結果および考察

植物相調査

西榛名地域
 現地調査によって、在来種129種、うち16種の絶滅危惧種・希少種の生育が確認された(表4-1)。西榛名地域においては、群馬大学社会情報学部・環境科学研究室によるモニタリング調査が2008年から毎年継続して行われているがCN・金さん銀さん、CN・十二原の山、CN・十二原墓場での調査は今回が初めてである。CN・金さん銀さんでは、絶滅危惧種・希少種4種を含む計9種の在来種を確認した。CN・十二原の山では在来種5種を確認した。CN・十二原墓場では、
 計11種の在来種を確認した。また、環境省に準絶滅危惧種(NT) として指定されているカザグルマらしき植物を確認したが、開花しておらず同定が難しい状況であったため、この種の同定は来年度以降の調査に持ち越すこととする。

 

 棚田とため池、休耕田のあるCN・大谷では、今回の調査地中最も多い、在来種70種が確認され、うち9種が絶滅危惧種・希少種であった。また、農薬に弱いサジオモダカが生育していることから、当地点では農薬の使用量が少ないと考えられ、このことが休耕田やため池で多数の在来種が生育している原因であると推察された(高橋美絵 2009)が、それから2年経過した現在でも、サジオモダカなどの水田雑草の生育が多数見られる。したがって、大谷では引き続き良好な自然環境が継続していると考えられる。しかしながら、要注意外来植物に指定されているアメリカセンダングサとオオブタクサの繁茂が見られた。さらにCN・七曲川では要注意外来植物のオオブタクサと県内危険外来種セリバヒエンソウが確認された。これら2種の外来植物は、2010年の調査でも多数繁茂していることが確認されている(石川ら 2011)。今後これらの外来植物の駆除、移入防止対策を早急に検討すべきである。また、この地域の住民から、希少種の盗掘があるとの報告があった(石川ら 2008)。本県では生物相や景観保全のための法令や制度が存在しないため、盗掘や工事など強度の人為的乱獲に対する法的な規制を十分に行えず、絶滅危惧種・希少種が危機にさらされている。
 以上のように当地域では、伝統的な山間地農業が営まれている中で、極めて高い植物種多様性が維持されているが、盗掘や外来種の繁茂といった人為的悪影響もみられた。したがって、法令の整備だけでなく農業振興や地域住民の協力といった広い範囲・分野にわたっての保全対策が必要である。

板倉ウエットランド地域(朝日野池・谷田川・矢場川下流・小保呂沼)
 絶滅危惧種・希少種を中心とした植物相調査によって、在来種28種、うち11種の絶滅危惧種・希少種の生育が確認された(表4-2)。
 朝日野池では、2008年(高橋美絵 2009)、2009年(江方 2010)に引き続き、在来種10種のうち5種が絶滅危惧種・希少種であり、多数の絶滅危惧種の生育が確認された。当地は調整池であり、年々の水位変動が著しい。2008年の夏は台風直撃の影響で水位が極端に上昇し、池端が数メートルにわたって長期間水没した。このため夏以降生育が確認された植物種の種数・分布面積ともに少なかった(江方 2010)。以上のように、朝日野池は各年の水位により個体数が変動すると考えられるため、今後も継続したモニタリング調査を行うことで、水位変動に伴う個体数・生物種多様性の変動幅を明確にする必要があると考えられる。実際2011年7月にも、大雨によって朝日野池の池端が数メートルにわたって長期間水没した。また何者かが持ち込んだ外来種ネッタイスイレンが繁茂するようになったので、注意深く経過観察を行う必要もある。
 また、今回初めて野調査となったCN・小保呂沼では、

環境省で準絶滅危惧(NT)、県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているサンショウモを確認した。外来植物種については、今回は確認されなかった。以上の結果から、本調査地は絶滅危惧・希少種の生育に良好な自然環境が維持されていている状態であることが伺える。今回は絶滅危惧種・希少種を中心に植生調査を行ったため、今後は広範囲における精密な植生調査を要する。
 CN・谷田川では、環境省で準絶滅危惧(NT)、県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているフジバカマの繁茂を確認した。フジバカマの開花個体数は多く、発芽実験において良好な発芽率を記録しているものの、日本の侵略的外来種ワースト100とされ、環境省に要注意外来種として指定されているオオオナモミの繁茂が目立った。オオオナモミはアレロパシー作用を持っていることが確認されているため(環境省HP)、フジバカマの生育を阻害する可能性がある。また、県内危険外来種に指定されているヒメモロコシも確認された。フジバカマの良好な生育と繁殖を保つために、これら外来植物の早急な駆除・対策が求められる。

