結果および考察2



発芽実験
 各材料植物の生態学的特徴と、実験により明らかになった発芽の温度依存性は以下のとおりである。

ユキザサ(Smilacina japonica)
 本種は北海道、本州、四国、九州に分布するユリ科の多年草である。 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、全温度条件区において全く発芽しなかった。原因は不明であるので、今後追試験を行う必要がある。

ナガミノツルキケマン(Corydalis raddeana)
 本種は北海道、本州、九州に分布するケシ科の一年草または越年草である。準絶滅危惧種として国のレッドリストに記載されている。群馬県レッドリストでは、希少種として記載されている。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、全温度条件区において全く発芽しなかった。一方、石川が2007年に行った、3ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、温度レジームにかかわらず、20-30%が発芽した。以上より本種の休眠解除のためには、3ヶ月以上の冷湿処理が必要であると推察される。

ハナムグラ(Galium tokyoense)
 本種は本州に分布するアカネ科の多年草である。開発や遷移の進行により減少しており、絶滅危惧II類として国のレッドリストに記載されている。群馬県レッドリストでは絶滅危惧I類とされる。
 今回の実験では全温度条件区において全く発芽しなかった。種子は吸水しているようなので、今後は冷湿処理をより長く施して追試験を行う必要がある。

カラハナソウ(Humulus lupulus var. cordifolius)
 本種は中部地方以北(北海道、本州)に分布するクワ科の多年性のツル植物である。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は25/13℃で最大(3.3%)となり、10/6℃と22/10℃で最小(0.8%)となったが、温度レジーム間で発芽率に大きな差はなかった。一方、石川が2007年に行った、3ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、温度レジームにかかわらず、20-30%が発芽した。以上より本種の休眠解除のためには、3ヶ月以上の冷湿処理が必要であると推察される。

サジオモダカ(Alisma plantago-aquatica var. orientale)
 本種は中部地方以北(北海道、本州)に分布するオモダカ科の多年草である。群馬県内では西榛名地域以外では確実な生育地点が確認されていない(大森 2008)ため、群馬県レッドリストに情報不足種として記載されている。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は22/10℃で最大(8.0%)となり、10/6℃で最小(1.3%)となった。一方、石川が2007年に行った、3ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、25/13℃で最終発芽率は最大(28.7%)となった。以上より本種の休眠解除のためには、3ヶ月以上の冷湿処理が必要であり、発芽の最適温度は22/10-25/13℃であると推察される。

ヒロハヌマガヤ(Diarrhena fauriei)
 本種は日本のイネ科では稀品で、記録では長野県のみ分布するとされるイネ科の多年草である。長野県以外では朝鮮、中国北部、極東シベリアに分布している(長田 1989)。群馬県では西榛名地域において2006年に発見され(大森 2007)、群馬県レッドリストでは希少種とされている。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は25/13℃で最大(33.3%)となり、22/10℃で最小(25.3%)となった。一方、石川が2007年に行った、3ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、25/13℃で最終発が率は最大(40.0%)となった。以上より本種の休眠解除のためには、3ヶ月以上の冷湿処理が必要であり、発芽の最適温度は25/13℃であると推察される。

フジバカマ(Eupatorium japonicum)
 本種は関東地方以西(本州、四国、九州)に分布するキク科の多年草である。かつては秋の野草の代表として七草に含められていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立て、護岸工事などによる自生地の消失や除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷 1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。群馬県レッドリストでは絶滅危惧I類に指定されている。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は25/13℃で最大(4.0%)となり、10/6℃で最小(0.6%)となったが、全温度条件区で発芽率に大きな違いはなかった。冷湿処理を施さないで実験を行った場合では、最終発芽率は30/15℃で最大(14%)となり、10/6℃最小(0%)であった(高岩 2007)ことから、本種の種子は冷湿処理によって二次休眠が誘導されるか、もしくは種子の経年劣化により速やかに発芽率が低下するものと推察される。今後は、本年に谷田川で採取した種子を用いて、追試験を行う必要がある。

フシグロセンノウ(Lychnis miqueliana)
 本種は本州、四国、九州に分布するナデシコ科の多年草で、林床に生育する。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は20/10℃-30/15℃の広い温度レジームの範囲で80.7%-93.3%と非常に高く、10/6℃で最小(35.3%)となり、温度の高いほど最終発芽率が高くなった。以上より本種の種子は、林冠のギャップを感知して発芽する生理的特性をもつ種子であると推察される(荒木・安島・鷲谷 2003)。

ミゾコウジュ(Salvia plebeia)
 本種は本州、四国、九州、沖縄に分布するシソ科の越年草で、水辺の裸地的な立地に生育する。国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリストでも準絶滅危惧種に指定されている。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は20/10℃-30/15℃の広い温度レジームの範囲で52.0%-62.0%と比較的高く、10/6℃で最小(7.3%)となり、温度の高いほど最終発芽率が高くなった。依田(2006)の行った実験でも10/6℃で発芽せず、それ以外の温度区では90%以上の種子が発芽するという、今回の実験と同様の結果が出ている。以上より本種の種子は、裸地を検出して発芽する生理的特性をもつ種子であると推察される(荒木・安島・鷲谷 2003)。

