結果および考察

 

植物相

アドバンテスト・ビオトープ

2010年度(4月〜11月)の調査により在来種54種、外来種22種の計76種の生育と開花が確認された(表1)。これまでの調査では、2006年には在来種92種、外来種21種の計113種(依田 2007)、2007年には在来種79種、外来種22種の計101種(高岩 2008)、2008年には在来種94種、外来種38種の計132種(高橋 2009)、2009年には在来種86種、外来種33種の計119種が確認されている(鈴木 2010)(図6)。年によっては確認できなかった種もあるため、全生育種数を毎年確認できているわけではないが、未確認種、新規確認種としては、近年は継続的に動的平衡状態にあるものと考えられる。しかし、2010年は記録的猛暑であったので、開花や生育が確認できた種が近年に比べ少なくなっていると考えられる。

 2010年度も、ミゾコウジュ、フジバカマ(写真45)、ミコシガヤといった湿地性絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。特にミゾコウジュは、ビオトープ内で多数生育が確認された。本種は個体数の変動が大きく、2009年は多数生育し開花したことが確認された(鈴木 2010)が、前年の2008年は確認された個体数が少なかった(高橋 2009)。2009年および今年度の大量開花によって生産された種子が、2011年以降に発芽し生育することが期待される。また、栽培実験で残ったミゾコウジュの苗を、2010年10月28日にアドバンテスト・ビオトープ内の散策道横に移植したので、これらが定着することも期待したい。

 フジバカマは今年度の調査では、2個体のみ確認され、昨年に引き続き、生育個体数が減少を続けていることが示唆された。主な原因は、水辺の生育地が初夏早々に他の草に覆われるため、光不足で生長が悪くなっていることではないかと推察される。今後、適切な草刈り管理を行うことが望まれる。

 栽培実験で残ったフジバカマの苗を、2010年10月28日にアドバンテスト・ビオトープ内の水辺に移植したので、これらが定着し開花することも期待したい。

 今年度の調査での出現植物の総種数に占める外来種の割合(帰化率)は約29%であった。これまでの調査では、19%(2006年)〜45%(2002年)であったことから、今年度は前年度までの平均的な状態と同じであったといえる(図6)。

 2010年の調査で初めて生育が確認された種は、テンツキ、トダシバ、ビワ、センダンの4種であった。このうちビワとセンダンは野生種ではなく、付近の民家の庭木に利用されている親木から鳥によって種子が運び込まれ、ビオトープ内で発芽・生長したものと考えられる。テンツキとトダシバは、攪乱のあったすぐ後に出現する植物種であるため、今年はビオトープ内の草刈りを1〜2回増やしたことにより出現したと考えられる。

 2009年に新出として報告したカモノハシは、再度確認をしたところ、ヒメアシボソであることが明らかになった。また2008年に確認されたエゾノギシギシはアレチギシギシ、2006年に確認されたキクイモはイヌキクイモであった可能性がある。

ビオトープ内での初出現植物数のうち在来種の占める割合は63%(2002年)から年を追うごとに増加し、2009年は100%、2010年も100%であった。これは外来種駆除を継続的に行ってきた成果であるといえる。

 今年度生育が確認された外来種のうち、セイタカアワダチソウ、ヒメモロコシ、イヌムギ、カモガヤは、地下茎や種子により旺盛に繁殖するため完全な駆除が困難となっている。しかし、引き抜きまたは刈り取りにより勢力を抑制していくことは可能なので、今後も継続して勢力抑制を図っていく必要がある。

 ビオトープの北に位置するヨモギ草原には、特にこれらの外来植物が多数繁茂していることから、面積の半分程度をクヌギ、コナラ、シラカシの雑木林に変えようと準備中である。2009年に鈴木が群馬の森で採取したクヌギ、コナラ、シラカシ(写真9)の種子を、今年3月に群馬大学荒牧キャンパスにおいて播種した。その後多くの実生を得て、現在も苗を生育中である。

 

