はじめに

地球温暖化の原因と現状

 「地球温暖化」という地球環境問題は、21世紀に入ってから急速に一般に理解されるようになり、今日では研究活動だけでなく、政治、産業、教育、生活とあらゆる人間活動において考慮されているといっても過言ではないだろう。

 地球の気候は50億年の歴史の中で何度も温暖化と寒冷化を繰り返してきた。しかし、人間の生産活動と消費活動が盛んになるにつれて、大気中の温室効果ガス濃度が急激に上昇し、地球温暖化が急速に進行した。温室効果ガスの中で、最も影響の大きな人為起源の温室効果ガスはCO2である(IPCC 2007)。

 現在の地球大気中CO2濃度は、産業革命前と比べると急激に増大している。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル)第四次評価報告書第一作業部会報告書(2007)は、「温暖化には疑う余地がない」「二十世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性が非常に高い(90~95%の可能性)」と結論づけた。 同報告書によると、大気中のCO2濃度は、産業革命前の280ppmから2005年には379ppmに増加した。この数値は過去約65万年間の自然変動の範囲(180~300ppm)をはるかに上回っている。また、大気中のCO2濃度の上昇に伴う温度変化については、この100年間に1℃の気温上昇がみられた。そして、2030年~2040年には0.5~1.5℃、2050年ごろには0.8~2.6℃程度の地上気温の上昇があるとIPCCによって予測されている。その後、温暖化の進行は加速され、変化はそれまでよりさらに急速に進み、2100年にかけては1990年頃に比べ1.4~5.8℃の上昇となると予測されている(原沢・西原 2003)。この上昇は、ここ140年間で0.8℃であった地球の平均地上気温上昇をはるかに上回るものである。世界および日本列島に対する温暖化は、最近の15年間で0.2℃/10年と生態系の適応からみて危険とみられる速さで進行している。その結果、自然環境などへの影響はすでに世界の随所にみられ(IPCC第3次評価報告書)、日本でもオホーツク流氷の減少、植物開花時期の早まり、動植物の生息域移動などいくつかの兆候が観測されている。

 人間は生きるために周辺の地球生態系へ働きかけ続けてきた。第一次産業革命以降、世界人口は急増し、18世紀から始まる産業革命の頃から石油や石炭などの化石エネルギーが大量に使用されるようになり、森林などの植生破壊も一層進むことになった。それゆえ、大気中のCO2濃度は増加の一途をたどり、地球温暖化の大きな原因となっている。ならびに、人類の資源利用の速度は、地質時代における資源形成速度の10万倍にも達する。このため、工業生産過程から排出されるガス類は大気中にとどまり、無視できない濃度変化を引き起こす。その結果、地球温暖化が進行しているとされている(内嶋 2005)。

地球温暖化の生物への影響の概略

 地球温暖化による主な影響は、世界各地で現れている。例えば、栽培適地の変化による食糧難、冷温帯が暖温帯になり、暖温帯が亜熱帯化することによる伝染病の拡大などが懸念されている。また、急激な気 温上昇は生態系にも大きな影響を与えると危惧されている(岩槻 2008)。地球上の多くの生物種は、さまざまな環境変化に適応し進化する能力を秘めている。ところが、現在進行中の人為的な地球温暖化は、ここ1億年間に地球と生物界がたどってきた気候環境を約10万倍の速さで巻き戻すほどの規模であるため、いま生じている異常な速度の環境変化には、とても追随できそうにない。

 IPCC第四次評価報告書第二作業部会のとりまとめ(2007)によると、これまで評価された植物及び、動物種の約20~30%は、全体平均気温の上昇が1.5~2.5℃を越えた場合、増加する絶滅リスクに直面する可能性が高いとされている。温度上昇は植物の光合成生産活動、ひいては植物の生長と生存・繁殖に直接的な影響を及ぼし、大地に根を張り暮らす植物にとって移動は簡単ではない。したがって温暖化によって多くの植物の衰退・絶滅、そしてこれに起因する動物の衰退・絶滅が引き起こされる可能性が高いということである。そこで、まず温暖化が地域生態系の基盤である植物の多様性に及ぼす影響を解明し、正確に評価する必要がある(原沢・西岡 2003)。

植物性食糧への地球温暖化の影響

 ある程度の地球温暖化は植物の光合成活動を活性化させ、純一次生産力意を高めると考えられている(内嶋 2005)。一次生産者である植物は、どのような生物間相互作用においても受動的である。太陽エネルギーを有機物のエネルギーの形に変えて、自らの体を餌として、また酸素の唯一の供給者として、あらゆる動物とさまざまな微生物を支えている(鷲谷 1996)。そして人間は植物を最も主要な食糧として生きている。

