結果および考察

 

植物相調査

・西榛名(東吾妻町)

 現地調査によって、在来種143種、うち18種の絶滅危惧種または希少種の生育が確認された(表4)。西榛名地域においては2008年、2009年から継続して調査が行われている。「CN・第二鷲谷ヒルズ」での植生調査は今回が初めてであり、今回の調査地中最も多い、在来種55種が確認された。このうち2種が絶滅危惧種・希少種であった。また、西榛名地域では初出の在来種である、コボタンヅルの生育も確認された。

 棚田とため池、休耕田のある「CN・大谷」(写真1)では、在来種36種の生育が確認され、うち10種が絶滅危惧種・希少種であった。また、休耕田では、西榛名地域において初出の在来種トキンソウの生育が確認された。

 小規模な渓流沿いである「CN・七曲川」では、絶滅危惧種・希少種の生育が5種と多数確認された。またこの地点では、中国原産の外来植物である、県内危険外来種セリバヒエンソウの繁茂が初めて確認された(写真3)。また、要注意外来種オオブタクサの繁茂も確認された。CN・新桜台では絶滅危惧種・希少種が4種確認された。

 以上確認された在来植物は、初出種を除いてすべて高橋(2009)、江方(2010)から引き続き生育が確認された種であり、本地域で在来植物にとって良好な生育環境が維持されていることを表しているといえる。しかし、オオブタクサ、セリバヒエンソウについては要注意である。

 「CN・元ツルカメの森」では、在来種50種の生育が確認された。このうち3種が絶滅危惧種・希少種であった。当地では2007年3月頃に大規模なコンクリート側溝埋設工事が行われ、渓流の本来の流れが消失し、その周辺も一面に掘り返されて、貴重種が群落ごと消失した。また、渓流水が側溝を流れず、工事後数ヶ月で土砂崩れ、地滑りと地割れが形成された。すなわち、このコンクリート工事の効果と必要性は全くないと思われる(石川ら 2008)。この破壊行為の後3年目となり、残された土壌シードバンクや地下茎からこれらの種が再生してきたものと考えられる。

 「CN・七曲川」では、高橋(2009)の報告から、在来種が101種、絶滅危惧種が6種確認されており、この七曲川流域は、まさに生物多様性のホットスポットと言えるであろう、保全対策の中心となるべき地域である(高橋 2009)。この地点では、今回初出の外来植物、セリバヒエンソウの他にも、要注意外来種であるオオブタクサの生育が数年前から多数確認されており、今後これらの外来植物の駆除、移入防止対策も検討すべきであると思われる。

 また、この地域の住民から、貴重種の盗掘があるとの報告があった(石川 2008)。盗掘を防ぐために、住民と協力し、何らかの対策を講ずる必要があると考えられる。この地域では、種の多様性だけでなく、工事や盗掘などの人為的悪影響なども考慮した上で、保全対策を検討していく必要があると思われる。

 


 

 

 西榛名地域は里山としての景観を今日に残しているばかりでなく、多くの絶滅危惧種・希少種が生育するなど、在来植物の生育状況も極めて良好であるとされている(高橋 2009)。

 本研究により、絶滅危惧種・希少種を含む多数の在来植物種の生育が引き続き確認されたことから、当地は継続して良好な里山として維持されていると考えられる。このように、里山地域において、伝統的農耕に伴って多様な植生・植物相が成立し、かつこれだけ多くの貴重種が生育している現状は、全国的にみても極めて希であり(石川 2008)、保全上極めて重要な地域である。この高い種多様性を生み出す里山利用形態に関する、学術的重要性も極めて高い(石川 2008)。しかし、この地域で大規模なコンクリート側溝工事や、貴重種の盗掘などの人為的悪影響も確認されていることや、新たな外来植物の生育が確認されるなど、在来植物の生育を脅かす状況も確認されていることに留意しなくてはならない。今後も継続的なモニタリング調査を行うことによって、これらの持続性を確認していくことが、今後の保全対策の策定と実施の大前提であると考えられる。

 

 



 

