結果および考察

 

1.分布調査および各分布地点の相対光強度

 前橋市内の分布状況調査の結果(1)によると、調査を行った全50地点のうち32地点が相対光強度60%以上であったが、相対光強度が10%以下の地点はわずかに7地点しかなかった。こうした傾向は中嶋(2003)の結果と同等であった。すなわち、ハナダイコンは非常に明るい光環境に多く分布し、相対光強度が10%以下といった暗い環境にはあまり分布しないことが確認された。また、この2年間の結果を見渡すと、これらのハナダイコンの生育地の光環境は、全体としては年変動は大きくなく、明るいところは年によらず明るかった。すなわち、大規模撹乱などの急激な環境変動下にあるところは少ないことが示唆される。

 

1.   発芽実験

 相対光強度10%の地点から採取した種子では、温度勾配恒温器の設定温度が14/8℃の場合、播種後20日の発芽率は26%であるのに対して、25/18℃の場合は62%であった(2)。また、相対光強度100%の地点から採取した種子では、14/8℃の場合は18%であるのに対し25/18℃の場合は50%であった(3)。

室内放置後の最終発芽率は、相対光強度10%の地点では、28%(14/8℃)・71%(25/18℃)。相対光強度100%の地点では、18%(14/8℃)・52%(25/18℃)であった。

 このことから、ハナダイコンは初夏あるいは初秋において実現するような、比較的暖かい温度条件下でより多く発芽し、春先のような低い温度条件下では、多くの種子が発芽しないままとなると考えられる。こうした傾向は津村(2002)の結果と同等であり、生育時の環境によらない、ハナダイコンの一般的な特性と推察される。今後は、より寒冷な環境下で生育したハナダイコンの種子についても、同様の研究を行う必要があると思われる。

 生育地間の比較をすると、いずれの温度条件下においても、相対光強度10%地点の最終発芽率の方が、相対光強度100%地点のものより高かった。この結果は、ハナダイコンは生育にあまり好適でない暗い光条件で生産された種子の方が、より好適な明るい光条件下で生産された種子より発芽可能な種子の割合が高いことを示唆している。これによって、発芽後の死亡率の高さを補完するようになっているのではないかと推察される。実際、中嶋(2003)によって、ハナダイコンの死亡率(枯死率)は、生育時の光環境がより暗いと高くなることが示されている。

発芽速度は、明るい光条件下で生産された種子でより高くなった。すなわち、相対光強度10%の地点では、発芽率が最高値に達したのは温度によらず播種後約20日(2)であるのに対し、相対光強度100%地点では温度によらず播種後約10日(3)であった。

 いずれにしても、ハナダイコンの発芽速度はとても早いと思われる。特に、相対光強度の高い地点の方がより早く、これは相対光強度の高い地点の種子の方が大きい(7)ということと関係があるのではないかと考えられる。

2.     個体重量と種子数の測定

 ハナダイコンの個体乾燥重量と種子数の散布図(4,5,6,7,8,9)によると、相対光強度が高くなるにつれて個体の種子数と個体重量の絶対値は大きくなった。各地点における最も種子の多い個体で比較してみると、10%地点では種子数420(個体重7.1g)20%地点では500(6.9g)30%地点では640(10.9g)40%地点では860(7.2g)50%地点では1430(14.0g)100%地点では1590(25.3g)であった。また、相対光強度が低い地点で採取した個体の種子は小さく、相対光強度が高くなるほど種子も大きくなっていた(7)。

 これらのことから、ハナダイコンはより明るい光環境下においてよく生育して個体サイズが大きくなり、より多くの、より大きな種子を生産することが示唆される。一方、全体的に見ると、個体重量当たりの種子生産数は光環境によらず一定のようである(10)。すなわち、ハナダイコンは、暗い光環境下においては、種子サイズを小さくすることにより、個体重あたりの種子生産数の低下を抑制しているのではないかと推察される。

 

3.   人工被陰下における栽培実験

気温については、日平均気温と日最低気温は、相対光強度の違いによらずほぼ同じであった。しかし、日最高気温は100%区が高かった(9)。3段階の人工被陰下でハナダイコンの枯死率を測定した結果、種子を採取した地点の光環境の違いが、枯死率に与える影響はほとんどないと考えられる(11,12,13)。人工被陰下での、相対光強度が100%、3%、0.6%区においては、最終枯死率が平均80%前後となった。これに対して、13%区では、最終枯死率24%(11)、52%(12)、28.5%(13)と、比較的低い結果となった。これらの結果より、ハナダイコンに適した光環境は、相対光強度13%程度であると考えられ、またこの最適光環境は、種子を採取した個体が実際に生育していた光環境の違いと関係なく同じであると推察される。

ハナダイコンは、相対光強度10%以下の暗い環境にはあまり生育していない(1)が、その枯死率は、暗い環境における個体群の方が低いのではないかと推察される。このことと、暗い光環境下で生産された種子の発芽率の方が高い(23)ことは、ハナダイコンが暗い光環境下においても少数ながら分布する理由であり、このような適応進化によって、今後もより分布を拡大する可能性があると推察される。

今回の人工被陰実験の結果は、中嶋(2003)の結果と部分的に整合性がある。中嶋(2003)は7月に播種して実験を行い、9月から12月に枯死率と生長速度を測定した。この結果、枯死率は9-10月期においては相対光強度3%区で最大となり、11-12月期においては30%および100%区で最大となった。観察期間全体を通じてみると、9%区で最も枯死率が低くなった。同様に今回の実験においても、枯死率は11-12月期において100%、3%および06%区では、13%区よりも高くなった。これらのことから、ハナダイコンの生存にとっては10%程度の相対光強度が最適であり、特に寒い季節になると、強い光環境下で何らかの傷害によって枯死が増加すると推察される。また温暖期における枯死の主要因は、光不足であると考えられる。

今回の実験では、播種の時期が10月と遅くなったため、個体が十分に大きくなる前に寒冷な季節を迎えてしまった。11-12月の葉面積推移をみても(14,15,16)減少傾向にあり、良好な生育状態とは言い難い条件下での実験になってしまった。しかし、別の見方をすると、発芽が遅れて生育がままならない状態で寒冷な季節を迎えてしまった場合の、ハナダイコンの運命がここに見てとれるとも言える。すなわち、温暖な季節に発芽しないと、その後の寒冷な季節に良好な生育を行うことができないと考えられる。

 

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