 しかし温暖化の進行によって今世紀後半には、大陸内部のすべてで最高気温が高くなり、暑熱の強い日=熱波日が増大すると予想されている。このような高温の夏は、作物の生長・収量に多くの影響を及ぼし、人間社会を脅かすとされる。

 温暖化影響総合予測プロジェクトチーム報告(2008)は、コメの生産への地球温暖化の影響を以下のようにとりまとめた。コメの収量の研究結果は、移植(田植え)日を現在のままと仮定する。すると、2046~2065年の平均収量は、現在(1979~2003年平均)に比べて、北海道および東北においてそれぞれ26%、13%増収すると推計された。一方、近畿、四国では、両地域とも現在に比べて5%減収すると推定された。この傾向は2081~2100年ではより強く現れ、減収地域は四国、九州へ広がると推定された。本推定結果では、北日本では増収、西日本では現状維持がやや減少する傾向については既存の研究結果と同じであるが、平均収量の地域分布が従来とは異なる。また、高温による減収が中部日本を中心に現れる。

 さらに温暖化影響総合予測プロジェクトチーム報告(2009)では、暖候期(5~10月)の積算日射量変化、夏季(7・8月)の平均気温変化、夏季を除く暖候期(5・6・9・10月)の平均気温変化およびCO2濃度を気候変数として将来のコメ収量を推計した。これによると、今世紀中頃までは、生育期間短縮の影響および冷害の軽減に伴い、収量は増加する。その後、GHG(温室効果ガス)濃度450ppmの安定化シナリオ、GHG濃度550ppmの安定化シナリオについては、生育期間短縮の影響にCO2施肥効果の状況と高温による減収が加わり、今世紀末に向かって減収に転じる。一方、気温上昇が2100年で約3.8℃と仮定した場合では減収には転じないが、収穫量の増加速度は徐々に低下すると予想される。

 また、日本付近の暖候期平均気温が3℃以上上昇すると、どの地域においても収量の変動幅が増大すると推定されている。特に東海・中部・近畿地方において、気候変化に伴って太平洋高気圧が強まる。これが当該地域での収量低下および変動の増幅のさらなる原因となる可能性がある。

野生植物・植生への地球温暖化の影響

 ここ2、3000年間の地球気候を反映して、各地には自然条件に適応したそれぞれ特徴ある植生が発達している。北極海周辺のアラスカ、カナダ、シベリアの周極地域には針葉樹林が、その南の多湿な冷温帯には落葉広葉樹林が、それに続く多湿な暖温帯には常緑広葉樹林が、そして、低緯度の高温多雨帯には亜熱帯雨林や熱帯雨林が広がっている。一方、両半球の23.5度を中心とする亜熱帯高圧帯とユーラシア大陸中央には、水分不足の砂漠・乾燥地が分布している。それらの地域には、生産力の低い草原、低木林、サバンナが発達し、貧弱な生態系を維持させている(内嶋 2005)。このように世界各地の気候条件に適応した植生がそれぞれの地域に分布し、地域によって異なる植物生産力を土台に、それぞれ固有の生態系が構成されている。

 温暖化により地球上の植生気候帯は南北または高山側へ移動するものと、単純には予測することができる。しかし植物は個体そのものは移動できないため、生育場所で花を咲かせ、種子をつけ、この種子が風や水の流れ、また動物や鳥を介して広がり、そこで発芽して生長して種子を生産する、という過程を繰り返しながら分布を移動する「世代間移動」によって主に移動する。よって、植物の移動は植生気候帯の移動より遅れるのが普通である。例えば、おもな樹種の移動速度は10年間でマツが15km、ブナが2~3km、コナラが2~3kmに対し、地球温暖化による植生気候帯の移動速度はエゾマツが49km、ケヤキが44kmとなっている。地球温暖化による植生気候帯の移動速度と好適気候域の移動速度の間にはこのような大きなギャップがあることが分かっている(内嶋 2005)。こうしたことから、多くの健全な森林の活性が低下し、また実生の生長も大幅に抑制されると危惧されている。

