はじめに

 

 

日本の自然環境の特性と攪乱地の増加

 日本列島は、火山や地震の多い環太平洋火山帯に位置し、火山活動、台風、積雪などによる自然の攪乱が起こりやすい。河川が中下流域に形成する砂礫質河原は、自然攪乱が形成する典型的な場所であり、植被の疎らな明るい河原環境が生み出されてきた。国土全体に森林がよく発達している日本列島では、このような樹林に覆われない場所は、多くの生物の生育を可能にするため、生物多様性の保全上特に重要な場所である(鷲谷ら 2005)。

 国土が狭いうえに地形が急峻で多雨気候下にある日本列島は、いたる処に河川などの水辺が存在し、その周辺に自然環境と人間の生活環境が集中的に密接して存在し、そこではダム建設や河川改修工事によって洪水による自然の攪乱が減少する一方で、人間活動、すなわち都市開発、道路工事とそれに伴う法面処理、砂防・治山工事、ダムサイトの緑化などによって、水辺周辺の人為的攪乱地は全体としては増加している。最近では、河川水の汚染や農耕地での化学肥料の多用によって流域での土壌が富栄養化している。これらの条件は、特に外来植物の生育に適しているとされている(石原 2006;鷲谷ら 2005;鷲谷・森本 1993)。

 

外来植物の性質

 外来種(alien species)とは、過去あるいは現在の自然分布域外に導入(人為によって直接的・間接的に自然分布域外に移動させること)された種、亜種あるいはそれ以下の分類群を指し、生存し繁殖することができるあらゆる器官、配偶子、種子、卵、無性的繁殖子を含むものをいう。外来種のうち、その導入若しくは拡散が生物多様性を脅かすものを侵略的外来種(invasive alien species)という。本稿では以後、国外侵略的外来種である植物を「外来植物」と呼ぶものとする(村上・鷲谷 2002)。

 植物は、生長における3つの選択圧に応じて競争戦略、ストレス耐性戦略、撹乱依存戦略の3つの戦略を持つと考えられている。これまでの研究により、外来植物の多くは高い競争力を持ち、攪乱依存戦略を有しているとされている。撹乱依存戦略を有し競争に強い植物は一般に生長が早く、種子生産量が多いという種間競争に強い性質を持っているほか、種子の時間的・空間的散布能力が大きい。攪乱はいつ起こるか予測の難しい場合が多いため、土壌中に生存種子の集団(土壌シードバンク・後述)を形成してそこから適宜発芽することによって、個体群が長期的に維持される。都市は、人為的攪乱の恒常化した生育場所や攪乱地を多く含むが、外来植物の多くはそのような生育場所に適応した植物である(鷲谷・森本 1993)。

 人の生活域のうち、外来植物が在来種の存続と生物多様性を脅かしている場所として最も代表的な場所が河原である。河原は、冠水によってしばしば自然に裸地が形成されるので、高い競争力と撹乱依存戦略を持つ外来植物の侵入を受けやすい場所である。日本特有の急流河川の中流域には、砂礫質の河原が広がっており、砂礫質の河原は冠水による撹乱の影響を頻繁に受け、しかも貧栄養な立地である。夏には、地表面が高温により乾燥しやすく、撹乱とストレスが大きい立地では植被はまばらにしか発達しない。本来、このような貧栄養の環境下で生育するのは、厳しい環境条件に適応した固有の在来植物(カワラノギクが代表例)だけである。しかし、近年緑化材料として治山工事や道路工事に用いられる外来牧草(オニウシノケグサ、シナダレスズメガヤ)の河原への著しい侵入が確認されている。関東地方でも有数の広い砂礫質河原を持つ鬼怒川(栃木県)における調査では、中流域でもやや下流域ではすでに河原の固有種はほとんど生育せず、河原の植物相は主に外来耕地雑草(アメリカセンダングサ、オオブタクサ)や外来植物(セイタカアワダチソウ)によって構成されている。関東地方の河川に限らず、全国的に牧草などの外来植物が優占する砂礫質河原の面積が急速に増加している。このような生物学的侵入は、周辺地域での緑化材料としての利用に伴う大きな種子供給源の存在、河原の富栄養化や冠水の頻度や条件の変化など、河原の環境の全般的な変化によってもたらされるが、競争力の強い外来植物が侵入してくると競争排除によって在来植物を衰退させる。日本の河原では、固有の在来植物(カワラノギク、カワラハハコ)が消えつつあり、入れ替わるように外来植物が蔓延しつつある。植物の侵入は、生育場所の条件を大きく変え、植生や生態系に著しい変化をもたらすことがある。一般に窒素固定能のあるマメ科植物が貧栄養土壌の生育場所に侵入することは、土壌の栄養条件を変えて、その場所の植生をまったく異なるものに変えてしまうことがある。日本においても、マメ科のハリエンジュの河原や森林への侵入が目立ち、植生および生態系への影響が懸念されている(鷲谷 1999)。

