結果および考察

植物相調査

アドバンテスト・ビオトープ

 アドバンテスト・ビオトープでは、2011年度(4〜10月)の調査により、在来種67種、外来種27種の計94種の生育と開花が確認された(表3)。これまでの調査では、2008年には在来種94種、外来種38種の計132種(高橋2009)、2009年には在来種86種、外来種33種の計119種(鈴木2010)確認されている(図5)。また、2010年には在来種54種、外来種22種の計76種が確認されている(青木2011)が、昨年4月に採取してきた植物を保存したものが今年見つかったため、新たにリストを作成した(表4)。このため、2010年は在来種66種、外来種32種の計98種を確認したことになり、帰化率は約33%となった。年によって確認できなかった種もあるため、全生育種数を毎年確認できているわけではないが、新規確認種を含めて生育している在来植物種数は、引き続き動的平衡状態にあるものと考えられる。

 2011年度も、フジバカマ(写真6)、ミゾコウジュ(写真7)ミコシガヤといった湿地生絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。特にミゾコウジュは、修景緑地にて推定500個体以上の生育と開花が確認された。本種は個体数の変動が大きく、2009年、2010年はともに多数の生育が確認された(鈴木2010;青木2011)が、2008年は確認された個体数が少なかった(高橋2009)。近年の大量開花によって多数の種子が生産されたと考えられるので、今後も継続的に生育・開花していくと期待される。一方、フジバカマは昨年に引きつづき確認個体数は少なかった。これは、2011年に草刈り管理がうまく行われなかったことが原因であると推察される。今後は、フジバカマの主な生長期に入る前(7月以前)に草刈りを行い、十分な光環境を整えることで、再び良好な生長と増殖が見込まれるようになるものと考えられる。

 また、栽培実験および挿し木をして育てたフジバカマの苗を、2011年10月27日にアドバンテスト・ビオトープ内の植栽地B(図2写真5)に移植したので、これらが定着し開花することも期待したい。

 今年度の調査での出現植物の総種類に占める外来種の割合(帰化率)は約29%であった。これまでの調査では、19%(2006年)〜45%(2002年)であったことから、今年度は前年度までの平均的な状態と同じであったといえる(図5)。また2010年の調査で新たに生育が確認された種はなかった。

 今年度生育が確認された外来種のうち、セイタカアワダチソウ、ヒメモロコシ、カモガヤ、メリケンカルカヤ、ワルナスビは、地下茎や種子により旺盛に繁殖するため完全な駆除が困難となっている。しかし、引き抜きまたは刈り取りにより勢力を抑制していくことは可能なので、今後も継続して勢力抑制を図る必要がある。

チノービオトープ

 チノービオトープにおける2年目の調査となる2011年度(4〜10月)の調査により、在来種87種、外来種62種の計149種が確認された(表5)。前年度の調査では在来種53種、外来種22種の計75種(青木2011)が確認されており、約2倍の種数が確認されたことになる。またアドバンテスト・ビオトープの竣工直後(在来種25種、外来種15種の計40種;新岡2001)に比べて、出現種数が非常に多かった。

 今回確認した在来植物の多くが水田・湿地生植物、道ばた・畑・空き地に生育する雑草、山野に生育する種であった。これらの植物は、観音山から持ち込んだ土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。また、前年度に引き続き絶滅危惧?類のコギシギシ(写真8)の生育が確認され、新たに準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュの生育が確認された。コギシギシについてはチノービオトープ内で355個体を確認した。ビオトープ周辺の群落から移入したものと考えられ、今後も安定的に生育するものと考えられる。

 チノービオトープの帰化率は約42%と算出され、前年度の約29%を上回り、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後(約38%;新岡2001)に比べて高い値となった。これは特に園芸種が多数出現(17種)したことに起因する。いずれにしても、外来植物種の出現個体数自体は非常に少なく、ほとんどは出現確認と同時に引き抜き除去を行った。

 これらの結果は、チノービオトープに持ち込んだ土壌が、もともと外来植物の少ない(鈴木2010)観音山の土壌であったためと考えられる。

 今年度生育が確認された外来植物の中では、セイタカアワダチソウ、キシュウスズメノヒエ、アップルミントの3種は多年生で根茎が発達しやすいので、特に注意して引き抜き刈り取りといった管理を行う必要がある。

