材料および方法

発芽の冷湿処理・温度依存性実験

 オオキンケイギク、オオブタクサ、アメリカセンダングサ、ヒメモロコシ、イヌムギ、カモガヤ、ハリエンジュの7種の外来植物の種子について実験を行った。各種の種子の採取日時・場所、前処理(冷湿処理)、実験スケジュールを表1に示す。いずれの種子も前処理開始まで冷蔵庫に保管し、健全なものだけを峻別し、実験に用いた。

 前処理である冷湿処理は、一般に冬を経験させることによって種子の休眠を解除し発芽を促進させる処理であり、多くの野生植物の種子でその促進効果が確認されている(荒木ほか 2003)。本研究では、ハリエンジュ以外の植物の種子に対して、プラスチック製平型バット(約30cm×24cm)にキムタオルを敷き詰め、その間に種子を蒔いて蒸留水で十分湿らせ、ビニール袋に包んだうえで、4℃の薬用保冷庫(サンヨー、MEDICOOL MPR-504(H))で所定の期間保管することによって、1ヶ月または2ヶ月の冷湿処理を施した。

ハリエンジュの種子は皮が厚く不透水性なので、種子を傷つけて不透水性を解除しなければ発芽しない(慶野 2005)。このため、2010年5月6日に、種子に硫酸処理を施して不透水性を解除した。ビーカーの中にハリエンジュ種子約500個と濃硫酸約100ccを入れて撹拌し、60分間室温で放置した。その後硫酸を除き、水道水で30分間種子を洗い流し、さらに蒸留水で洗浄した。また実験開始から3日経過しても吸水しなかった種子は、やすりを用いて1つずつ種皮を傷つけた。以上の処理により、実験に用いたハリエンジュの種子が全て吸水したことを確認した。

前処理の終了後、石英砂を敷いた直径9cmのプラスチック製シャーレに種子を50個ずつ入れ、各々のシャーレに蒸留水を約20cc注入した。温度勾配型恒温器(TG-100-ADCT,NK system)にシャーレを入れて培養した。温度勾配型恒温器内の温度は30/15℃、25/13℃、22/10℃、17/8℃、10/6℃(昼14hr、夜10hr、昼間の光量子密度は約30μmolm-2s-1)の5段階とし、各温度区で1植物あたり3シャーレを培養した。実験開始後1ヶ月間は毎日、その後は1-3日おきに種子を観察し、肉眼で幼根が確認できたものを発芽種子とみなして数を記録し、取り除いた。また観察日ごとに蒸留水をつぎ足し、常時湿った状態を保った。新たな発芽が3日以上見られなくなるまで培養を続けた。

 

異なる環境条件下における栽培実験

 発芽実験で発芽した実生をゴールデンピートバン(サカタのタネ)に移植し、グロースキャビネット(白熱球を用いて14L/10Dの日長で昼の光量子密度を約380〜400μmolm-2s-1とし、室温25℃に調節した)内で約1ヶ月〜2ヶ月栽培した。実生が複数の本葉を有するようになった時点で、1本ずつプラスチック製苗ポット(約95mL容量)に植栽した。用土は川砂とバーミキュライトを1対1で混ぜたものを用いた。これらの苗を1週間、群馬大学荒牧キャンパス内の裸地で栽培した。実験スケジュールを表23に示す。

 初期サンプリングに際しては、苗のみかけのサイズが大きい順に並べ、これを順番に等区分して、区分ごとサイズ分布と個体数がおおむね同等になるようにした。このうち1区分を初期サンプルとして採取し、残りの区分をそれぞれの処理区に供した。

 サンプリングした苗は個体ごとに根・茎・葉に分けて紙袋に入れ、送風定温乾燥機(FC-610,ADVANTEC・DRS620DA,ADVANTEC)に入れて1週間80℃で乾燥させた後、電子式上皿天秤(BJ210S Sartorius)で乾燥重量を測定した。葉面積はカラースキャナー(GT-8700 EPSON)を用いて解像度300dpi 、16bitグレーでスキャンした後、ImageJ 1.41o(NIH)を用いて面積を測定した。今回は148cm2あたり2063162ドットとした。

 「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」において指定された特定外来生物であるオオキンケイギクの栽培にあたっては、群馬県自然環境課経由で環境省および農林水産省から「特定外来生物飼育等許可」を得て行った。

 