 

外来植物の導入経路

 産業革命以降の国際化、近年の経済・文化のさらなるグローバリゼーションにより、多様な外来種の利用のための意図的な大量導入と、人と物資の頻繁な移動に伴う非意図的な導入が日常化し、地理的な障壁が生物移動の障壁として役に立たなくなった。そのため多くの野生生物が本来の生息地の外に持ち込まれ、そのうちの一部の種が野生化し、定着した結果、外来種として生態系や人間活動に何らかの影響を及ぼすことが多くなってきた。一方で、農耕地、植林地、市街地など、人為的干渉の大きな場所が陸地面積に占める割合が急激に増大し、自然界には本来存在しない新しいタイプの環境が地球全体に広がった。それに乗じて、攪乱地や荒れ地に適応していた一部の生物種が、それら人為的干渉の大きい生息・生育場所に分布を拡大した。その結果、少数の種がコスモポリタン(地球規模で広域に分布する種)となって世界中で目立つようになり、地球の生物相の均質化が急速に進みつつある(村上・鷲谷 2002)。

 外来植物の導入経路は大別して意図的導入、非意図的導入の2タイプに分けられる。前者は、明確な利用目的をもって自然分布域外に移動および放逐するタイプであり、観賞用や緑化、造園、家畜飼料、食糧といった用途目的である。後者は、人為的ではあるが明確な利用目的を持たないもので、最も典型的な非意図的導入は、船のバラストに混入した生物の例であろう。船のおもりとして積み込まれた土、砂礫には、多くの植物種子、地表性昆虫、土壌微生物が含まれていた。バラストは港に積み上げられ、そこから逃げ出し広がっていった。輸入された穀物類や苗に混入しているものや、飛行機や汽車、コンテナ等の輸送手段に付着して導入されるタイプである(川道ら 2001;石川ほか 2009)。近年は、畜産での輸入飼料の増大でトウモロコシなどに雑草性の強い植物(オオブタクサ)の種子が混入して、家畜糞尿を通して農地で大繁茂する、という現象が社会問題になった。また、最近では、ワイルドフラワーやカバープラントの名で生活力の強い植物(オオキンケイギク、ユウゲショウ、コバンバコナスビ、ヒルザキツキミソウ)が多数栽培されるようになり、アクアリウムでは世界中から集められた水草が栽培されている。こうした植物群は、適正な管理を怠れば、逸出して定着させてしまう危険性が高いといわれている(清水ら 2001;石川ら 2009)。

 

外来種の法的規制

日本では、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以降は通称である、「外来生物法」と本稿では称する)が2005年6月に施行された。環境省と農林水産省が所管するこの法律による「特定外来生物」とは、在来生物の補食や、競合、交雑による遺伝的攪乱などによる生態系への被害、また食害などによる農林水産業への被害などを与える海外起源の外来種としている。剥製などの加工品は除き、生きているものに限られ、卵、種子、器官なども含まれている。特定外来生物に指定されると輸入、飼育、運搬、野外への遺棄などが禁止される。特定外来生物を輸入、飼育できるのは学術研究などの場合のみであり、許可を得るためには、特定外来生物ごとに定められている飼養等(飼育、栽培、保管及び運搬を指す)の基準に見合った施設を用意するなどの準備をし、環境省または農林水産省の主務大臣に対して申請をし、許可書を得る必要がある。すでに国内に入り込んだ特定外来生物に対しては、国や地方公共団体に防除の推進を義務づけ、民間の土地や水面への立ち入り、捕獲の支障となる立木の伐採権限などを与えている。2010年現在、特定外来生物のうち植物は12種である(濁川 2007;池田 2006)。