多々良沼(館林市)
 現地調査によって、在来種14種、うち7種の絶滅危惧種・希少種が確認された(表4-2)。ここでも確認された在来種の半数以上が絶滅危惧種・希少種と、多数の絶滅危惧種の生育が確認された。また、外来種の出現が見られなかったことから、当地は良好な生育環境が継続して保たれていると考えられる。
 

 また、表4に記載したムジナモは、環境省で絶滅危惧ⅠA類に指定され、群馬県レッドデータブック(2001)では「絶滅」に位置づけられた種であり、館林市の「ムジナモを守る会」の有志により保全・栽培されている。このことから群馬県でのランク付けは「野生絶滅」となる見通しである(大森 私信)。

太田IC周辺、八重笠沼(太田市)
CN・太田IC、CN・八重笠沼での植物相調査は今回が初めてである。絶滅危惧種・希少種を中心とした植物相調査によって、在来種24種、うち5種の絶滅危惧種・希少種の生育を確認した。CN・太田ICでは、矢場川とその周辺でシャジクモ、イトモ、ササバモ、ミクリといった水田および用水路に多く生育する絶滅危惧種・希少種が多数確認されたことから、CN・太田IC付近は水田雑草や水草類の生育に良好な環境であることが推察される。
CN・八重笠沼では、環境省に絶滅危惧II類(VU)に指定されているシャジクモと、群馬県で希少のカテゴリーに属するミズワラビを含む在来種12種が確認された。しかし、1996年(伏島 1996)または2000年頃(滅びゆく八重笠沼の植物 HP)までは当地に生育していた報告のある絶滅危惧種イヌタヌキモ(タヌキモから同定変更)、タタラカンガレイ、サンショウモなどは、確認できなかった。八重笠沼は現在、バス釣りの釣り堀として湖岸をコンクリート堤ですべて囲われ、オニビシのみが優占種として繁茂している。このような生育環境の劣化によって、絶滅危惧種の消滅が引き起こされている危険性が高い。今後も継続してモニタリング調査を行う必要があると考えられる。

栃木県南部(佐野市・菊沢川、真岡市)
CN・菊沢川、CN・江川での植物相調査は今回が初めてである。絶滅危惧種・希少種を中心とした植物相調査によって、在来種11種、うち6種の絶滅危惧種および希少種が確認された(表4-3)。栃木県佐野市内を流れるCN・菊沢川では、環境省で準絶滅危惧(NT)、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているナガエミクリ、ミクリ、ササバモ、コウガイモの生育が多数確認された。また、栃木県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているコウホネと、栃木県でのみ確認されているシモツケコウホネの雑種であるナガレコウホネの生育を確認した。これまで佐野市堀米町(菊川)と田島町の菊沢川にナガレコウホネが多数生育していることはよく知られており、地域住民が保全活動を行っている(佐野市HP)。

以上のことから、館林市の県境付近および佐野市内の河川・水路においてナガレコウホネの生育地がさらに存在する可能性があると考えられるため、今後も引き続き調査を行う必要がある。
栃木県真岡市内では、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類として指定されている(栃木県では指定なし)ササバモの生育が確認された。 すなわち真岡市は、水田雑草や水草類の生育に良好な環境が残されており、群馬県東部の植物相の形成にも関わっていると推察される。

