材料および方法

材料植物

・ ナズナ(アブラナ科冬季一年生草本、Capsella bursa-pastoris):在来種

 北半球の温帯に広く分布しており、日本へは古い時代に渡来した「史前帰化植物」と考えられている。日本全土の畑や田んぼなど人々の生活域にのみ生育し、大自然の中では見当たらない。冬の間ゆっくり生長し、春になるといち早く花茎を伸ばすのが特徴である(菅原 1990)。

 本研究では、2009年5月4日に群馬大学荒牧キャンパス内で採取した種子を材料として用いた。

・ハルザキヤマガラシ(アブラナ科多年生草本、Barbarea vulgaris):要注意外来種

 ヨーロッパ原産で、日本には明治末に渡来した。花季は春で、本州中部以北に多く、牧草地、畑地、水田、荒れ地、道ばたなどに見られ、このような立地において形成される攪乱地を好んで巨大個体群を形成し、生育している(清水ら 2001)。種子生産量は1株当たり4から11万個と極めて多い。また種子繁殖だけでなく、根茎からも出芽して増殖する(石川ら 2009)。

 柴宮(2009)によると、種子を冷湿処理せずに培養した場合の最終発芽率は、22/10℃-30/15℃でほぼ100%となり、10/6℃で最小(約1%)と、高温区で高い発芽率を示した。また2ヶ月間の冷湿処理を施した後の発芽実験では、最終発芽率は全ての区で4%以下となった。また、30/15℃と25/13℃の区で培養した種子に再冷湿処理を施した後に再び培養すると、最終発芽率は、30/15℃で約20%、25/13℃で約3%に上昇した。すなわち本種の種子は成熟した後には主として秋に発芽し、未発芽の種子は冬の低温にさらされると休眠が誘導されて永続的土壌シードバンクを形成するようになると考えられる。また休眠した種子は、もう一度冷湿処理を受けると一部で休眠が解除され、30/15℃程度の高温をシグナルとして発芽するものと考えられた。

 本研究では、2008年6月4日に前橋市グリーンドーム横の利根川河川敷で採取した種子を材料として用いた。

・ショカツサイ(アブラナ科冬季一年生草本、Orychophragmus violaceus

 中国原産で、日本へは江戸時代に導入されたが、第二次世界大戦前に中国から持ち込んだものが現在分布しているものである(清水ら 2001)。別名、ハナダイコン、オオアラセイトウ。全国的に見ると、積雪のある地域ではあまり分布報告がなく、関東以西での分布が多数報告されている。種子が親の直下に散布される重力散布型であり、高密度の個体群を形成する(石川ら 2009)。

 柴宮(2009)によると、ショカツサイの種子は2カ月冷湿処理または再冷湿処理を施すと、殆ど発芽しなくなった。すなわち、本種は種子が成熟した後には主として秋に発芽し、未発芽の種子は冬の低温にさらされると二次休眠が誘導されて、永続的土壌シードバンクを形成するようになると考えられた。本研究では、これがアブラナ科植物の共通性の高い性質かどうか、実験的に検証を試みる。

 本研究では、2008年6月25日に群馬大学図書館横で採取した種子を材料として用いた。

・オオブタクサ(キク科一年生草本、Ambrosia trifida):要注意外来種

 本種は北アメリカ原産の要注意外来生物である。日本に持ち込まれたのは昭和20年以降とされている。第二次世界大戦敗北後、日本はアメリカから穀物や豆類を大量に輸入するようになり、これらにオオブタクサの種子が混ざって日本国内に持ち込まれ、異物として捨てられることによって広がったものと考えられている(村上・鷲谷 2002)。

 茅島(2005)によれば、菅平(標高1,300m)で採取したオオブタクサの種子に2ヶ月間の冷湿処理を施した場合、最終発芽率は10/6℃〜30/15℃の範囲内では温度の低い区ほど高くなった。低温で高い発芽率を有することは、早春に発芽し長い生長期間を獲得する特性と考えられている。

