結果および考察

<ハナダイコン>

1.生育地における相対光量子密度

 今回調査した群馬大学荒牧キャンパス構内におけるハナダイコンんの生育立地は、大別するとアカマツ林林縁(地点名:社情横、社情駐車場北・南、図書館)、ハリエンジュ林林縁(地点名:馬術部右・左、西門右・左)、アカマツ・コナラ・クヌギ混交林林縁(地点名:弓道場南、テニスコート横)、および裸地(地点名:プール横)となる(図1)。これらの立地分類ごとに、相対光量子密度の季節変化パターンが異なる結果となった。すなわちアカマツ林林縁(図2)においては、ハナダイコン群落上の相対光量子密度には測定期間内に顕著な季節変化パターンは見られず、おおむね30〜50%であったのに対し、外来植物で落葉樹であるハリエンジュの林縁(図3)では、4月19日に80%〜60%であった値が、その後ハリエンジュの葉が展開してくるにつれて徐々に低下し、6月9日には20〜30%になった。また、混交林(図4)においても同様の相対光量子密度の季節変化パターンが見られたが、アカマツやシラカシといった常緑樹も混交しているためか、絶対値はハリエンジュ林林縁と比べると、一様に低くなった。裸地(図5)では4月19日には100%であった値がその後低下したが、6月9日においても70%であった。
 以上のことから、ハナダイコンの開花・結実期である春から初夏にかけて、最も光条件が良好な立地は裸地とハリエンジュ林林縁であり、混交林とアカマツ林の林縁は、これらに比べると光条件が良くないといえる。実際大学構内におけるハナダイコンの分布地点は、裸地とハリエンジュ林林縁で多く、混交林やアカマツ林の林縁には相対的に少ない。(中嶋 2003、今枝2004)
ハナダイコン群落直下の相対光量子蜜度にも、上記と同様の季節変化パターンが認められた。すなわち、裸地とハリエンジュ林林縁では4月に20%〜30%程度であった値が、6月には10%程度にまで低下した。混交林やアカマツ林の林縁では測定期間を通じて10%前後であった。すなわち、ハナダイコンの開花・結実期である春から初夏にかけては、ハナダイコン群落下の植物が十分な光を受けることができなくなり、特に春植物は生長が阻害される危険性が高いと考えられる。しかも、混交林とハリエンジュ林の林縁では、ハナダイコンの枯れ始める6月以降なると、今度は落葉樹が葉を広げ始めるので、林縁の植物が十分な光を受けられない状態が続き、いっそう生長を妨げられるのではないかとも考えられる。

2.個体重量と種子数の測定

まず立地別にハナダイコンの個体乾燥重量と個体あたりの生産種子数を比較すると、アカマツ林林縁、ハリエンジュ林林縁、アカマツ・コナラ・クヌギ混交林、および裸地といった立地による影響はない。一方、各生育地点の6月の相対光量子密度と個体乾燥重量および個体あたりの生産種子数の関係をみると、相対光量子密度が高い地点ほど、個体乾燥重量も個体あたり生産種子数も大きかった(図6789)。各光強度区における最も種子数の多い個体で比較してみると、10%地点では298個(個体重3.15g)、15%地点では445個(個体重3.05g)、20%地点では1194個(個体重6.74g)、30%地点では1624(個体重12.97)、40%地点では1303個(個体重8.69g)、70%地点では1471(個体重3.27g)と、相対光量子密度が高い地点ほど個体重量大きくなり、かつ生産種子数が多くなった(表3)。全体をまとめた相関図(図10)をみると、この傾向はより明確となり、また相対光強度にかかわらず、個体重量あたりの生産種子数はほぼ一定となった。
 相対光量子密度がより高い立地で生育したハナダイコンは、より大きな種子を生産していた(表3)。これは、ハナダイコンの鞘1つあたりの種子数が最大でも10粒程度と数の制約があり、これらの種子の間で限られた光合成産物を分配するために生ずるものと考えられる。
これらの結果は今枝(2004)の結果と同様であり、2シーズンにわたって同様の結果が得られたことから、ハナダイコンの普遍的な生態学的特徴であるといえる。