絶滅危惧植物・希少植物の分布・生育状況

保護上の理由から、非公開とする。

発芽の冷湿処理・温度依存性

・ヒロハヌマガヤ(イネ科多年生生草本、Diarrhena fauriei):希少種
本種は、日本のイネ科では稀品で、記録では長野県のみ分布とされるイネ科の多年草である。長野県以外では、朝鮮、中国北部、極東シベリアに分布している(長田1989)。群馬県では西榛名地域において2006年7月23日に発見され(大森2007)、群馬県レッドリストでは希少種とされている。ヒロハヌマガヤは日本において局地的な分布をする種であり、さらに成熟した果実は落下しやすいため、完全な状態での観察が困難な植物の一つ(大森 2007)とされる。
 最終発芽率は25/13℃の温度区で24%であった(図6)。赤上(2010)では、同じ温度区での最終発芽率は、1ヶ月冷湿処理下で約24%、2ヶ月処理下で約12%(ただし最大値はこの場合30/15℃区で見られ、約30%)であった。今回は9ヶ月間冷湿処理を行ったが、最終発芽率の増加は見られなかったことになる。したがってヒロハヌマガヤの休眠解除と冷湿処理期間の関係性は低いと推察される。

・ヒヨドリバナ(キク科多年生草本、Eupatorium japonicum
主に、北海道から九州に分布しており、山地などでごく普通に見られるが、比較的標高の高い湿地に多く生育する。ときには、ウイルス病にかかっているものなどがある。日本の他にも朝鮮や中国、フィリピンなどに分布している。近縁種との雑種、変異が多く、同定の難しい種としても挙げられる。
 最終発芽率は25/13℃の温度区で8%であった(図7)。赤上(2010)では、同じ温度区での最終発芽率は、1ヶ月冷湿処理下で約12%、2ヶ月処理下で約16%であった。こちらも9ヶ月間冷湿処理を行ったが、最終発芽率の増加は見られなかったことになる。したがって休眠解除と冷湿処理期間の関係性は低いと推察され、休眠解除を行うには別の手法が必要であると考えられる。

 関東地方以西に分布する在来種で野原や河原に生育している。かつては秋の野草の代表として七草に含められていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立てや護岸工事による自生地の消失や、除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷 1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されていて、群馬県では絶滅危惧Ⅰ類に指定されている。
 谷田川で採取した種子においては、最終発芽率は10/6℃の温度区で約55%と最も高く、30/15℃の温度区で約40%と最も低い値となったが、全体的には発芽率は40%〜50%の範囲となった(図8)。アドバンテスト・ビオトープで採取した種子においては、最終発芽率は30/15℃の温度区で12%と最も高く、22/10℃の温度区で約4%と最も低い値となったが、いずれの区でも谷田川産の値よりも低くなった(図9)。以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマは、その起源と考えられる谷田川の個体群よりも種子の発芽能力あるいは種子の稔実率自体が低くなっていると考えられる。その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の未熟や劣化によるものではないかと推察される。今後本ビオトープ内でフジバカマの継続的な増殖を促進するためには、近親交雑・花粉不足の問題を解消することにあると考えられる。このため2010年の青木の研究時点から、近隣の谷田川のフジバカマ個体群由来の種子から栽培して移植を開始し(青木 2010)し、今年も谷田川産種子から栽培に成功したフジバカマを、2011年10月27日に本ビオトープ内に移植した。また谷田川産のフジバカマの挿し木実験も今年成功し(後述)、本ビオトープ内に移植した。今後は、これらの移植したフジバカマの生存・生育状況について、継続的な調査を行う必要がある。