 本研究では、2008年10月7日に群馬県前橋市川原町利根川河畔で採取した種子と、2003年10月13日に長野県真田町菅平で採取した種子を材料として用いた。標高はそれぞれ150m、1,300mである(写真1)。

・アメリカセンダングサ(キク科一年生草本、Bidens frondosa

 北アメリカ原産で、南北アメリカ、南ヨーロッパ、アジア、オセアニアなどの温帯に広く分布している。日本には大正時代に渡来し、現在は沖縄県から北海道までのやや湿った土地に広く分布し、水田や転換畑で問題になっている。しかし、土壌の種類、土壌の乾湿、土壌の肥沃度などに対して適応性が大きく、畑地でも雑草化する。土壌中における種子の寿命は16年に及ぶこともあるとされている(清水ら 2001)。

 本研究では、2008年10月23日に群馬県西榛名地域で採取した種子を材料として用いた(河毛(2011)を参照)。

・ヒメモロコシ(イネ科多年生草本、Sorhum halepense forma muticum

 地中海原産で1943年に千葉県で野生化している個体群が発見され、戦後急激に増加し、現在は関東以西で害草化している。花期は夏で、畑地や路傍など強光環境下で旺盛に生育している。セイバンモロコシのうち、牧草から逸出した芒(のぎ)の無いものをヒメモロコシという(長田 1993)。

 星野(2004)によると、群馬県明和町のアドバンテスト・ビオトープ内で確認されたヒメモロコシは2003年度から急速に拡大し、刈り取り駆除だけでは生長を効果的に抑制することができなかった。そこで引き抜きを行ったところ、完全除去には至らなかったが、生長速度は遅くなりサイズの縮小も確認できた。このため、刈り取りではなく引き抜きという形で対処することにより、効果的な除去が可能であると考えられている。

 本研究では、2008年9月21日に群馬県伊勢崎市で採取した種子を材料として用いた。

・ ギンネム(マメ科亜高木、Leucaena leucocephala

 メキシコおよび中央アメリカ原産の小高木である。日本には熱帯アジアから導入され、江戸時代末期に小笠原に植樹された記録がある。現在、日本の亜熱帯諸島の植栽地から空き地や道路沿いの攪乱地などに侵入し、放棄された畑や宅地などに分布を広げている。また、一度定着すると、強い再生能力を有するため、駆除するのが困難であると問題視されている(村上・鷲谷 2002)。

 本研究では、2010年5月21日小笠原村父島西側都道沿いで採取した種子を材料として用いた。採取は、首都大学東京大学院理工学研究科・可知直毅教授と畑憲治特任研究員に依頼した。

・ミゾコウジュ(シソ科越年生草本、Salvia plebeia):準絶滅危惧種

 アジア東南部からオーストラリアにかけての暖帯から熱帯に広く分布し、日本では本州、四国、九州、沖縄に分布している(林 2009)。植生が安定したところでは生育できず、やや湿った道ばたや河原などの裸地的な草地に生育しており、近年、道路の舗装に伴う側溝の整備や、河川の堤防の改修などの工事で生育地が次第に少なくなっている(矢原 2003)。環境省レッドリストでは、準絶滅危惧種に指定されている。

 本研究では、2009年6月25日に群馬県明和町アドバンテスト・ビオトープで採取した種子を材料として用いた。

発芽の冷湿処理・温度依存性実験

 ナズナ、ハルザキヤマガラシ、ショカツサイ、オオブタクサ(前橋産、菅平産)、ギンネムの種子を用いた。各種の種子の採取日時・場所、前処理(冷湿処理)条件、実験スケジュール、培養日数を表1に示す。いずれの種子も前処理開始まで冷蔵庫に保管し、健全なものだけを峻別し、実験に用いた。石英砂を敷いた直径9cmのプラスチック製シャーレに種子を50個ずつ入れ(ギンネムは25個)、各々のシャーレに蒸留水を約20cc注入した。

