結果および考察1



植物相調査
・西榛名(東吾妻町)
 現地踏査による調査によって、在来種215種、うち12種の絶滅危惧種・希少種が確認された。地点別にみると、コードネーム(以下「CN」とする)・七曲川(写真1)と称する小規模な渓流沿いで101種と最も多くなった。またこの地点だけで6種の絶滅危惧種の生育が確認された。次にCN・大谷(写真2)で種数が多く(96種)、特にこの地点ではため池と休耕田において、湿地性植物と水田雑草の在来種が81種、うち絶滅危惧種・希少種8種と多数生育していることが明らかなった。CN・夢の花園入り口は、コナラ二次林の林床であり、かなり暗い光条件となっているため、林床生の在来種を中心に42種、うち希少種2種が生育していることを確認した(表3)。
<以下、地点別の詳細な分布パターンは、保護状の理由により非公開とする。>
 以上のように、西榛名地域は里山としての景観を今日に残しているばかりでなく、多くの絶滅危惧種・希少種が生育するなど、在来植物の生育状況も極めて良好であるといえる。実際、2005年-2007年に群馬県自然環境調査研究会によって行われた当地域における植物相調査によっても、シダ植物と種子植物をあわせて813種が確認され、うち絶滅危惧種・希少種30種の生育が確認されている。極めて植物種多様性の高い地域であり、今後は早急に何らかの公的な保全対策を講ずる必要があると同時に、継続的なモニタリング調査と、盗掘防止対策が必須である。

・大道峠(中之条町・新治村)
 当地域においても棚田が多く営まれ、里山の景観自体は良好な状態に保たれている。特に中之条町大字宇原野字蟻川の調査地は、非常に美しい棚田となっており(写真3)、県外からも写真撮影に多くの人が訪れるという。
 本年の現地踏査による調査によって生育が確認された在来種は184種、うち絶滅危惧種・希少種は10種であった(表5)。そのうちの大半は水田雑草または畑地雑草であった。西榛名地域と比較すると、調査地の面積が広い割には確認された在来種数、絶滅危惧種・希少種数は少ない。これは、当地域で農薬の散布量が多いことに起因すると推察される。当地域では高齢化が急速に進行しており、農業にかかる労力をできるだけ少なくするために、農薬の使用はやむを得ない状況のようである。またニホンザルやイノシシの食害による農業被害も多く、対策として高さ1.5mもの電柵を田畑の周辺に張り巡らせているところが随所に見られた。また外来種は2種確認されたが、この数は西榛名地域と同様に、極めて少数であるといえる。
<以下、地点別の詳細な分布パターンは、保護状の理由により非公開とする。>
 以上のように、本地域においては里山が現在直面しているいくつかの問題点が、植生の成立に影響を及ぼしていると考えられる。すなわち、主として耕作者の高齢化と相まった農薬の使用によると推察される水田性在来植物の減少と、野生動物の食害対策として高度電柵を張り巡らせたことによって、棚田の景観を損ねてしまった点である。これらはいずれも、地域住民の工夫・努力だけでは解決することではなく、農業自体の存続と生態系の健全性の回復といった、第三次生物多様性国家戦略の中でも対応がうたわれている、大きな問題が根本にあるといえる。

