(2002年)であったことから、今年度も昨年に続いて平衡状態であったといえる。2011年に生育が確認された外来種のうち、セイタカアワダチソウ、ヒメモロコシ、カモガヤ、メリケンカルカヤ、ワルナスビは、地下茎や種子により旺盛に繁殖するため完全な駆除が困難となっている(松田 2012)。今年度も、セイタカアワダチソウ、ヒメモロコシなどの外来種が多数確認された。セイタカアワダチソウは、調査の際に引き抜き作業を行っても根強く繁殖していた。しかし、引き抜きまたは刈り取りにより勢力を抑制していくことは可能なので、今後も継続して勢力抑制を図る必要がある。また、2011年に確認されず2012年に確認された種は計31種で、うち9種が外来植物であった。中でもイヌムギ、コセンダングサ、アメリカネナシカズラは要注意外来生物なので注意が必要である。
 また、チノー・ビオトープでは、在来種100種、在来種47種の計147種の生育と開花が確認され、帰化率は約32%であった(都丸 2013)。その中にはカワジシャ、ミゾコウジュ、コギシギシといった絶滅危惧種が確認された。帰化率はアドバンテスト・ビオトープより高いが、生育する在来種の中には里山植物も多数存在し、絶滅危惧種の生育も安定している。チノー・ビオトープ内の池にもアドバンテストと同様にアサザを移植した他、盛り土の上部にフジバカマを移植したため、今後これらの定着に期待したい。

男井戸川調節池(伊勢崎市豊城町)
 男井戸川調節池では、2012年度(5〜10月)の計4回の植物相調査により在来種37種、外来種27種の計64種が確認された(表4)。2010年の植物相調査で生育が確認されたのは、在来種13種、外来種6種の計19種(青木 2011)であったことから、2012年3月の調節池完成後、早くも多様な植物が生育できる環境が形成されつつあると考えられる。
 また、これらの植物の中には、水田・湿地、畑地雑草が多数出現しており、これは当地が水田として利用されていた時期に形成された永続的土壌シードバンクから発芽したものと考えられる(青木 2011)。当地は、市街地と水田地の境にあり、周辺に水田が多く存在している。5km南東には石田川があり、2009年の石田川流域・世良田周辺の調査では在来種27種、外来種7種の生育が確認され、うち2種が絶滅危惧種、希少種(ミズマツバ、ミズワラビ)であった。ミズワラビは農薬使用に負けて全国的に減少しているが、世良田周辺の休耕田は、雑草防除に農薬を使用していないため、生育が可能であったと考えられる(江方 2009)。
 このように、当地は周辺の環境に恵まれ絶滅危惧種が生育しやすい環境にあり、生物の保護上の重要性が高い地域であるといえる。2008年の調査では、直近の自生地から導入されたアサザをはじめ、オモダカ、カワジシャ、シャジクモの計4種の絶滅危惧種の生育が確認された(高橋 2009)。2010年には準絶滅危惧種であるカワジシャの生育が確認され(青木 2010)、今年度の調査では、前回の調査に続き準絶滅危惧種であるカワジシャの生育と、さらに新たに準絶滅危惧種のミゾコウジュおよび絶滅危惧II類のコギシギシを当地の斜面と住宅側の平地で確認することができた。
 また、アドバンテスト・ビオトープ、チノー・ビオトープと同様に、当研究室で栽培しているアサザを9月22日に当地内の池に移植したので(写真10)、これらが定着し開花することを期待したい。

