結果および考察

植物相

チノー・ビオトープ
チノー・ビオトープにおける3年目の調査となる2012年度(4〜10月)の調査により、在来種100種、外来種47種の計147種が確認された(表3)。前年度の調査では在来種89種、外来種66種の計155種(松田 2012)が確認されており、ほぼ同数の出現種数となった(図5)。チノー・ビオトープ竣工直後(在来種53種、外来種22種の計75種;青木 2011)に比べると約2倍の種数が確認されたことになる。またアドバンテスト・ビオトープにおける竣工直後(在来種25種、外来種15種の計40種;新岡 2002)、および今年の調査(在来59種、外来23種の計82種;浦野 2013)に比べても、出現種数が非常に多かった。
今回チノー・ビオトープで生育が確認された在来植物の多くが、水田・湿地性植物、道ばた・畑・空き地に生育する雑草、山野に生育する種であった。これらの植物は、観音山から持ち込んだ土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。また、竣工直後から引き続き絶滅危惧Ⅱ類のコギシギシ(写真6)が確認され、前年度に引き続き準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュが確認された。ビオトープ周辺の群落から移入したものと考えられ、今後も安定的に生育するかどうか、モニタリングする必要がある。
チノー・ビオトープの帰化率は約32%と算出され、前年度の約43%を下回り、チノー・ビオトープ竣工直後(約29%;青木 2011)と比べるとほぼ同じ値となった。アドバンテスト・ビオトープの竣工直後(約38%;新岡 2002)に比べても低い値であった。昨年度の帰化率が約43%とやや高い値を示したのは、特に園芸種が多数出現(17種;松田 2012)したことに起因する。いずれにしても、外来植物種の出現個体数自体は非常に少なく、ほとんどは出現確認と同時に引き抜き除去を継続した。そのため、今年度の帰化率は前年度よりも低くなった。
これらの結果は、チノー・ビオトープに持ち込んだ土壌が、もともと外来植物の少ない(鈴木 2010)観音山の土壌であったためと考えられる。
今年度生育が確認された外来植物の中では、セイタカアワダチソウ、アップルミントの2種が2011年から引き続いていることに特に注意が必要である。両種は多年生で根茎が発達しやすいので、引き続き注意して引き抜き刈り取りといった管理を行う必要がある。
また、天野沼から移植し大学構内で増殖をしているアサザを2012年7月30日にチノー・ビオトープ内の植栽地1の池(図3写真7)に移植した。さらに、挿し木をして育てた矢場川産フジバカマの苗を、2012年11月27日にチノー・ビオトープ内の植栽地2(図3写真8)に移植したので、これらが定着し開花することも期待したい。

今回確認された在来植物種の中には、オトコエシ、ヒヨドリバナ、ヤマハギ、ノコンギクなど、榛名山西部の里山にも生育している(高橋 2009;赤上 2011;荒川 2012)種が見られた。この里山で確認されている在来植物種数(塚越 2013)に比べると、本ビオトープで生育している種数はまだまだ少ないものの、着実に地域の植物相、ひいては地域の生態系の再生という目的に向かって育成が進んでいると言える。