要注意外来生物

 要注意外来生物は、外来生物法の規制対象とならず、外来生物法に基づく飼養等の規制が課されるものではないが、外来生物が生態系に悪影響を及ぼしうることから、利用に関わる個人や事業者等に対し、適切な取り扱いについて理解と協力が必要とされる生物、被害に係る科学的な知見や情報が不足しているものも多く、専門家等の関係者による知見等の集積や提供を期待する生物である。以上のような外来生物は、その特性から大きく以下の4つのカテゴリーに区分される。

(1)被害に係る一定の知見があり、引き続き指定の適否について検討する外来生物

 専門家会合等において、生態系等に対する被害があるかそのおそれがあるとされ、指定に伴う大量遺棄のおそれなどの生物ごとの様々な課題があることから、現時点で外来生物法に基づく特定外来生物等の指定対象となっていないもの。現在16種類の外来生物が選定されている。そのうち、植物は5種である。

(2)被害に係る知見が不足しており、引き続き情報の集積に努める外来生物

 専門家会合等においても生態系等に対する被害のおそれ等が指摘されているが、文献等の被害に関する科学的な知見が不足しているもの。利用にあたっての注意を呼びかけていく必要があるとされた外来生物。現在116種類の外来生物が選定されている。そのうち、種群や属を含めて1種と数えたものも含めて、植物は67種である。

(3)選定の対象とならないが注意喚起が必要な外来生物(他法令の規制対象種)

 現在植物防疫法の規制対象となっている4種の外来生物が選定されている。

(4)別途総合的な取組みを進める外来生物(緑化植物)

 緑化に用いられる外来植物は、災害防止のための法面緑化など様々な場面で用いられることから、環境省、農林水産省および国土交通省の3省が連携して総合的な取組みについて検討を進めることとしている。現在文献等で被害に係る指摘がある緑化植物として12種類の緑化植物が選定されている(環境省 自然環境局 外来生物法 WEBページ)。

 

群馬県における取り組み

群馬県では群馬県自然環境課の委託などにより、群馬大学社会情報学部および群馬県自然環境調査研究会が現地調査や文献調査を行っている。

1.特定外来生物

2008年に発行された「群馬県外来生物調査報告書」(群馬県自然環境課発行)によると、特定外来生物に指定された12種の植物のうち、ミズヒマワリ、アレチウリ、オオフサモ、オオカワヂシャ、オオハンゴンソウ、オオキンケイギク、ボタンウキクサの7種が群馬県内に自生していることが確認された。主に、県北部や山岳地域に分布し、密生した個体群を形成しているオオハンゴンソウは榛名山では、2007年から駆除活動が行われている。

2.要注意外来生物

要注意外来生物の植物のうち52種が群馬県内に定着し、多くの種が蔓延といわざるを得ない状態である。その中にはシナダレスズメガヤ、ハリエンジュ、コカナダモ、オオブタクサなど在来植物や生態系に対する被害事例が多々報告され、特定外来種と同等の高い生態リスクを持つ種も含まれている。2000年以降伊勢崎市や邑楽・館林地域で急激に増加しており、今後の動向を継続してモニタリングしていく必要があると考えられる。

3.県内危険外来生物

 群馬県では上記の指定外来種以外に、県内において、生態系などに被害を及ぼす危険性の高い11種の植物を「県内危険外来種」として注意を喚起した。ナガミヒナゲシ、外来カラシナ・アブラナ類、ショカツサイは、春季に美しい花を咲かせる目的で播種されることが多く、しばしば大規模な個体群を形成している。ニワウルシは河川敷や林縁に生育し、根から多数出芽して高密度の樹林を形成する。水田雑草として問題化しているウキアゼナ、県南東部に侵入したイケノミズハコベ、道端や堤防で高密度個体群を形成するヒゲナガスズメノチャヒキ、県南部から上武国道沿いに繁茂するヒメモロコシ、栽培個体群を起源として野外で分布を拡大しているタカサゴユリが指定された(石川ら 2009)。

 