発芽の温度依存性実験
フジバカマ(キク科、多年草、Eupatorium japonicum)(写真5):国指定準絶滅危惧種
本種は関東地方以西(本州、四国、九州)に分布するキク科の多年草で、野原や河原に生育している。かつては秋の野草の代用として七草に含められていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立て、護岸工事などによる自生地の消失や除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷 1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリストでは絶滅危惧ⅠB類に指定されている(群馬県 2012)。
谷田川で2011年に採取した種子においては、2ヶ月間の冷湿処理を施した後に最適温度である25/13℃(松田 2012ほか)で培養した最終発芽率は47.3%となった(表5図7)。アドバンテスト・ビオトープで2011年に採取した種子においては、同様の培養条件下での最終発芽率は50.7%と、谷田川産の種子とほぼ同じ値となった(表5図7)。
アドバンテスト・ビオトープで採取したフジバカマの種子を用いた発芽実験は、高岩(2007)と高橋(2009)と松田(2012)が行っており、冷湿処理を施さなかった場合の最大発芽率は14%(高岩 2007)、2ヶ月間の冷湿処理を施した後は4%(高橋 2009)、1ヶ月間の冷湿処理を施した後は12%(松田 2012)と、いずれも低かった。一方、谷田川で採取した種子を用いた発芽実験では、2ヶ月間の冷湿処理を施した場合の最大発芽率は24%(鈴木 2010)、1ヶ月間の冷湿処理を施した場合は50.6%(青木 2011)、54.7%(松田 2012)と、アドバンテスト産の種子よりも高い値となった。
アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマは、その起源と考えられる谷田川の個体群よりも種子の発芽能力あるいは種子の稔実率自体が低くなっていると考えられ、その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の未熟や劣化によるものではないかと推察されていた(松田 2012)。
このため2010年から、近隣の谷田川のフジバカマ個体群由来の種子から栽培して移植を開始した(青木 2011)。しかし2012年の調査において、青木(2011)が植栽したフジバカマの生育が順調でないことが確認された。この植栽地は周囲の樹木が生長したことに加え、平坦面で他の植物が繁茂するため、フジバカマが日陰になり生育が悪かったと考えられる。そこで2011年には、谷田川産種子から栽培したフジバカマおよび谷田川産のフジバカマの挿し木を本ビオトープ内のせせらぎ横の盛り土上に移植した(松田2012)。これらは生育が良好で、2012年9月20日には移植個体初の開花が見られた。
2012年に行った発芽実験でアドバンテスト産と谷田川産種子の間で最終発芽率に差が見られなかったことは、アドバンテスト・ビオトープ内に継続的な移植を行ったことで、近親交雑や花粉不足の問題が解消されてきたためと推察される。今後は、これらの移植したフジバカマの生存・生育状況について、継続的な調査を行う必要がある。

ミゾコウジュ(シソ科、年越草、Salvia plebeian)(写真6):国指定準絶滅危惧種
本種は本州、四国、九州、沖縄に分布するシソ科の越年草で、水辺の裸地的な立地に生育する。国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリスト2012年版でも準絶滅危惧種に指定されている(群馬県 2012)。
本種の最適温度である30/15℃(高橋 2009;青木 2012)で培養した最終発芽率は、アドバンテスト産、チノー産ともに97.3%と高い値になった(表5図8)。
本種の発芽実験は、依田(2006)、高橋(2009)、青木(2011)、松田(2012)が行っており、高い温度区(20/10℃〜30/15℃)で発芽率が高く(52.0%〜94.6%)、10/6℃での発芽率はいずれも7.3%以下であった。そのため、今年の発芽実験は、30/15℃の温度区1つのみで行った。
これらの結果から、本種の種子は生産・散布された翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクを形成しないものと推察される。したがって本種は生育中の個体群が何らかの破滅的な影響を受けると、土壌シードバンクからの再生は望めないことになる。本種の野外での発芽適地の確保や、野外生育中の個体群の生長・生存を可能にするための、断続的な草刈り管理などが不可欠といえる。また種子を人工的に保存して、個体群の維持を保障することも効果的と考えられる。
アドバンテスト・ビオトープにおいては、2011年に隣の修景緑地でミゾコウジュが大量発生したものの、ビオトープ内での生育地点は数地点であり、個体数もそれほど拡大していない。このため2011年に種子を大量に採取し、冷蔵庫内で保管中である。

フジバカマの挿し木
フジバカマの苗を先、上、下の2区に切り分けて挿し木をした結果、上部を挿し木したものの活着率は約87.1%、下部は約96.8%と高い活着率を示し、2011年の実験(松田 2012)と同様に根に近い部分ほど活着率がよいという結果が得られた(図9)。2011年の実験(松田 2012)では、フジバカマの苗を上、中、下の3区に切り分けて挿し木をした結果、先の部分を挿し木したものの活着率は約63%、約中は74%、元は約85%となった。苗を2区に切り分けたことで活着率は大きく上がった。このように、フジバカマの個体数を増やす方法として挿し木は有効であると考えられる。

