結果および考察

発芽の温度依存性

・オオブタクサ(キク科一年生草本、Ambrosia trifida):要注意外来種

本研究では、標高の異なる3地点(前橋:標高150m、菅平:標高1,000m、西榛名:標高800m)で採取した種子について実験を行った。また、今回全ての種子に1ヶ月の冷湿処理を施した。これはオオブタクサの種子休眠の解除のためには、1ヶ月程度の冷湿処理が必要であるためである(荒木 2011)。しかし前橋産の種子は発芽率が非常に低く、経年劣化により発芽能力が低下していたと考えられた(表5図23)。このため前橋産の種子の発芽については、荒木(2011)が行った実験結果を参照して、以下に考察を行う。

菅平産、西榛名産いずれの種子も、最終発芽率は温度の高い区ほど低くなった。すなわち、菅平産の種子は10/6℃区〜22/10℃区で約56%〜82%発芽し、西榛名産は10/6℃区〜22/10℃区で約48〜51%発芽したが、30/15℃区では菅平産の種子は約17%、西榛名産の種子は約10%と発芽率は低かった(表5図23)。したがって最適発芽温度区は10/6℃、17/8、22/10℃であるといえる。

過去の研究結果においても、本種は10/6℃〜22/10℃の広い温度区で高い発芽率となるが、これらより高温下では発芽率が低くなることが示されている(高橋・2001;石川ら・2003;茅島・2005;河毛・20111;荒木・2011)。荒木(2011)によると、オオブタクサは現在全国的に分布しており、菅平のような寒冷地での拡大が続々と報告されている。

オオブタクサの種子は現在、温度が低いほうが発芽率が高いという発芽特性をもっているために、定着に成功しているのだと考えられる。今後地球温暖化が進行した場合、オオブタクサの種子発芽率は低下する可能性が示唆されたといえる。

同様な実験を行った荒木(2011)によると、1ヶ月の冷湿処理を施した前橋産の種子においては、いずれの冷湿処理においても、最終発芽率は気温の高い区ほど低くなり、10/6℃区〜17/8℃区で約54%〜57%発芽したが、30/15℃区では約2%しか発芽しなかった。今回の結果を併せてみると、10/6℃区〜17/8℃区という低温下では、標高の高い西榛名産および菅平産のオオブタクサの種子の最終発芽率は、標高の低い前橋産のものよりも高いことになる。同様の結果は、茅島(2005)の研究でも得られている。これはオオブタクサが侵入地の環境に対して適応進化した結果であると考えられる。一般にオオブタクサのような一年生草本は一世代の時間が短いため、適応進化のスピードが相対的に速いと考えられる。したがって、オオブタクサが温暖化に呼応して、迅速に発芽特性を進化させる可能性は否定できないといえる。

・メリケンカルカヤ(イネ科多年生草本Andropogon virginicus):要注意外来種

 最終発芽率は気温の高い区ほど高くなり、最適発芽温度区は30/15℃で約15%となった(表5図4)。25/13℃以下の温度区では0〜8%と低い発芽率となった。

 以上の結果よりメリケンカルカヤの種子は、地球温暖化が進行し気温が高くなった場合、発芽が促進される可能性が高いと考えられる。

・イヌムギ(イネ科多年生草本、Bromus catharticus

 10/6℃〜30/15℃の全ての温度区において最終発芽率は、約86%〜98%と非常に高くなった(表5図5)。過去の研究においても、同様に広い温度域で高い最終発芽率となった(柴宮・2009;佐藤・2005;河毛・2010)。

 以上の結果よりイヌムギの種子は、地球温暖化が進行しても発芽が阻害されることはなく、土壌中に十分な水分さえあれば地温の低い冬季にも発芽し、生長を開始すると考えられる。

・カモガヤ(イネ科多年生草本、Dactylis glomerata):要注意外来種

 最終発芽率は気温の高い区ほど高くなり、10/6℃区で約59%、17/8℃区で約72%となり、22/10℃区以上の区では74%以上が発芽した(表5図6)。

 河毛(2011)が行った1ヶ月の冷湿処理を施した種子を用いた実験でも、温度の高い区ほど最終発芽率が高くなり、全体に非常に高い値(約84%〜95%)となった。

 以上の結果から、カモガヤの種子はイヌムギの種子と同様に、地球温暖化が進行しても発芽が阻害されることはなく、土壌中に十分な水分さえあれば地温の低い冬季にも発芽し、生長を開始すると考えられる。