外来植物の研究事例

オオキンケイギク(キク科多年生草本、Coreopsis lanceolata):特定外来生物

 本種は北アメリカ原産の特定外来生物である。明治の中頃に観賞用に輸入され、園芸植物として栽培されたほか、国土交通省が法面緑化のために全国の道路沿いに種子を散布した(津村 2002)。現在は特定外来生物であるので販売・移譲も栽培も禁止されているが、依然として広く庭園で栽培されており、また野生化したものの多くが放置されて、北海道、本州中部の海岸や河川敷、道路沿いなどにしばしば大群落がみられる(近田ら 2006)ほか、全国各地で生育している(津村 2002)。群馬県内では、前橋市、伊勢崎市境地区・太田市新田地区の上武国道沿いで法面緑化由来の巨大な個体群落が多数生育しており、高崎市の烏川緑地公園内では多数が植栽されていた(石川ら 2009)。本種の種子は、10℃以下の低温でも旺盛に発芽し、また吸水後1日冷凍しても5%が発芽すること、早春から初夏にかけての長期間で種子が発芽し、高温により二次休眠が誘導されて永続的シードバンクを形成するとされる(津村 2002;柴宮 2009)。

 

オオブタクサ(キク科一年生草本、ambrosia trifida ):要注意外来生物

 本種は、北アメリカ原産の一年生草本である。本来の生育場所は、氾濫原の水はけの良い立地だが、原産地でも農耕地に侵入してくるので害草として扱われている。茎の高さは3m(群馬県内では草丈4.5mの個体が記録されている)にもなり、空き地などに群生し、その風媒花が大量の花粉を飛散させることから、花粉症の原因となっている。日本に侵入したのは昭和20年とされている。敗戦後、アメリカから穀物や豆類を輸入するようになり、これらにオオブタクサの種子が混ざって日本国内に持ち込まれ、異物として捨てられることによって河原や造成地などに広がったものと考えられる。また、河川敷工事を行うことによって大規模な攪乱地が生じることも一因として挙げられる。種子は大きく、水で運ばれるか工事などで土が動かされることで、分散や分布拡大が行われる。また、永続的土壌シードバンクを形成し、他種に先駆け春早くに発芽するといった特性がある(村上・鷲谷 2002;近田ら 2006)。本種は、生長すると個体群密度も高く、他の植物に対し「被圧」を起こす(石川ら 2009)。本種の繁茂で、埼玉県浦和の田島ヶ原において絶滅危惧種サクラソウが激減したことが明らかにされている(宮脇・鷲谷 1996)。

 本種が優占すると、その場所の植物の出現種数が少なくなる傾向が認められている。原産地の北アメリカだけでなく日本においても、本種が存在するか否かで群落の性質や種多様性が著しく変化する傾向がある(鷲谷 1996)。

 茅島(2005)によると、本種の種子は10/6℃で発芽し始め、25/13℃〜30/15℃では二次休眠による土壌シードバンクを形成する特性が明らかとなり、また土壌窒素濃度の高い方が生長速度が高く、アンモニア態窒素よりも硝酸態窒素の高い土壌環境のほうが本種の生長速度が高いとされた。

 石川ら(2003)は、群馬県内利根川中流域におけるオオブタクサの分布状況を調査した結果、県南端に位置する明和町から、県北端の水上町(源流から約30km下流)の範囲において、大きな個体群が30地点で確認された。また発芽実験の結果、オオブタクサは寒冷地に分布すると、より低温で発芽し、高温では休眠するようになる可能性が示唆された。さらに水上町の個体群と群馬県南部の伊勢崎市の個体群において残存率調査と生長解析を行った結果、オオブタクサは北の低温環境下においても南部と同等かそれ以上の相対生長速度を有しているが、エマージェンス時期が遅く生育期間が短いため、個体乾燥重量は小さくなった。しかし水上町では、伊勢崎市に比べて個体乾燥重量あたりの種子生産数と残存率および個体群密度が高いため、単位面積あたりでは伊勢崎市より多くの種子を生産していた。

 

アメリカセンダングサ(キク科一年生草本、Bidens frondosa

北アメリカ原産の一年生草本である。南北アメリカ、南ヨーロッパ、アジア、オセアニアなどの温帯に広く分布している。日本には大正時代に渡来し、現在は沖縄県から北海道までやや湿った土地に広く分布し、水田や転換畑で問題になっている。しかし、土壌の種類、土壌の乾湿、土壌の肥沃度などに対して適応性が大きく、畑地でも雑草化する。土壌中における種子の寿命は16年に及ぶこともあるとされている(清水ら 2001)。類似種のタウコギやセンダングサなど、河原や水辺の在来植物と競争し駆逐する恐れがあるとされている(多紀 2008)。

