結論

 本研究により、適切に育成管理されている大型ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という機能を発揮できる可能性が高いことが明らかになった。大型ビオトープが地域生態系として機能するまでは、できるだけ人為的な在来生物の導入を行わず、自然に移入・定着ができるように管理することが望ましい。そのためには、外来種の駆除や物理化学的環境条件の多様化などを行う必要がある。地域生態系として機能してからは、地域の絶滅危惧種の系統維持や生物多様性の保全を実現するために、移植などを行うことが想定されるが、そのためには対象種の生態学的な特性、すなわち結実、発芽、生長特性を解明し、また自生地の生育条件とビオトープでの生育条件を比較して、移植後の健全な育成が実現するようにしなければならない。

 アドバンテスト・ビオトープでは、植物相調査の結果、開花や生育が確認された94種の植物のうち外来種は27種で、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤといった湿地性絶滅危惧種や多数の里山植物の生育が継続して確認された。出現植物の総種類に占める外来種の割合は約29%と、増加していなかった。2011年の調査で生育が初めて確認された種はなかった。

 ミゾコウジュは、修景緑地で多数生育し開花したことが確認できた。今後はビオトープ内で継続的に生育・開花していくことが期待される。一方、フジバカマは2009年から引き続き個体数の減少がみられる。これは草刈りがうまく行われなかったことが原因だと推察される(鈴木2010)。今後は、フジバカマの主な生長期と考えられる7月以前に、1〜2回草刈りを行うことによって、再び良好な生長と増殖が見込まれる環境を、継続的に確保する必要がある。また、一般的に繁殖力が強い外来種の個体の除去や刈り取りによる勢力抑制といった管理を継続することが必須である。

 発芽の温度依存性解析によって、本ビオトープに生育する2種の絶滅危惧種の発芽特性が明らかとなった。ミゾコウジュの種子は、翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察された。また、フジバカマの種子は谷田川産のものとアドバンテスト・ビオトープ産のものを用いて実験を行ったが、両方とも発芽は温度依存性があまりないという結果となった。谷田川で採取した種子の最終発芽率は50%程度で、半数は未発芽であったことから、本種は土壌シードバンクを形成することで個体群を維持していると推察された。一方、アドバンテスト・ビオトープで採取した種子の最終発芽率は10%程度であった。このことから、アドバンテスト・ビオトープ内に生育するフジバカマの種子は未成熟または不稔のものが多いと推察される。その原因は近親交雑あるいは花粉不足であると考えられ、今後は今年度移植した谷田川のフジバカマによってこれらの原因が回避されることが期待される。

 フジバカマの自生地である谷田川、矢場川の土壌と本ビオトープのフジバカマ植栽地の土壌窒素・リン含量を分析した結果、3地点間で大きな差異は見られなかった。また、7月から10月にかけて生長解析を行った結果、フジバカマは主に夏季に生長していることが明らかとなった。これらのことから、アドバンテスト・ビオトープ内の植栽地の土壌はフジバカマの生育に適し、その育成のためには草刈りは7月以前に行う必要があると考えられる。

 本ビオトープ内の気温・地温調査から植物の環境緩和作用により、一日の温度差が、草丈の低い草地と草丈の高い草地に比べて林床が小さくなる傾向が示された。また林内の相対光量子密度は、樹木の生長に伴って2003年(星野 2004)、2004年(狩谷 2004)と比較して低下していることも明らかになった。これらのことは、林内において外来植物が侵入しにくい環境がしだいに形成されていることを示唆するものである。一般的に外来植物は明るい光条件下で生長がよく、また地温の日変化が大きいと発芽しやすいものが多くあるからである。このような植物による環境緩和作用を促進し外来植物を抑制するため、本ビオトープの北に位置するヨモギ草原の一部を雑木林にすることが計画されている。このヨモギ草原にはヒメモロコシをはじめ多くの外来植物が繁茂しているので、雑木林にして駆除しようという計画である。この草原が雑木林になれば、外来種除去のための草刈りの手間が省けるだけでなく、ビオトープによるCO2吸収量(鈴木2010)の増加につながることが期待される。

 チノービオトープでは植物相調査によって、在来種87種、外来種62種の計149種の生育が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地・道ばた雑草であった。出現植物の総種類に占める外来種の割合である帰化率は約42%であった。この値は、昨年の約29%よりも高く、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後より高かったが、外来種の多くは園芸種であり、個体数自体は少なかった。外来種の少ない(鈴木2010)観音山の土壌を移植したことが原因であると考えられる。

 本ビオトープでは、昨年に引き続き絶滅危惧種のコギシギシが多数確認され、また今回新たに準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュの生育が確認された。コギシギシはビオトープ周辺の群落から移入したものと考えられ、今後も安定的に生育するものと考えられる。こうした良好な状態を維持するためにも、外来種の刈り取り・引き抜き駆除を行うこと、管理のための継続的モニタリングが今後も必要であると考えられる。

 本ビオトープ内の気温・地温調査から、コナラによって夏期の地温の高低差が小さくなることが示唆され、今後樹木の生長に伴って物理化学的環境が多様になることが期待される。今後は計測地点を増やして、継続した調査を行う必要がある。

 アドバンテスト・ビオトープにおいて、生物相、物理化学的環境条件の多様性が実現されているのは、造成時からの継続的な育成管理が行われてきたからである。アドバンテスト・ビオトープのような大型ビオトープでは、育成管理の規模も大きなものとなってくる。特に、外来植物の除去においては、相当の労力を費やすこととなる。この点、昨年竣工したばかりのチノービオトープは外来種の個体数が少なく、良好なスタートをきることができている。つまり、ビオトープを造成するときには、移植する土壌にもともと外来種の少ない土壌を選ぶことが、その後の育成管理を手助けするものと考えられる。こうしたことからも、ビオトープづくりは造成、管理、調査といった面で多くの人の協力が不可欠であるといえる。

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