冷湿処理期間と培養温度に対する発芽の依存性

・シドキヤマアザミ(キク科多年生草本、Cirsium shidokimontanum):希少種

 山野に生育するが、本州中部以北で多く自生する。2002年に門田裕一氏によりキク科アザミ属の新種として論文発表された種である。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率は17/8℃区以上の温度区でよく発芽(約63%〜80%)し、10/6℃区で最小(約37%)となったが、全温度区域で発芽が見られた(表7図4図13)。

 江方(2010)は冷湿処理を施さないで本種の発芽実験を行い、30/15℃区にて最大(約59%)、10/6℃において最小(約9%)の発芽率となったと報告した。

 以上の結果から、本種の種子の十分な休眠解除のためには、1ヶ月程度の冷湿処理が必要であり、また最終発芽率は培養温度が高いほど高くなると考えられる。本種は主に、耕起されたり草刈りなどの攪乱を受けた水辺や湿地に生育するが、これは本種の発芽が温度の高い条件下で非常に高くなることが一つの原因になっていると推察される。すなわち、攪乱によって明るくなり、土壌が一時的にせよ高温になる場所が形成されると、本種が速やかに発芽するものと考えられる。

 

・ヒヨドリバナ(キク科多年生草本、Eupatorium japonicum

 主に北海道から九州に分布しており、山地などでごく普通に見られるが、比較的標高の高い湿地に多く生育する。ときには、ウイルス病にかかっているものなどがある。日本の他にも朝鮮や中国、フィリピンなどに分布している。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率は25/13℃区〜30/15℃区で約12%で、これらより低い温度区域では6%以下しか発芽せず、10/6℃区では全く発芽しなかった(表7図5図13)。

 2ヶ月の冷湿処理を施した種子においても、最終発芽率は低く、17/8℃区〜30/15℃区で約10%前後しか発芽せず、10/6℃区では約5%しか発芽しなかった。25/13℃区で最大の最終発芽率(約16%)となったので、本種の発芽最適温度は25/13℃と考えられる。また冷湿処理1ヶ月処理と2ヶ月処理の間には、有意な最終発芽率の差はないといえる(表7図6図13)。

 以上の結果から、本種の種子の十分な休眠解除のためには、2ヶ月より長い期間の冷湿処理が必要であるか、または別の休眠解除のための手法が必要であると考えられる。本種は、比較的標高の高い湿地に多く生育する。仮により長い期間の冷湿処理が必要であるとするなら、本種が比較的標高の高いところに多く分布することと、因果関係があるのかもしれない。

 

・タウコギ(キク科一年生草本、Bidens tripartite):水田雑草

 日本全土に分布しており、主に湿地や水田、あぜ道などに多く生育する。日本の他にも広くアジア、ヨーロッパ、北アフリカなどにも生育している。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率は、17/8℃区〜30/15℃区の広い温度区域で約90%以上となり、10/6℃区では約15%で、気温の高い温度区ほど高い最終発芽率となったといえる(表7図7図13)。

 2ヶ月の冷湿処理を施した種子においても、最終発芽率は、17/8℃区〜30/15℃区の広い温度区域で高く(約93%以上)なり、10/6℃区では約8%で、気温の高い温度区ほど高い最終発芽率となった。したがって、冷湿処理1ヶ月処理と2ヶ月処理の間には、有意な最終発芽率の差はないといえる(表7図8図13)。

 以上の結果から、本種の種子の十分な休眠解除のためには、1ヶ月より長い期間の冷湿処理が必要であるか、あるいは冷湿処理は必要ないと考えられる。今後は、種子に冷湿処理を施さない発芽実験をさらに行い、検証を深める必要がある。本種は毎年耕起される水田とその周辺に生育するが、これは本種の発芽が温度の高い条件下で非常に高くなることが一つの原因になっていると推察される。すなわち、水田耕起によって明るくて土壌が一時的にせよ高温になる場所が形成されると、本種が速やかに発芽するものと考えられる。

 

・ヒロハヌマガヤ(イネ科多年生草本、Diarrhena fauriei):希少種

 日本のイネ科では稀品で、記録では長野県のみ分布とされるイネ科の多年草である。長野県以外では、朝鮮、中国北部、極東シベリアに分布しているとされていた(長田 1989)。群馬県では西榛名地域において2006年に発見され(大森 2007)、群馬県レッドリストでは希少種とされている。

