調査・実験方法

異なる培養土を用いた栽培実験

前述のように、ハリエンジュはアレロパーがあり、根・茎・葉の抽出液が他の植物の発芽を阻害することが明らかになってきている。ハリエンジュの根・茎・葉はやがて枯死してリターとなって土壌中に蓄積する。ここからハリエンジュの持つアレロパー物質が土壌中に混入する可能性が高く、他の植物の生長にも阻害的影響を及ぼしているという仮説を立てることができる。そこで、ハリエンジュ林土壌とハリエンジュが生育していない土壌を培養土として用いた在来・外来植物の栽培実験を行い、生長解析を行って両者の生長の違いを比較する。これにより、仮説の検証を試みた。

今回の実験に用いた植物は、外来植物のハリエンジュ、ショカツサイ、コセンダングサ、ナガバギシギシ、在来植物のチヂミザサ、メハジキ、ミゾコウジュの計7種類で、ハシフー(2009)が発芽阻害実験に用いたのと同じ種である。

石英砂を敷いた直径9?のプラスチック製シャーレを用意し1つのシャーレに1種類の種子を敷き詰め、蒸留水を注入した。これらを温度勾配型恒温器(TG-100-ADCT, NKsystem)に入れ、温度を30/15℃に設定し培養した。

発芽した実生をゴールデンピートバン(サカタのタネ)に移植し、グロースキャビネット(白熱球を用いて14L/10Dの日長で昼の光量子密度を約380〜400μmolm-2s-1とし、室温25℃に調節した)内で約1ヶ月栽培した。実生が複数の本葉を有するようになった時点で、1本ずつプラスチック製苗ポット(容量約95ml)に植栽した。培養土には、ハリエンジュ林土壌と畑の黒土(群馬清風園)を用いた。ハリエンジュ林土壌は群馬大学荒牧キャンパス構内のハリエンジュ林で2011年4月に採取した。これらの苗を群馬大学荒牧キャンパス内の裸地に設置した農業用ビニール温室(サイズはおよそ2m×2m×高さ2.5m、上面のみに透明ビニールシートを張って雨水の浸透を防いだ)中で1ヶ月程度栽培した。(写真5)栽培中は、1日に1度水道水を与えた。実験スケジュールを表1に示す。

苗ポットに植栽した当日に、初期サンプリングを行った。その際、苗の見かけのサイズが大きい順に並べ、これを順番に等区分して、区分ごとサイズ分布と個体数がおおむね同等になるようにした。このうち1区分を初期サンプルとして採取し、残りの区分をそれぞれの処理区に供した。

サンプリングした苗は個体ごとに根・茎・葉に切り分けて、それぞれ紙袋に入れる。それを送風定温乾燥機(FC-610, ADVANTEC・DRS620DA,ADVANTEC)に入れて1週間80℃で乾燥させた後、電子式上皿天秤(BJ210S, Sartorius)で乾燥重量を測定した。葉は乾燥前にカラースキャナー(GT8700 EPSON)を用いて解像度300dpi、8bitグレーでスキャンする。それをもとに、ImageJを用いて面積を求めた。今回は148cm2あたり2827200ドットとした。

生長解析

生長解析の各パラメータは、以下の式を用いて算出した。

・相対生長速度(RGR : Relative Growth Rate):各個体の乾燥重量ベースの生長速度を表す指標である。

RGR=(ln(TW2)-ln(TW1))/(T2-T1)

TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

T1:初期サンプリング日

T2:最終サンプリング日

・純同化率(NAR:Net Assimilation Rate):各個体の光合成活性を表す指標である。

NAR=(TW2−TW1)(ln(LA2)−ln(LA1))/(LA2-LA1)/(T2-T1)

TW1:初期サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

TW2:最終サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

LA1:T1における個体の葉面積(m2)

LA2:T2における個体の葉面積(m2)

T1:初期サンプリング日

T2:最終サンプリング日

・葉面積比(LAR:Leaf Area Ratio):各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す指標である。

LAR=(LA1/TW1+LA2/TW2)/2

TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

LA1:T1における個体の葉面積(m2

LA2:T2における個体の葉面積(m2

・比葉面積(SLA:Specific Leaf Area):各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す指標である。

SLA=LA/TW

LA:最終サンプリングにおける個体の葉面積(m2)

TW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

・器官別重量比:光合成産物をそれぞれの器官にどれくらい配分したかを示す指標である。

・葉重比(LWR:Leaf Weight Ratio)

LWR=LW/TW

LW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

・茎重比(SWR:Stem Weight Ratio)

SWR=SW/TW

SW:最終サンプリングにおける個体の茎乾燥重量(g)

TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

・根重比(RWR:Root Weight Ratio)

RWR=RW/TW

RW:最終サンプリングにおける個体の根乾燥重量(g)

TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

それぞれのパラメータ間には、以下のような関係がある。

RGR=NAR・LAR

LAR=SLA・LWR

これらの式によって、処理区間でRGRまたはLARの差異があった場合、それがどのパラメータの差異によって引き起こされたかを確認することができる。

統計解析

生長解析の結果については、STAT VIEW 4.2J for Macintosh(Abacus Concepts)を用いて分散解析を行った。

栽培時の気温測定

温度データロガー(TR52, T&D corporation)を用いて、ビニール温室内の気温を栽培期間中30分おきに連続測定した。なお、センサー先端部分をアルミニウムカバーで覆い、直射日光が当たるのを避けた。

