結果および考察
リター生産
玉原高原ブナ林において、リターフォール量=リター生産速度は10−11月期に最大(0.07t/ha/day)となり、7−8月期に最低(0.005t/ha/day)となった(図1)。冬季積雪期間のリターフォールは測定できなかったが、この期間の値をゼロとするならば、一年間のリター生産量は4.5t/ha/yearと算出された(図2)。
リターの内訳別に生産速度を比較すると、葉のリター生産速度は8〜11月に0.02t/ha/day〜0.05t/ha/dayと最も高い値を示し、次いで5−6月期にも0.02t/ha/dayと比較的高い値を示した。8〜11月のリター生産は、落葉広葉樹(主としてブナ)の落葉によるものであり、5−6月期のリター生産は、新葉の展開に伴って、冬芽を覆っていた鱗片葉が脱落したためであった。これに対して幹(ここでは当年枝以外の木部を持つ器官をいう)由来のリター生産速度は7〜9月に0.002t/ha/day〜0.005t/ha/dayと最も高い値を示した。また本年はブナの実の成り年にあたっており、ブナの実と堅殻が7〜11月にリタートラップに捕獲されていた。ブナの実のリター生産速度は9〜11月に0.011t/ha/day〜0.014t/ha/dayと最も高い値を示した。
樹木は年によって、結実量が大きく変動するものが多い。ブナ林においては、ほぼ一年おきに豊作年と凶作年が現れ、5〜7年ごとに一回、とくに大豊作の年が訪れることが多いという。通常の豊作年で一平方メートル当たり100個前後、大豊作の年には数百〜1000個程度の果実が落下する(原 1996)。
2005年の年間リター生産量(4.5t/ha/year)は町田(2005)の算出した2004年の結果(5.5t/ha/year)より1t/ha/year小さい値となった。堤(1989)によれば、日本の森林におけるリターフォール量は、3〜8t/ha/yearであるが、この量は気候によって異なり、温度の増加とともに多くなる。日本の緯度35°前後における温帯では、リター生産量は約6t/ha/year前後とされている。2004年と2005年のリター生産量は、この一般的な値とほぼ同等であると考えられる。
土壌CO2放出速度測定地点の地温・土壌含水率の季節変化
玉原高原ブナ林において、土壌CO2放出速度測定と同時に測定した瞬間値の地温は8月の地点2の値だけが高く(19.9℃)なったが、これは測定装置の不調のためと考えられる。これを除けば、地温に大きな地点間変異はなかったといえる(図3)。月別に平均すると、地温は7〜8月に最も高く(17.1℃〜18.0℃)、11月に最も低く(2.9℃)なった(図4)。11月は積雪が3cmあり、この地温は雪を取り除いて測定したものである。こうした地温の季節変化は町田(2005)の測定した2004年の結果(6〜7月に最も高く17.1℃程度、11月に最も低く6.1℃)とほぼ同等であった。
玉原高原ブナ林において連続測定した地温(図5)は、積雪期間にはほぼ0℃で一定であり、無積雪期間においては絶対値、季節変化パターンともに、土壌CO2放出速度測定と同時に測定した瞬間値とほぼ同等となった。すなわち、土壌CO2放出速度測定によって人為的に地温が変化したことはなく、自然状態により近い状態で測定を行うことができたといえる。
土壌含水率は、測定地点間で季節に関わらず10〜20%の分散はあったが、どの地点でも常に高い含水率(77.4%程度)となった(図6)。平均土壌含水率を月ごとに比較すると、11月に最も高く(86%)、次いで7〜8月(80%程度)、5、6、9、10月はほとんど変化がなく74%程度となっていた(図7)。11月に最も高くなったのは積雪のためである。また、7、8月の高い値は、大雨や台風の翌日に測定したことが原因と考えられる。町田(2005)によると、2004年においても同様に、土壌含水率には季節にかかわらず20%程度の分散があり、4、11月が積雪・降水のため高く(80%程度)、5〜10月はほとんど変化なく70%程度となっている。したがって、ブナ林の土壌含水率は降水や積雪などの気象条件に影響を受けて変動するが、全体としては非常に高い値に保たれているといえる。
土壌CO2放出速度
玉原高原ブナ林において、測定地点間で土壌CO2放出速度に有意な差異がみられた。6〜9月には地点19で連続して1.2g/hr/m2〜4.5g/hr/m2と他の地点よりも高い値になった(図8)。土壌CO2放出速度は、土壌中の微生物がリターを分解することで放出されるCO2、植物根の呼吸によるCO2、それ以外の地中深くから放出されるCO2の3つが含まれている。したがって、こうした地点間の持続的な変異は、リター量(リターの厚さ)の違いの他に、土壌微生物・植物根の量的違いなどにも起因するものと推察される。