気温・地温測定

アドバンテスト・ビオトープ

 2010年11月15日から2011年11月17日までの期間に連続測定を行った結果、10地点間の気温条件・地温条件には、植生や草丈に関連した差異があることが明らかになった(表67)。すなわち、日最高気温を2010年11〜12月および2011年7〜10月の期間平均でみると、草丈の低い草原(ヨモギ草原や芝地)では23.3〜2.43℃、草丈の高い草地(ススキ草原)では22.3〜24.8℃であるのに対し、林床では21.1〜23.5℃と、林内が1℃程度低い値となった。日平均気温、日最低気温においては、植生による違いはほとんど見られなかった。

 日最高地温は、6〜10月の期間平均でみると日最高地温は草原、草地では23.4〜24.6℃、林内では22.5〜24.1℃となった。日最低地温も同様の傾向を示し、1〜3月は草原、草地で0.4〜4.3℃、林内では1.5〜3.1℃となった。これらのことから、林床においては地温の高低差が小さいといえる。

 こうした植生による気温・地温の緩和作用は、植物の環境形成作用と呼ばれ、攪乱地を好む外来植物の侵入を発芽レベルで抑制し、また在来植物の生育を促進するものと考えられる。

 なお今回のデータは、設置していたセンサーをカラスに引っ張られて断線が頻発したため、測定精度が落ちている。

チノービオトープ

 チノービオトープにおいては2011年4月26日から2011年11月23日まで、2地点で連続測定を行った(表8)。この結果、コナラによる日中の地温低下が示された。すなわち、地点1において、7月は最高気温34.9℃、最高地温34.4℃と気温と地温に差がないのに対し、8〜9月は日最気温が31.8〜25.0℃、日最高地温は28.3〜28.9℃と、気温に比べ地温が低い値となった。植栽したコナラの葉が8〜9月に茂り日陰をつくるようになったため地温が低下したものと考えられる。

 また日最低は、4〜5月は気温が6.4〜12.1℃なのに対し、地温が5.1〜10.9℃と地温が低くなった。これは、夜間に放射冷却が起こっているためと考えられる。一方、7〜8月は日最低気温が22.3〜22.4℃なのに対し、日最低地温は23.8〜24.8℃と高くなった。これは、コナラによって夜間の保温効果があったものと考えられる。

相対光量子密度測定

 アドバンテスト・ビオトープ内の計5地点(図2)における相対光量子密度は1.7〜24.5%の範囲であった(表9)。

 2003年8月27日に行われたシバ草原の南に位置する混合樹木林内36地点での測定では、相対光量子密度は2.4〜89.4%であった(星野 2004)。また2004年6月10日の測定では、同林内16地点の相対光量子密度は11.6〜41.9%となった(狩谷 2004)。これらの測定結果と比べて、今回は高い相対光量子密度を示す地点が大幅に減少した。これはビオトープ造成時に植栽された樹木の生長によるものと考えられる。

 シバ草原東のクヌギ・コナラ林内での相対光量子密度は4.8%であった。この地点は造成時からしばらくの間は裸地であり、セイタカアワダチソウなどの外来種が繁茂していた場所である。7年ほど前からクヌギとコナラの苗を数百本植栽し、これらが近年は2mを超える樹高にまで生長している(鈴木 2010)。現在外来種の個体数は激減しているが、これは植栽木の生長により光量子密度が小さくなったことにより、外来植物が侵入・生長しにくい環境がしだいに形成されているためと考えられる。

発芽の温度依存性実験

フジバカマ(Eupatorium japonicum)(写真6

 本種は関東地方以西(本州、四国、九州)に分布するキク科の多年草で、野原や河原に生育している。かつては秋の野草の代用として七草に含められていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立て、護岸工事などによる自生地の消失や除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリストでは絶滅危惧?類に指定されている。

 谷田川で採取した種子においては、最終発芽率は10/6℃の温度区で54.6%と最も高く、30/15℃の温度区で40%と最も低い値となったが、全体的には発芽率は40〜50%の範囲となった(表10図6)。アドバンテスト・ビオトープで採取した種子においては、最終発芽率は30/15℃の温度区で12%と最も高く、22/10℃の温度区で4%と最も低い値となったが、いずれの区でも谷田川産の値よりも低くなった(表10図7)。

