結果および考察

 

発芽の温度依存性解析

 アドバンテストビオトープ内で採取した、6種の植物の種子発芽の温度依存性は、以下のようになった。

 

1.スズメノエンドウ(マメ科、一〜越年草、Vicia hirsuta

 本種は日本の在来種で、本州より南の野原などに生息している(林1993)。本種の培養62日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、25/13℃で最大となった。すなわち、10/6℃では平均で約4.7%、17/8℃では約9.3%、22/10℃では約11.3%、25/13℃では約66%であり、30/15℃では約47.3%が発芽した(2314)。このように温度依存性を有する植物の種子は、地温の低い冬季には発芽せずに、春になって地温が高くなってから発芽して成長を開始するものと考えられる。しかし、発芽最適温度を超えると発芽率が低くなることから、高温による二次休眠の可能性があることが示唆される。このため本種は、土壌シードバンクを形成する可能性があると考えられるが、一般にマメは昆虫による食害や菌類による腐敗も多いため、実際に永続性のある土壌シードバンクになるかどうかは不明である。また、培養中にシャーレの中の水が濃い茶色に着色したことから、スズメノエンドウの種子からは発芽阻害物質(タンニンなど)が浸出したと推察され、このために全体的に発芽率が低くなったものと考えられる。

 

2.ホタルブクロ(キキョウ科、多年草、Campanula punctata

 本種は日本の在来種で、全国の山野に生息している(林1993)。本種の培養47日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、25/13℃で最小、30/15℃で最大となった。すなわち、10/6℃では0%、17/8℃では約2%、22/10℃では約33.3%、25/13℃では約4.7%であり、30/15℃では約47.3%が発芽した(2425)。このように温度依存性を有する植物の種子は、地温の低い冬季には発芽せずに、春になって地温が高くなってから発芽して成長を開始するものと考えられる。しかし、25/13℃で発芽率が低かったのは原因不明である。今回採取した種子に不稔の種子が多く混入していた可能性も考えられるため、再度実験をする必要がある。

 

3.コマツヨイグサ(アカバナ科、越年草、Oenothera laciniata

 本種は北アメリカ原産でアフリカやアジアの広い範囲に定着している。日本では現在、東北地方より南の河原など砂地に定着している(清水・森田・廣田2001)。本種の培養62日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、温度が高くなるにつれて高くなった。すなわち、10/6℃では平均で約0.7%、17/8℃では約31%、22/10℃では約71.3%、25/13℃では約90.7%であり、30/15℃では約93.3%が発芽した(259)。このように温度依存性を有する植物の種子は、日当たりの良い撹乱地や裸地において、気温が急激に上昇することを環境シグナルとして発芽する「ギャップ検出機構」を有すると推察される。

 

4.ヒロハホウキギク(キク科、一〜多年草、Aster subulatus Michx

本種は北アメリカ原産で、南北アメリカ、アジア、オセアニアなどの温帯に分布する。西日本ではホウキギクより普通に見られ、九州では休耕田、水田、イグサ田に発生する(清水・森田・廣田2001)。本種の培養39日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、温度が高くなるにつれて高くなった。すなわち、10/6℃では平均で約0%、17/8℃では約4%、22/10℃では約6.7%、25/13℃では約7.3%であり、30/15℃では約9.3%が発芽した(2652)。このように温度依存性を有する種子を生産する植物は、地温の低い冬季には発芽せずに、春になって地温が高くなってから発芽して成長を開始するものと考えられる。また、最終発芽率が9.3%以下であることから、発芽しなかった種子が土壌シードバンクを形成する可能性があると考えられる。一方、全体的に発芽率が低いことから、胚の形成が未熟で、後熟するには冬を経験する必要がある可能性が示唆される。すなわち本種については、冷室処理を施すことによって人工的に冬を経験させた上で再度実験を行う必要がある

 

5.フジバカマ(キク科、越年草、Eupatorium japonicum)(写真2

 本種は古い時代に中国から渡来したため在来種扱いとなっている。関東地方以西の野原に生育している(林1993)。かつては秋の七草の一つとして親しまれるほど普通に見られた種であるが、生育立地である明るい水辺が、河川改修工事などで次々に消失するにつれて急速に減少し、現在は絶滅危惧U類に指定されている(矢原監修)。

本種の培養39日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、30/15℃で最大となった。すなわち、10/6℃では平均で約0%、17/8℃では約7.3%、22/10℃では約3.3%、25/13℃では約9.3%であり、30/15℃では約14%が発芽した(2738)。このように温度依存性を有する植物の種子は、地温の低い冬季には発芽せずに、早春になって地温が高くなってから発芽して成長を開始するものと考えられる。また、最終発芽率が14%以下であることから、発芽しなかった種子が土壌シードバンクを形成する可能性があると考えられる。一方、全体的に発芽率が低いことから、胚の形成が未熟で、後熟するには冬を経験する必要がある可能性が示唆される。すなわち本種については、冷室処理を施すことによって人工的に冬を経験させた上で再度実験を行う必要がある。

 

6.コウゾリナ(キク科、越年草、Picris hieracioides var. glabrescens

 日本の在来種で、九州以北の山野に生息している(林1993)。本種の培養37日後における最終発芽率は、設定した温度条件の範囲内では、25/13℃で最大となった。すなわち、10/6℃では平均で約1.3%、17/8℃では約25.3%、22/10℃では約76.7%、25/13℃では約77.3%であり、30/15℃では約68.7%が発芽した(2818)。このように温度依存性を有する植物の種子は、日当たりの良い撹乱地や裸地において、気温が急激に上昇することを環境シグナルとして発芽する「ギャップ検出機構」を有すると推察される。