チノー・ビオトープ

 初めての調査となる2010年度(4月〜9月)の調査により、在来種53種、外来種22種の計75種の生育が確認された(表2)。地形造成工事がほぼ終了したのは夏頃であったが、その以前から調査を行い、生育・開花が確認できた植物を記録した。確認した植物は水田・湿地生在来種が15種、道端・畑・空き地に生育する雑草が24種、山野に生育する在来種が14種であった。これらの植物は、観音山から持ち込んだ土壌中のシードバンクと根茎、および掘り起こした水田の土に含まれていた土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。また、絶滅危惧II類(VU)のコギシギシの生育が確認された。一方外来種は一年草が多く、迅速に引き抜き駆除を行ったため、速やかに縮退・駆除できる可能性が高いと考えられる。チノー・ビオトープの帰化率は29.3%と算出され、この値は、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後の値より低い。これらの結果は、チノー・ビオトープに持ち込んだのがもともと外来植物の少ない(鈴木 2010)観音山の土壌であるためと考えられる。この良好な状態を維持するため、今後も外来種の引き抜きや刈り取りを行い、在来植物の移入・定着を促進することが必要であると考えられる。

 創出したばかりの水生ビオトープでは、複数の水生動物の生育が確認された。すなわち、アマガエルなどの両生類、カブトエビなどの甲殻類、アメンボやトンボ(ヤゴと成虫)、ハイイロゲンゴロウなどの昆虫類である(写真6、7、8)。本ビオトープには、石積みビオトープや堆肥場(木枠を組んで落ち葉を溜めておく)といったビオトープ装置も造られたので、今後さらに多くの動物が生育できるようになると期待される。

 

男井戸川調整池(やたっぽり)(伊勢崎市豊城町)

 保全土壌に対する2回の調査で、在来種13種、外来種6種の計19種の生育が確認された(表3)。そのうち7種が水田・湿地生在来種で6種が畑地雑草であった。これらの植物は、当地が水田として利用されていた時期に形成された永続的土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。2008年度の調査では、当地において直近の自生地から導入されたアサザをはじめ、オモダカ、カワジシャ、シャジクモの計4種の絶滅危惧種の生育が確認されており(高橋 2009)、当地は生物の保護上の重要性が高いといえる(鈴木 2010)。一方、昨年まで確認されていなかった外来種のオオアレチノギクの生育が保全土壌上で確認され、遊水池予定地周辺では、2008年以前から多数生育していた水田の強外来雑草のキシュウスズメノヒエの生育が確認された。2009年には、直近の男井戸川のほとりで外来種のアオビユの生育が、男井戸川の流れの中には外来種のオランダガラシ(クレソン)の生育が確認されている(鈴木 2010)。以上の結果から、今後は絶滅危惧種の定着とともにキシュウスズメノヒエなど外来種の侵入の可能性もあると考えられるため、育成管理においてこれらの外来種を選択的に引き抜き駆除する必要がある。

 アサザは2009年初頭より群馬大学荒牧キャンパス内に移植保護されており、遊水池竣工後に当地に再移植する予定である。一部の個体群を2010年6月17日にアドバンテスト・ビオトープ内の池に移植したが、その直後の大雨で流出し消失してしまった。今後は、移植時の固定方法を再検討する必要がある。

 

アドバンテスト・ビオトープの気温・地温

 2009年12月18日から2010年11月15日までの期間に連続測定を行った結果、10地点間の気温条件(日最高気温、日平均気温、日最低気温)には、植生や草丈に関連した差異がないことが明らかになった(表4)。2009年(鈴木 2010)までの調査においては、特に7-8月の夏季において、草丈の低い草地(ヨモギ草原や芝地)と草丈の高い草地(チガヤ草原やススキ草原)で高く、林床で低いという結果が出たが、今年は記録的猛暑であったため違いがでなかったものと考えられる。

 地温については、日最高地温は草原に比べ林床が低い傾向が見られた(表5)。特に7〜9月に草原(24.6〜30.8℃)よりも林床(24.4〜28.2℃)の方が値が低かった。日平均地温も同様に林床で低い傾向がみられた。特に7〜8月において草原(23.4〜27.8℃)よりも林床(23.3〜26.6℃)で値がやや低い傾向がみられた。日最低地温は、一年を通じて林床の方が草原のより低い傾向を示した。先行研究における結果も含めて考えると、林床や草丈の高い草原では植物によって日光が遮断され、温度環境が緩和されると考えられる。この機能が正常に作用すれば攪乱地を好む外来種の侵入が発芽レベルで抑制され、在来植物の生育が促進されると考えられる。

