赤城山小沼における調査研究

研究方法

植物相調査

 小沼を周回する遊歩道沿いに成立している大きな植物群落ごとに、計11地点(図1)において調査した。各地点でGPS(ポケナビmap21EX,Empex)を用いて、正確な緯度経度を計測した。後に地点6の範囲内に特に植物種が多様な群落の存在が明らかになったため、そこを地点6'として別個の取り扱いとした。2005年6月6日、7月21日に、入り口から歩道に沿って観察を行い、植物をリストアップした。6月6日の調査では、地点10の観察は行わなかった。また、小沼の水辺から調査地点までの距離を巻尺で計測した。採取することのできた植物については、研究室に持ち帰り、図鑑(林弥栄編 1983)を用いて同定を行った。また、可能な限りラミネート加工し、植物標本を作製した。この他の植物については、デジタルカメラで撮影し、同定を行った。


発芽実験

 種子が成熟した10月13日に地点4でノハラアザミ、地点8でヤマタイミンガサ、地点10でチダケサシの種子を採取し、発芽実験を行った。
 石英砂を敷いた直径9cmのプラスチック製のシャーレに50粒ずつ種子を入れ、それを各種子・各温度条件につき3シャーレずつ用意した。これに蒸留水を注ぎ、温度勾配型恒温器(TG100-ADCT,NK SYSTEM)内で培養した。培養時の温度設定は、30/15C、25/13C、22/10C、17/8C、10/6C(昼14hr、夜10hr)の5段階である。実験は、10月31日から行い、開始から3週間は毎日、その後実験終了までは2・3日ごとに観察し、11月30日までの一ヶ月間行った。全てのシャーレを観察し、肉眼で幼根の出現が確認できたものは、発芽種子とし、数を数えた後、取り除いた。観察し、蒸留水が減っていた場合は、その都度蒸留水を注ぎ足した。

結果および考察
 
植物相調査

 地点1、地点2は小沼へ降りる斜面地である。ウッドチップが敷き詰められた、幅約1mの遊歩道が整備されていた。これらの地点では、ヤマハンノキ、ダケカンバなど落葉樹が多数生育していることが確認された(表1)。また地点2では、小沼の見所としてホームページにも紹介されているレンゲツツジの群落が点在していた。
 この斜面地では、2005年5月6日の予備調査時に、遊歩道整備工事のためのショベルカーが乗り込み、多量の土壌が掘り起こされていた。人為的な土壌攪乱があると、その後に外来植物が侵入しやすい。したがって今後しばらくの間、継続的にモニタリングをする必要があると考えられる。
地点3、4、5、6、6´は、小沼の水辺から続く砂浜に点在する、島のように土壌が盛り上がった地形上に位置する。これらの地点では、各地点で木本植物1種―5種、草本植物3種―14種の生育が確認され、小沼周辺の植生の中でも最も種数の多い地点となっていた。地点3には、地点1、地点2と同様な落葉樹が生育していた。地点4と地点5では、オニアザミ、シロバナヘビイチゴ、マイヅルソウ、コバギボウシなどの美しい花をつける亜高山性草本植物の生育が確認されたことが特徴的である。地点6、地点6´では計20種の植物が確認され、小沼周辺で最も高い植物種多様性を有していることが示唆された。水辺からの距離が比較的近いため土壌水分状態が良好で、直上に大きな樹木がなく、日当たりがよいことから、このような高い種多様性が生まれたものと推測される。
 地点7と地点8は、オオカメノキ、トウゴクミツバツツジ、ハウチワカエデなどの落葉高木7種が群生する林の中で、ハイキングコースの入り口である。ハイキングコースと言っても、石畳状または自然の土壌のむき出しになっている、幅1mにも満たない歩道が続いている。上部を樹木が覆っていてかなり暗い状態であるためか、草本植物は種数も個体数も少なく、7種の生育が確認された。
 地点9は、人工堰の付近である。長さ約3mにわたってコンクリートで固められ、砂利が敷いてあった。その横には、シバやセイヨウタンポポ、ヨモギなど、生育場所を選ばない繁殖力の強い植物種が生育しており、他の地点とは植物種組成が全く異なっていた。これは人工堰建設による攪乱の影響が今も強く残っているためと推察される。
 地点9と地点10は、砂利が敷かれた歩道が続く林縁に位置する。この歩道は道幅が約5mと広く、歩道周辺は草刈りを行っている。両地点で確認された植物種は計18種で、多様性が高いと言える。これは地点9と地点10の面積が他の調査地点と比べて非常に広い、面的な調査地であったことと、幅の広い歩道の整備と草刈りによって、比較的明るい環境であったことに起因すると考えられる。2回の調査時には幼稚園児や小学生が遠足で訪れて、どちらもこの砂利の歩道を利用していた。幅の広い砂利の歩道の敷設には、利用促進という利点があるといえるが、他方、オーバーユースが生じないかどうかを、今後継続的にモニタリングする必要があるとも考えられる。
 以上の植物相と水辺からの距離の関係を見ると(表2A, B)、全体として水辺からの距離の遠い群落には、ミツバツツジやレンゲツツジ、ヤマハンノキなど、明るい立地を好む中低木種が多く見られ、距離の近い群落では、ジュウニヒトエやタチツボスミレ、ノギラン、イタドリなど草本植物が多く見られた。また中間的な距離にある群落では、低木と草本の双方が混交して見られた。このように小沼においては、水辺からの距離によって群落を構成する種が異なることが明らかになった。今後はそれぞれの種の生態学的特徴と分布パターンとの関係を解明する必要があるが、こうしたいわゆる”帯状分布”パターンが成立していることは、集水域の植生景観の典型であり、その自然環境が人為的影響をあまり受けない、良好な状態にあることを示しているといえる。
 近接する赤城覚満淵では、観光利用と景観保護のための木道改修工事などが、植物相に影響を及ぼしている(新岡 2001)。今回の調査では、小沼周辺では人為的影響による植物相の変化は、人工堰周辺以外では確認できなかった。しかし、小沼では2005年入り口付近の歩道整備が行われた。人工堰付近で確認された特異的な植物相から類推して、過度の人為的攪乱や観光客の増加により、今後小沼でも植物相が変化する危険性が十分あると考えられる。したがって、利用優先ではなく、利用目的の一つとなっている植物多様性を保全する観点から、「植物の宝庫」という小沼の特徴を十分考慮した管理が必要であると思われる。
 
