結果および考察

植物相調査

西榛名地域
 現地調査によって、在来種149種、うち15種の絶滅危惧種・希少種の生育が確認された(表4)。西榛名地域においては、群馬大学社会情報学部・環境科学研究室によるモニタリング調査が2008年から継続して行われている。
 地点別にみると、棚田とため池、休耕田のあるCN・大谷で、今回の調査地中最も多い、在来種76種が確認された。

 

                       また、農薬に弱いサジオモダカが生育していることから、当地点では農薬の使用量が少ないと考えられる。このことが休耕田やため池で多数の在来種が生育している原因であると推察された(高橋 2009)が、それから4年が経過した現在でも、サジオモダカなどの水田雑草の生育が多数見られる。しかしながら、要注意外来生物に指定されているアメリカセンダングサとオオブタクサの繁茂が見られた。今後これらの外来植物の駆除、移入防止対策を早急に検討すべきである。

 

 

 以上のように当地域では、伝統的な山間地農業が営まれている中で、多くの絶滅危惧種・希少種が生育するなど、在来植物の生育状況も極めて良好であるといえる。極めて植物種多様性の高い地域であるが、盗掘や外来種の繁茂といった人為的影響もみられたため、今後は早急に何らかの公的な保全対策を講ずる必要がある。法令の整備だけでなく農業振興や地域住民の協力といった広い範囲・分野にわたっての保全対策が必要である。また、こうした高い生物多様性が、人為的影響を排除することで維持されているのではなく、伝統的なコナラおよびハルニレ二次林の利活用によって維持されていることに十分留意し、人間の消費活動と自然の生産活動のバランスをとれるような保全を検討していかなくてはならない。

 当地域は長年にわたって、遊水池の整備やニュータウンの開発、ゴルフ場の造成、谷田川の内水域の水質悪化など、様々な人為的影響にさらされてきた。
 CN・谷田川では、環境省で準絶滅危惧(NT)、群馬県で絶滅危惧ⅠB種に指定されているフジバカマの繁茂・開花を確認した(表5)。CN・矢場川でもフジバカマの生育地を確認したが、県内危険外来種に指定されているヒメモロコシの繁茂も確認された。早急なヒメモロコシ駆除対策が求められる。
 CN・矢場川のフジバカマの生育地では、地域住民が毎年夏期に草刈を行い、その際フジバカマも刈り取ってしまうので、開花しなかった。フジバカマの良好な生育と繁殖を保つために,草刈りをフジバカマの草丈がまだ低い5月までに行うか、選択的草刈りでフジバカマを残すべきである。

 

 

 板倉町は2011年、関東で初めて、国選定の重要文化的景観「利根川・渡良瀬川合流域の水場景観」に選定された。2009年には群馬県自然環境課・自然環境調査研究会によって、「板倉ウエットランド地域」と称されて調査が行われ、池沼群からオニバス、ミズアオイ、サンショウモ、オオトリゲモなど多数の絶滅危惧種が発見された地域であり(大森・青木 2009)、継続的なモニタリングが必要である地域の一つである。今回の調査結果も含めて、詳細なモニタリング計画を実行するべきである。