種子発芽特性

フジバカマ(Eupatorium japonicum)(写真5):国指定準絶滅危惧種
本種は関東地方以西(本州、四国、九州)に分布するキク科の多年草で、野原や河原に生育している。かつては秋の野草の代用として七草に含められていたほど身近な植物であったが、河川敷の埋め立て、護岸工事などによる自生地の消失や除草剤を用いた土手の管理などにより個体数が減少し(鷲谷 1996)、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。群馬県レッドリスト2012年版では絶滅危惧ⅠB類に指定されている。
谷田川で2011年に採取した種子は、2ヶ月間の冷湿処理を施した後に、最適温度である25/13℃(松田 2012ほか)で培養した最終発芽率は47.3%となった(表6図6)。アドバンテスト・ビオトープで2011年に採取した種子の同様の培養条件下での最終発芽率は50.7%と、谷田川産の種子とほぼ同じ値となった(表6図6)。
アドバンテスト・ビオトープで採取したフジバカマの種子を用いた発芽実験は、高岩(2007)、高橋(2009)、松田(2012)が行っており、冷湿処理を施さなかった場合の最大発芽率は14%(高岩 2007)、2ヶ月間の冷湿処理を施した後は4%(高橋 2009)、1ヶ月間の冷湿処理を施した後は12%(松田 2012)と、いずれも低かった。一方、谷田川で採取した種子を用いた発芽実験では、2ヶ月間の冷湿処理を施した場合の最大発芽率は24%(鈴木 2010)、1ヶ月間の冷湿処理を施した場合は50.6%(青木 2011)、54.7%(松田 2012)と、アドバンテスト産の種子よりも高い値となった。
これらの先行研究の結果から、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマは、その起源と考えられる谷田川の個体群よりも種子の発芽能力あるいは種子の稔実率自体が低くなっていると考えられた。その原因は、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマは個体数が少ないため、近親交雑あるいは花粉不足による種子の未熟や劣化によるものではないかと推察された。今後本ビオトープ内でフジバカマの継続的な増殖を促進するためには、近親交雑・花粉不足の問題を解消することにあると考えられた。そのため2010年の青木の研究時点から、近隣の谷田川のフジバカマ個体群由来の種子から栽培して移植を開始し(青木2010)、2011年も谷田川産種子から栽培に成功したフジバカマを、10月27日に本ビオトープ内に移植した(松田2012)。また谷田川産のフジバカマの挿し木実験(後述)も昨年成功し、本ビオトープ内に移植した。
2012年に行った発芽実験でアドバンテスト産と谷田川産種子の間で最終発芽率に差が見られなかったことは、アドバンテスト・ビオトープ内に継続的な移植を行ったことで、近親交雑や花粉不足の問題が解消されてきたためと推察される。今後は、これらの移植したフジバカマの生存・生育状況について、継続的な調査を行う必要がある。

ミゾコウジュ(Salvia plebeian)(写真9):国指定準絶滅危惧種
本種は本州、四国、九州、沖縄に分布するシソ科の越年草で、水辺の裸地的な立地に生育する。河川工事や除草剤散布などにより減少傾向にあることから、国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、群馬県レッドリスト2012年版でも準絶滅危惧種に指定されている。
本種の最適温度である30/15℃(高橋 2009;青木 2012)で培養した最終発芽率は、アドバンテスト産、チノー産ともに97.3%と高い値になった(表6図7)。
本種の発芽実験は、依田(2006)、高橋(2009)、青木(2011)、松田(2012)が行っており、高い温度区(20/10℃〜30/15℃)で発芽率が高く(52.0%〜94.6%)、10/6℃での発芽率はいずれも7.3%以下であった。そのため、今年の発芽実験は、30/15℃の温度区1つのみで行った。
これらの結果から、本種の種子は生産・散布された翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクを形成しないものと推察される。したがって本種は生育中の個体群が何らかの破滅的な影響を受けると、土壌シードバンクからの再生は望めないことになる。本種の野外での発芽適地の確保や、野外生育中の個体群の生長・生存を可能にするための、断続的な草刈り管理などが不可欠といえる。また種子を人工的に保存して、個体群の維持を保障することも効果的と考えられる。

コギシギシ(Rumex nipponicus)(写真6):国指定絶滅危惧Ⅱ類
本種は本州、四国、九州に分布するタデ科の多年草で、河原や、田んぼのあぜなど低湿地に生育する。国のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。群馬県レッドリスト2012年版では準絶滅種に指定されている。
17/8℃区の温度区おいて本種の最終発芽率は著しく低い値(32.7%)を示した。これは何らかの人為的ミスが原因と考えられるため、考察から除くこととする。
冷湿処理後に培養したところ、本種の最終発芽率は25/13℃、30/15℃の温度区で84.0%〜84.7%と高い値となり、全ての温度区において約65〜85%の範囲であった(表6図8)。また、冷湿処理を施さず、最適温度である25/13℃の温度区で培養したところ、最終発芽率は82.7%となった(表6図9)。すなわち、本種の最終発芽率は培養温度と冷湿処理の有無に関して有意な差が見られなかった。

以上の結果から、本種の種子発芽は温度依存性があまりなく、休眠性もないため土壌シードバンクを形成しないと考えられる。したがって本種は、四季を通じて野外で発芽するものの、生育中の個体群が何らかの破滅的な影響を受けると、土壌シードバンクからの再生は望めないことになる。本種の野外での発芽場所の確保や、生育中の個体群の生長・生存を可能にするための、断続的な草刈り管理などが不可欠といえる。また種子を人工的に保存して、個体群の維持を保障することも効果的と考えられる。