 温暖化によって姿を消していくと予測されている事例にブナ林がある。ブナ林は「緑のダム」と呼ばれ、雨水や雪水をたくさん蓄え、土砂の流出を防止する機能がある。ブナはその地域の森林の圧倒的な優占種となり、動物や植物、菌類など多様な生物が生息し、食物連鎖や物質循環によって密接に関係しながら生態系と美しい景観を形作っている。そのため、ブナは生態系にとってはきわめて重要な種であることが多い。ブナ科は世界に8属、700種以上が知られ、世界の熱帯から温帯にかけて広く分布している。日本には5属22種が分布しており、その面積は、日本の天然林総面積の17%にあたる23000km2であり、北海道南部の黒松内低地以南、本州、四国、九州に広く分布している。

 温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2008)は、現在ブナ林が分布する地域における分布適域は、2031~2050年には減少すると予測した。

 そもそも温度条件の面からみるとブナ林の分布域は、暖かさの指数でほぼ45~85℃・月の範囲内にある。また、ブナを含むブナ属は、気温の年較差が小さく湿潤な、海洋的な気候下に分布する植物とされている(寺澤・小山 2008)。

 この分布域の南端付近となる六甲山のブナ林は、海抜750m以上で成立していて、面積約700haになる。太平洋側のブナは結実率が低いと言われているが、ここでは14年間の長期にわたって結実しないこともあり、後継樹がなかなか育たない。今後、温暖化が進み現在よりも気温が1.1℃上昇すると、六甲山からブナだけではなく多くの植物が消滅あるいは衰退すると予測されている(岩槻・堂本 2008)。

 温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2008)は、降水量の変化もブナ林の分布域の変化に強い影響を及ぼすとしている。気温が現状より2℃上昇する場合、同時に降水量が40%増加すると分布適域は現状の6割に減少するだけだが、降水量が逆に40%減少すると分布適域は現状の2割以下に減少してしまう。気温上昇が4℃上昇すると、降水量が40%増加しても分布適域が1割に減少してしまう。このように温度上昇だけでなく、降水量の減少がブナ林分布確率を大きく低下させる。

 温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2009)は、暖かさの指数、最寒月最低気温、冬季降水量変化、夏季降水量変化を気候変数として、将来のブナ林の適域を(ブナ林の成立に適する地域)推定した。これによると温暖化に伴い低標高域はブナ林の成立に適さなくなり、ブナは低標高域に分布する他の樹種に置き換えられる可能性があり、最も厳しい安定化レベルの場合には、今世紀末には全ブナ林の36%の衰退は免れないとされる。特に東海・中部・近畿、中国・四国・九州のブナ林は温暖化の進行に伴い、大幅に適域が失われる。さらに、地球温暖化に伴って、ブナがより北方に移動する機会が増えると予測されている。現在のブナ林の北限は北海道の渡島半島黒松内低地付近にあるが、この北限が温暖化によって、より北東に分布適域が広がる。したがって、温暖化に伴いブナが北限を超えて北東域に侵入する機会が増えると考えられている。

 最終氷河期が終わってから、約1万年をかけて現在の分布域にまで広がったブナ林とその生態系の多くが、20世紀後半のわずか数十年という一瞬に近い時間で、人間による開発行為によってすでに大きく改変され、多くが消失した。地球温暖化によるさらなるブナ林の急激な消失や改変という大きな変化は、森林そのものの生態系や周辺の河川、沿岸海域の生態系に影響をおよぼすことになる危険性が高いと考えられる。

生物多様性と生態系サービスへの影響

 生物の誕生から現在に続く、形態や機能の変異の不連続性に着目していう言葉が、「生物多様性」である。環境の変化に適応して、生物は形態や機能を変化させ、絶滅を免れてきた。このことはその多様性が示している。日本は複雑な地形と豊富な降水量といった立地条件を有することから、5500種を越える陸上植物種が成育するなど、世界でも有数の植物多様性の高い地域となっている(植田 1993)。植物の多様性は、温度環境への依存性がきわめて大きい。そのため、地球温暖化の進行により、生態系の攪乱や種の絶滅など生物多様性に対しても深刻な影響が生じることが危惧されている。予測される地球温暖化では、多数の植物種の絶滅が起こり、これが生態系全体に波及することで地球規模での生物多様性の減少を引き起こすと予想される。

 生物多様性は人類の生存にとって非常に重要な役割をしている。食糧の材料の多くは生物多様性の恵みであり、人が利用しているエネルギーの3分の2以上を供給しているという計算もある。衣や住についても生物多様性に起源する材料なしに成り立たない。また、人間環境を快適なものにする要素でもっとも大切なのはみどりである。豊かなみどりは多様な生物たちの生存を保障し、多様な生物たちの織りなす複雑な生態的関係性はこの自然環境を安定させる。そのため、1992年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)では、生物多様性条約が採択されることとなった。生物多様性を保全・利用し、失われた生態系を再生していかなければならない。

