調査地概要

 

1. 西榛名地域
 群馬県の榛名山麗に位置し、東吾妻町と高崎市の一部を含む調査地である。海抜は450-800m、標高は400-800mで、大部分は農耕地と二次林が集落に隣接して立地している(石川他 2008)。ここに分布する森林の大部分は、コナラやアカマツなどの二次林かスギやカラマツの植林地である(写真1)。土地利用様式は、農耕地(ミョウガなど野菜類)および薪炭林や農用林として利用されてきた二次林が主で、これらが集落後背地に隣接して分布し、典型的な里山景観をなしている。また植物相では、シダ植物と種子植物が計113科768種、雑種・変種以上の分類群を含めると計813種類生育していることが確認された。この中には、国または県指定の絶滅危惧種(環境庁自然保護局野生生物課 2000;群馬県 2001)および県レッドデータブック公表後に発見された希少種が30種含まれている(大森ら 2008)。これらの貴重種の中には、当地の農耕特性に適応して繁殖していると推察されるものも数種ある。ミョウガ畑に保温のために周辺の二次林・草地からリターまたは植物体を集めて被せる、という農耕方法によって中規模攪乱が定期的に生じ、これにより数種の貴重種の繁殖が促進されている可能性があるとされている(石川ら 2009)。      
     

 

 このように里山地域において、伝統的農耕に伴って多様な植生・植物相が成立し、かつこれだけ多くの貴重種が生育している現状は、全国的にみても極めて希である。したがって当地域は、群馬県の自然環境保全政策の根本にも関わる貴重な地域であるといえる。

 

2. 板倉ウエットランド地域(朝日野池・谷田川・矢場川下流・小保呂沼)
 群馬県南東部に位置し、渡良瀬川、渡良瀬遊水池、利根川、谷田川、矢場川及びその周辺に位置する池沼群があり、河川蛇行域の氾濫原が発達した地域で、自然堤防に挟まれた後背湿地や河跡湖がみられる(写真2,3,4)。本地域は群馬の水郷地帯とも呼ばれ、県内で最も低い標高10mから20mの低地帯である。そのため、浸水被害対策の排水施設が各地に存在し、沖積低地、あるいは洪積台地の浸食谷に出来たウエットランドが集中する県内唯一の地域である。ウエットランドは生物相の豊かさ、高い生産能力、そして健全な地球環境維持のための重要な生態的役割を有し、森林や海洋と並ぶ重要な環境の一つであるといわれている(大森・青木 2009)。こうしたことから2011年、板倉町は関東で初めて、国選定の重要文化的景観「利根川・渡良瀬川合流域の水場景観」に選定された。このなかに重要な構成要素が67カ所挙げられているが、それらの多くが利根川・谷田川・渡良瀬川などの河川とその堤防、ため池である(板倉町教育委員会 2011)。
 当地域は2009年に群馬県自然環境課・自然環境調査研究会によって、「板倉ウエットランド地域」と称されて調査が行われ、池沼群からオニバス、ミズアオイ、サンショウモ、オオトリゲモなど多数の絶滅危惧種が発見された地域であり(石川ら 2009)、継続的なモニタリングが必要である地域の一つである。そこで朝日野池(板倉ニュータウン南調整池)、矢場川、谷田川を調査対象とした。

 

3. 多々良沼(館林市)   
 群馬県東毛地域にあたる館林市内にある沼である(写真5)。館林市は群馬県の南東部に位置し、年平均気温が14.8℃と県内では最も温暖な地域である。市内では、1960年に「茂林寺沼及び低地湿原」が群馬県の天然記念物に指定され、現在残る湿地環境の中では低地湿原の原型を比較的よく保ち、保護対策がとられている(松沢・青木 2008)。今回調査した多々良沼は、館林市北西部に位置する。当地は水生植物が古くから全国的に注目され、1928年(昭和3年)には牧野富太郎博士の東京植物同好会が訪れて、35種の湿地特有の植物が記録された。また高野貞助発見のタカノホシクサ(絶滅種)やタタラカンガレイなどの日本固有の植物が発見され、国内でも有数の湿地性、あるいは水生植物の宝庫として知られるようになった(松澤・青木 2008)。

 

4. 太田IC周辺、八重笠沼(太田市)
 群馬県東毛地域に当たる太田市のIC付近の水田地帯と市内にある八重笠沼の調査を行った。太田IC付近の調査は今回が初めてであり、2011年8月21日に行われた水草研究会第33回全国集会のエクスカーションに同行し、太田市内の水田や矢場川とその周辺に生育する絶滅の危機に瀕する水田雑草や水生植物の植物相調査を行った(写真6)。
 八重笠沼は太田市の東部にあり、北沼・中沼・南沼と3つに区画された沼と水田地帯に、国や県で絶滅危惧種に指定されている多くの水生植物が確認されている。1996年時点では、環境省に準絶滅危惧(NT)として指定されているタヌキモの繁茂が確認され(伏島 1996)、また2000年時点では環境省に準絶滅危惧(NT)、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているイヌタヌキモの繁茂が確認されている(滅び行く八重笠沼の植物 HP)。このように当地では、産業の近代化により失われつつある水田や湿地の面影を残す貴重な場所となっている。

 

5. 佐野市・菊沢川、真岡市(栃木県)
 栃木県は、関東平野の北端に位置する県である。森林と農地が県土の約75%を占め、日光白根山などの高山帯、平地林と農地がモザイク上に配置された田園地帯、ラムサール条約湿地である奥日光の湿原や渡良瀬遊水池などの湿地、河川など、バラエティーに富んだ自然環境を有し、藻類・苔類を含めると5,488種もの植物の生育が確認されている(生物多様性とちぎ戦略、栃木県里山整備マニュアル 2010)。
 佐野市は、栃木県の南西部に位置し、群馬県東部と隣接している。市内では栃木県レッドデータで絶滅危惧Ⅱ類に指定されているコウホネ、絶滅危惧ⅠA類(CR)に指定されているシモツケコウホネ、これら2種の交雑種であるナガレコウホネの生育が確認されている。シモツケコウホネは日光市や栃木市、真岡市、佐野市など栃木県の数カ所でしか発見されておらず、県内の保存会により保全活動が行われている(下野新聞 7月18日号, 佐野市HP)。
 真岡市は、栃木県の南東部に位置し、鬼怒川、小貝川、五行川などからなる水辺、市街地の周りに広がる田畑などの農耕地や山地を始め、各地に残されている平地林によって多様な生物の生育環境が形成されている(真岡市環境課 2011)。

 

 


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