・板倉ウエットランド
 当地域は長年にわたって、遊水池の整備やニュータウンの開発、ゴルフ場の造成、谷田川・行人沼などの内水域の水質悪化など、様々な人為的悪影響にさらされてきた。
 2008年夏には、国土交通省渡良瀬遊水池遊管理事務所により、車道沿いの一帯が草刈りされ、多くの植物が消失した。車道沿いとはいえ、遊水池の形成する湿地帯の端に位置し、春には多くの絶滅危惧植物の生育が確認された場所であり、絶滅危惧種のワタラセツリフネの格好の生育立地であると推定される場所である。このような場所を真夏に草刈りすることは、絶滅危惧種の保全にとっては逆効果であったと言わざるを得ない。今後は絶滅危惧種の保全に十分に配慮するため、草刈り時期を晩秋から真冬に変更するべきである。また、遊水池内に設けられた「ヨシ原再生エリア」では、ヨシは確かに再生されていたが、他の湿地生在来植物はほとんど生育していなかった。これは、ヨシ原再生エリアの水際をほぼ垂直に1m程度掘り下げてしまったことで、いわゆる植生移行帯が全く形成されていないことが原因であると考えられる。すなわち、本来ヨシ原内では他の植物種が生育することは困難であるが、自然堤防の状態であればヨシ原から陸地に向かってゆるやかに比高が高くなっていくことによって、多様な土壌水分条件が形成されて、結果として多種の湿地生植物が植生移行帯を形成することになる。現状の水際を垂直に掘り下げるような施工方法では、自然堤防のような多様な土壌水分環境の形成作用が望めないので、ヨシ原全体の生物多様性を高めることにはつながらないといえる。ヨシ原再生エリアは自然再生の試験場として位置づけられて造成されたのだから、今後は自然堤防に近い形態になるように水際の施工をやり直すことが望ましいと考えられる。
 板倉ニュータウンの中に掘削されて作出された調整池である「あさひの池」(写真4)では、サンショウモ、オニバス、カワヂシャといった絶滅危惧種の生育が確認された。同時に、オオフサモ、コバンコナスビといった外来種の生育も確認された。この池は調整池として利用されているため、排水時における外来植物の流出に注意するとともに、現在生育が確認されている絶滅危惧種の保護のために、現状をできるだけ長い間維持する必要があると考えられる。
 行人沼では、群馬県では絶滅したとされていたトチカガミの生育が確認された(写真5)。かつてここに生育していた記録のあるヒメビシ(松沢 1979)は、今回は確認できず、採取したヒシの仲間はすべてコオニビシまたはヒシであった。また数年前に行人沼直近の水田で生育が記録されたミズアオイも、今回は確認されなかった。行人沼は周辺の水田用水として利用するために湧水を溜めた沼であるので、本来は水質が極めて良好であった。しかし、近隣の民家などからの汚水の流入によって水質が悪化し(関根 1997)、それとともに植物相が貧弱化した。この10年ほどの間、板倉町による水質改善対策と水質の継続的モニタリングが行われ、以前と比べ水質が改善された(板倉町 未発表、参考資料)ことが今回のトチカガミの復活につながったものと考えられる。現在沼の真横にあり、生活排水を沼に流していた民家も、今後は排水を流さないようになるという。今後さらに水質が改善されれば、ヒメビシが再び生育するようになるのではないかと期待される。用水路の整備により、今後行人沼は水田用水としては利用されなくなるが、地域住民と板倉町は、行人沼を地域の豊かな自然環境として再生していく方針を決めている。また、行人沼では近年ハスが繁茂してきている。ハスがこれ以上繁茂すると、他の水生植物の生育に支障をきたす可能性が高いので、今後は引き抜き駆除を実施して勢力を抑制する必要があると考えられる。
 谷田川の土手において、フジバカマの生育を確認した(写真6)。三裂葉が明確でないという形態的特徴から、谷田川上流に位置するアドバンテスト・ビオトープ内に、2006年から生育が確認されている(依田 2006)フジバカマ(後述)と同じ系統であると考えられる。

・やたっぽり(伊勢崎)
 やたっぽりの遊水池予定地(写真7)においては、直近の自生地から導入されたアサザをはじめ、オモダカ、カワヂシャ、シャジクモの計4種の絶滅危惧種の生育が確認された。同時に水田の強雑草であるキシュウスズメノヒエなどの外来種も確認されたが、全体としては水田・湿地生在来種(23種)と畑地雑草(14種)が多数を占め、外来種(18種)はこれらの在来種よりも少数であった(表7)。ここはもともと水田であり、これが休耕田となったところに、男井戸川の水を再び引き込んだものである。したがってこれらの出現種は、水田として利用されていた時期に形成された永続的土壌シードバンクから種子が発芽して定着したものと考えられる。
 以上のように当地は、水田・湿地、畑地性の在来種が多く生育しており、また侵入している外来種の種数はそれほど多くないため、比較的良好な状態で保たれている平地性湿地・畑地植生であると判断できる。また、準絶滅危惧種3種と絶滅危惧種1種が生育していることから、保護上の重要性も高いといえる。今後の遊水地の建設・管理の過程で、敷地全面に繁茂している外来種、特にキシュウスズメノヒエを駆除する必要がある。