平均土壌CO2放出速度を月ごとに比較すると、土壌CO2放出速度は7月に最も高く(1.9g/hr/m2)、積雪があった11月に最も低く(0.3g/hr/m2)なり、次いで5月に低く(0.4g/hr/?)なった(図9)。なお、12〜4月は積雪のため測定はできなかった。町田(2005)によると、2004年においても同様に7〜8月に最も高く(2.1g/hr/m2)、積雪の残る4月に最も低かった(0.2g/hr/m2)。すなわち、ブナ林のような積雪地帯にある森林においては、土壌CO2放出速度は冬季の積雪によって抑制されるといえる。
地温と土壌CO2放出速度の間には、有意な正の相関がみられた(図10)。同様に2004年も有意な正の相関がみられている(町田 2005)。微生物によるリター分解速度や植物根の呼吸速度は温度と密接な関係をもっており、温度の高い夏に高く、温度の低い冬には低くなる(堤 1989)。したがって、これらの生物活性から構成される土壌CO2放出速度も、地温が高い季節に高く、地温の低い季節に低くなるために、このような相関関係が生じたと考えられる。
土壌含水率と土壌CO2放出速度の間には、有意な相関はみられなかった(図11)。同様に2004年も有意な相関はみられていない(町田 2005)。微生物によるリター分解速度は、温度とともに水分条件にも大きく左右される。測定時の気温が5℃〜15℃のときには含水率50%〜60%で、微生物によるリター分解速度が最大となり、気温15℃以上の場合も含水率が60%以上になると微生物によるリター分解速度が低下するとされている(堤 1989)。しかし、本研究の結果(図11)では、土壌含水率が60%を越えていても有意な土壌CO2放出速度の低下は見られなかった。すなわち、ブナ林においては、土壌CO2放出速度のプロセス全体が、土壌含水率による微生物活性の制御によって必ずしも影響を受けるものではないと考えられる。日本のブナ林のように年中比較的湿潤な環境にある土壌において、土壌CO2放出速度の季節変動をもたらす主な要因は、地温であると考えられており(木村・波多野 2005)、本研究の結果もこれを支持するものである。
連続測定した地温(図5)と、地温とCO2放出速度の瞬間値の関係式(図10、CO2放出速度瞬間値=地温×0.10317−0.31502)を用いて算出したCO2放出速度の月別積算値は、8月に最も高く(1171g/m2/month)、5、11月に196g/m2/month〜218g/m2/monthと最も低くなった(図12)。こうした季節変化パターンは、携帯型CO2センサーを用いて測定した瞬間値の季節変化パターン(図9)と整合性のある結果である。すなわち、土壌CO2放出速度測定によって人為的に土壌CO2放出速度が変化したことはなく、自然状態により近い状態で測定を行うことができたといえる。また積雪によってCO2放出速度の積算値も抑制されるといえる。
土壌CO2放出因子分解
玉原高原ブナ林においてリター、細根を順番に除去して測定を行った結果、CO2はリターから平均35%、細根から平均30%、細根層より深い土壌から平均36%の割合で放出されていると算出された(表1)。しかし、細根層より深い土壌からのCO2放出割合は、2005年9月29日の測定においては27.4%〜62.4%と大きな変異がみられた(表1)。木村・波多野(2005)によると微生物・土壌動物によるCO2生成量の方が、植物根の呼吸によるCO2生成量よりもやや大きく、全体の30%〜70%であるとされている。まだ一定の値は得られていないが、今回の結果は、この従来の結果と整合性のある結果であるといえる。今後はさらに測定点、測定回数を増やして、季節変化を考慮した解析を行う必要がある。
上記の結果をもとにして、発生源別に土壌CO2放出速度を算出すると、7月にはリターから0.66g/hr/m2、細根から0.56g/hr/m2、細根より深い土壌から0.68g/hr/m2の放出となった。また11月にはリターから0.09g/hr/m2、細根から0.08g/hr/m2、細根より深い土壌から0.10g/hr/m2の放出となった(表2)。今後は、上記の季節変化を考慮した解析結果に基づいて、リターからのCO2放出速度をより正確に定量化し、その結果をリターバック法によるリター分解速度と比較することによって、両測定方法の整合性を検証することが可能になると考えられる。
リター分解速度
リターの水分量の推定がうまくいかなかったため、リター分解速度の値がマイナスと算出され月別のリター分解速度は正確に測定できなかった(表3、表4)。このため、年間平均リター分解速度のみ示す(図13)。年間リター分解速度は、12地点中3地点(地点4、6、11)が全体平均値(0.00194g/g/day)とほぼ同等となり、地点12が最も高く(0.0043g/g/day)全体平均の2倍の値、地点5が最も低く(0.0005g/g/day)全体平均の1/4の値となった。リター分解速度は地点間で大きな差異がみられた。町田(2005)によると、2004年の年間平均リター分解速度は、8地点が全体平均値(0.001g/g/day)とほぼ同等、2地点で全体平均値の約2倍の値、2地点で全体平均値の約1/2の値と、同様に大きな地点間差異がみられている。