 前処理である冷湿処理は、一般に冬を経験させることによって種子の休眠を解除し発芽を促進させる処理であり、多くの野生植物の種子でその促進効果が確認されている(荒木ほか 2003)。本研究では、ギンネム以外の種子について、4℃の薬用保冷庫(サンヨー、MEDICOOL MPR-504(H))で所定の期間保管することによって、1ヶ月または2ヶ月の冷湿処理を施した。またハルザキヤマガラシ、ショカツサイについては、冷湿処理をせずに発芽実験を行った処理区があり、その際得られた発芽最適温度のみにおいて、冷湿処理を行った種子の発芽実験を行った。

 前処理の終了後、温度勾配型恒温器(TG-100-ADCT,NK system)にシャーレを入れて培養した。温度勾配型恒温器内の温度は30/15℃、25/13℃、22/10℃、17/8℃、10/6℃(昼14hr、夜10hr、昼間の相対光量子密度は約30μmol m-2s-1)の5段階とし、各温度区で1植物あたり3シャーレを培養した。実験開始後1ヶ月間は毎日、その後は1-3日おきに種子を観察し、肉眼で幼根が確認できたものを発芽種子とみなして数を記録し、取り除いた。また観察日ごとに蒸留水をつぎ足し、常時湿った状態を保った。新たな発芽が3日以上にわたって見られなくなるまで、培養を続けた。こうして得られた最終的な積算発芽率を、最終発芽率とした。

発芽速度

 一般的に採用されている発芽速度の式を用いて算出した。発芽速度が最大になる値をとるために、各シャーレごとに最終発芽率の50%の値に達するまでの日数の逆数を求めた。

  発芽速度=1/Day      Day:最終発芽率の50%を超えるまでの日数

 最終発芽率が0の場合は、発芽速度は0とした。

異なる環境条件下における栽培実験

 発芽実験で発芽した実生をゴールデンピートバン(サカタのタネ)に移植し、グロースキャビネット(白熱球を用いて14L/10Dの日長で昼の相対光量子密度を約380〜400μmolm-2s-1とし、室温25℃に調節した)内で約1ヶ月〜2ヶ月栽培した。実生が複数の本葉を有するようになった時点で、1本ずつプラスチック製苗ポット(約95mL容量)に植栽した。用土は川砂とバーミキュライトを1対1で混ぜたものを用いた。これらの苗を1週間群馬大学荒牧キャンパス内の裸地で栽培した。

 初期サンプリングに際しては、苗のみかけのサイズが大きい順に並べ、これを順番に処理区数+1で等区分して、区分ごとにサイズ分布と個体数がおおむね同等になるようにした。このうち1区分を初期サンプルとして採取し、残りの区分をそれぞれの処理区に供した。

 サンプリングした苗は個体ごとに根・茎・葉に分けて紙袋に入れ、送風定温乾燥機(FC-610,ADVANTEC・DRS620DA,ADVANTEC)に入れて1週間80℃で乾燥させた後、電子式上皿天秤(BJ210S Sartorius)で乾燥重量を測定した。葉面積はカラースキャナー(GT-8700 EPSON)を用いて解像度300dpi 、16bitグレーでスキャンした後、ImageJ 1.41o(NIH)を用いて面積を測定した。今回は148cm2あたり2074515ドットとした。なお、アメリカセンダングサ、ヒメモロコシについては河毛(2011)によって発芽した個体、ミゾコウジュについては青木(2011)によるものを使用した。

1 気温を調節した栽培実験

 ナズナ、ハルザキヤマガラシ、ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産、菅平産)、アメリカセンダングサ、ミゾコウジュ、ヒメモロコシを用いた(表2-1)。グロースキャビネット(MLR-350, SANYO、内部に白熱電球を増設して昼間の相対光量子密度を約380-400μmol m-2s-1に調節した)3台にそれぞれ10/8℃、15/13℃、25/23℃(昼14hr、夜10hr)の3段階の温度設定を行い、中に苗ポットを配置して4週間栽培し、栽培期間の最終日に全ての個体をサンプリングした。栽培中は、2-3日に1度水道水をポットから水が流れ出るまで十分灌水した。また、1週間おきにハイポネックス(ハイポネックス・ジャパン)の1000倍濃度液を1ポットあたり約100mL与えた。ギンネムはマメ科の植物で空中窒素固定能力を有するため、個体サイズに依存した施肥効果を排除するために、施肥を行わなかった。