 「生態系」とは、非生物的な環境と植物や動物、微生物の群集とが機能的な単位として相互作用している動的な複合体である(Millennium Ecosystem Assessment 2007)。どの生物も孤立していることはなく、様々な無生物的な環境要素の影響を複合的に受けている。そして人間は「自然の恵み」として、生態系の諸機能を享受し続けている。この機能を「生態系サービス」と呼ばれている。生態系サービスは生態系から得る恵みであり、食糧や水、木材、繊維のような「供給サービス」、気候、洪水、疾病などに影響する「調整サービス」、レクリエーションや審美的、精神的な恩恵を与える「文化的サービス」、栄養塩循環、土壌形成、光合成の「基盤サービス」の4つに大分されている。すべての生態系サービスの人間による利用は急速に増加しており、人類は基本的にその生態系サービスの供給に依存している(Millennium Ecosystem Assessment、2007)。

 生物多様性と生態系は、一方が他方を互いに含んだ「包み合う関係」にある(Millennium Ecosystem Assessment 2007)。生態系は、生物多様性の一部である多様な種を構成要素とすると同時に、生物多様性は、その概念に生態系の多様性も含むものとして定義されている。

生物多様性の危機と外来種

 現在、地球環境保全の観点から、多くの科学者によって生物多様性の危機が指摘されている。「生物多様性国家戦略2010」では、日本の生物多様性が現在直面している危機として、4つの危機を挙げている。第一の危機は「人間活動ないし開発が直接的にもたらす種の減少、絶滅、あるいは生態系の破壊、分断、劣化を通じた生息・生育空間の縮小、消失」、第二の危機は「生活様式・産業構造の変化、人口減少など社会経済の変化に伴い、自然に 対する人間の働きかけが縮小撤退することによる里地里山などの環境の質の変化、種の減少ないし生息・生育状況の変化」、第三の危機は「外来種や化学物質など人為的に持ち込まれたものによる生態系の攪乱」、第四の危機は「地球規模で生じる地球温暖化による影響」である。

 その中でも近年増大し、今後生物多様性の減少をもたらす最大の脅威となると考えられているのは、第三の危機の外来種である。外来種は、生育地の破壊や改変とともに本来の生育地外から人間によって持ち込まれて定着し、在来種の生育地にも侵入して広がる。具体的に外来種とは、過去あるいは現在の自然分布域外に導入(人為によって直接的/間接的に自然分布域外に移動させること)された種、亜種、あるいはそれ以下の分類群を指し、生存し繁殖することができるあらゆる器官、配偶子、種子、卵、無性的繁殖子を含むものをいう(村上・鷲谷 2002)。

 明治時代以降、人間の移動や物流が活発になり、多くの動物や植物がペットや展示用、食用、研究などの目的で輸入されたり、荷物や乗り物などに紛れ込んだり、付着して持ち込まれた。生物の中でも植物は移動が簡単ではなく、温度環境への依存性が大きいため、外来種による影響を直接的に受けると考えられる。

 宮脇(1994)によると外来植物の中ではキク科が最も多く118種で、全体の19%を占める。ついでイネ科が多く107種で全体の17.2%を占める。その次に多いマメ科は52種8.4%である。それに次ぐアブラナ科の外来植物は43種6.9%である。これら4つの科が全外来植物種の50%以上を占める。特にキク科、イネ科、マメ科は種数が多いので、外来植物の三大科と言われている(根本 2010)。現在、日本には少なくとも621種の外来種が侵入していることが確認されており、これは少なくとも日本の植物相の約10%を外来植物が占めていることを示している。 

 外来植物は、環境適応能力も繁殖能力も高く、加えて主に攪乱地に生育するため、在来の植物が駆逐されて衰退し、従来の生態系のバランスが崩れ破壊されている。例えば要注意外来植物であるオオブタクサは、現在すでに全国各地の河川敷に繁茂して、一年草にもかかわらず5m近くにもなる巨大な草丈と高密度群落で、他の在来植物を駆逐している(石川 2003)。土壌シードバンクをつくることで、定期的な攪乱にも予測可能な攪乱にも耐えることができる。春先の最も早い時期に発芽するので、他の在来植物が出芽する頃には、それらと光をめぐる競争で勝てるくらいの草丈と密度となっている。このためオオブタクサの群落の中では他の植物はほとんど生育できず、種の多様性が著しく低下する (鷲谷・森本 1993)。荒木(2011)のオオブタクサの生長に対する温度上昇の影響の研究により、オオブタクサは温暖化によってさらに巨大化することが示唆されたため、他の植物の生長・定着をより阻害して、さらなる植物種多様性の低下を引き起こすことが懸念されている。