3.ハナダイコンの種子発芽特性

 第1実験

 今枝(2003)が採取し、乾燥・室温条件で保管した種子について、発芽の温度依存性を解析した。
 いずれの生育地で採取した種子も、培養温度が高いほど冷湿処理前の最終発芽率が高くなった。すなわち、10/6℃区で平均で26.9%(相対光強度10%地点)および36.7%(100%地点)であったのに対して、培養温度がより高い区では最終発芽率はより高く、30/15℃区で72%(10%地点)および84.7%(100%地点)となった。冷湿処理前の最終発芽は、いずれの温度条件下においても10%地点より100%地点の方が10%程度高かった。発芽速度は、100%地点の種子が最終発芽率に達したのが培養開始から10日後であったのに対し、10%地点の種子は15日であった。
 以上より、相対光量子密度100%地点で採取した種子の方が、冷湿処理前の最終発芽率・発芽速度ともに高くなるという結果が得られた。この結果は、今枝(2004)とは逆であり、ハナダイコンの種子発芽特性が、種子形成直後から約半年間乾燥状態で保管することによって、なんらかの変化を遂げたことを示唆している。
 5ヶ月の冷湿処理によっても、また低温培養後の高温(30/15℃)培養によっても、ハナダイコンの種子発芽率は、冷湿処理前と比べて増加しなかった(図11121314)。これらの結果は、ハナダイコンの種子の一部がひとたび低温を経験して休眠状態に移行した際には、1年を通じた温度の季節変化を受けても、その休眠状態は解除されず、結果として永続的シードバンクを形成する可能性があることを示唆している。

 第2実験

 成熟直後の種子について、発芽の温度依存性を解析した。
 いずれの生育地で採取した種子も、培養温度が高いほど冷湿処理前の最終発芽率が高くなった。すなわち、17/8℃で平均で36.7%〜48.7%であったのに対して、培養温度がより高い区では最終発芽率はより高く、30/15℃区で85.7%〜93.3%となった。冷湿処理前の最終発芽は、17/8℃℃の温度条件下において、6月の相対光量子密度が20%および30%地点の種子の発芽率が、より100%地点の種子より10%程度高かった。発芽速度は、相対光量子密度20%、30%地点の種子が培養開始から13日後に最終発芽率に達したのに対して、70%地点の種子は20日後であった。
 以上より、17/8℃の温度条件下においては、相対光量子密度20%および30%地点で採取した種子の方が、70%地点の種子よりも冷湿処理前の最終発芽率・発芽速度ともに高くなるという結果が得られた。この結果は、今枝(2004)と整合性があり、前述の保管によるハナダイコンの種子発芽特性変化の示唆を、支持する結果である。
 1ヶ月の冷湿処理によっても、また低温培養後の高温(30/15℃)培養によっても、ハナダイコンの種子発芽率は、冷湿処理前と比べて増加しなかった(図151617)。これらの結果は、前述のハナダイコンの永続的シードバンク形成の可能性を支持するものである。

4.人工被陰下における栽培実験

 先行研究(中嶋2003、今枝2004)では、ハナダイコンが生長した後植え替えが行なわれており、そのことが原因で枯死した個体があったので、今回は直播きで実験を実施した。
 今年は暖冬であったため、枯死する個体が50%に満たなく、相対光量子密度100%区で最大40%程度、14%区、11%区、3%区では2%程度であった(表5)。また、10月8日〜12月8日の間でバイオマスの増加がみられたのが14%区のみで、約15%増加した(図20)。そのため、生長解析は14%区のみ行なった。なお、この2ヶ月間において、日平均気温は15℃から0℃前後まで低下した(図18)。

 生長解析と枯死率

 10月から12月の間の相対光量子密度14%区におけるハナダイコンのRGRは0.01〜0.013 g g-1day-1であった。LARは0.017〜0.025 m2 g-1、NARは0.5〜0.6 g m2day-1であった。SLAは被陰開始直前に0.01 m2 g-1であったものが、被陰後1ヶ月以降は0.04と大きくなった。またこれに伴って、LWRは0.65から0.5に減少し、RWRは0.06から0.15へと増加した。これらの結果から、この13%区の個体は、SLAの大きな、すなわちより薄い葉を作り、これによって節約した光合成産物を、根の形成に投資すること示唆された。また、気温の低下(図18)にもかかわらず、11-12月の間のRGRが10-11月の間の値よりも増加したのは、NARが低下しなかったこと、LARが増加したことによるものと考えられる(図202122)。
 以上の結果より、ハナダイコンは種子が生産された立地の光条件にかかわらず、栽培時の相対光量子密度が100%区において多く枯死し、また生育も不良であった。11%、3%区では枯死は少ないが生育はやはり不良であった。すなわち、ハナダイコンが分布するのに最も適しているのは、相対光量子密度が14%程度であると考えられる。この結果は、中嶋(2002)、今枝(2004)と同様であり、3シーズンにわたって同様の結果が得られたことからハナダイコンの普遍的な生態学的特徴であることが明らかになった。

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