 なお今回のデータの欠損は、カラスによりセンサが持ち去られたことと、データロガーに亀裂が入っていてそこから漏水しショートしてしまったことによるものである。

 

発芽の冷湿処理・温度依存性

・フジバカマ(キク科、多年草、Eupatorium japonicum)(写真11

 関東地方以西に分布する在来種で野原や河原に生育している。かつては秋の野草の代表として七草に含まれていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立てや護岸工事による自生地の消失や、除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷 1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されていて、群馬県では絶滅危惧I類に指定されている。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率(28日間培養後)は10/6℃〜22/10℃の温度区で約39%〜51%以上と比較的高い値となったが、これらより高い温度区ではやや低下し、30/15℃では約27%となった(図7)。

 2ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率(30日間培養後)は全ての温度区で約25%〜38%となり、培養温度との有意な関係は見られなかった(図8)。全体的には、最終発芽率は、1ヶ月と2ヶ月の冷湿処理間で有意な差はなかった(図10表6)。

 以上の結果から、本種の種子発芽は温度依存性があまりないと考えられる。このことは里地里山のように人間によってたびたび攪乱される環境に適応した結果、過半数の種子がなんらかのメカニズムによって深い休眠状態にあり、土壌シードバンクを形成することで地上部の消失後においても機会的に発芽して、種の絶滅を回避できる可能性を高めているものと推察される。鈴木(2010)は同じ谷田川産のフジバカマの種子に対して2ヶ月の冷湿処理を施し、多くの種子の休眠が解除されることを明らかにしたが、本研究の結果から、冷湿処理期間が1ヶ月あれば、半数弱程度のフジバカマ種子の休眠を解除できるものと推察される。

 アドバンテスト・ビオトープ内で採取したフジバカマの種子については、2ヶ月間の冷湿処理を施した後に発芽実験を行った場合に最大発芽率が4%(高橋 2009)、冷湿処理を施さずに行った場合は14%(高岩 2008)と、いずれも発芽率が低かった。板倉町の谷田川河川敷で採取した同種の種子の発芽実験では、2ヶ月間の冷湿処理を施した後に発芽実験を行った場合で最大発芽率が24%(鈴木 2010)、今回の実験においては1ヶ月冷湿処理で最大発芽率が50.6%と高い発芽率となった。以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマは、その起源と考えられる谷田川の個体群よりも種子の稔実率が低くなっていると考えられる。その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の不稔によるものではないかと推察される。今後本ビオトープ内でフジバカマの継続的な生育と増殖を促進するためには、近親交雑と花粉不足を避けるために、近隣の谷田川の個体群由来のフジバカマを種子から栽培し移植することが必要と考えられる。

 

ミゾコウジュ(シソ科、越年草、Salvia plebeia)(写真10

 本種は、アジア東南部からオーストラリアにかけての、暖帯から熱帯に広く分布していて、湿地に生育している(村田 2009)。近年、道路の舗装にともなう側溝整備や、河川の堤防の改修工事で生育地がだんだん少なくなってきた。国および群馬県のレッドリストに準絶滅危惧種に指定されている。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率(培養28日後)は、30/15℃では94.6%、25/13℃では88.6%、22/10℃では78.6%、17/8℃では8.6%、10/6℃では4%であった(図9)。すなわち、設定温度範囲内では30/15℃で最終発芽率最大となり、温度が低い区ほど低くなった(図10表6)。依田(2007)も同様の結果を得ていることから、本種の種子は生産された翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。このため、今後本ビオトープ内でミゾコウジュの継続的な生育と増殖を促進するためには、一部の種子を人工的に温存して、個体群の少なくなる時期にはそこから栽培・植栽を行って、絶滅を回避する保険とすることが有効であると考えられる。

 

異なる光環境条件下で栽培した植物の生長解析

・フジバカマ(Eupatorium japonicum

 本種実生の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.03gであったものが、4週間後の最終サンプリング時には約0.05g(3%区)〜約0.72g(100%区)となり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。