光強度を調節した栽培実験

 実験に供した植物は、オオキンケイギク、アメリカセンダングサ、オオブタクサ、イヌムギ、カモガヤ、ハリエンジュの6種である。

 寒冷紗を用いて相対光量子密度を3%、9%、13%、100%(裸地)に調節した4つの光条件区を、群馬大学荒牧キャンパス内の裸地に設けた。これらの処理区に苗ポットを配置して4週間栽培し、栽培期間の最終日に全ての個体をサンプリングした。栽培中は、2-3日に1度水道水をポットから水が流れ出るまで十分灌水した。またハリエンジュを除く植物種については、1週間おきにハイポネックス(ハイポネックス・ジャパン)の1000倍濃度液(組成を表4に示す)を1ポットあたり約100mL与えた。ハリエンジュはマメ科の植物で空中窒素固定能力を有するため、個体サイズに依存した施肥効果を排除するために、施肥を行わなかった。

 

土壌窒素濃度を調節した栽培実験

 実験に供した植物は、オオブタクサである。

 ハイポネックスを1000倍希釈液、3000倍希釈液(組成を表4に示す)、または全く与えない区を群馬大学荒牧キャンパス内の裸地に設けた。これらの処理区に苗ポットを配置して4週間栽培し、栽培期間の最終日に全ての個体をサンプリングした。栽培中は、2-3日に1度水道水をポットから水が流れ出るまで十分灌水した。ハイポネックスの希釈液は、1週間おきに1ポットあたり約100mL与えた。

 

 

生長解析

生長解析の各パラメータは、以下の式を用いて算出した。

・相対生長速度(RGR : Relative Growth Rate):各個体の乾燥重量ベースの生長速度を表す指標である。

 RGR=(ln(TW2)-ln(TW1))/(T2-T1)

 TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 T1:初期サンプリング日

 T2:最終サンプリング日

 

・純同化率(NAR:Net Assimilation Rate):各個体の光合成活性を表す指標である。

 NAR=(TW2−TW1)(ln(LA2)−ln(LA1))/(LA2-LA1)/(T2-T1)

 TW1:初期サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリング日における個体総乾燥重量(g)

 LA1:T1における個体の葉面積(m2)

 LA2:T2における個体の葉面積(m2)

 T1:初期サンプリング日

 T2:最終サンプリング日

 

・葉面積比(LAR:Leaf Area Ratio):各個体の乾燥重量と葉面積の比率を表す指標である。

 LAR=(LA1/TW1+LA2/TW2)/2

 TW1:初期サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 TW2:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 LA1:T1における個体の葉面積(m2

 LA2:T2における個体の葉面積(m2

 

・比葉面積(SLA:Specific Leaf Area):各個体の葉の厚みを葉面積/重量ベースで表す指標である。

 SLA=LA/TW

 LA:最終サンプリングにおける個体の葉面積(m2)

 TW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

 

・器官別重量比:光合成産物をそれぞれの器官にどれくらい配分したかを示す指標である。

・葉重比(LWR:Leaf Weight Ratio)

 LWR=LW/TW

 LW:最終サンプリングにおける個体の葉乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 

・茎重比(SWR:Stem Weight Ratio)

 SWR=SW/TW

 SW:最終サンプリングにおける個体の茎乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 

・根重比(RWR:Root Weight Ratio)

 RWR=RW/TW

 RW:最終サンプリングにおける個体の根乾燥重量(g)

 TW:最終サンプリングにおける個体総乾燥重量(g)

 

それぞれのパラメータ間には、以下のような関係がある。

 RGR=NAR・LAR

 LAR=SLA・LWR

 これらの式によって、処理区間でRGRまたはLARの差異があった場合、それがどのパラメータの差異によって引き起こされたかを確認することができる。

 

栽培時の環境測定

・光量子密度

 栽培実験を行った群馬大学荒牧キャンパス構内裸地において、光量子センサー(IKS27, KOITO)を用いて、裸地の光量子密度を2010年6月9日から10月5日まで、10分おきに連続測定した。測定結果はデータロガー(UIZ3635, ウイジン)で自動記録した。

・気温

 群馬大学荒牧キャンパス構内において温度データロガー(TR52,T&D corporation)を用いて、裸地および各光強度区の気温を2010年6月9日から10月5日まで、15分おきに連続測定した。なお、センサ先端部分をアルミニウムカバーで覆い、直射日光が当たるのを避けた。

 

土壌窒素含量分析

 オオブタクサの生育地である長野県真田町菅平(菅平オオブタクサ群落と称す)で2010年10月11日に、また群馬県前橋市田口町利根川河川敷(利根川オオブタクサ群落と称す)で2010年11月4日に群落下の土壌を採取した。採取日はいずれも、オオブタクサの結実期であった。

 ハリエンジュの生育地である埼玉県児玉郡神川町神流川河川敷(神流川と称す)で2010年7月16日に、また群馬県桐生市渡良瀬川河川敷の桐生大橋横(渡良瀬川と称す)で2010年10月17日に土壌を採取した。神流川においては、1)ハリエンジュ林林床(神流川ハリエンジュ林と称す)、2)ハリエンジュ林除去後の裸地(神流川裸地と称す)、および3)ハリエンジュのほとんど生育していない神流川の河原(神流川河原と称す)の3地点で土壌を採取した。採取日はいずれも、ハリエンジュの生長期であった。

