結論

本研究により、ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という目的を達成する可能性が高いことが明らかになった。ビオトープは人為的な生物の導入ではなく、自然に移入・定着ができるように管理をすることが望ましい。そのためには、外来種の駆除などを行う必要がある。これにより、絶滅危惧種の系統維持や生物多様性の保全を実現することが可能であると考えられる。

 

 アドバンテスト・ビオトープについては、本研究の結果より、今後のビオトープ管理について以下のような提言ができる。

 植物相調査の結果、開花や生育が確認された76種の植物のうち外来種は22種で、出現植物の総種数に占める外来種の割合は約29%であった。2010年は酷暑であったため、開花した種数は例年に比べ少なかった。これらは、酷暑の中でも開花した植物の記録である。2010年度の調査で初めて生育が確認された種は4種(トダシバ、テンツキ、ビワ、センダン)であり、耕地性雑草が2種、庭木として利用されているものが2種であった。本ビオトープ内での初出現植物数のうち在来種の占める割合は、2002年度が63%、2003年度が67%、2004年度が79%、2006年度が89%、2007年度が94%、2009年度が100%と年々高くなってきていて、今年度も100%であった。これは外来種駆除を継続的に行った成果で、本来のビオトープの目的にかなった植物相になってきているといえる。また、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤといった湿地性絶滅危惧種や多数の里山植物の生育が継続して確認された。特にミゾコウジュは、多数個体を確認することができたことに加え、発芽実験で発芽した個体を生育しビオトープ内に移植したことから、今後も継続的に生育・開花していくと期待される。一方フジバカマは、確認された個体は2個体のみであった。これは草刈がうまく行われなかったことにより光不足が原因であると推察される(鈴木 2010)。今後はさらに積極的に草刈りを行って、水辺に明るい立地環境を維持していくことが不可欠である。

発芽の冷湿処理・培養温度依存性解析により、本ビオトープに生育する絶滅危惧種のうちフジバカマの種子発芽は温度依存性があまりなく、半数ほどが未発芽となった。このため本種は土壌シードバンクを形成することで、個体群を維持していると推察された。ミゾコウジュの最終発芽率は設定温度範囲内では30/15℃で最大となり、温度が低い区ほど低くなった。このためミゾコウジュは、生産された種子は翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。

また異なる光条件下での栽培実験を行い、生長解析を行った結果から、フジバカマとミゾコウジュは日当たりのよい場所(100%区)が生育適地であると考えられた。近年本ビオトープにおいてフジバカマの生育が芳しくないのは、他の草が繁茂して日陰にされるためであり、草刈りをさらに積極的に行う必要がある。以上よりアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマとミゾコウジュを継続的に生育させるには、草刈りを積極的に行って明るい立地環境を維持すること、および時々ビオトープ内に栽培個体を移植することが望ましいと推察される。

 酷暑のため、本ビオトープの気温と植生や草丈の関係について明確な結果を得ることができなかったが、地温に関しては植物の緩和作用により、1日の温度差が草丈の低い草地、草丈の高い草地林床の順に低くなっていることが明らかになった。狩谷(2004)によれば、本ビオトープ林内の相対光量子密度が、2003年(星野 2004)と比較して低下していた。すなわち、林床や草丈の高い草原では、植物が日光を遮断することによって温度環境が緩和されていると考えられる。これらの環境変化は、林内や草丈の高い草地において、外来植物が侵入しにくい環境がしだいに形成されていることを示唆するものである。一般に外来植物は明るい光条件下で生長がよく、また地温の日変化が大きいと発芽しやすいものが多くあるからである。この植物による環境緩和作用を促進するため、本ビオトープの北に位置するヨモギ草原の一部を雑木林にすることを計画中である。このヨモギ草原にはヒメモロコシをはじめ多くの外来植物が繁茂しているので、雑木林にして外来植物を除去しようという考えである。現在この草原に移植するクヌギ、コナラ、シラカシ(県立都市公園・群馬の森で2009年10月20日に採取・鈴木2010)の苗木を群馬大学荒牧キャンパス内で育成中である。この草原が雑木林になれば、外来種除去のための草刈りの手間が省けるだけでなく、ビオトープによるCO2吸収量(鈴木 2010)の増加につながることが期待される。

 

 チノー・ビオトープについては、本研究の結果より、今後のビオトープ管理について以下のような提言ができる。

 チノー・ビオトープでの植物相調査によって、在来種53 種、外来種22種の計75種の生育が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地・道端雑草であった。出現植物の総種数に占める外来種の割合は約29.3%であった。この数値は、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後と比較すると、低い数値である。外来種の少ない(鈴木 2010)観音山の土壌を移植したこと、当地に埋まっていた水田の土壌を使用したことが原因であると考えられる。本ビオトープでは、絶滅危惧種のコギシギシの生育が確認され、この種子が来年も発芽することが期待される。今後も外来種の刈り取り・引き抜き駆除を行うことと、管理のための継続的モニタリングが必要であると考えられる。

 また、創出したばかりの水田ビオトープでは両生類、甲殻類、昆虫類など複数の水生動物と多くの水生植物の生育が確認された。本ビオトープには、石積みビオトープや堆肥場が完成したので、今後豊かになる植物相とともに、さらに多くの生物が生育できるようになることが期待される。

 

 男井戸川調整池については、本研究の結果より、今後のビオトープ管理について以下のような提言ができる。

 男井戸川調整池の保存土壌における調査により確認された19種の植物のうち、外来種が6種で出現植物の総種数に占める外来種の割合は約32%であった。在来種は主として水田・湿地生の種と畑地生雑草であった。これは、当地がもともと水田として利用されていたことが原因で、その時に形成された土壌シードバンクが発芽したものであると推察される。2008年度には絶滅危惧種の生育が確認されており(高橋 2009)、当地は生物の保護上の重要性が高いといえる。外来種の出現は少数であったことから、この保存土壌を竣工時に播き出すことにより、かつての在来種植生の迅速な再生が図られると期待される。

 一方、2009年度の調査で確認されなかったオオアレチノギクが保存土壌上で確認されたこと、キシュウスズメノヒエが周辺に繁茂していることから、これら外来植物の駆除、および植生管理のための基礎情報を得る継続的なモニタリングを行う必要がある。特に竣工直後は工事の攪乱により、外来種が侵入しやすいので、迅速に刈り取り、引き抜き駆除を継続的に行うことが必要不可欠である。

 これらの本ビオトープの育成管理は、地域住民と行政機関が協働参加で行っていくことになる。管理を適切に行うためには、「外来植物マニュアル」などを作成し、一般の人々でも自然再生のために協力できるようにするなど、学術見識者による具体的なサポートが必須である。また地域住民が気軽に訪れられる環境をつくり、遊水池の状況を定期的に広報することで、地域のサポーター・理解者が増えていくことが期待される。

 ビオトープの育成管理は、地域の自然の自己回復力に人間が手を添えるという創造作業の一局面である。持続的な自然再生を実現するためには、見た目の奇抜さや公園利用価値のある庭園や緑地帯を造るのではなく、地域特有の自然や立地環境の復元を目指してビオトープを育成管理し、また継続的にモニタリングすることが必要不可欠である。同時に、ビオトープ利用者や地域住民への情報提供を行えば、ビオトープに対する理解や関心を深め、今後のさらなる成長をともに見守っていくことにつながり、ひいては一人一人の環境問題への意識が高まっていくことが期待される。

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