結 論

 

本研究により、適切に育成管理されている大型ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という機能を発揮できる可能性が高いことが明らかになった。大型ビオトープが地域生態系として機能するまでは、できるだけ人為的な在来生物の導入を行わず、自然に移入・定着ができるように管理することが望ましい。そのためには、植物相のモニタリングと外来種の駆除や物理化学的環境条件の多様化などを行う必要がある。地域生態系として機能してからは、地域の絶滅危惧種の系統維持や生物多様性の保全を実現するために、移植などを行うことが想定されるが、そのためには対象種の生態学的な特性、すなわち結実、発芽、生長特性を解明し、また自生地の生育条件とビオトープでの生育条件を比較して、移植後の健全な育成が実現するようにしなければならない。
アドバンテスト・ビオトープでは、植物相調査の結果、開花や生育が確認された82種の植物のうち外来種は23種で、ミゾコウジュ、フジバカマといった湿地性絶滅危惧種や多数の里山植物の生育が継続して確認された。出現植物の総種類に占める外来種の割合は約28%と、増加していなかった(浦野 2013)。
チノー・ビオトープでは植物相調査によって、在来種100種、外来種47種の計147種の生育が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地・道ばた雑草であった。出現植物の総種類に占める外来種の割合である帰化率は約32%であった。この値は、昨年の約43%(松田 2012)よりも低く、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後よりも低かった。これは、継続的に外来種の引き抜き除去を行ってきたこと、また、外来種の少ない(鈴木 2010)観音山の土壌を移植したことが原因であると考えられる。
本ビオトープでは、竣工直後から継続して絶滅危惧種のコギシギシが多数確認され、また昨年に引き続き準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュの生育が確認された。発芽実験の結果、両種とも土壌シードバンクを形成しないと考えられるので、発芽・生育のために好適な環境条件を維持するために、外来種の刈り取り・引き抜き駆除や過度に生育した在来種の刈り取りを行うこと、およびそのための継続的モニタリングが今後も必要であると考えられる。
フジバカマの種子については谷田川産のものとアドバンテスト・ビオトープ産のものを用いて発芽実験を行った結果、どちらの採取地でもほぼ同じ最終発芽率となった。種子の最終発芽率は50%程度で、半数は未発芽であったことから、本種は土壌シードバンクを形成することで個体群を維持していると推察された。先行研究ではアドバンテスト・ビオトープ内に生育するフジバカマの種子は未成熟または不稔のものが多いとされた。しかし継続してビオトープ内にフジバカマの苗を移植した結果、近親交雑あるいは花粉不足の問題が解決されたと考えられる。
フジバカマの自生地である谷田川の土壌とアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ植栽地の土壌窒素・リン含量を分析した結果、2地点間で大きな差異は見られなかった。また、4月から8月にかけて生長解析を行った結果、フジバカマは主に夏季に生長していることが明らかとなった。これらのことから、アドバンテスト・ビオトープ内の植栽地の土壌はフジバカマの生育に適し、その育成のためには草刈りは7月以前に行う必要があると考えられる。
天野沼から移植し、大学構内で増殖をしているアサザについて生長解析を行った結果、裸地的な光環境下でよく生育することが推察された。しかし生長不良であったので、今後は水位を低くして再度実験を行い、検証する必要がある。
今年は、チノー・ビオトープ内においてフジバカマとアサザの移植を行った。今後はチノー・ビオトープ内でも土壌分析や相対光量子密度の測定などを行い、これらの植物の生育環境が良好であるかどうかを、モニタリングする必要がある。
本ビオトープ内の気温・地温調査から、森林の生長による環境形成作用が見られないことが示唆され、今後は樹木の生長に伴って物理化学的環境が多様になることが期待される。今後は本ビオトープ内に設置されているアーズ社製の気温・地温計と導入予定の百葉箱とのデータ比較が必要になる。
先行するアドバンテスト・ビオトープにおいて、生物相、物理化学的環境条件の多様性が実現されているのは、造成時からの継続的な育成管理が行われてきたからである。アドバンテスト・ビオトープのような大型ビオトープでは、育成管理のための経費・労力の規模も大きなものとなる。特に、外来植物の除去においては、相当の労力を費やすこととなる。この点2010年に竣工したばかりのチノー・ビオトープは、持ち込んだ土壌が適切であったため外来種の個体数が少なく、良好なスタートをきることができている。つまり、大型ビオトープを造成するときには、移植する土壌にもともと外来種の少ない土壌を選ぶことが、その後の育成管理のための経費・労力を少なくするものと考えられる。

大型ビオトープづくりは造成、管理、調査といった面で多くの人の協力が不可欠であるといえる。しかしそれは、大型ビオトープがめざず地域の生物相・生態系の復元を、里地・里山の復元として考えると、必然といえる。里地・里山は長い間、人と自然が調和するような手法で管理されており、生物多様性も非常に高いことを、本研究では共同研究で明らかにした(塚越 2013)。これと比べると本ビオトープはまだまだ発展途上にあるといえるが、里地・里山の植物が複数生育し始めたことから、地域の生物相・生態系の復元の道を順調に進んでいるといえる。

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