アドバンテストビオトープ
植物相調査
本年度は水辺周辺に生育する植物を中心として調査を行い、全体として47種の植物の生育を確認した(表 7)。このうち38種は日本の在来種であり、9種が国外外来種であった。在来種の動向として特筆すべきは、2005年6月25日の調査で確認されたネジバナである。ラン科植物であるネジバナには、シバの病原菌が菌根菌として共生しており、イネ科の草本相が豊かになると出現する植物である。このネジバナが確認されたことは、ビオトープ内の草本相が豊かになった証拠といえる。
また、2003年度から生育するようになった(星野 2003)カントウヨメナも、ビオトープ内の各所で確認された。こうした在来種の定着は、ビオトープの土壌が安定化しつつあることを示しており、このビオトープが引き続き生態系として成熟する方向へと向かっていることを示唆している。
植生調査
ライントランセクト法による調査で、同じ水辺域でありながら、3地点それぞれ異なった植生が成立していることが明らかになった。水源から池までの短距離ではあるが、水路沿いに多様な植生が成立しつつあるものと考えられる。池の直近である地点1においては、2005年4月の調査で35種の植物の生育が確認された。水辺(1-A)では植栽されたヨシが優占し、水辺から10mの地点(1-C)では日当たりのよい場所に生息するオニウシノケグサが被度75%と繁茂していた(表 9)。地点2は、水源から池に注ぐ水路の中流に位置する。ここでは、河川敷に多く生育するミコシガヤが水辺(2-A)で被度25%と比較的多く確認された。また水辺から4mの地点(2-B)では、河原のやや乾燥した場所に生育するチガヤが被度45%を占めていた。地点3は地点1の直近であるが、ビオトープ建設の際にヨシとチガヤが植栽された場所である。ここでは植栽された場所でそれぞれの植物が繁茂しており、水辺からの距離0m地点(3-A)ではヨシが、11m地点ではチガヤがともに被度100%を占めていた。これらの結果は、土壌含水率が水辺で74.7−85.1%と高く、水辺から離れるにつれて低くなる(表 9)環境勾配が維持されていることに起因する、植生の帯状分布が成立していることを示している。
土壌窒素濃度
ビオトープ内の水辺域4地点(図 14)から採取した土壌中の窒素濃度を測定した。測定結果(図15,表 8)を玉原湿原の土壌(図 12,表 5)と比較すると、ビオトープの水辺土壌のアンモニア濃度(1.21-4.71 mg/L)は玉原湿原の値(平均値:5.45 mg/L)よりも全体的に低かった。アンモニアは酸化するとその一部は亜硝酸化して空中に放出され、残りが硝酸となる。すなわち、硝酸濃度が高いことは土地の乾燥化を示している。ビオトープの水辺土壌のアンモニア濃度が玉原湿原の値よりも低くなったことは、ビオトープの水辺が天然の湿原よりも相対的に乾燥状態にあることを示唆している。ビオトープの水辺土壌の亜硝酸濃度(0.17-1.12 mg/L)も玉原湿原の値(平均値:0.75 mg/L)に比べ低い結果となった。一方ビオトープの水辺土壌の硝酸濃度(0.91-18.17 mg/L)は、玉原湿原の値(平均値:1.11 mg/L)に比べて全体的に非常に高くなった。これらの数値から求めたアンモニア態窒素比は、ビオトープ(0.33-1.34 mg/L)と玉原湿原(平均値:5.88 mg/L)で大きく異なっていた。これも、ビオトープの水辺が天然の湿原よりも相対的に乾燥状態にあることを示唆している。
上部に成立している植生の違いによっても、ビオトープの水辺の土壌窒素濃度は大きく異なっていた。すなわち、マメ科植物下の土壌は硝酸濃度(18.165 mg/L)が他の植生下土壌の値(ヨシ下1.72 mg/L、タデ下0.92 mg/L、カヤツリグサ科下7.22 mg/L)と比べて非常に高かった。これは、マメ科植物は根に窒素化合物を生成する根粒菌が共生しており、その影響により土壌中の窒素が増加したためであると考えられる。植生景観的には自然生態系として確立しつつあるビオトープであるが、土壌水分条件、土壌窒素条件においては、まだ天然の湿原土壌とは大きな違いがあるといえる。
インタビュー調査
1管理主体:管理に関する意志決定者 アドバンテスト社 管理部門総務課がアドバンテストの完全子会社に委託し、管理している。総務課の担当者が直接ビオトープを訪れることはなく、実質ビオトープの全ての管理は子会社(アドバンスドオフィスサービス、アドバンテストグリーン)に任されている。
2管理方法:管理は1週間に1、2回、1ヵ月におよそ80から100時間行われている。責任者1名、作業員2名で、主に作業は草取りを行っている。ビオトープ建設後2年目から携わってきており、自然形成の初めから完成まで体験できることや、隅々まで目を配らせることができることがビオトープの特徴だと考える。
具体的管理方法としては、木(コナラ、クヌギなど)の追加、外来種の除去、在来種であっても多様な種の育成のため過度な繁殖は防ぐといったことを中心にしている。
3管理指針:ビオトープはアドバンテスト社の研究所設立にあたり、従業員の福利厚生、癒しの効果を十分にすることをきっかけに取り組まれた。現在は、昼休み等に12、13名の従業員が散歩する姿が見受けられる。
また、「蛍川の完成」を目標としている。これは生態系としては不自然なことだが、従業員の癒しに繋がると考えている。
4現状把握:管理が行き届いている環境だけあって、現状の把握も徹底的になされている。ビオトープ内でみられる動植物を単に把握するだけでなく、その名前、特性等のリストや写真集を作成している。
ビオトープ建設5年目にして、設立当初、目標としていた生態系の確立はできたと感じている。ビオトープ内で食物連鎖が成立している象徴である、オオタカやモズなどの中・大型鳥類の餌場となっている。川から池そして排水といった水のネットワークが完成されて、水源である谷田川の生物、スジエビ、トオヨシノボリ、ヌカエビなどが定着してきていること。また、動物的面からも、ネズミ(ハリネズミやアカネズミ)、ヘビ(アオバイショウ、ヤマガラシ)が確認されていることからも、それがうかがえる。
このようにビオトープの生態系は、学術的調査研究結果に基づいた管理によって着実に成熟しつつある。これは、管理母体が維持管理というよりは、より良い方向へ変わっていくように促す「育成管理」(秋山 2000)を行ってきたたであるといえる。
4年前の新岡(2002)の研究において測定された本ビオトープの水辺の土壌含水率(平均値20.0%)に比べると、本研究の測定結果(平均値58.9%)は明らかに高い。これは、ビオトープの水辺土壌が着実に湿性土壌に変わってきていることを示していると考えられる。一方、2004年度より本ビオトープの地下数位が原因不明の高水位となっており(大矢 私信)、これが原因している可能性も考えられる。いずれにしても、今後も継続して土壌含水率をモニタリングする必要がある。
4年前の新岡(2001)の植生調査においては、水辺であってもヨシなどの植栽種以外では、エノコログサなど道端や荒地に生育する種が確認され、水辺特有の種としては、一年草のオオイヌタデが確認されている。一方今回の調査では、湿地や川岸に生生育する多年草のミコシガヤやセリなどが確認されている。この水辺植生の構成種の変化は、本ビオトープにおいて徐々に安定した水辺植生が成立しつつあることを示していると推察される。また本調査において確認された47種の植物のうち35種(およそ75%)が日本の在来種であった。利根川流域の関東平野の昔ながらの自然生態系を復元するという、ビオトープ構築の目的に着実に向かっているといえる。