植物相調査

渡良瀬川桐生大橋横の河川敷で、2011年7月24日に行った。当地は1998年頃から広範囲でハリエンジュが繁茂したため、2009年1月頃に国土交通省がハリエンジュ林の一部を皆抜・抜根した(ハリエンジュ除去区、写真1)。またその横にはハリエンジュ林が手つかずで残されている区(ハリエンジュ林区、写真2)がある。ハリエンジュの繁茂が植生に与える影響を解明するため、この2つの区で植物相調査を行った。

植生調査において一般的に使われるコドラート法は、限られた面積内の植物相を解明する手法である。そのため、植物の種多様性が高い場所では、見落とす種が多くなる。今回はハリエンジュ林全体の植生を把握したいので、広範囲の生育植物種をリストアップする植物相調査を行った。

各調査地域を踏査して、開花・結実している植物を中心に、目視、デジタルカメラによる撮影または採取を行った。それらは植物図鑑を用いて種の同定をした。なおこの調査方法では、踏査により視認可能な種が対象になるため、比較的量が多い植物種をピックアップすることになる。

土壌窒素・リン濃度測定

2011年7月24日に群馬県桐生市桐生大橋横の渡良瀬川河川敷のハリエンジュ除去区とハリエンジュ林区の2区から、それぞれ土壌を採取した。土壌採取に際しては、それぞれの区で、表土を除き地下5cm程度までの土壌を、石や根、リターが混ざらないようにして約500g〜1000gずつ3カ所で採取した。採取した土壌は、ビニール袋に入れて口を縛って持ち帰り、分析するまで-20℃の冷凍庫に入れて保管した。これらの冷凍土壌は、分析の直前に実験室で自然解凍させた。また、生長解析で用いた2種類の土壌については風乾して保存し、分析に供した。

各土壌サンプルから石や根、リターを除いて100g程度計量し、送風低温乾燥機(FC-610,ADVANTEC)内にて80℃で約1〜2週間乾燥させた後、乾燥重量を測定し、湿潤重量と乾燥重量から土壌含水率を以下の計算により求めた。

土壌含水率=(湿潤重量−乾燥重量)/湿潤重量

次に、土壌サンプルから石や根、リターを除いた土壌を50g程度計量してビーカーに入れる。それに蒸留水を加えて約3分間攪拌した後、約1時間放置した。これらの土壌抽出液をガラスファイバー製濾紙(TOYO FILTER NO.2, TOYO)を使用して濾過した。濾液はシルト成分で濁っていたものもあったので、遠心分離器(M-160-24,佐久間製作所)を用いて10分間、9000rpmで分離し、その上澄み液を以後の分析に使用した。

土壌抽出液中の硝酸態窒素、亜硝酸態窒素、アンモニア態窒素、全窒素、全リン濃度を、ポータブル全リン全窒素計(TNP-10、東亜ディーケーケー)を用いて測定した。渡良瀬川河川敷の土壌に関しては、ポータブル全リン全窒素計での測定値と土壌含水率から、土壌水分1L当たりの各濃度を算出した。各培養土壌に関しては、測定値と土壌の乾燥重量から、乾燥重量1g当たりの各濃度を算出した。またこれらの算出値から、アンモニア態窒素比を以下の計算により求めた。

アンモニア態窒素比=アンモニア態窒素濃度/(硝酸態窒素濃度+亜硝酸態窒素濃度+アンモニア態窒素濃度)

ハリエンジュ林と雑木林の林床の相対光量子密度測定

河毛(2011)は、ハリエンジュは他種に先駆け早春に葉を展開するので、他の植物が葉を展開するころには、林床は非常に暗い環境となり、ハリエンジュ林床の植物は生長が阻害されてしまう可能性を示した。そこで本研究では、ハリエンジュが林床の光環境に与える影響をさらに客観的に解明するため、群馬大学荒牧キャンパス内のハリエンジュ林(写真3)と雑木林(写真4)の両方で相対光量子密度の測定を行った。

ハリエンジュ林と雑木林のそれぞれ5地点(ハリエンジュ林:地点1〜5、河毛(2011)と同じ地点、雑木林:地点6〜10)を定め、光量子センサー(IKS27, KOITO)を用いて光量子密度の測定を行った。測定は5月3日から始めて1週間に1度行い、6月26日以降は1ヶ月に一度行った。調査地の詳細は図23に示す。

測定には散乱光が多い曇りの日を選び、各地点の林床植生の直上で測定者の周囲を4回測定した。ハリエンジュ林と雑木林での光量子密度を測定する前後で、裸地でも測定した。測定日のほとんどは曇天であったため、本研究では、裸地と各測定地点の光量子密度の比率を相対光量子密度と称する。

なお、ハリエンジュ林の地点1、2、3、5はハリエンジュ林床の中央部分であり、アズマネザサが覆い茂っている。地点4は、馬場に続く道路沿いでハリエンジュの立木密度が低く、アブラナ科の外来種ショカツサイが毎年繁茂している地点である。

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