 異なる光条件下において、フジバカマの相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、相対光量子密度3%区では約0.024、9%区では約0.026、13%区では約0.049、100%区では約0.119となった(図11)。すなわち本種は裸地的な非常に明るい処でよく生長するが、他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。このことは、本種が主に陽当たりの良い河川敷といった明るい環境下に分布する理由の一つであると推察される。また本種の生育を促進するためには、周辺の植物を刈り取ったり、斜面地に植栽して、できる限り陽当たりを良くすることが重要であるといえる。実際、谷田川河川敷のフジバカマ自生地は、陽当たりの良い斜面地である(石川 私信)。

 光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、3%区で約0.6、100%区で約6.9と相対光量子密度が高い区ほど高くなり、特に13%以下の光条件区で著しく低い値となった。

 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、最も暗い光条件区である3%区以外では、ほぼ同じ値(約0.02〜0.04)となった。

 以上の結果から、本種のRGRが光条件が明るい区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性の変化であると考えられる。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積SLA(m2 g-1)は、3%区で約0.08、100%区で約0.04と相対光量子密度が低い区ほど高くなり、特に3%区で著しく高い値となった。

 器官別重量比は、LWRは、3%区で54.1、9%区で55.8、13%区で58.0と相対光量子密度が低い区ほど低い傾向を示したが、100%区では38.5と最も低くなった。SWRは26.2〜30.7で大差は見られず、RWRは、3%区で15.6、100%区で30.8と相対性光量子密度が低い区ほど低くなったので、結果としてLARは、3%区以外ではほぼ同じ値になったものと考えられる。SLAのこのような変化は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし暗い環境下でもLARはそれほど増加しないため、結果としてNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまうと考えられる。

 以上の結果から、本種が陽当たりの良い河川敷といった明るい環境下に分布するのは、そこが生育適地であるからといえる。

 

・ミゾコウジュ(Salvia plebeia

 本種実生の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.07gであったものが、4週間後の最終サンプリング時には約0.10g(3%区)〜約1.00g(100%区)となり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。

 異なる光条件下において、ミゾコウジュの相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、相対光量子密度3%区では約0.012、13%区では約0.060、100%区では約0.100となった(図12)。すなわち本種は裸地的な非常に明るい処でよく生長するが、他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。このことは、本種が主に陽当たりの良い通路沿い(ミゾコウジュの名の由来)といった明るい環境下に分布する理由の一つであると推察される。また本種の生育を促進するためには、周辺の植物を刈り取って、できる限り陽当たりを良くすることが重要であるといえる。

 光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、3%区で約0.2、100%区で約4.2と相対光量子密度が高い区ほど高くなり、特に13%以下の光条件区で著しく低い値となった。

 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、約0.04〜0.06の範囲にあったが、標準偏差が大きいため光条件区間で有意な差は認められなかった。

 以上の結果から、本種のRGRが光条件が明るい区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性の変化であると考えられる。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積SLA(m2 g-1)は、3%区で約0.06、100%区で約0.04と相対光量子密度が低い区ほど高くなり、特に3%区で著しく高い値となった。器官別重量比は、LWRは3%区で70.3、100%区で54.1と相対光量子密度が低い区ほど高くなり、SWRは7.1〜10.9と大差は見られず、RWRは、3%区で18.8、100%区で38.1と相対光量子密度が低い区ほど低くなったので、結果としてLARは光条件区間で有意な差は認められなかったものと考えられる。

 SLAのこのような変化は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし暗い環境下でもLARはそれほど増加しないため、結果としてNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまうと考えられる。

 以上の結果から、本種が陽当たりの良い通路沿いといった明るい環境下に分布するのは、そこが生育適地であるからといえる。

 

栽培時の環境条件

 栽培実験期間中の群馬大学荒牧キャンパス構内の裸地における気温と光量子密度の季節変化(図13)をみると、気温はほとんどの日時で20℃〜40℃の範囲内、PPFDの日最高値はほとんどの日で500μmolm-2s-1以上であったので、植物の生育にとっておおむね適当な条件であったと考えられる。ただし、2010年は記録的酷暑の年であり、7月〜9月の日最高気温がしばしば40℃を越えていたので、植物の生長にとって何らかのマイナス影響があった可能性は否めない。

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