・オオキンケイギク(キク科多年生草本、Coreopsis lanceolata):特定外来種

 最終発芽率は10/6℃で約85%、17/8℃で約82%と高い値となった。他の温度区でも約63〜74%と高い値を示したが、全体として温度が高い区ほど最終発芽率は低下するといえる(表5図7)。

 津村(2002)も同様の結果を示しており、10/6℃〜15/7℃で高い発芽率(約72%〜81%)となった。

 以上の結果より、今後地球温暖化が進行した場合、オオキンケイギクの種子発芽率は低下する可能性が示唆されたといえる。オオキンケイギクは原産地が北アメリカと北方であるために、種子はこのように低温環境に適応した性質を有していると考えられる。

異なる温度条件下で栽培した植物の生長解析

・イヌムギ(イネ科多年生草本、Bromus catharticus

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.067、+1℃区で約0.064、+2℃区で約0.060と、温度が高い区ほど低くなった(図8)が、分散分析の結果、有意な差とならなかった。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、+0℃区で約6.7、+1℃区で約6.5、+2℃区で約6.2と、温度が高い区ほど低くなったが、分散分析の結果、有意な差とならなかった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、区間で有意な差がなく、0.0103〜0.0106であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の影響をあまり受けなかった原因は、NAR、LARともに気温の影響をあまり受けないことであると考えられる。したがってイヌムギは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性、葉の量はともに変化せず生長速度も変わらないため、地球温暖化の影響をあまり受けないと考えられる。

・カモガヤ(イネ科多年生草本、Dactylis glomerata):要注意外来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.057、+1℃区で約0.058、+2℃区で約0.068と、温度が高い区ほど高くなった(P<0.0001)(図9)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、+0℃区で約4.4、+1℃区で約4.4、+2℃区で約5.0と、温度が高い区ほど高くなったが、分散分析の結果、有意な差とならなかった(P<0.0521)。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、区間で有意な差がなく、0.01144〜0.0149であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の高い区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性が促進されたことであると推察されるが、統計的な有意差がなかったので、再検証実験を行う必要がある。そのうえで、カモガヤは地球温暖化による気温上昇により、葉の量は変化せずに光合成活性が促進されることにより生長速度が加速するという影響を受けて、将来ますます繁茂する可能性があるかどうか、明らかになるであろう。

・ナガバギシギシ(タデ科多年生草本、Rumex crispus

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.068、+1℃区で約0.0609、+2℃区で約0.0601と、温度が高い区ほど低くなった(図10)が、分散分析の結果、有意な差とならなかった(P<0.0841)。

光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、+0℃区で約9.5、+1℃区で約7.4、+2℃区で約6.3と、温度が高い区ほど低くなった(P< 0.0134)。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、区間で有意な差がなく、0.011〜0.012であった。

 以上の結果から、統計的に有意な差となかったが本種のRGRが気温の高い区ほど低い傾向を示した原因は、NAR、すなわち光合成活性の低下であると推察されるが、確定するためには再検証実験を行う必要がある。そのうえで、本種が地球温暖化による気温上昇により、光合成活性が低下して生長速度が低下するという影響を受けて、将来衰退する可能性があるかどうか、明らかになるであろう。ナガバギシギシの原産地はヨーロッパと北方であるため、気温上昇の影響を強く受けるとも考えられる。したがってナガバギシギシは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性が低下して生長速度が低下するという影響を受けて、将来衰退する可能性があると考えられる。

・ショカツサイ(アブラナ科二年生草本、Orychophragmus violaceus):群馬県内危険外来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.029、+1℃区で約0.026、+2℃区で約0.051と、温度が高い区ほど高くなった(P<0.0002)(図11)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、+0℃区で約2.6、+1℃区で約2.2、+2℃区で約5.0と、+2℃区で増加した(P<0.0011)。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、区間で有意な差がなく、0.013〜0.014であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の高い区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性が促進されたことであると考えられる。したがってショカツサイは地球温暖化による気温上昇により、葉の量は変化せずに光合成活性が促進されることにより生長速度が加速するという影響を受けて、将来ますます繁茂する可能性があると考えられる。