  ・アドバンテスト・ビオトープ
 アドバンテスト・ビオトープ(写真8)では、本年度の調査によって在来種94種、外来種38種の計132種の生育が確認された(表8)。これまでの調査では、2006年には在来種92種、外来種21種の計113種(依田 2006)、2007年には在来種79種、外来種22種の計101種(高岩2007)が確認されている。年によっては確認できなかった種もあるため、全生育種数を毎年確認できているわけではないが、未確認種、新規確認種の収支としては、この3 年間は動的平衡状態にあるものと考えられる。生育が確認された植物種の主な生育立地をみると、多くが平地の人里に生育する種である。以上の結果から、本ビオトープが全体として平地の人里の状態に近づき、環境が安定化してきていると考えられる。
 さらには、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤ(写真910)といった湿地生絶滅危惧種やイヌトウバナ、ユウガギク、ホタルブクロ、ヌカキビ、クサコアカソといった、西榛名や大道峠地域と共通の典型的な里山植物も継続して生育している。またミゾコウジュの個体数は年変動が大きいが、フジバカマとクサコアカソは年々個体数が増加する傾向にあることも明らかになった。これらの結果は、ビオトープの水辺はまだまだ“発展途上”にあり、今後も里山植物の新規定着と個体数の増加が期待できることを示唆していると考えられる。
 前述のように、板倉町内の谷田川の土手において、アドバンテスト・ビオトープに生育しているフジバカマと同様に三裂葉がはっきりしないタイプのフジバカマを確認することができた。板倉地域ではフジバカマの他にもミゾコウジュ、ミコシガヤの生育もが確認されていることから、アドバンテスト・ビオトープは周辺地域とともに谷田川、渡良瀬遊水池と生態系としてのネットワークを形成しており、これらの地域間で生物種の移動・流入が起こっているものと推察される。


相対光量子密度
 アドバンテスト・ビオトープにおいて計測した林内・林縁の5地点において、相対光量子密度(RPPFD)は5.19%(7月、地点4)から76.82%(4月、地点3)の範囲であった。地点3は林縁にあるためRPPFDが最大76.8%(4月)、最小でも30%(5月)と比較的明るくなっているが、これ以外の地点ではRPPFDは50%以下となった(表9)。
 2003年の調査では、測定した36地点中でRPPFDが50%を超える地点が7地点あり(星野2003)、2004年の調査では測定した16地点のRPPFDは11.6%-33.0%の範囲であり、10%以下の地点はなかった(狩谷2004)。すなわち、計測地点は年ごとに異なるものの、本ビオトープにおいては樹木の生長に伴ってしだいに林床が暗くなっており、これによって明るい立地を好む外来植物種が減少し、また林床の環境条件が本来のものにしだいに近づいていくことによって在来種の定着が促進されるものと推察される。


気温・地温
 アドバンテスト・ビオトープにおいて連続測定を行なった結果、10地点間の気温・地温条件には、上部の植生の発達度合いに関連した差異があることが明らかになった(表1011)。すなわち、日平均気温を期間平均でみると、草丈の低い草地(ヨモギ草原と芝地)では15-16℃、チガヤ草原やススキ草原などの草丈の高い草地では14℃前後、林内では13.5-14℃と、植生の高さが高いほど値が低くなった。また林内の日最高気温は、期間平均でみると草原よりも5℃以上低くなった。特に7月から8月の日最高気温の月平均値は、草丈の低い草地で26.6-28.4℃以上になったのに対して、林内では22.2-25.5℃と、顕著な違いがあった。
 日平均地温も日平均気温と同様な傾向を示した。すなわち、期間中の期間平均でみると、日平均地温は草地では14.1-16.5℃、林内では14.1-14.5℃と、林内で低くなった。日最高地温も同様の傾向を示し、草地で14.6-18.5℃、林内では14.1-14.9℃と、林内で低くなった。
 こうした植生による気温・地温の緩和作用は、植物の環境形成作用と呼ばれ、攪乱地を好む外来植物の侵入を発芽レベルで抑制し、また在来植物の生育を促進するものと考えられる。


土壌含水率
 アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマの生育している4地点において測定を行った結果、土壌含水率には地点・測定日間で有意な差異はほとんどなく、平均すると0.45m3m-3前後となった(表12)。すなわち本ビオトープにおいてフジバカマは、土壌含水率が比較的高くかつ安定している水辺の立地において選択的に生育していると言える。



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