異なる光環境条件下で栽培した絶滅危惧植物の生長解析
フジバカマ(Eupatorium japonicum)の越年苗:国指定準絶滅危惧種
フジバカマ越年苗の個体地上部乾燥重量は、4月の初回サンプリング時に約4.06 g、6月には0.72(3%区)〜2.04g(100%区)であったものが、8月のサンプリング時には100%区で約6.59 gと初回より大きくなった以外、約0.46 g(3%区)〜約0.97 g(13%区)と小さくなった(表6図10111213)。
フジバカマ越年苗の地上部の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では4月−5月期から6月−7月期にはマイナスの値となり、7月−8月期には約0.0087とわずかにプラスの値となったが、8月まで生存した個体は1個体しかなく、他は枯死した(表7図10)。9%区でも同様に、全ての月期でマイナスの値となった(表7図11)。13%区でも4月−5月期から6月−7月期にはマイナスの値となり、7月−8月期では約0.0062とわずかにプラスの値となった(表7図12)。100%区では4月-5月期では約−0.0164とマイナスの値になった以外は、5月−6月期では約0.0113、6月−7月期では約0.0103、7月−8月期では約0.0134と、他の光条件区と比較して最も高い値となった(表7図13)。
 以上の結果よりフジバカマ越年苗は、相対光量子密度が100%近い裸地的な環境でないと生長できないことが明らかになった。本種は他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が悪くなると考えられる。また100%区のフジバカマ越年苗の地上部の相対生長速度は、夏期の7月−8月に最も高く、5月−6月、6月−7月にかけてもプラスの値となった。フジバカマの生育地である谷田川では、初夏以降はカナムグラやカラスウリ、ヤブガラシといったツル植物の繁茂が著しい。このためフジバカマは、光を獲得して開花・結実のための光合成生産を確保するために、競合種に先んじて生長する生存戦略を有していると考えられる。今回の実験で4月−5月期の相対生長速度の値が低い値となったのは、4月に採取した初期サンプルの個体が大きすぎたためであると推察される。
各個体の葉の厚みを葉面積/葉重量の比で表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、3%区で0.0501〜0.0784、9%区で0.0347〜0.0430、13%区で0.0321〜0.0398、100%区で0.0176〜0.0246と相対光量子密度が低い区ほど高くなり、特に3%区で著しく高い値となった。これは光の少ない生育条件に対する適応反応として多くの植物にみられるもので、少ない光合成産物を用いて薄い葉を生産することで、より広い葉面積を得ようとする反応である。
青木(2011)は7月から8月において、今回と同様の光条件下(相対光量子密度3%、9%、13%、100%)でフジバカマの実生を栽培した結果、裸地のような光環境であればよく生長することを示した。松田(2012)は7月から10月にかけて裸地でフジバカマを栽培した結果、生長のピークが7月以前にある可能性も考えられることを示した。
以上の結果から、フジバカマが最も生長する時期は夏季の7月-8月であることが明らかになったが、5月−7月にかけてもフジバカマの生長期であることが示された。すなわちビオトープの草刈り管理においては、初夏から夏季に十分な光がフジバカマに当たるように、スケジュールを組まなくてはならないといえる。
しかし初夏から夏季の草刈りなどで草体が失われると、フジバカマは開花・結実に至れない危険性があると考えられる。実際、矢場川の生育地においては夏季に草刈りがおこなわれたため、フジバカマは全く開花していなかった。フジバカマの安定的な生育、増殖を促進するためには、里山保全の一手法である下草刈りによってフジバカマまで刈ることがないように、フジバカマの草丈がまだ小さい5月までに草刈りを行うか、初夏以降に行う場合はフジバカマ以外のの草を選択的に刈る必要があると考えられる。