フジバカマの挿し木

フジバカマの苗を上、下の2区間に切り分けて挿し木をした結果、どちらの区間も85%以上の活着率を示し、根に近い部分ほど活着率がよいという結果が得られた(図10)。すなわち、上の部分を挿し木したものの活着率は約87%、下は約97%となった。フジバカマの個体数を増やす方法として挿し木は有効であると考えられる。

異なる光環境条件下で栽培した絶滅危惧植物の生長解析

フジバカマ(Eupatorium japonicum)の越年苗:国指定準絶滅危惧種
フジバカマ越年苗の個体地上部乾燥重量は、4月の初回サンプリング時に約4.06 g、6月には0.72 g(3%区)〜2.04g(100%区)であったものが、8月のサンプリング時には100%区で約6.59 gと初回より大きくなった以外、約0.46 g(3%区)〜約0.97 g(13%区)と小さくなった(表7、図11-14)。
フジバカマ越年苗の地上部の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では4月−5月期から6月−7月期にはマイナスの値となり、7月−8月期には約0.0087とわずかにプラスの値となったが、8月まで生存した個体は1個体しかなく、他は枯死した(表8図11)。9%区でも同様に、全ての月期でマイナスの値となった(表8図12)。13%区でも4月−5月期から6月−7月期にはマイナスの値となり、7月−8月期では約0.0062とわずかにプラスの値となった(表8図13)。100%区では4月-5月期では約−0.0164とマイナスの値になった以外は、5月−6月期では約0.0113、6月−7月期では約0.0103、7月−8月期では約0.0134と、他の光条件区と比較して最も高い値となった(表8図14)。
以上の結果よりフジバカマ越年苗は、相対光量子密度が100%に近い裸地的な環境でないと生長できないことが明らかになった。本種は他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が悪くなると考えられる。また100%区のフジバカマ越年苗の地上部の相対生長速度は、夏期の7月−8月に最も高く、5月−6月、6月−7月にかけてもプラスの値となった。フジバカマの生育地である谷田川では、初夏以降はカナムグラやカラスウリ、ヤブガラシといったツル植物の繁茂が著しい。このためフジバカマは、光を獲得して開花・結実のための光合成生産を確保するために、競合種に先んじて生長する生存戦略を有していると考えられる。今回の実験で4月−5月期の相対生長速度の値が低い値となったのは、4月に採取した初期サンプルの個体が大きすぎたためであると推察される。
各個体の葉の厚みを葉面積/葉重量の比で表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、3%区で0.0501〜0.0784、9%区で0.0347〜0.0430、13%区で0.0321〜0.0398、100%区で0.0176〜0.0246と相対光量子密度が低い区ほど高くなり、特に3%区で著しく高い値となった。これは光の少ない生育条件に対する適応反応として多くの植物にみられるもので、少ない光合成産物を用いて薄い葉を生産することで、より広い葉面積を得ようとする反応である。
青木(2011)は7月から8月において、今回と同様の光条件下(相対光量子密度3%、9%、13%、100%)でフジバカマの実生を栽培した結果、裸地のような光環境であればよく生長することを示した。松田(2012)は7月から10月にかけて裸地でフジバカマを栽培した結果、生長のピークが7月以前にある可能性も考えられることを示した。
以上の結果から、フジバカマが最も生長する時期は夏季の7月-8月であることが明らかになったが、5月−7月にかけてもフジバカマの生長期であることが示された。すなわちビオトープの草刈り管理においては、初夏から夏季に十分な光がフジバカマに当たるように、スケジュールを組まなくてはならないといえる。
しかし初夏から夏季の草刈りなどで草体が失われると、フジバカマは開花・結実に至れない危険性があると考えられる。実際、矢場川の生育地においては夏季に草刈りがおこなわれたため、フジバカマは全く開花していなかった。フジバカマの安定的な生育、増殖を促進するためには、里山保全の一手法である下草刈りによってフジバカマまで刈ることがないように、フジバカマの草丈がまだ小さい5月までに草刈りを行うか、初夏以降に行う場合はフジバカマ以外のの草を選択的に刈る必要があると考えられる。