 2012年の調査で、群馬県内の多々良川、矢場川において新たに多くのナガレコウホネの生育が確認された。ナガレコウホネは栃木県のみに生育し、2006年に新種記載されたばかりの「シモツケコウホネ」と、栃木県の絶滅危惧Ⅱ類に指定されている「コウホネ」の交雑種である。
 2011年までは、ナガレコウホネは群馬県内では才川(後述)の渡良瀬川合流点近くで、栃木県との県境をまたいで生育しているのみと報告されていた(石川 私信)。今回の調査により、群馬県内での分布がさらに広いことが確認されたことになる。
 2012年9月20日と10月25日に、多々良川、矢場川の近隣住民の方々に、ナガレコウホネの保全活動について伺うことができた。以下にその記録を列挙する。
・両河川には、何十年も前にはナガレコウホネが多数生育していたが、その後の相次ぐ河川改修で激減した。
・5年ほど前から多々良川の最大の自生地が改修されることになった際、群馬県館林土木事務所と協議のうえ、直近の休耕田と邑楽町役場敷地内のせせらぎに多数の個体を移植した。また直近の矢場川にも少数を移植した。
・多々良川の改修工事終了後、休耕田に移植した個体をふたたび多々良川に植え戻し、保全活動を行っている。
・現在邑楽町と、ナガレコウホネを町の文化財として残すように、手続きを検討中である。
 ナガレコウホネは、群馬県においては絶滅危惧種に指定されていない(群馬県 2012)。これは群馬県のレッドリストの策定にあたって、ナガレコウホネのような雑種は対象としていないためである。しかし隣県の栃木県では絶滅危惧Ⅰ類に指定されている。同じ植物種が行政界をまたいだことで異なる政策下に置かれているのは、非合理的である。今後はナガレコウホネの群馬県内における分布をさらに詳細に調査するとともに、当面はレッドリストとは別枠扱いで保全対策を講ずるべきである。

・佐野市(才川)
 2008年から引き続き、渡良瀬川合流点近くで希少種のナガレコウホネの生育が確認された。しかしこの地点では、特定外来生物のミズヒマワリが繁茂しており、ナガレコウホネの生育を阻害する危険性がある。下流端にあたる渡良瀬大橋直下のミズヒマワリ個体群は、2009年初頭に国土交通省渡良瀬川河川事務所によって刈り取り駆除された(江方 2010)。今後は才川全域にわたって、ミズヒマワリの駆除を実施する必要がある。

・太田IC付近、八重笠沼(太田市)
 CN・太田IC、CN・八重笠沼での植物相調査は2011年の調査に続き今回で2回目となる。絶滅危惧種・希少種を中心とした植物相調査によって、在来種20種、うち5種の絶滅危惧種・希少種の生育を確認した(表5)。
 CN・太田ICでは、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているアブノメを含む在来種7種が確認された。この地点は田んぼにカエル、蛇、ヒルなどが生息していることから、減農薬水田耕作が行われていると推測され、このために多様な水田植物が生育していると考えられる。

 CN・八重笠沼では、2012年に群馬県で絶滅危惧Ⅱ類に指定されているホシクサやミズオオバコ、アブノメや、国・絶滅危惧Ⅱ類のシャジクモ、およびウリカワ、ヤナギタデ、ミズワラビを含む在来種16種が確認された。しかし、1996年(伏島 1996)または2000年頃(滅びゆく八重笠沼の植物 HP)までは当地に生育していた報告のある絶滅危惧種イヌタヌキモ、タタラカンガレイ、サンショウモなどは、確認できなかった。CN・八重笠沼は現在、バス釣りの釣り堀として湖岸をコンクリート堤ですべて囲われ、オニビシのみが優占種として繁茂している。このような生育環境の劣化によって、絶滅危惧種の消滅が引き起こされている危険性が高い。今後も継続してモニタリング調査を行う必要があると考えられる。

 

発芽特性の解析

 本種は山地や丘陵などに生育し、北海道から九州まで分布する里山を代表する植物である。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した種子において、最終発芽率は10/6℃の温度区で80%と最も高く、30/15℃の温度区で70%と最も低い値となったが、全体的には70%~80%の範囲となった(図3)。
 以上により本種は、野外においては早春から夏以降までの長期間にわたって発芽するものと推察される。また本種は野外において永続的に土壌シードバンクを形成する可能性は低いと考えられる。

 本種は野や山の日当たりの良い立地にごく普通に見られる種である。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した種子において、最終発芽率は、17/8℃の温度区で66%と最も高く、10/6℃の温度区では45.3%と最も低い値となった(図4)。すなわち本種の発芽の最適温度は17/8℃であり、これ以上の温度では種子の一部に二次休眠が誘導され、土壌シードバンクを形成すると考えられる。
 以上により本種は、野外においては早春に発芽するものと推察される。また本種は野外において、永続的土壌シードバンクを形成する可能性があると考えられる。

