結 論

 

本研究により、適切に育成管理されている大型ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という機能を発揮できる可能性が高いことが明らかになった。大型ビオトープが地域生態系として機能するまでは、できるだけ人為的な在来生物の導入を行わず、自然に移入・定着ができるように管理することが望ましい。そのためには、外来種の駆除や物理化学的環境条件の多様化などを行う必要がある。そして、地域の絶滅危惧種の系統維持や生物多様性の保全を実現するために移植などを行うことが想定されるが、そのためには対象種の生態学的な特性、すなわち結実、発芽、生長特性を解明し、また自生地の生育条件とビオトープでの生育条件を比較して、移植後の健全な育成が実現するようにしなければならない。最も重要なことは、周囲の自然から孤立させずに、周囲の自然と調和できるようにすることである。
アドバンテスト・ビオトープでは、植物相調査の結果、在来種59種、外来種23種の計82種の生育と開花が確認された。その中にはフジバカマ、ミゾコウジュ、ミコシガヤといった湿地生絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。また、アドバンテスト内の盛り土に移植したフジバカマが今年初めて開花した。これは昨年度に草刈り管理がうまく行われなかったことをふまえ、今年度はフジバカマの主な生長期に入る前(7月以前)に草刈りを行い、十分な光環境を整えた成果であるといえる。
フジバカマ越年株を異なる光環境(光量子密度を3%、9%、13%、100%)で栽培し生長解析を行ったところ、初期サンプリングで4.063gであったものが最終サンプリング時には約0.455g(3%)〜約6.586 g(100%)となり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。相対生長速度(RGR, g g-1day-1)の値も相対光量子密度100%の裸地において最大となり、また、同種の生長期のピークが7〜8月であることが明らかになった。やはり、草刈りをそれ以前に行い、光環境を整える必要があると考えられる。以上のように、アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマの植栽地は日当たりの良い環境を好む同種の生育に適しており、順調に生長している。
チノー・ビオトープでは、在来種100種、外来種47種の計147種が確認され、その中には、前年度に引き続き準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュが確認された。
伊勢崎市の男井戸川調整池では、植物相調査により在来種37種、外来種27種の計64種が確認された。2010年の植物相調査で生育が確認されたのは、在来種13種、外来種6種の計19種(青木 2010)であったことから、2012年3月の調節池完成の過程で多様な植物が生育できる環境ができあがってきたと考えられる。これらの植物の中には、水田・湿地、畑地雑草が多数出現しており、これは当地が水田として利用されていた時期に形成された永続的土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。また、準絶滅危惧種であるカワジシャと、新たに準絶滅危惧種のミゾコウジュの生育を確認することができた。2008年の調査では、直近の自生地から導入されたアサザをはじめ、オモダカ、カワヂシャ、シャジクモの計4種の絶滅危惧種の生育が確認されたこともあり、当地は生物の保護上の重要性の高い地域であると言える。
また、アサザをアドバンテスト・ビオトープ、チノー・ビオトープ、男井戸調整池内の池に移植したので、これらが定着することも期待したい。アサザは1990年の群馬県のレッドデータブックでは県内絶滅とされたが、2000年代中頃に男井戸川調整池(当時は休耕田)の近くの天野沼池で復活が確認された。その後休耕田に移植され、遊水池の建設前に当研究室によって大学構内に移植・増殖させているものを移植した。
発芽の温度依存性実験によって、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマとミゾコウジュの2種の絶滅危惧種の発芽特性を分析した。アドバンテスト産のフジバカマについては、前年度の同実験において同種子の最終発芽率は10%程度であったことから、アドバンテスト・ビオトープ内に生育するフジバカマの種子は未成熟または不稔のものが多いと推察されていた。しかし、今年度の同実験において冷湿処理を施したフジバカマの種子の最終発芽率は50%を超え、その起源と考えられる谷田川の種子と同程度の発芽率となった。アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマは近親交雑あるいは花粉不足であると考えられていたが、起源と考えられる谷田川由来の実生と挿し木個体の移植を継続的に行ったことにより、これらが解消されたものと推測される。
ミゾコウジュの種子は、30/15℃の温度区で実験を行った結果、最終発芽率は約97.3%と非常に高い値となり、高い温度区が発芽に適していることを示した。以上の結果から、ミゾコウジュは翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察された。
このように、現地調査・植物実験を継続的に行うことによって、その地域およびその地域に生育する植物の特性が明らかになってきた。
アドバンテスト・ビオトープにおいて、生物相、物理化学的環境条件の多様性が実現されているのは、造成時からの継続的な育成管理が行われてきたからである。
大型ビオトープでは、育成管理のための経費・労力の規模も大きなものとなる。特に、外来植物の除去においては、相当の労力を費やすこととなる。この点2010年に竣工したばかりのチノー・ビオトープは、持ち込んだ土壌が適切であったため外来種の個体数が少なく、良好なスタートをきることができている。つまり、大型ビオトープを造成するときには、移植する土壌にもともと外来種の少ない土壌を選ぶことが、その後の育成管理のための経費・労力を少なくするものと考えられる。
大型ビオトープづくりは造成、管理、調査といった面で多くの人の協力が不可欠であるといえる。しかしそれは、大型ビオトープがめざず地域の生物相・生態系の復元を、里地・里山の復元として考えると、必然といえる。里地・里山は長い間、人と自然が調和するような手法で管理されており、生物多様性も非常に高いことを、本研究では共同研究で明らかにした(塚越 2013)。これと比べると男井戸川調整池もアドバンテスト・ビオトープもまだまだ発展途上にあるといえるが、里地・里山の植物が複数生育し始めたことから、地域の生物相・生態系の復元の道を順調に進んでいるといえる。

 

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