リターバック周辺土壌の含水率(図6)は、地点間に大きな差はみられなかった。また、CO2放出速度測定時における地点別の地温の結果(図3)によれば、地温にも大きな地点間差はみられなかった。このため、リター分解速度が地点12で高く、地点5で低い理由は、物理的環境条件の違いでは説明できない。一方、地点ごとにリターの厚さは異なり、2005年5月21日にリターバックを設置した際に、リターバック重量には43.9g〜86.4gと、地点間で大きな差異があった。このリターの厚さの違いがリター分解速度の地点間差異に影響していると推察される。
玉原高原ブナ林林床における無積雪期間の平均リター分解速度は、0.00194g/g/dayと算出された。これに無積雪期間(181日)をかけると、年間のリター分解率は約35%となる。すなわち、生産されたリターのうち、約65%が翌年に持ち越されるものと推定される。2004年の本ブナ林林床での年間リター分解率は約30%程度(町田 2005)であり、気象条件に年格差があるとしても、年間のリター分解率は比較的安定しているものと考えられる。
従来のリターバック法では、月単位のリター分解速度のような精密な測定はできない。また町田(2005)においては、リターバッグ周辺のリターを採取してリター含水率の推定を試みたが、リターバッグ自体の含水率の推定ができずにうまくいかなかった。これらの欠点を解決しようと、今回はリターバックをペアで用いるダミーバック法を用いて実験を行った。しかし、それでもリターバック内のリターの含水率を正確に測定することができなかった。その原因として考えられるのは、毎回ダミーバッグに入れていたリターが、入れっぱなしのリターに比べると新鮮であったことが想定される。今後はリターバッグ内のリター含水率をより正確に測定する方法をさらに検討する必要がある。
群馬大学構内混交林との比較
玉原高原ブナ林の年間総リター生産量は4.5t/ha/yearと算出され(図2)、群馬大学混交林においては6.2t/ha/yearと算出された(渡慶次 2006)。すなわち、年間総リター生産量は玉原高原ブナ林のほうが1.7t/ha/year小さい。この差異は、群馬大学構内混交林では、常緑針葉樹であるアカマツから年中落葉していたことと、積雪期間がないことによると考えられる。また立木密度は、玉原高原ブナ林で約487本/ha、群馬大学構内混交林では約1466本/ha(町田 2005)と、玉原高原ブナ林の立木密度は、群馬大学構内混交林の約1/3となっていることも大きな要因であると考えられる。
地温は、玉原高原ブナ林で、7〜8月に高く(17.1℃〜18.0℃)、11月に最も低く(2.9℃)なった(図4)。群馬大学構内混交林では、7〜9月に高く(23.0℃〜24.9℃)、12月に最も低く(7.5℃)なった(渡慶次 2006)。玉原高原ブナ林と群馬大学構内混交林で、地温の季節変化パターンはほぼ同様であるが、測定期間内において、およそ5℃〜11℃、玉原高原ブナ林のほうが低かった。
土壌含水率は、玉原高原ブナ林においては、11月に積雪のため高く(86%)、次いで7〜8月(80%程度)、5、6、9、10月はほとんど差異がなく74%程度となっていた(図7)。一方、群馬大学構内混交林においては、10月に最も高く(45.9%)、4〜6月に低く(19.0%)なっていた(渡慶次 2006)。このように、玉原高原ブナ林における土壌含水率は、群馬大学構内混交林の約2倍の高い含水率となっていた。
平均CO2放出速度は、玉原高原ブナ林においては7月に最も高く(1.9g/hr/m2)、積雪があった11月に最も低く(0.3g/hr/m2)なり、次いで5月に低く(0.4g/hr/m2)なった(図9)。群馬大学構内混交林においては、平均CO2放出速度は7・8月に最も高く(1.5g/hr/m2)、11月に最も低く(0.3g/hr/m2)なった(渡慶次 2006)。地温と含水率には2調査地間で大きな差異があったのに比べ、平均CO2放出速度の調査地間差はあまり大きくないといえる。
地温と土壌CO2放出速度の間には、玉原ブナ林と群馬大学構内混交林の両調査地いずれにおいても、有意な正の相関が見られた(渡慶次 2006)。地温は測定期間内において、およそ5℃〜11℃玉原高原ブナ林のほうが低かったので、群馬大学構内混交林よりも相対的に寒冷な玉原高原ブナ林のほうが、より低い地温下でも土壌CO2放出速が高くなるものと考えられる。
土壌含水率と土壌CO2放出速度の間には、玉原ブナ林において有意な相関はみられなかった(図11)が、群馬大学構内混交林では有意な正の相関がみられた(渡慶次 2006)。これは、玉原高原ブナ林においては常に土壌含水率が60%以上の高い値となっていたためと考えられる。
平均リター分解速度は、玉原高原ブナ林においては無積雪期間のものであるが、群馬大学構内混交林の値(0.00191g/g/day)と同等(0.00194g/g/day)となった。これに対して年間リター分解率は、玉原高原ブナ林においては約35%、群馬大学構内混交林においては約70%となった。この差異は、積雪によるリター分解の停止期間の有無によるものと考えられる。