発芽実験(表3

ノハラアザミ
 各温度区における最終発芽率は、30/15Cで26.67%、25/13Cで16.0%、22/10Cで1.33%であり、17/8C、10/6Cの区では発芽しなかった(図3)。このように、比較的高い温度区で発芽したが、発芽率が最大で3割以下と低い。ノハラアザミが生育している地点4は、日当たりが良いため地温が高くなると考えられる。30/15Cで、実験開始から5日後に発芽したのはノハラアザミがこのような地温の上がりやすい立地において、速やかに発芽することに何らかの生態学的メリットがあるためと推察される。また今回は冷湿処理により冬を経験させる処理を行わずに発芽実験を行ったので、今後はこの処理を行った後に再度実験を行う必要がある。

ヤマタイミンガサ
 各温度区における最終発芽率は、22/10Cで0.67%、17/8Cで6.0%、10/6Cで0.67%であり、30/15C、25/13Cの区では発芽しなかった(図4)。ヤマタイミンガサの種子を採取した地点8は、落葉樹の繁茂する林内で、日当たりが悪いため、地温が低い状態にあると考えられる。発芽率が低いとはいえ17/8Cと低温で発芽したことは、ヤマタイミンガサの生育地の温度環境条件を反映している可能性があると考えられる。またヤマタイミンガサは実験開始から25日後に、ようやく発芽した。これは、ヤブレガサの種子が生産当初には胚の未熟などの理由によって、すぐには発芽しないようになっている(荒木 2003)ことが原因として考えられる。高温で発芽しなかったこととあわせて考えると、本種は土壌シードバンクを形成しやすい性質を有しているとも推察される。いずれにしても、今後は発芽実験の期間を延ばすか、冷湿処理を行ってから発芽実験を行うことも必要であると考えられる。

チダケサシ
 各温度区における最終発芽率は、30/15Cで12.67%、25/13Cで8.67%、22/10Cで6.0%、17/8Cで1.33%であった(図5)。10/6Cの区では発芽しなかった。チダケサシの生育していた場所は、地点10の範囲内の歩道の終点付近で、日当たりが良いため地温が高くなると考えられる。30/15Cで最も発芽率が高くなったことは、チダケサシがこのような地温の上がりやすい立地において、速やかに発芽することに何らかの生態学的メリットがあるためと推察される。また今回は冷湿処理により冬を経験させる処理を行わずに発芽実験を行ったので、今後はこの処理を行った後に再度実験を行う必要がある。

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