 1ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、10/6℃区で全く発芽せず、これより高い温度区域では、最終発芽率は温度が高い区ほど高くなったが、25/13℃区〜30/15℃区で約23%〜24%にとどまった(表7図9図13)。

 2ヶ月の冷湿処理を施した種子においては、最終発芽率は、10/6℃区で最小(約7%)、30/15℃区で最大(約34%)となり、17/8℃区〜25/13℃区では12%〜26%程度となった(表7図10図13)。一部に不自然なばらつきがある(25/13℃区では、実験に用いた種子に未熟で発芽不能なものが多かったと思われる)が、気温の高い温度区ほど高い最終発芽率となったといえる。

 高橋(2009)が本種の種子に2ヶ月間冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率には温度区間で意味のある差はみられず、約25%〜33%となった。また石川が2007年に本種の種子に3ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は25/13℃で最大(約40%)となった。以上のように本種の種子においては、培養温度と最終発芽率の間には、再現性のある関係が今のところ認められないが、25/13℃〜30/15℃の範囲が最適温度となるのではないかと推察される。また本種の種子の十分な休眠解除のためには、3ヶ月以上の長い期間の冷湿処理が必要であるか、または別の休眠解除のための手法が必要であると考えられる。本種は比較的標高の高い冷涼な山地に生育するが、より細かく見ると、主にけもの道沿いや林冠ギャップの下といった、時折光が差し込んで土壌が一時的にせよ高温になる場所に分布する。本種の種子の発芽特性(長い冷湿処理期間とその後の高温での培養が、最終発芽率を高める)は、このようなところに分布することと因果関係があるのかもしれない。今後は、種子に4ヶ月以上の冷湿処理を施した後に発芽実験をさらに行い、検証を深める必要がある。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 以上の2010年に1ヶ月間、2ヶ月間の冷湿処理を施した種の最終発芽率と温度レジームの関係を、石川(2007、未発表)および高橋(2009)による里山植物の発芽パターンの類型をもとにしてまとめると、以下のタイプに類型化される。

 ・ヒヨドリバナ:TYPE II。温度レジーム間で最終発芽率に有意な差がない(表7図13)。このタイプに属する種は、長期間にわたって土壌シードバンクが維持され、そこから機会的に発芽することによって、個体群が維持されるものと推察される。

 ・タウコギ、シドキヤマアザミ、     :TYPE III。気温の高い温度区ほど最終発芽率が高い(表7図13)。このタイプに属する種は、いったん地中深くに種子が埋没すると長期間にわたって土壌シードバンクが維持され、その上部にギャップ(植生が部分的に失われた明るいスポット)が形成されると発芽することによって、個体群が維持されるものと推察される。

 ・ヒロハヌマガヤ:TYPE V。最終発芽率の最適温度(25/13℃程度)が存在するが、全体的に発芽率はあまり高くない。このタイプに属する種は、早春に発芽するが、発芽の適期を逃した種子は高温により二次休眠状態に入り、永続的土壌シードバンクを形成する可能性が高いと考えられる(表7図13)。

 石川(2007、未発表、3ヶ月冷湿処理)および高橋(2009、2ヶ月冷湿処理)による里山植物の発芽実験によると、最終発芽率と温度レジームの関係は大別すると5つのタイプに分けられる。すなわち、TYPE I(イトイヌノヒゲ、ダイコンソウ):全温度レジームにおいて100%近くが発芽、TYPE II(カラハナソウ、ナガミノツルキケマン、キバナアキギリ):全温度レジームにおいて30%程度が発芽、TYPE III(タウコギ、アブラガヤ、イヌビエ、 フシグロセンノウ):10/8℃でほとんど発芽せず、より高温のレジームでより多くの種子が発芽する、TYPE IV(アキノウナギツカミ):低温のレジームほど発芽率が高い、TYPE V(ヒロハヌマガヤ、サジオモダカ、ノブキ、キンミズヒキ):25/13℃で最も発芽率が高いが、全体的に発芽率は40%以下である。本研究の結果は、このタイプ分けが普遍性の高いものであることを証明したものであると考えられる。ただし、ヒロハヌマガヤとサジオモダカの種子は、冷湿処理が2ヶ月の場合にTYPE IIになるため、今後さらに検証を進める必要がある。