 土壌採取に際しては、それぞれの地点で、表土を除き地下5cm程度までの土壌を、石や根・リターが混ざらないようにして約500g-1000gずつ3カ所で採取した。採取した土壌はビニール袋に入れて口を縛って持ち帰り、分析するまで-20℃の冷凍庫に入れて保管した。これらの冷凍土壌は、分析の直前に実験室で自然解凍させた。

 各土壌サンプルから石やリターを除く100g程度を計量し、送風定温乾燥機(FC-610、ADVANTEC)内にて80℃で約1〜2週間乾燥させた後、乾燥重量を測定し、湿潤重量と乾燥重量から土壌含水率を以下の計算により求めた。

 土壌含水率=(湿潤重量−乾燥重量)/湿潤重量

 次に、各土壌サンプルから石やリターを除く50g程度を計量してそれぞれビーカーに入れ、蒸留水100mLを加えて約3分間攪拌した後、約1時間〜1晩放置した。これらの土壌抽出液をガラスファイバー製濾紙(TOYO FILTER NO.2, TOYO)を使用して濾過した。濾液は全てシルト成分で濁っていたため、遠心分離器(M-160-24、佐久間製作所)を用いて10分間、9000rpmで分離し、その上澄み液を以後の分析に使用した。

 

 窒素濃度分析

 各土壌抽出液の硝酸態窒素、亜硝酸態窒素、アンモニア態窒素濃度をポータブル簡易窒素計(NM-10、東亜ディーケーケー)を用いて測定した。ポータブル簡易窒素計での測定値と土壌含水率から、土壌水分1Lあたりの硝酸態窒素、亜硝酸態窒素、アンモニア態窒素濃度を算出した。またこれらの算出値から、アンモニア態窒素比を以下の計算により求めた。

 

アンモニア態窒素比=アンモニア態窒素濃度/(硝酸態窒素濃度+亜硝酸態窒素濃度+アンモニア態窒素濃度)

 

ハリエンジュ林床の相対光量子密度測定

 ハリエンジュが林床の光環境に与える影響を解明するため、群馬大学荒牧キャンパス構内のハリエンジュ林内の4地点(地点1〜4、図4参照)において、相対光量子密度の測定を行った。測定はハリエンジュが葉の展開を開始した2010年4月28日から1週間に1度、展開が終了した7月15日以降は12月16日まで1ヶ月に1度、曇天日を選んで行った。

 光量子センサー(IKS27, KOITO)を用いて、各地点の林床植生の直上において3回ずつ光量子密度を測定した。また各地点での測定前後に、裸地で光量子密度を3回ずつ測定した。一連の測定は各日30分以内に行った。測定日のほとんどは曇天であったため、本研究では裸地と各測定地点の光量子密度の比率を相対光量子密度と称する。

 なお、地点1〜3はハリエンジュ林床の中央部分であり、アズマネザサが生い茂っている。地点4は馬場に続く道路沿いでハリエンジュの立木密度が低く、アブラナ科の外来種であるショカツサイが毎年繁茂している地点である。

 

植物相調査

 ハリエンジュの繁茂が植生に与える影響を解明するため、ハリエンジュの生育地2カ所で植物相調査を行った。一般的に用いられるコドラート法による植生調査は、限られた面積内の植物相について解明する手法であるので、植物種多様性の低い地域以外では見落とす種が多い。そこで、広範囲にわたる生育植物種をリストアップする植物相調査を行った。各調査地域を踏査して、開花・結実している植物を中心として、目視、デジタルカメラによる撮影または採取を行い、その後植物図鑑を用いて種の同定を行った。なおこの調査方法では、踏査により視認可能な種が対象になるため、比較的量の多い植物種をピックアップすることになる。

 調査は埼玉県児玉郡神川町神流川河川敷(神流川)で2010年7月16日に、また群馬県桐生市渡良瀬川河川敷(渡良瀬川)の桐生大橋横および松原橋横で2010年10月17日に行った。

 神流川においては、土壌採取地点と同様に1)神流川ハリエンジュ林、2)神流川裸地、3)神流川河原で調査を行った。

 渡良瀬川松原橋横では、2005年3月に広範囲でハリエンジュ林が国土交通省により皆伐されたが、その後放置したためハリエンジュが再生長し、現在では樹高5mに達する樹林ができてしまっている。

 渡良瀬川桐生大橋横では、1998年頃から広範囲でハリエンジュの樹林化が起こり、2009年1月頃に国土交通省によりその一部が皆伐・抜根された。このため植物相調査は、ハリエンジュ林が皆伐・抜根された河原および残存しているハリエンジュ林内で行った(図23)。

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