2 光強度を調節した栽培実験

 ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産)を用いた(表2-2)。寒冷紗を用いて相対光量子密度を3%、9%、13%、100%(裸地)に調節した4つの光条件区を、群馬大学荒牧キャンパス内の裸地に設けた。これらの処理区に苗ポットを配置して4週間栽培し、栽培期間の最終日に全ての個体をサンプリングした。栽培中は、2-3日に1度水道水をポットから水が流れ出るまで十分灌水した。また、1週間おきにハイポネックス(ハイポネックス・ジャパン)の1000倍濃度液を1ポットあたり約100mL与えた。ギンネムはマメ科の植物で空中窒素固定能力を有するため、個体サイズに依存した施肥効果を排除するために、施肥を行わなかった。

3 土壌窒素濃度を調節した栽培実験

 前橋産オオブタクサを用いた(表2-3)この実験は、河毛(2011)との共同研究である。ハイポネックスを1000倍希釈液、3000倍希釈液、または全く与えない区を群馬大学荒牧キャンパス内の裸地に設けた。ハイポネックス希釈液の組成を表3に示す。これらの処理区に苗ポットを配置して4週間栽培し、栽培期間の最終日に全ての個体をサンプリングした。栽培中は、2-3日に1度水道水をポットから水が流れ出るまで十分灌水した。ハイポネックスの希釈液は、1週間おきに1ポットあたり約100mL与えた。

生長解析

生長解析の各パラメータは、以下の式を用いて算出した。

・相対生長速度(RGR : Relative Growth Rate):各個体の乾燥重量ベースの生長速度を表す指標である。

 RGR=(ln(TW2)−ln(TW1))/(T2−T1)

 TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 T1:初期サンプリング日

 T2:最終サンプリング日

・純同化率(NAR:Net Assimilation Rate):各個体の光合成活性を表す指標である。

 NAR=(TW2−TW1)(ln(LA2)−ln(LA1))/(LA2−LA1)/(T2−T1)

 TW1:初期サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

 LA1:T1における個体の葉面積(m2

 LA2:T2における個体の葉面積(m2

 T1:初期サンプリング日

 T2:最終サンプリング日

・葉面積比(LAR:Leaf Area Ratio):各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す指標である。

 LAR=(LA1/TW1+LA2/TW2)/2

 TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 LA1:T1における個体の葉面積(m2

 LA2:T2における個体の葉面積(m2

・比葉面積(SLA:Specific Leaf Area):各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す指標である。

 SLA=LA/TW

 LA:最終サンプリングにおける個体の葉面積(m2

 TW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

・器官別重量比:光合成産物をそれぞれの器官にどれくらい配分したかを示す指標である。

・葉重比(LWR:Leaf Weight Ratio)

 LWR=LW/TW

 LW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

・茎重比(SWR:Stem Weight Ratio)

 SWR=SW/TW

 SW:最終サンプリングにおける個体の茎乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

・根重比(RWR:Root Weight Ratio)

 RWR=RW/TW

 RW:最終サンプリングにおける個体の根乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

それぞれのパラメータ間には、以下のような関係がある。

 RGR=NAR・LAR

 LAR=SLA・LWR

 これらの式によって、処理区間でRGRまたはLARの差異があった場合、それがどのパラメータの差異によって引き起こされたかを確認することができる。

栽培時の環境測定

・相対光量子密度

 栽培実験を行った群馬大学荒牧キャンパス構内裸地において、光量子センサー(IKS27, KOITO)を用いて、裸地の相対光量子密度を2010年6月9日から10月5日まで、10分おきに連続測定した。測定結果はデータロガー(UIZ3635, ウイジン)で自動記録した。

・気温

 群馬大学荒牧キャンパス構内において温度データロガー(TR52,T&D corporation)を用いて、裸地および各光強度区の気温を2010年6月9日から10月5日まで、15分おきに連続測定した。なお、センサ先端部分をアルミニウムカバーで覆い、直射日光が当たるのを避けた。

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