ミゾコウジュ(Salvia plebeian):国指定準絶滅危惧種
ミゾコウジュ実生(アドバンテスト産)の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.12 gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.13 g(3%区)〜約0.93 g(100%区)であった。本種実生(チノー産)の個体乾燥重量は、初回サンプリング時に約0.42 gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.54 g(3%区)〜約1.69 g(100%区)となった(表9)。
ミゾコウジュ実生の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では約0.004(アドバンテスト産)および約−0.004(チノー産)、9%区では約0.048(アドバンテスト産)および約0.021(チノー産)、13%区では約0.056(アドバンテスト産)および約0.023(チノー産)、100%区では約0.064(アドバンテスト産)、約0.035(チノー産)となった(表10図1516)。チノー産の実生はアドバンテスト産と比較するとやや低い値を示したが、どちらの実生も裸地的な光環境下で高い値を示した。すなわち、本種は裸地的な非常に明るいところでよく生長するが、他の植物に被陰されたり林床のような暗い環境下では、生長が著しく悪くなると考えられる。このことは、本種が主に陽当たりのよい通路沿い(ミゾコウジュの名の由来)といった明るい環境下に分布する理由の一つであること推察される。また本種の生育を促進するためには、周辺の植物を刈り取って、できる限り陽当たりを良くすることが重要であるといえる。
各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最大(それぞれ0.050、0.029)、100%区で最小(0.023、0.018)となった(表10図1516)。
光合成活性を表す純同化率(NAR, g g-1 day-1)は、、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最小(それぞれ0.083、-0.117)、100%区で最大(3.82、2.60)となり、特に13%以下の光条件区で著しく低い値となった(表10図1516)。
以上の結果から、本種のRGRが光条件の明るい区ほど高くなった原因は、NAR、すなわち光合成活性が明るい区ほど高くなったためと考えられる。
各個体の葉の厚みを葉面積/葉重量の比で表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、アドバンテスト産、チノー産いずれの個体においても3%区で最大(それぞれ0.086、0.054)、100%区で最大(0.021、0.019)と、相対光量子密度が低い区ほど高くなった(表10図1516)。
器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、3%区ではおよそ65%〜80%、100%区ではおよそ50%程度と相対光量子密度が低い区ほど高くなった。茎の重量比であるSWRは3%〜13%区でおよそ10%前後と大差は見られず、100%区でおよそ5%程度と低い値を示した。根の重量比であるRWRは、3%区でおよそ15%〜25%程度、100%区でおよそ45%〜50%程度と相対光量子密度が低い区ほど低くなった。
SLA、LAR、LWRのこれらの反応は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より多くの光合成産物を葉に投資し、またより薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。しかし本種においては、暗い環境下ではNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまったと考えられる。
青木(2011)は7月から8月に異なる光条件下(相対光量子密度3%、13%、100%)でミゾコウジュを栽培した結果、裸地のような光環境であればよく生長することを示した。相対光量子密度100%区(裸地)で栽培したミゾコウジュは、RGRが約0.1、NARが約4.2、LARが約0.04と、今回の結果と比べるとRGR、NAR、LARの値がそれぞれ高かった。これは青木が栽培中に液肥(ハイポネックス)を与えていたが、今回は与えてないためと考えられる。
以上の結果から、本種が陽当たりの良い通路沿いといった明るい環境下に分布するのは、そこが光合成生産と重量生長において生育適地であるからといえる。

コギシギシ(Rumex nipponicus):国指定絶滅危惧Ⅱ類
コギシギシ実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約0.095gであったものが、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約0.56 g〜0.74 g(9%〜100%区)、3%区では約0.093 gとなった(表11)。
コギシギシ実生の相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では約−0.003であり、9%区、13%区、100%区では約0.040〜0.047の範囲となった(表12図17)。
以上の結果より、本種は3%区のように極端に光が当たらないようなところ以外であれば、日陰であっても良く生長することが明らかになった。
各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す葉面積比(LAR, m2 g-1)は、3%区では0.046、9%区、13%区では0.039、100%区では0.026と、相対光量子密度が低い区ほど高い値となった(図17)。
光合成活性を表す純同化率(NAR, g g-1 day-1)は、3%区では−0.06、9%区では1.15、13%区では1.35、100%区では3.23と、相対光量子密度が高い区ほど高くなり、特に3%の光条件区で著しく低い値となった。
以上の結果から、本種のRGRが9%区、13%区、100%区でほぼ同等の値となった原因は、9%区、13%区で低下したNARが、LARの増加で補われたことであると考えられる。
各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す比葉面積(SLA, m2 g-1)は、3%区では0.087であり、9%区、13%区では0.061〜0.062、100%区では0.022と、相対光量子密度が低い区ほど高くなった。
器官別重量比のうち葉の重量比であるLWRは、3%区では50.6%、9%区、13%区では49.6〜49.8%、100%区では19.6%と相対光量子密度が低い区ほど高くなった。茎の重量比であるSWRは3〜13%区で21.8〜27.4%と大差は見られず、100%区で10.4%と低い値を示した。根の重量比であるRWRは、3%区で22.0%、100%区で70.0%と相対光量子密度が低い区ほど低くなった。
SLA、LAR、LWRのこれらの反応は、光が不足して光合成活性が低下した際に、より多くの光合成産物を葉に投資し、またより薄い葉を生産することによって、限られた光合成生産量を有効に葉面積の生産につなげるという、多くの植物に見られる特性と同じものである。本種においては、相対光量子密度9%程度までの光環境下ではNARの低下をSLA、LAR、LWRの増加で補うことができ、RGRを100%区と同等にすることができたと考えられる。しかし相対光量子密度3%という極端に暗い環境下ではNARの低下を補うことができずに、RGRの著しい低下を起こしてしまったと考えられる。
以上の結果から、コギシギシは裸地から相対光量子密度9%程度の広い光条件下で良く生育することができると考えられる。