 アドバンテスト・ビオトープで採取したフジバカマの種子を用いた発芽実験は、高岩(2007)と高橋(2009)が行っており、冷湿処理を施さなかった場合の最大発芽率は14%(高岩2007)、2ヶ月間の冷湿処理を施した後は4%(高橋2009)と、いずれも低かった。一方、谷田川で採取した種子を用いた発芽実験では、2ヶ月間の冷湿処理を施した場合の最大発芽率は24%(鈴木2010)、1ヶ月間の冷湿処理を施した場合は50.6%(青木2011)と、アドバンテスト産の種子よりも高い値となった。

 以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマは、その起源と考えられる谷田川の個体群よりも種子の発芽能力あるいは種子の稔実率自体が低くなっていると考えられる。その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の未熟や劣化によるものではないかと推察される。今後本ビオトープ内でフジバカマの継続的な増殖を促進するためには、近親交雑・花粉不足の問題を解消する必要があると考えられる。このため2010年の青木の研究時点から、近隣の谷田川のフジバカマ個体群由来の種子から栽培して移植を開始し(青木 2010)、今年も谷田川産種子から栽培に成功したフジバカマを、2011年10月27日に本ビオトープ内に移植した。また谷田川産のフジバカマの挿し木実験も今年成功し(後述)、本ビオトープ内に移植した。今後は、これらの移植したフジバカマの生存・生育状況について、継続的な調査を行う必要がある。

ミゾコウジュ(Salvia plebeian)(写真7

 本種は本州、四国、九州、沖縄に分布するシソ科の越年草で、水辺の裸地的な立地に生育する。国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリストでも準絶滅危惧種に指定されている。

 本種の最終発芽率は20/10℃〜30/15℃の広い温度区の範囲で82.7〜92.7%と高い値になり、10/6℃で最小の4.0%と、高い温度ほど最終発芽率が高くなった(表10図8)。依田(2006)、高橋(2009)、青木(2011)の行ったミゾコウジュの発芽実験においても、高い温度区(20/10℃〜30/15℃)で発芽率が高く(52.0%〜94.6%)、10/6℃での発芽率はいずれも7.3%以下であった。これらの結果から、本種の種子は生産・散布された翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクを形成しないものと推察される。

 また、今回用いたミゾコウジュの種子はアドバンテスト・ビオトープ内で2009年に採取したもので、青木(2011)の実験で用いられた種子と同じものである。今回の実験でも同様の高い発芽率が示されたことから、本種の種子は2年間冷蔵された後も高い発芽能力を有することが明らかになった。

フジバカマの挿し木

 フジバカマの苗を先、中、元の3区に切り分けて挿し木をした結果、どの区間も60%以上の活着率を示し、根に近い部分ほど活着率がよいという結果が得られた(図9)。すなわち、先の部分を挿し木したものの活着率は約63%、約中は74%、元は約85%となった。フジバカマの個体数を増やす方法として挿し木は有効であると考えられる。

フジバカマの生長解析

 本種実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約0.112gであったものが、3ヶ月後の最終サンプリング時には約3.742gとなり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。

 フジバカマの月毎の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、7月-8月期では約0.062、8月-9月期では約0.037、9月-10月期では約0.038となった(表11図10)。すなわち、フジバカマの生長速度は夏季の7月-8月に最も高く、以降は低下すると考えられる。一般的にRGRは植物体が大きくなると低下していく傾向にあるので、この結果は一般的なものであるが、フジバカマが夏季に大きく生長することを示しているといえる。フジバカマの生育地である谷田川では、夏季以降はカナムグラやカラスウリ、ヤブガラシといったツル植物の繁茂が著しい。このためフジバカマは、光を獲得して開花・結実のための光合成生産を確保するために、競合種に先んじて生長する生存戦略を有していると考えられる。

 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、7月-8月期では約0.022、8月-9月期では約0.012、9月時点では約0.009と、栽培期間が進むにつれ減少していった(表11図10)。

 光合成活性を表す純同化率(NAR, g g-1 day-1)は、7月-8月期では約3.5、8月-9月期では約3.0、9月-10月期では約4.8と最も高い値となった。これは、7月-9月期に高温のため呼吸量が増加して、光合成産物をより多く消費したためと推測される。NARが相対的に低いにもかかわらず、7月-8月期のRGRが最も高くなった原因は、この時期のLARが高かったことであると考えられる。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、7月-8月期では約0.037、8月-9月期では約0.033、9月-10月期では約0.021と、栽培期間の後期になるにつれて減少した。