 

開花植物相

 2007年度(4月〜10月)の5回の調査により、ビオトープ内全域において101種(在来種79種、外来種22種)の植物の開花が確認された(3)。その中で、出現する植物の総種数に占める外来種の割合(帰化率)は、22%であった。帰化率は、2001年度に38%2002年度に45%2003年度に36%2004年度に33%2006年度に19%と減少傾向にあり、今年度は前年とほぼ同じ値であるといえる。一方、2006年度以前の調査では確認されなかった種は、17種(在来種16、外来種1)であった。ビオトープ内での初出現植物数のうち在来種の占める割合は、2002年度が63%2003年度が67%2004年度が79%、2006年度が89%であったのに対し、今年度は94%と、年々高くなってきている。これは外来種駆除を継続的に行った成果といえる。ただし、開花に至っていない外来種のうちセイタカアワダチソウ、ヒメモロコシ(従来ギニアグラスとされていたが、群馬県立自然史博物館・大森威宏氏により同定変更された)、および開花に至ったイヌムギ、カモガヤ、メリケンカルカヤは、地下茎や種子により旺盛に繁殖するため完全な駆除が困難となっている。しかし、引き抜きまたは刈り取りにより勢力を抑制していくことは可能なので、今後も継続して勢力抑制を図らなくてはならない。

 2007年度の各月に開花が確認された植物(3)のうち、在来種数は、4月に36種、5月に8種、6月に7種、9月に17種、10月に11種となった。すなわち、ビオトープの目的にあった最も良い景観となるのは、4月であるといえる。

 2007420日の調査において最も多くの開花種を確認できたのは地点1で、25種を確認した(4図9)。この地点はヨモギ草原で、4月にはまだヨモギが生長していないため、ほぼ完全に直射日光の当たる場所である。このような季節的な裸地は、春に開花・結実するいわゆる春植物に好適な立地であることが知られている。本研究においては、地点1の他に地点59で多くの植物の開花が確認されたが、この2地点も晩春から上層を落葉樹または低い草丈の植物に覆われる地点であり、季節的裸地である。このように、ビオトープの各所に上層植物のフェノロジーによって季節的裸地が形成されたことが、4月の開花植物種が多いことの原因であると考えられる。このことはまた、多様な生物間相互作用の形成ともとらえることができ、本ビオトープがさらに“生長”を続けていることを表しているといえる。

 

植物の分布と希少種の拡大状況

 20075月〜10月に、ビオトープ内において42種の植物の分布位置・分布面積を測定することができた。

 外来種はオオカワヂシャ、マメアサガオが1地点、ヒロハホウキギク2地点の3種類について計測を行うことができた(3955)。いずれも分布面積は小さかったため脅威ではないが、周辺植物への影響がある場合には、個体の除去の必要があると考えられる。 

 また在来種のうち、準絶滅危惧であるミゾコウジュの生育が5地点で(23)、絶滅危惧U類であるフジバカマの生育が5地点で(38)確認された。ミゾコウジュの生育は2006年に初めて確認された(依田 2007)が、今年はその時とは異なる地点で生育が確認されている。これはミゾコウジュが一回繁殖型の越年草であること、すなわち開花までは非常に草丈が低くて目立たず、一度開花すると枯死してしまうためであると考えられる。生育地は年々移動をしているが、いずれの生育地もシバ草原の周辺または道路沿いで、早春から初夏までは直射日光の良く当たる地である。このことから、今後も引き続きミゾコウジュの生育を可能にするためには、ビオトープのシバ草原周辺や道路沿いで定期的な草刈りを実施して、早春から初夏までは直射日光の良く当たる地を形成することが不可欠であるといえる。

 本ビオトープにおいて2006年に生育が確認されたフジバカマ(依田 2007)は、昨年は典型的な三裂葉が確認できなかったため、種名の確定が見送られた。今年度はこれが確認できたため、フジバカマと同定するに至った。フジバカマは昨年と同様の地点、すなわち人工渓流が池に流入する河口付近に本年も出現した。これは立地の環境条件が、日当たりのよい水辺という、フジバカマの典型的な生育立地条件に合致しているためと考えられる。フジバカマは2006年には1地点でのみ生育が確認された(依田 2007)が、今年は一挙に5地点と拡大した。これは昨年まで開花に至っていなかった個体が開花したためと考えられる。すなわち、今後もさらに開花して確認に至る個体が速やかに増える可能性があると言える。また発芽実験の結果(7)、本ビオトープで採取したフジバカマ種子は、冷湿処理を施していないため発芽率は低いものの、少なくともある程度の発芽能力があることが明らかになった。このことから、本ビオトープでは今後も各所でフジバカマが増加していく可能性があると推察される。

 

気温・地温測定

 20074月〜11月において、日平均気温はほとんどの月で低草原(ヨモギまたはシバ草原)で最も高く、次いで高草原(ススキまたはオギの草原)、林内という順となった。日最高気温は低草原、高草原で高く、林内で最も低かった。一方、日最低気温はすべての月で林内で最も高く、次いで高草原、低草原という結果になった(5)。地温についても、日最高地温、日平均気温は低草原で最も高く、次いで高草原、林内という順になった。日最低気温は、差がほとんどなかった(6)。これらのことから、林内においては気温・地温の高低差が小さいといえる。これは、樹木の成長や高草原の成熟によって日光がある程度遮られて温度環境が緩和されるという、植物による環境形成作用が働くようになったためと考えられる。

 

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