ミゾコウジュ(Salvia plebeian):国指定準絶滅危惧種
ミゾコウジュ実生(アドバンテスト産)の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.12 gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.13 g(3%区)〜約0.93(100%区)であった。本種実生(チノー産)の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.42 gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.54 g(3%区)〜約1.69(100%区)となった(表8図14)。
ミゾコウジュ実生の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では約0.004(アドバンテスト産)および約−0.004(チノー産)、9%区では約0.048(アドバンテスト産)および約0.021(チノー産)、13%区では約0.056(アドバンテスト産)および約0.023(チノー産)、100%区では約0.064(アドバンテスト産)、約0.035(チノー産)となった(表9図1415)。チノー産の実生はアドバンテスト産と比較するとやや低い値を示したが、どちらの実生も裸地的な光環境下で高い値を示した。すなわち、本種は裸地的な非常に明るいところでよく生長するが、他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。このことは、本種が主に陽当たりのよい通路沿い(ミゾコウジュの名の由来)といった明るい環境下に分布する理由の一つであること推察される。また本種の生育を促進するためには、周辺の植物を刈り取って、できる限り陽当たりを良くすることが重要であるといえる。
各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最大(それぞれ0.050、0.029)、100%区で最小(0.023、0.018)となった(表9図1415)。
光合成活性を表す純同化率(NAR, g g-1 day-1)は、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最小(それぞれ0.083、-0.117)、100%区で最大(3.82、2.60)となり、特に13%以下の光条件区で著しく低い値となった(表9図1415)。
以上の結果から、本種のRGRが光条件の明るい区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性が明るい区ほど高くなったためと考えられる。
各個体の葉の厚みを葉面積/葉重量の比で表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最大(それぞれ0.086、0.054)、100%区で最大(0.021、0.019)と、相対光量子密度が低い区ほど高くなった(表9図1415)。
器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、3%区ではおよそ65%〜80%、100%区ではおよそ50%程度と相対光量子密度が低い区ほど高くなった。茎の重量比であるSWRは3〜13%区でおよそ10%前後と大差は見られず、100%区でおよそ5%程度と低い値を示した。根の重量比であるRWRは、3%区でおよそ15%〜25%程度、100%区でおよそ45%〜50%程度と相対光量子密度が低い区ほど低くなった。
SLA、LAR、LWRのこれらの反応は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より多くの光合成産物を葉に投資し、またより薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし本種においては、暗い環境下ではNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまったと考えられる。
青木(2011)は7月から8月に異なる光条件下(相対光量子密度3%、13%、100%)でミゾコウジュを栽培した結果、裸地のような光環境であればよく生長することを示した。相対光量子密度100%区(裸地)で栽培したミゾコウジュは、RGRが約0.1、NARが約4.2、LARが約0.04と、今回の結果と比べるとRGR、NAR、LARの値がそれぞれ高かった。これは青木(2011)が栽培中に液肥(ハイポネックス)を与えていたが、今回は与えてないためと考えられる。
以上の結果から、本種が陽当たりの良い通路沿いといった明るい環境下に分布するのは、そこが光合成生産と重量生長において生育適地であるからといえる。

アサザ(ミツガワシ科、多年草、Nymphoides peltata
 アサザは2000年の群馬県のレッドデータブックでは県内絶滅とされたが、数年前に伊勢崎市のやたっぽり遊水池(当時は休耕田)の近くの天野沼池で復活が確認され、その後休耕田に移植され、遊水池の建設前に当研究室によって大学構内に移植・増殖させている。これをやたっぽり遊水池、アドバンテスト・ビオトープ内の池に移植した。
本種実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約1.96g(100%区)、約0.93〜1.75g(3%区〜13%区)と推定され、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約1.17g(100%区)、約0.49〜0.63g(3%区〜13%区)となり、すべての光条件下で重量の低下が見られた。その中でも、重量の低下が最も小さかったのは100%区であった(表10)。
アサザの相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では−0.017、9%区では−0.011、13%区では−0.017、100%区では−0.010となった(表11図16)。すなわち、アサザは明るい光環境下であれば良く生長する可能性があると考えられるが、今回の実験ではすべての実験区でRGRがマイナスとなったため、断定できない。
このようにアサザの生長が悪かったのは、水深が深すぎたことが原因と推察される。今後は、水深を浅くして栽培実験をやり直す必要がある。
2012年7月にチノー・ビオトープ内の池に移植したアサザは、裸地的な光環境下でよく生育していることから(都丸 2013)、アサザの安定的な生育、増殖を促進するためには、流れが穏やかな浅瀬で裸地的な光環境を保つことが必要であると考えられる。
 これをふまえ、アドバンテスト・ビオトープとチノー・ビオトープ、男井戸川内の池にアサザを移植した。今後これらが定着し開花することを期待したい。