 本種は山地の林床や谷間に普通に見られる種である。
2ヶ月間の冷湿処理を施した種子において、最終発芽率は25/13℃の温度区で95.3%と最も高く、30/15℃の温度区では76%と最も低い値となり、これ以外の温度区(17/8℃、22/10℃、30/15℃)でも86%以上となった(図5)。
 以上により本種の発芽の最適温度は25/13℃であると考えられるが、野外においては早春から夏以降までの長期間にわたって発芽するものと推察される。また本種は野外において永続的に土壌シードバンクを形成する可能性は低いと考えられる。

・シドキヤマアザミ(キク科多年生草本、Cirsium shidokimontanum)群馬県・絶滅危惧Ⅱ類
 山野に生育するが、本州中部以北で多く自生する。2002年に門田裕一氏によりキク科アザミ属の新種として論文発表された種である。
 2ヶ月冷湿処理を施した種子において、最終発芽率は25/13℃の温度区で55.3%であった(図6)。赤上(2011)は1ヶ月の冷湿処理を施して本種の発芽実験を行い、最終発芽率は25/13℃の温度区で80%であった。今回の実験で使用した本種の種子は2010年産のものであるが、この年は酷暑であったので、その影響を受けて稔実率が低下したのではないかと考えられる。

・ヒロハヌマガヤ(イネ科多年生草本、Diarrhena fauriei)群馬県・絶滅危惧Ⅱ類
 本種は日本のイネ科では稀品で、図鑑の記載では長野県が分布の中心とされるイネ科の多年草である。長野県以外では、朝鮮、中国北部、極東シベリアに分布している(長田 1989)。群馬県では西榛名地域において2006年7月23日に発見され(大森 2007)、群馬県レッドデータブック2012年度版では絶滅危惧Ⅱ類とされている。ヒロハヌマガヤは日本において局地的な分布をする種であり、さらに成熟した果実は落下しやすいため、完全な状態での観察が困難な植物の一つ(大森2007)とされる。
 2ヶ月間の冷湿処理を施した種子において、最終発芽率は25/13℃の温度区で23.3%であった(図7)。荒川(2012)の同様の実験では、9ヶ月冷湿処理後の同じ温度区での最終発芽率は24%であった。また赤上(2011)の同様の実験では、1ヶ月冷湿処理後の同じ温度区での最終発芽率は約24%であった。以上の結果より、本種の休眠解除と冷湿処理期間の関係性は低いと推察される。
 本種は比較的標高の高い冷涼な山地に生育するが、より細かく見ると、主にけもの道沿いや林冠ギャップの下といった、時折光が差し込んで土壌が一時的にせよ高温になる場所に分布する。本種の種子の発芽特性は、このようなところに分布することと因果関係があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異なる光環境条件科で栽培した植物の生長解析

 

 

 

・シドキヤマアザミ
 本種実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約0.04gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.20〜0.31 g(9%〜100%区)であった。3%区では約0.05gとなった。相対生長速度(RGR, g g-1day-1)は、相対光量子密度3%区で0.00(有意な生長なし)、9%区で約0.031、13%区で約0.055、100%区で約0.001となった(表9図10)。本種も     同様、相対光量子密度が高い区ほど生長が良くなると言える。赤上(2010)の研究でも同様の結果であったが、今回の結果と比べると全体として相対生長速度が2倍ほど高い。シドキヤマアザミは土壌含水率が高い生育条件を好むことから、今回は100%区での栽培中に水不足に陥り、やや生長阻害を受けたのかもしれない。
 光合成活性を表す純同化率(NAR, g m-2day-1)は、3%区で約0.02、9%区で約0.9、13%区で約1.9、100%区で約2.5であった。特に3%の光条件区で著しく低い値となった。
 各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、3%区では0.0039、9%区では0.035、13%区では0.032、100%区では0.005と相対光量子密度が低い区ほど高い値であった。
 以上の結果から、本種のRGRが相対光量子密度が高い区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性が高いことであるといえる。相対光量子密度が低い区ではLARが100%区と比べて高くなる、つまり葉面積が増大したが、この増大はNARの低下を補うほどではなく、結果として相対光量子密度が低いとRGRが低下したものと考えられる。
 各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、3%区では0.060、9%区、13%区では0.041〜0.047、100%区では0.022となり、相対光量子密度が低い区ほど高くなった。
 器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、各区間で大きな違いはなかった。
 SLAの上記のような変化は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より薄い葉を生産することによってLARを増大させ、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかしシドキヤマアザミの場合、暗い環境下ではNARが著しく低下し、SLAとLARの増大でこれを補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまうと考えられる。
 以上の結果より、本種は、より明るい環境下でよく生長できると考えられる。このことは、本種が主に溜め池周辺いといった、土壌含水率は高いがよく光が差し込場所(本研究の現地調査結果参照)に分布する原因の一つになっているものと推察される。