アサザ(Nymphoedes pelatata):国指定準絶滅危惧種
アサザは、埋め立てや護岸工事などで壊滅的な影響を受け、岸が垂直化したことにより実生が定着せず、水深が深くなりすぎたことが原因で生長が悪化した。国のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。群馬県レッドリストでは絶滅危惧ⅠA類に指定されている。
本種実生の個体乾燥重量は、7月の初回サンプリング時に約1.96g(100%区)、約0.93〜1.75g(3%区〜13%区)と推定され、1ヶ月半後の最終サンプリング時には約1.17g(100%区)、約0.49〜0.63g(3%区〜13%区)となり、すべての光条件下で重量の低下が見られた。その中でも、重量の低下が最も小さかったのは100%区であった(表13)。
アサザの相対生長速度(RGR, g g-1 day-1)は、相対光量子密度3%区では−0.017、9%区では−0.011、13%区では−0.017、100%区では−0.010となった(表14図18)。すなわち、アサザは明るい光環境下であれば良く生長する可能性があると考えられるが、今回の実験ではすべての実験区でRGRがマイナスとなったため、断定できない。
このようにアサザの生長が悪かったのは、水深が深すぎたことが原因と推察される。今後は、水深を浅くして栽培実験をやり直す必要がある。

2012年7月にチノー・ビオトープ内の池に移植したアサザは、裸地的な光環境下でよく生育している(写真7)。このとから、アサザの安定的な生育、増殖を促進するためには、流れが穏やかな浅瀬で裸地的な光環境を保つことが必要であると考えられる。

気温・地温測定

 チノー・ビオトープ
2011年11月25日から2012年10月22日まで、4地点で連続測定を行った(表4図3)。この結果、森林の生長による環境形成作用が見られないことが示された。すなわち、4地点の平均において、7月は日最高気温33.4℃、日最高地温31.1℃、8月は日最高気温38.5℃、日最高地温39.5℃と、気温にも地温にも地点間差が認められなかった。
植生による気温・地温の緩和作用は、植物の環境形成作用と呼ばれ、森が大きくなり林床が広がれば、放射冷却や保温効果がみられるようになると考えられる。
なお今回のデータは、地点1の地温計において漏水による機器の故障の可能性があるため、測定精度が落ちている。

今後はアーズ社製の気温・地温計と百葉箱での計測データとの比較が可能となるので、より精度の高い分析が可能になるものと期待される。

フジバカマ植栽地の相対光量子密度

 アドバンテスト・ビオトープにおいてフジバカマを植栽した計3地点(図2)における相対光量子密度は、測定期間内において13.9%〜100%の範囲であった(表5図19)。
2003年8月27日に本ビオトープ内の混合樹木林内36地点で行った測定では、2.4%〜89.4%の範囲であった(星野 2004)。また2004年6月10日の同様の測定では、同林内16地点では11.6%〜41.9%の範囲であった(狩谷 2004)。さらに、2011年7月21日の同様の測定では、同林内の計5地点(図2)における相対光量子密度は1.7%〜24.5%の範囲であった(松田 2012)。これら林内の各地点と比べて、フジバカマの生育地は高い相対光量子密度のもとにあるといえる。