 柴宮(2008)、荒木(2011)によると、ショカツサイは冷湿処理を施すと、殆ど発芽しなくなる。すなわち、ショカツサイは種子が成熟した後には主として秋に発芽し、未発芽の種子は冬の低温にさらされると二次休眠が誘導されて、永続的土壌シードバンクを形成するようになると考えられる。したがってショカツサイは地球温暖化による気温上昇により、二次休眠の誘導の機会が減って、秋に発芽する種子が増加する可能性もあると考えられる。

・メハジキ(シソ科越年生一年草本、Leonurus sibiricus):在来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.062、+1℃区で約0.061、+2℃区で約0.068と、温度区間で有意な差はみられなかった(図12)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、+0℃区で約5.8、+1℃区で約5.3、+2℃区で約6.9と、温度区間で有意な差はみられなかった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、区間で有意な差がなく、0.016〜0.017であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の影響を受けなかった原因は、NAR、LARともに気温の影響を受けないことであると考えられる。したがってメハジキは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性、葉の量はともに変化せず生長速度も変わらないため、地球温暖化の影響をあまり受けないと考えられる。

・チヂミザサ(イネ科一年生草本、Oplismenus undulatifolius):在来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.071〜0.077であった(図13)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、温度区間で有意な差がなく、3.7〜5.8であった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.0022〜0.0026であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の影響を受けなかった原因は、NAR、LARともに気温の影響を受けないことであると考えられる。したがってチヂミザサは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性、葉の量はともに変化せず生長速度も変わらないため、地球温暖化の影響をあまり受けないと考えられる。

・クヌギ(ブナ科落葉高木、Quercus acutissima):在来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.012〜0.013であった(図14)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、温度区間で有意な差がなく、5.6〜6.7であった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.0022〜0.0025であった。

 以上の結果から、本種のRGRが気温の影響を受けなかった原因は、NAR、LARともに気温の影響を受けないことであると考えられる。したがってクヌギは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性、葉の量はともに変化せず生長速度も変わらないため、地球温暖化の影響をあまり受けないと考えられる。

・コナラ(ブナ科落葉高木、Quercus serrate):在来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.00157、+1℃区で約0.0158、+2℃区で約0.017と、温度が高い区ほど高くなったが、その差は小さく(図15)、分散分析の結果、有意な差とならなかった(P< 0.053)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、区間で有意な差がなく、5.0〜6.2であった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.0032〜0.0037であった。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表すSLA(m2 g-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.009〜0.012であった。器官別重量比のうち葉の重量比は区間で有意な差がなかった。

以上の結果から、本種のRGRが気温の影響を大きく受けなかった原因は、NAR、LARともに気温の影響を大きく受けないことであると考えられる。したがってコナラは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性、葉の量はともあまり変化せず生長速度もあまり変わらないため、地球温暖化の影響をあまり受けないと考えられる。

・シラカシ(ブナ科常緑高木、Quercus myrsinaefolia):在来種

 相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、+0℃区で約0.005、+1℃区で約0.01、+2℃区で約0.009と、温度上昇区で高くなった(P<0.0002)(図16)。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、温度区間で有意な差がなく、2.9〜3.1であった。各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、+0℃区で約0.0025、+1℃区で約0.0033、+2℃区で約0.0032と、温度上昇区で高くなった(P<0.00386)。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表すSLA(m2 g-1)は、温度区間で有意な差がなく、0.007〜0.09であった。器官別重量比のうち葉の重量比(LWR)は、+0℃区で約38.1、+1℃区で約50.6、+2℃区で約50.0と、温度上昇区で高くなった。すなわちLARの変化の原因は、葉の重量比の変化であると考えられる。

 本種のRGRが気温の高い区ほど高くなった原因は、LAR、すなわち重量と葉面積の比の増加であると考えられる。またこの増加の原因は、光合成生産物の葉への投資が増えたものであり、SLAで表される葉の質の変化ではないと考えられる。したがってシラカシは地球温暖化による気温上昇により、光合成活性は変化しないが光合成産物の葉への投資量を増加することにより生長速度が加速するという影響を受けて、将来も安定的に生長できる可能性があると考えられる。シラカシの原産地は温暖な地域であるために、このように地球温暖化の影響は受けにくいのだと推察される。

目次

←前  次→