 

 

 

重量土壌含水率

 各フジバカマ自生地から採取した土壌の重量土壌含水率は、10月25日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ自生地(右岸)で40.7%と最も高かった(図14)。しかし、谷田川のフジバカマ自生地とアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ植栽地では、17.6〜24.4%とほぼ同等の値となった。したがってアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川の自生地の土壌含水率に、大きな差はないと考えられる。

フジバカマ自生地の土壌窒素・リン濃度測定

 各フジバカマ自生地から採取した土壌の重量土壌含水率は、10月25日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ自生地(右岸)で40.7%と最も高かった(図14)。しかし、谷田川のフジバカマ自生地とアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ植栽地では、17.6〜24.4%とほぼ同等の値となった。したがってアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川の自生地の土壌含水率に、大きな差はないと考えられる。

フジバカマ自生地の土壌窒素・リン濃度測定


 土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である合計窒素濃度(Total-N)の平均値は、10月25日にフジバカマ自生地の谷田川で採取した土壌で最も高く(約46.9 mg L−1)、そのほとんどが硝酸態窒素(NO3)であった(表12図15)。また、アドバンテスト・ビオトープ内フジバカマ生育地の値(6.9〜19.1 mg L−1)は、谷田川での値よりも低い結果となった。これらのアドバンテスト・ビオトープ内での測定値を依田(2006)の結果(0.4〜27.9 mg L−1)と松田(2012)の結果(27.8〜38.7 mg L−1)と比較すると、やや低い。一方、谷田川では松田(2012)の結果(47.4〜72.6 mg L−1)とほぼ同じ値を示していることになる。測定に用いた土壌の採取場所が年によりやや異なるので、これが経年的な変化であるのか、地点間差であるかは、今後測定点数を増やして確認する必要がある。
 全窒素濃度(TN)、全リン濃度(TP)については、谷田川とアドバンテスト・ビオトープ間で有意な差はなかった。すなわち、全窒素濃度はアドバンテスト・ビオトープでは22.8〜32.0 mg L−1、谷田川では42.2 mg L−1であり、全リン濃度はアドバンテスト・ビオトープでは0.0〜4.6 mg L−1、谷田川では3.3 mg L−1であった。
 アンモニア態窒素比(NH4濃度/Total-N)は、谷田川(0.01)よりもアドバンテスト・ビオトープ内(0.10〜0.83)で高い結果となった。
 以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地の土壌栄養状態は、フジバカマの自生地である谷田川と比べて大きな違いはないといえる。しかし、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地では、溶存している窒素のみの値である合計窒素濃度(Total-N)よりも、溶存せず固体として残っている窒素も併せた値である全窒素濃度(TN)が約2倍高かったことから、土壌中の窒素が有機物として残っていることが明らかになった。この状態は、有機物体として存在する潜在的には豊富な土壌栄養が、有機物の分解が進まないため現時点では植物に利用されないことを示している。土壌水分中の窒素の状態は年によって変動するものなので、今後も継続して調査をする必要がある。また、アンモニア態窒素比は調査日前の天候などに左右され、アドバンテスト・ビオトープ内で値が高かったことは、土壌が水分を多く含んだ状態が長く続いたことが原因と推察される。
 以上の土壌分析の結果から、土壌水分状態、土壌栄養状態からも、アドバンテスト・ビオトープがフジバカマの植栽地に適していると考えられる。


目次

←前  次→