以上のようにアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地の相対光量子密度が高く維持されていることは、草刈り管理が適切に行われたことと、植栽地が約1.5mの土盛りとなっていて、フジバカマを他の植物が覆いにくい構造になっていることに起因すると考えられる。しかし直近の樹木や草本が生長してフジバカマを覆うようになってしまうと、過去に測定された林床のような暗い環境になってしまうかもしれない。今後も草刈りや樹木の間伐など、継続的な周辺管理が不可欠である。

体積土壌含水率

アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ生育地3地点において測定した体積土壌含水率(θ, m3 m-3)は0.28〜0.79の範囲であった(表15図20)。2010年に青木がフジバカマを植栽した右岸(植生)では0.35〜0.51、2011年に松田が植栽を開始した、水辺の左岸にある盛り土では、盛り土の上で0.30〜0.45、盛り土の下で0.28〜0.44となった。また、今年新たにフジバカマが自生していることが確認された右岸(自生)では0.51〜0.79の範囲となり、体積土壌含水率を測定した3地点の中で最も大きな値となった。

以上の結果から、フジバカマは比較的広い範囲の土壌含水率で生育可能であると考えられる。

重量土壌含水率

各調査地から採取した土壌の重量土壌含水率は、10月25日にアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ自生地(右岸)で40.7%と最も高かった(表16図21)。これ以外の谷田川のフジバカマ自生地とアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマ植栽地では、17.6%〜24.4%の範囲であった。したがってアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地と谷田川の自生地の土壌含水率に、大きな差はないと考えられる。

土壌窒素・リン濃度

土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である合計窒素濃度(Total-N)の平均値は、10月25日に谷田川で採取した土壌で最も高く(約46.9 mg L−1)、そのほとんどが硝酸態窒素(NO3)であった(表16図22)。また、アドバンテスト・ビオトープ内での値(6.9〜19.1 mg L−1)は、谷田川での値よりも低い結果となった。これらのアドバンテスト・ビオトープ内での測定値を依田(2006)の結果(0.4〜27.9 mg L−1)と松田(2012)の結果(27.8〜38.7 mg L−1)と比較すると、やや低い。一方、谷田川では松田(2012)の結果(47.4〜72.6 mg L−1)とほぼ同じ値を示していることになる。測定に用いた土壌の採取場所が年によりやや異なるので、これが経年的な変化であるのか、地点間差であるかは、今後測定点数を増やして確認する必要がある。
全窒素濃度(TN)、全リン濃度(TP)については、谷田川とアドバンテスト・ビオトープ間で有意な差はなかった。すなわち、全窒素濃度はアドバンテスト・ビオトープでは22.8〜32.0 mg L−1、谷田川では42.2 mg L−1であり、全リン濃度はアドバンテスト・ビオトープでは0.0〜4.6 mg L−1、谷田川では3.3 mg L−1であった。
アンモニア態窒素比(NH4濃度/Total-N)は、谷田川(0.01)よりもアドバンテスト・ビオトープ内(0.10〜0.83)で高い結果となった。
以上の結果から、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地の土壌栄養状態は、フジバカマの自生地である谷田川と比べて大きな違いはないといえる。しかし、アドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地では、溶存している窒素のみの値である合計窒素濃度(Total-N)よりも、溶存せず固体として残っている窒素も併せた値である全窒素濃度(TN)が約2倍高かったことから、土壌中の窒素が有機物として残っていることが明らかになった。この状態は、有機物体として存在する潜在的には豊富な土壌栄養が、有機物の分解が進まないため現時点では植物に利用されないことを示している。土壌水分中の窒素の状態は年によって変動するものなので、今後も継続して調査をする必要がある。また、アンモニア態窒素比は調査日前の天候などに左右され、アドバンテスト・ビオトープ内で値が高かったことは、土壌が水分を多く含んだ状態が長く続いたことが原因と推察される。
以上の土壌分析の結果から、土壌水分状態、土壌栄養状態からも、アドバンテスト・ビオトープがフジバカマの植栽に適していると考えられる。

チノー・ビオトープでは2012年、せせらぎ横にアドバンテスト・ビオトープと同様の土盛りを造成した。これは前述の結果を踏まえて、フジバカマ植栽用に整えたものである。ここには2012年11月27日に、矢場川産フジバカマを挿し木した20個体を植栽した。今後は当地においても、土壌環境条件、光環境条件をモニタリングし、フジバカマにとて良好な生育条件が維持されているかどうかを確認していく必要がある。


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