気温・地温測定
アドバンテスト・ビオトープ内の立地環境別の気温の季節変化
2011年11月18日から2012年10月15日の間、アドバンテスト・ビオトープ内10地点気温および地温を連続測定した結果、地点間の気温条件・地温条件には、植生や草丈に関連した際があることが明らかになった。すなわち、日最高気温を2011年12月〜2012年2月(冬期)および2012年7月〜9月(夏期)の期間で見ると、草丈の低い草原(ヨモギ草原や芝地)では夏期に30.9〜37.0℃、冬期におよそ11.6〜13.9℃の範囲にあり、草丈の高い草地(ススキ草原)ではそれぞれおよそ29.2〜42.8℃、10.6〜16.2℃であるのに対し、林床ではそれぞれおよそ27.9〜34.2℃、およそ8.2〜15.3℃と、林内では夏期に気温が草原に比べておよそ1℃以上低かった。
草丈の低い草原および草丈の高い草地の日最高気温を2011年の夏期(28〜33℃)(松田 2012)と2012年の夏期で比較すると、2012年の値のほうが最大10℃近く高い。しかし林内では昨年と同程度の範囲であった。森林の生長が林内での極端な温度上昇を抑制していると推測される。
 一方、冬期の日最高気温は林内で草原より1℃程度低い値となった。これは昨年と同様の傾向であった。森林により直射光が遮られるため、気温が低下すると思われる。また、日平均気温、日最低気温には、植生による違いはほとんど見られなかった。
日最高地温は、夏期には草丈の低い草原および草丈の高い草地でおよそ23.2〜31.9℃、林床ではおよそ22.7〜27.1℃、冬期には草丈の低い草原および草丈の高い草地でおよそ4.0〜10.2℃、林床ではおよそ3.7〜8.5℃と、いずれも林内で1℃程度低い傾向を示した。
こうした植生による気温・地温の緩和作用は、植物の環境形成作用と呼ばれ、攪乱地を好む外来植物の侵入を発芽レベルで抑制し、また在来植物の生育を促進するものと考えられる(松田 2010)。
なお今回、No.2(気温)が漏水のため、No.6(地温)とNo.9(地温)が草刈りの際に破損したため測定ができなかった。

フジバカマ植栽地の相対光量子密度
アドバンテスト・ビオトープにおいてフジバカマを植栽した計せせらぎの2地点(図2)における相対光量子密度は、測定期間内において13.9%〜100%の範囲であった(表14図17)。
2003年8月27日に本ビオトープ内の混合樹木林内36地点で行った測定では、2.4%〜89.4%の範囲であった(星野 2004)。また2004年6月10日の同様の測定では、同林内16地点では11.6%〜41.9%の範囲であった(狩谷 2004)。さらに、2011年7月21日の同様の測定では、同林内の計5地点(図2)における相対光量子密度は1.7%〜24.5%の範囲であった(松田 2012)。これら林内の各地点と比べて、フジバカマの生育地は高い相対光量子密度のもとにあるといえる。
以上のようにアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地の相対光量子密度が高く維持されていることは、草刈り管理が適切に行われたことと、植栽地が約1.5mの土盛りとなっていて、フジバカマを他の植物が覆いにくい構造になっていることに起因すると考えられる。しかし直近の樹木や草本が生長してフジバカマを覆うようになってしまうと、過去に測定された林床のような暗い環境になってしまうかもしれない。今後も草刈りや樹木の間伐など、継続的な周辺管理が不可欠である。