 

異なる光条件下で栽培した植物の生長解析

・シドキヤマアザミ

 異なる光条件下において、シドキヤマアザミの相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、相対光量子密度3%区で約0.007、9%区で約0.019、13%区では約0.044、100%区では約0.104と、明るい区ほど高くなり、特に13%区以下で著しく低下した(図14)。すなわち本種は、裸地的な非常に明るい処でよく生長するが、他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。

 光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、3%区で約0.210、100%区で約4.333と相対光量子密度が高い区ほど高くなり、特に13%区以下の光条件区で著しく低い値となった。

 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、100%区で0.024と多少低くなったが、それ以外の区では約0.030〜0.034の範囲にあった。

 以上の結果から、本種のRGRが光条件が明るい区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性の変化であり、LARは100%区で低かったがこれをNARの高さが補完したと考えられる。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積SLA(m2 g-1)は、100%区で0.026と低くなったが、それ以外の区では約0.037〜0.046の範囲にあった。器官別重量比のうち葉重量比は処理区間で有意な差はなかったので、結果としてLARが100%区で低くなったものと考えられる。

 SLAのこのような変化は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし暗い環境下でもLARは増加しないため、結果としてNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を引き起こしてしまうと考えられる。

 以上の結果より、本種は、より明るい場所ほど生育に適していると考えられる。このことは、本種が主に耕起されたり草刈りなどの攪乱を受けた明るい水辺や湿地に生育する原因の一つになっていると考えられる。すなわち、攪乱によって形成された明るい水辺や湿地においては、本種は速やかに生長するものと推察される。

 

・タウコギ

 異なる光条件下において、タウコギの相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、相対光量子密度3%区で約0.008、9%区で約0.059、13%区では約0.086、100%区では約0.118と、明るい区ほど直線的に高くなった(図15)。すなわち本種は、裸地的な非常に明るい処でよく生長するが、他の植物に被陰されると生長が悪くなり、林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、3%区で約0.197、100%区で約7.019と相対光量子密度が高い区ほど高くなり、特に13%区以下の光条件区で著しく低い値となった。

 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、100%区で0.024と低くなったが、それ以外の区では約0.037〜0.041の範囲にあった。

 以上の結果から、本種のRGRが光条件が明るい区ほど高くなった原因は、主としてNAR、すなわち光合成活性の変化であり、LARは13%区以下の区で増加して、NARの低下を補完したと考えられる。

 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積SLA(m2 g-1)は、100%区で0.012と低くなったが、それ以外の区では約0.038〜0.046の範囲にあった。器官別重量比のうち葉重量比は13%区以下の区で100%区に比べて増加しているので、結果としてLARが13%区以下の区で増加したものと考えられる。

 SLAと葉重量比のこのような変化は、光が不足して光合成活性が低下した際に、葉へ光合成産物の投資を相対的に増やし、またより薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし暗い環境下でのLARの増加はNARの低下を補うことができずに、結果としてRGRの著しい低下を引き起こしてしまうと考えられる。

 以上の結果より、本種は、より明るい場所ほど生育に適しているが、ある程度の暗さには対応できる仕組みを有していると考えられる。このことは、本種が主に毎年耕起される水田とその周辺に生育する原因の一つになっていると考えられる。すなわち、水田とその周辺は、耕起直後は裸地的で非常に明るいが、イネの作付け・生長により速やかに暗くなっていく。本種の生長特性は、こうした光環境の悪化の中でも生長できるように進化した結果であると推察される。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栽培実験期間中の環境条件

 栽培実験期間中の群馬大学荒牧キャンパス構内の裸地における気温と光量子密度の季節変化(図17)をみると、気温はほとんどの日時で20℃〜40℃の範囲内、PPFDの日最高値はほとんどの日で500μmolm-2s-1以上であったので、植物の生育にとっておおむね適当な条件であったと考えられる。ただし、2010年は記録的酷暑の年であり、7月〜9月の日最高気温がしばしば40℃を越えていたので、植物の生長にとって何らかのマイナス影響があった可能性は否めない。

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