 器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、8月時点では約36%、9月時点では約37%、10月時点では約28%と栽培期間が進むにつれ減少していった(図10)。これは茎に光合成産物がより多く投資されて、茎の重量比であるSWRが8月時点の約20%から次第に増加し、10月時点では約44%にも達したためである。根の重量比であるRWRは8月時点の約44%から次第に減少し、10月時点では約28%になったが、これも葉への投資が相対的に増大したためと考えられる。

 青木(2011)は7月から8月に異なる光条件下(相対光量子密度3%、9%、13%、100%)でフジバカマを栽培した結果、裸地のような光環境で最もよく生長することを示した。相対光量子密度100%区(裸地)で栽培したフジバカマは、RGR が約0.1、NARが約6.9、LARが約0.02と、今回の結果と比べるとRGRとNARの値が高かった。これは青木が栽培中に液肥(ハイポネックス)を与えていたが、今回は与えてないためと考えられる。

 以上の結果から、フジバカマが最も生長する時期は夏季の7月-8月であることが明らかになった。すなわち、夏季の草刈りなどで草丈が失われると、開花・結実に至れない危険性があるといえる。実際、矢場川の生育地においては夏季に草刈りがおこなわれたため、フジバカマは全く開花していなかった。フジバカマの安定的な生育、増殖を促進するためには、里山保全の一手法である下草刈りを、フジバカマの生長期である7月-8月に行わないように、時期を早めることが必要であると考えられる。またフジバカマは、5月のアドバンテスト・ビオトープ調査では容易に生育個体が確認できたものの、開花期には他の雑草の繁茂により確認が難しくなった。このため、フジバカマは他種より生長の時期が早く、生長のピークは7月以前にある可能性も考えられる。今後は6月以前にも生長解析を行い、より詳細に生長パターンを検証する必要がある。

体積土壌含水率

 アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ植栽地2地点において測定した体積土壌含水率(θ, m3-3)は0.22〜0.37の範囲であった(表12図11)。2010年に青木がフジバカマを植栽した植栽地Aでは0.36〜0.37、今年度から植栽を開始した、水辺の盛り土になっている植栽地Bでは、盛り土の上で0.22〜0.27、斜面で0.29〜0.32、下の水際で0.30〜0.60と、盛り土の下の水際で最も大きな値となった。

重量土壌含水率

 各調査地から採取した土壌の重量土壌含水率の値は、5月26日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地Aで得られたものが40.2%と最も高かった(表13図12)ものの、谷田川・矢場川のフジバカマ自生地を含むと他地点でも25.6〜33.8%とほぼ同等となった。したがってアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川・矢場川の自生地の土壌含水率に大きな差はないと考えられる。谷田川・矢場川のフジバカマ自生地はともに日当たりの非常に良い土手の上面にあるので、体積土壌含水率の測定結果と併せて考えると、アドバンテスト・ビオトープにおいてはフジバカマを植栽地Bの上面に植栽するのが最も適切であると言える。なお植栽地Aは周囲の樹木が生長したことと、平坦面で他の植物が繁茂するため、植栽したフジバカマが日陰になり生育は良くない。

土壌窒素・リン濃度測定

 土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である合計窒素濃度(Total-N)の平均値は、10月27日に谷田川で得られたものが約72.6 mg L1と最も高く、そのほとんどが硝酸態窒素(NO3)であった(表13図13)。また、アドバンテスト・ビオトープ内での値(27.8〜38.7 mg L1)は、谷田川、矢場川での値(47.4〜72.6 mg L1)よりもやや低い結果となったものの、それほど大きな差でははないと考えられる。これらのアドバンテスト・ビオトープ内での値を依田(2006)の値(0.4〜27.9 mg L1)と比較すると、合計窒素濃度が全体的に増加していることが伺える。

 全窒素濃度(TN)、全リン濃度(TP)についても3地点間で有意な差はなかった。すなわち、全窒素濃度はアドバンテスト・ビオトープでは23.6〜48.9 mg L1、谷田川では30.9〜47.7、矢場川では約50.1であり、全リン濃度はアドバンテスト・ビオトープでは0.7〜3.0 mg L1、谷田川では1.7〜4.0、矢場川では約2.1であった。

 以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープの土壌栄養状態は、フジバカマの自生地である谷田川、矢場川と比べて大きな違いはないといえる。このことから、アドバンテスト・ビオトープがフジバカマの植栽地に適していると考えられる。

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