体積土壌含水率
アドバンテスト・ビオトープ内の、フジバカマ植栽地2地点と自生地1地点において測定した体積土壌含水率(θ, m3 m-3)は0.28〜0.79の範囲であった(表15図16)。右岸にある自生地で0.51〜0.79と、最も大きな数値となり、右岸の植生地(2010年に青木が植栽)では0.35〜0.51、また2011年から植栽を開始した水辺の盛り土になっている左岸の植栽地では、盛り土の上で0.30〜0.45、下の水際で0.28〜0.44となった。
 2011年の体積土壌含水率は0.22〜0.37の範囲であり、右岸の植栽地では0.36〜0.37、左岸の植栽地では、盛り土の上で0.22〜0.27、下の水際で0.30〜0.60と、盛り土の下の水際で最も大きな値となった(松田 2012)。このように2012年においては、2011年に比べ体積土壌含水率がやや高い傾向を示し、特に右岸の体積土壌含水率が比較的高くなった。大きな季節変動はみられなかった。
 以上の結果から、フジバカマは比較的広い範囲の土壌含水率で生育可能であると考えられる。

重量土壌含水率
各調査地から採取した土壌の重量土壌含水率は、10月25日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ自生地(右岸)で40.7%と最も高かった(図19)。これ以外の谷田川のフジバカマ自生地とアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ植栽地では、17.6〜24.4%の範囲であった。したがってアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川の自生地の土壌含水率に、大きな差はないと考えられる。これは2011年の松田(2012)と同様の結果であった。谷田川のフジバカマ自生地は日当たりの非常に良い土手の上面にあるので、アドバンテスト・ビオトープにおいてはフジバカマを右岸の植栽地の上面に植栽するのが最も適切であるとし、フジバカマを植栽した(松田 2012)。フジバカマの生育は良好で、今年度の調査で初の開花が見られた。

土壌窒素・リン濃度測定
土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である合計窒素濃度(Total-N)の平均値は、10月25日に谷田川で採取した土壌で最も高く(約46.9 mg L−1)、そのほとんどが硝酸態窒素(NO3)であった(表16図20)。また、アドバンテスト・ビオトープ内での値(6.9〜19.1 mg L−1)は、谷田川での値よりも低い結果となった。これらのアドバンテスト・ビオトープ内での測定値を依田(2006)の結果(0.4〜27.9 mg L−1)と松田(2012)の結果(27.8〜38.7 mg L−1)と比較すると、やや低い値である。一方、谷田川では松田(2012)の結果(47.4〜72.6 mg L−1)とほぼ同じ値を示していることになる。測定に用いた土壌の採取場所が年によりやや異なるので、これが経年的な変化であるのか、地点間差であるかは、今後測定点数を増やして確認する必要がある。
全窒素濃度(TN)、全リン濃度(TP)については、谷田川とアドバンテスト・ビオトープ間で有意な差はなかった。すなわち、全窒素濃度はアドバンテスト・ビオトープでは22.8〜32.0 mg L−1、谷田川では42.2 mg L−1であり、全リン濃度はアドバンテスト・ビオトープでは0.0〜4.6 mg L−1、谷田川では3.3 mg L−1であった。
アンモニア態窒素比(NH4濃度/Total-N)は、谷田川(0.01)よりもアドバンテスト・ビオトープ内(0.10〜0.83)で高い結果となった。
以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地の土壌栄養状態は、フジバカマの自生地である谷田川と比べて大きな違いはないといえる。しかし、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地では、溶存している窒素のみの値である合計窒素濃度(Total-N)よりも、溶存せず固体として残っている窒素も併せた値である全窒素濃度(TN)が約2倍高かったことから、土壌中の窒素が有機物として残っていることが明らかになった。この状態は、有機物体として存在する潜在的には豊富な土壌栄養が、有機物の分解が進まないため現時点では植物に利用されないことを示している。土壌水分中の窒素の状態は年によって変動するものなので、今後も継続して調査をする必要がある。また、アンモニア態窒素比は調査日前の天候などに左右され、アドバンテスト・ビオトープ内で値が高かったことは、土壌が水分を多く含んだ状態が長く続いたことが原因と推察される。
以上の土壌分析の結果から、土壌水分状態、土壌栄養状態からも、アドバンテスト・ビオトープがフジバカマの植栽に適していると考えられる。


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