キンミズヒキ(Agrimonia japonica)
 本種は北海道、本州、四国、九州に分布するバラ科の多年草である。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は22/10℃で最大(58.6%)、30/15℃で最小(18.0%)となった。以上より本種の発芽の最適温度は22/10℃であり、これよりも高温にさらされると二次休眠が誘導されるものと推察される。

 以下の3種については、石川が2007年に3ヶ月間の冷湿処理を施して行った発芽実験の際に、冷湿期間中に多くの種子が発芽したため、今回は冷湿処理を行わないで発芽実験を行った。

ノブキ(Adenocaulon himalaicum)
 本種は北海道、本州、四国、九州に分布するキク科の多年草である。
 石川が2007年に3ヶ月の冷湿処理を行ったところ、冷湿期間中に72.0%の種子が発芽した。冷湿処理を行わない場合、最終発芽率は17/8℃-22/10℃で最大(60.0%-60.6%)となり、25/13℃-30/15℃で非常に低く(0.6%-6.6%)なった。以上のように、冷湿処理を行わなくても低温で高い発芽率が認められたことから、本種の種子は野外では早春の低温期に発芽し、発芽できなかった種子は高温により二次休眠が誘導されるものと推察される。

ツリフネソウ(Impatiens textori)
 本種は北海道、本州、四国、九州に分布するツリフネソウ科の一年草であり、中山間地の湿地に生育する。
 石川が2007年に3ヶ月の冷湿処理を行ったところ、冷湿中期間に59.9%の種子が発芽した。冷湿処理を行わない今回の実験では、全く発芽しなかった。以上の結果より本種の種子の休眠解除のためには、3ヶ月未満の冷湿処理が有効であると推察される。

キバナアキギリ(Salvia nipponica)
 本種は本州、四国、九州に分布するシソ科の多年草で、林床に生育する。
 石川が2007年に3ヶ月の冷湿処理を行ったところ、冷湿期間中に16.9%の種子が発芽した。冷湿処理を行わない場合、最終発芽率は30/15℃で最大(14.6%)、22/10℃で最小(4.0%)となった。しかし、22/10℃以外の温度レジーム区では10%前後の発芽率となり、全体として温度レジーム間での最終発芽率に有意な差はなかった。以上の結果より、本種の種子の休眠解除のためには、3ヶ月未満の冷湿処理が有効であると推察される。

 以上の2008年に2ヶ月の冷湿処理を施した種、および冷湿処理を施さなかった種の種子の最終発芽率と温度レジームの関係を2007年の石川による発芽実験結果(後述)をもとにしてまとめると、発芽特性によって以下の3つのタイプに分けられる(図16)。
 TYPE II)温度レジーム間で最終発芽率に有意な差がない(ヒロハヌマガヤ、カラハナソウ、キバナアキギリ、フジバカマ、サジオモダカ)
このグループに属する種は、長期間にわたって土壌シードバンクが維持され、そこから機会的に発芽することによって、個体群が維持されるものと推察される。  TYPE III)高温ほど最終発芽率が高い(ミゾコウジュ、フシグロセンノウ)
 このグループに属する種は、いったん地中深くに種子が埋没すると長期間にわたって土壌シードバンクが維持され、その上部にギャップが形成されると発芽することによって、個体群が維持されるものと推察される。
 TYPE V)高温下で二次休眠が誘導される(ノブキ、キンミズヒキ)
 このグループに属する種は、早春に発芽するが、発芽の適期を逃した種子は高温により二次休眠状態に入り、長期間にわたって土壌シードバンクが維持され、そこから再び休眠解除された種子が発芽することによって、個体群が維持されるものと推察される。

 2007年度に3ヶ月間、4℃で冷湿処理を施した場合の最終発芽率と温度レジームの関係は、大別すると5つのタイプに分けることができた(図17)。すなわち、TYPE I (イトイヌノヒゲ、ダイコンソウ):全温度レジームにおいて100%近くが発芽、TYPE II(カラハナソウ、ナガミノツルキケマン):全温度レジームにおいて30%程度が発芽、TYPE III(タウコギ、アブラガヤ、イヌビエ):10/8℃ではほとんど発芽せず、より高温のレジームでより多くの種子が発芽する)、TYPE IV(アキノウナギツカミ)低温のレジームほど発芽率が高い、TYPE V(ヒロハヌマガヤ、サジオモダカ):25/13℃で最も発芽率が高いが、全体的に発芽率は40%以下、である。TYPE I以外の種では、永続的土壌シードバンクを形成する可能性が高いと考えられる。


カワヂシャ(Veronica undulata)
 本種は中部地方以西(本州、四国、九州、沖縄)に分布するゴマノハグサ科の越年草で、水辺の明るい立地に生育する。外来植物の侵入や開発による自生地の減少により個体数が減少したため準絶滅危惧種として国のレッドリストに記載されている。群馬県レッドリストでは絶滅危惧II類に指定されている。
 冷湿処理を施さずに25/13℃で培養したところ、一週間以内に96.9%とほとんどの種子が発芽した。このようにほとんどの種子が水さえあれば速やかに発芽してしまうことから、本種は土壌シードバンクを形成することが全くできないと考えられる。これでは、発芽後の環境変動や種間競争の元で個体群を維持することは困難であると考えられ、本種の個体数が激減している原因ではないかと推察される。



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