フジバカマの生長解析

 本種実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約0.112であったものが、3ヶ月後の最終サンプリング時には約3.742となり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。
 フジバカマの月毎の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、7月-8月期では約0.062、8月-9月期では約0.037、9月-10月期では約0.038となった(図10)。すなわち、フジバカマの生長速度は夏季の7月-8月に最も高く、以降は低下すると考えられる。一般的にRGRは植物体が大きくなると低下していく傾向にあるので、この結果は一般的なものであるが、フジバカマが夏季に大きく生長することを示しているといえる。フジバカマの生育地である谷田川では、夏季以降はカナムグラやカラスウリ、ヤブガラシといったツル植物の繁茂が著しい。このためフジバカマは、光を獲得して開花・結実のための光合成生産を確保するために、競合種に先んじて生長する生存戦略を有していると考えられる。
 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、7月-8月期では約0.022、8月-9月期では約0.012、9月時点では約0.009と、栽培期間が進むにつれ減少していった(図10)。
 光合成活性を表す純同化率(NAR, g g-1 day-1)は、7月-8月期では約3.5、8月-9月期では約3.0、9月-10月期では約4.8と最も高い値を記録した。これは、7月-9月期に高温のため呼吸量が増加して、光合成産物をより多く消費したためと推測される。NARが相対的に低いにもかかわらず、7月-8月期のRGRが最も高くなった原因は、この時期のLARが高かったことであると考えられる。
 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、7月-8月期では約0.037、8月-9月期では約0.033、9月-10月期では約0.021と栽培期間が進むにつれ減少した。
 器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、8月時点では約36%、9月時点では約37%、10月時点では約28%と栽培期間が進むにつれ減少していった。これは茎に光合成産物がより多く投資されて、茎の重量比であるSWRが8月時点の20%から次第に増加し、10月時点では44%にも達したためである。根の重量比であるRWRは8月時点の44%から次第に減少し、10月時点では約28%になったが、これも葉への投資が相対的に増大したためと考えられる。
 以上の結果から、フジバカマが最も生長する時期は夏季の7月-8月であることが明らかになった。すなわち、夏季の草刈りなどで草丈が失われると、開花・結実に至れない危険性があるといえる。実際、矢場川の生育地においては夏季に草刈りがおこなわれたため、フジバカマは全く開花していなかった。フジバカマの安定的な生育、増殖を促進するためには、里山保全の一手法である下草刈りを、フジバカマの生長期である7月-8月に行わないように、時期を早めることが必要であると考えられる。またフジバカマは、5月のアドバンテスト・ビオトープ調査では容易に生育個体が確認できたものの、開花期には他の雑草の繁茂により確認が難しくなった。このため、フジバカマは他種より生長の時期が早く、生長のピークは7月以前にある可能性も考えられる。今後は6月以前にも生長解析を行い、より詳細に生長パターンを検証する必要がある。

フジバカマの挿し木

 フジバカマの苗を先、中、元の3区間に切り分けて挿し木をした結果、どの区間も60%以上の活着率を示し、根に近い部分ほど活着率がよいという結果が得られた(図11)。すなわち、先の部分を挿し木したものの活着率は約63%、中は約74%、元は約85%となった。フジバカマの個体数を増やす方法として挿し木は有用であると考えられる。

重量土壌含水率

 各調査地から採取した土壌の重量土壌含水率の値は、5月26日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地1で得られたものが40.2 %と最も高かった(図12)ものの、谷田川・矢場川のフジバカマ自生地を含む他地点でも25.6〜33.8 %とほぼ同等となった。すなわち、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川・矢場川の自生地の土壌含水率に大きな差はないと考えられる。ここから、アドバンテスト・ビオトープ内で採取したフジバカマ種子の発芽率が低い原因は、土壌含水率が低いことによる結実不良ではないと考えられる。

土壌窒素・リン濃度

土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である合計窒素濃度(Total-N)の平均値は、10月27日に谷田川で得られたものが72.56 mg L-1と最も高く、そのほとんどが硝酸態窒素(NO3)であった(図13)。また、アドバンテスト・ビオトープ内での値(27.8〜38.7 mg L-1)は、谷田川、矢場川での値(47.4〜72.6 mg L-1)よりもやや低い結果となったものの、それほど大きな差ではないと考えられるこれらのアドバンテスト・ビオトープ内での値を依田(2006)の値(0.4〜27.9 mg L-1)と比較すると、合計窒素濃度が全体的に増加していることが伺える。
全窒素濃度(TN)、全リン濃度(TP)についても3地点間で有意な差はなかった。すなわち、全窒素濃度はアドバンテスト・ビオトープでは23.6〜48.9 mg L−1、谷田川では30.9〜47.7、矢場川では約50.1であり、全リン濃度はアドバンテスト・ビオトープでは0.7〜3.0、谷田川では1.7〜4.0、矢場川では約2.1であった。
以上の結果から、谷田川とアドバンテスト・ビオトープの間でのフジバカマの発芽率と土壌窒素濃度との関連性は低いと考えられる。その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の不稔や未成熟によるものではないかと推察される。


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