外来植物への地球温暖化の影響

 植物は固着性生活を営み、種類ごとに餌が異なる動物と異なり生存に必要な資源の共通性が高い。しかも光、CO2、水、栄養塩類などの資源は地域性が高いため、これらの資源を巡る競争は植物の生死や生長・繁殖を大きく支配する(村上・鷲谷 2002)。このため地域生態系に競争力の高い植物種が侵入すると、資源の独占による他種の排除が起こり、少数の競争に強い種が優占する単純な植生へと早変わりしてしまうのであろう。

 このため、外来植物の侵入によって在来の植物が駆逐されて衰退し、従来の生態系のバランスが崩れ破壊される危険性が地球温暖化による環境変化によって、さらに高まるかもしれない。すなわち、温度環境は光合成生産活動を通じてその生長と生存・繁殖に直接的な影響を及ぼすので、温暖化が外来植物の光合成生産・生長を促進するならば、その競争力はさらに強くなる危険性があると想定される。

 荒木(2011)は異なる温度条件(10/8℃、15/13℃、25/23℃)下でナズナ、ハルザキヤマガラシ、ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産、菅平産)、アメリカセンダングサ、ミゾコウジュ、ヒメモロコシを栽培し生長解析を行った。その結果いずれの植物も実験温度範囲においては、温度の高い区ほど相対生長速度(RGR)が高くなり、その原因は主として光合成活性(NAR)の増加であった。すなわち、外来植物であっても在来植物であっても、温暖化によって光合成活性が増大すれば、生長速度も高まる可能性が高いと推察している。しかし今後起こるであろう温暖化は、この実験の温度設定をはるかに越えて起こるとも予測されているので、さらに高温条件下において同様の栽培実験を行う必要がある。

研究目的

 温暖化による外来植物の侵入・定着・拡大を防除し在来植物を保全するためには、まず今後の気温上昇によって各々の種がどのような直接影響を受けるのかを解明しなければならない。地球温暖化の植物に対する影響に関しては、特にCO2については多くの結果が得られている。しかし、気温上昇の影響に関する研究例はまだ少ない。

 北半球では、植物の生育期間は最近10年間で1.2から3.6日長くなっており、この傾向は温度上昇が顕著な高緯度地帯で特に目立っている。しかし、急激な環境変化に対して生物の適応進化による環境変化への対応は追いつかず、またそれぞれの種の温度に対する反応の程度、移動速度は異なる。このため急激な温暖化は生物多様性の低下を招き、生態系のバランスが崩れると予想されている(藤森 2004)。また、IPCC第四次評価報告書(2007)によれば、よほど強力に温暖化防止対策を推進しない限り、今後100年以内で2~3℃の気温上昇は免れない可能性が高い。

 そこで本研究では、今後地球温暖化により植物の発芽・生育期間における気温上昇が起こるというシナリオをもとに、これらにより植物の発芽と生長にどのような直接影響を受けるかについて、操作実験を行って解明することを目的とした。

 多くの植物は、野外で冬を経験することにより発芽する。また春が発芽・生長の開始時期である植物は、その後の生育に適した期間が長いほど1年でより大きなサイズに至る。このため温暖化による冬季短縮は植物にプラスまたはマイナスの影響を及ぼし、ひいては植物種の存続に変化を引き起こすかもしれない。例えば、アブラナ科のように秋に発芽して冬季にゆっくり生長し、早春に開花する種もある。この場合は、冬季の短縮は生長全般を促進するが、夏の高温が発芽を抑制する可能性がある。また逆に冬の短縮は春の早期到来をきたし、生育時の温度環境の高温化と生育期間の伸張の結果、発芽直後の生長を促進する可能性も考えられる。これらの可能性について、数種類の植物を実験的に栽培し、発芽実験、生長解析を行うことにより究明する。

 本研究では、外来植物であるオオブタクサ(キク科)、メリケンカルカヤ(イネ科)、イヌムギ(イネ科)、カモガヤ(イネ科)、オオキンケイギク(キク科)、ナガバギシギシ(タデ科)、ショカツサイ(アブラナ科)をモデル植物として用いた。そして対照モデル在来植物として、メハジキ(シソ科)、チヂミザサ(イネ科)を用いた。

 また、森林植生への温暖化の直接影響を解明するため、ブナ科のコナラ、クヌギ、シラカシの3種の実生を用いて栽培実験を行った。

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