結 論

 

 本研究による群馬県西榛名地域の里山調査の結果、当地域では伝統的農業によりコナラーハルニレ二次林、水田、ため池、用水路と周辺湿地など、様々な立地条件が形成されており、それぞれの立地に適応した発芽特性・生長特性を有すると思われる多くの在来植物種・貴重種が生育していることが明らかになった。植物相調査によって在来植物143種の生育が確認され、このうち18種の絶滅危惧種・希少種(貴重種)の生育が確認されたことから、この地域ではこのように生育環境が多様なことが、当地域で多様な植物種が生育可能となっている原因の一つであると考えられる。

 本研究では、高橋(2009)、江方(2010)の調査に引き続き生育が確認されたものばかりでなく、新たな在来種(コボタンヅル)の生育および貴重種の生育地も確認することができた。

 

 

 したがって、この地域では引き続き良好な里山環境が維持されていると考えられる。しかし、新たな外来植物(セリバヒエンソウ)の繁茂が確認されたこと、大規模なコンクリート側溝埋設工事跡は依然として植生が回復途上にあること、この地域の住民から貴重種の盗掘の報告があることなど、人為的悪影響により植物にとって良好な環境が破壊されている状況も確認されている。今後は、こうした人為的悪影響を軽減するべく、地域住民と協力して保全対策を検討していく必要があると考えられる。

 コナラーハルニレ二次林と周辺の貴重種が多数生育している数地点で相対光量子密度と土壌含水率の季節変化を計測したところ、土壌含水率は常に0.40〜0.96m3m-3と高く、相対光量子密度は上層の落葉樹の展葉前の早春から5月中旬まで11.6%〜83.2%と高いが、展葉後は低くなることが明らかになった。すなわち貴重種の多くは、湿った春先の明るい立地を主な生育地としていると推察される。また、ため池で水生貴重種が多数生育していることが確認されたことから、水田耕作が水生貴重種の存続に不可欠であると推察される。


 

 発芽実験の結果、里山に生育する在来植物の発芽特性も多様であることが示された。長期間にわたって土壌シードバンクを形成し、そこから機会的に発芽する種(TYPE II)、長期間土壌シードバンクが形成され、その上部にギャップが形成されると発芽し、個体群を維持する種(TYPE III)、早春に発芽するが、発芽の適期を逃した種子は高温により二次休眠状態に入り、永続的土壌シードバンクを形成する可能性が高い種(TYPE V)などの発芽特性の多様性がみられた。また、冷湿処理期間によって発芽パターンが変わる種(ヒロハヌマガヤ)も確認されたため、今後さらに実験を行って検証を進める必要がある。いずれにしても今回実験に用いた種は、里山地域でみられる中規模撹乱に対し土壌シードバンクを形成することで対応していると考えられる。また、冷湿期間を長くすることにより休眠が解除され、最終発芽率が向上するなど、冷湿期間の違いが発芽率を左右する種もあることが明らかとなった。

 栽培実験による生長解析を行った結果、里山植物それぞれの生育特性と、実際の里山における生育地の環境条件との関係の一部を解明することができた。シドキヤマアザミは、100%区で相対生長速度(RGR)が最も高く、これより暗い区では著しく生長が悪かった。こうした生長特性は、本種が耕起や草刈りなどの攪乱を受けた水辺に主に生育していることの一因と考えられた。タウコギも100%区でRGRが最も高かったが、13%区でのRGRの低下は、各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR)の増加で補完されたため、シドキヤマアザミほどではなかった。こうした本種の生長特性は、主な生育地である水田においては、イネの作付け後速やかに暗くなっていくため、これに適応した結果であると考えられる。

 

 

 

 以上のように種によって生長特性は多様であるが、いずれの種も良好な生長にとっては、里山において多様な生育環境を形成している、農耕や伐採といった人為的管理による中規模撹乱が必須であると推察される。

 里山では長年、農民たちが水田、畑地、ため池、二次林、草地などを形成し、利用してきた。こうした伝統的農法は継続的な人為的な中規模撹乱となり、このため里山では植物種多様性が非常に高く、また多くの絶滅危惧種・希少種が生育していると推察されている。本研究の結果は、この推察を裏付ける強い根拠となると考えられる。

 本研究で対象とした群馬県西榛名の里山地域は、現在でも伝統的農耕が継続され、これに伴って多様な立地、多様な植生・植物相が成立し、かつ多くの貴重種が生育している、全国的にみても極めて希な里山地域であり、保全上極めて重要な地域であるとされる(石川 2008)。しかし当地域においても、大規模なコンクリート側溝工事や、貴重種の盗掘、新たな外来植物の繁茂など、種多様性を破壊する脅威が迫っていることも忘れてはならない。今後も持続的なモニタリング調査を行い、種多様性の持続性などを確認していくことが、保全対策の策定と実施の大前提であると思われる。

 人間は昔から、自然環境と長期間向き合うことで、自然との共生の方策を編み出して生き永らえてきた。人間とその生活を包み育んできた里山のような立地環境は、この共生があるからこそ成立しているのであると考えられる。今後保全対策を検討していく上でも、人と自然との共生によって、この種多様性が維持されていることを大前提とすべきである。

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