 群馬県明和町で採取した後に2ヶ月間の冷湿処理を施した種子の発芽の最適温度は、22/10℃〜30/15℃と広い温度条件下で70%〜89%発芽し、これより低い温度でも40%以上が発芽するため、地温の低い湿地でも比較的強い繁殖力と持つことができるとされた(鈴木 2010)。

 

ヒメモロコシ(イネ科多年生草本、Sorhum halepense forma muticum):県内危険外来生物

 本種は、地中海沿岸原産の多年生草本である。世界の暖熱帯に広く分布している。戦後、牧草として用いられていたが、逸出し関東地方以西の線路沿いや荒れ地などに急激に広がったとされる(清水ら 2001)。

 およそ3ヶ月間の冷湿処理を施した種子の発芽率は、10/6℃で約70%、17/8℃〜30/15℃では100%と非常に高く、地温の低い冬季でも発芽し生長を開始すると考えられ、土壌シードバンクを形成する可能性は低いとされた(佐藤 2005;狩谷 2004)。

 

イヌムギ(イネ科多年生草本、Bromus catharticus

 本種は、南アメリカ原産の多年生草本である。南アメリカ、北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニアの温帯〜暖帯に分布している。日本には明治初期に渡来し、現在は北海道〜九州の農耕地や道端に広く生育している(清水ら 2001)。現在日本国内に生育している個体は、全て雄しべを欠いており、単為生殖によって種子を生産する(長田 1989)。

 種子に冷湿処理を施さなくても、10/6℃〜30/15℃の区で高い発芽率が確認されたため、本種は十分な水分があれば冬季であっても発芽を開始し、生長すると考えられ土壌シードバンクを形成する可能性は低いとされた(佐藤 2005;柴宮 2009)。

 

カモガヤ(イネ科多年生草本、Dactylis glomerata):要注意外来生物

 本種は、地中海〜西アジア原産の多年生草本である。ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカなどの温帯に分布する。日本には明治初期、アメリカから入り、広く牧草のオーチャードグラスとして利用されている。現在は、北海道〜九州で牧草地から逸出し、いわゆるvolunteer weedとして問題となっている(清水ら 2001)。再生力は旺盛で、根茎による栄養繁殖を行い、耐寒性、耐暑性に優れ、乾燥にも強く、また被陰にも強いことから幅広い環境適応性を持っている(池田 2006)。

 種子に冷湿処理を施さなくても、10/6℃〜30/15℃の広い温度条件下で85%以上の高い発芽率を記録したことから、本種は土壌中に十分な水分があれば発芽し、生長することが考えられ土壌シードバンクを形成する可能性は低い(佐藤 2005;柴宮 2009)。

 

ハリエンジュ(マメ科落葉高木、Robinia pseudoacacia):要注意外来生物

 ハリエンジュは、高さ20mくらいになる北アメリカ原産の落葉樹である。枝に鋭いトゲがあり、別名をニセアカシアという。初夏に藤の花を思わせる白花の房を下げ芳香を放つ。明治8年に北海道に街路樹に輸入され、山地の崩壊地の緑化木や肥料木としても利用された。札幌ではアカシアとして親しまれた。現在では全国的に野生化して川に添った土手などによく見る。根粒バクテリアの働きで空中の窒素を固定できるので、生育地の土壌を富栄養化させる効果がある(崎尾 2009;近田ら 2006)。

 2005年3月に国土交通省が、桐生市内の渡良瀬川河川敷に繁茂するハリエンジュ林の一部を皆伐したが、そのまま放置すると3年後には、樹高3m程度の樹林が復活してしまった。種子は堅い不透水性の皮に覆われていて、河川敷などでは川に流されるなどして、遠方に運ばれていくうちに、種子に傷がついて吸水し、発芽の準備が整うものと考えられる。本種の樹林の林床には非常に少数の草本植物しか生育していない。すなわち、本種が樹林化することによって、他種の絶滅および河畔生態系の生物多様性の衰退を引き起こすことが考えられる。また、高密度の樹林は直接河道を塞いだり、また土砂を捕獲して河道を塞ぐことで、洪水の危険性を高めてしまう(石川ら 2009)。また、ハリエンジュの葉・茎・根のどの器官にも、本種を含め植物の発芽を抑制する成分が含まれており、この成分は外来種よりも在来の植物に対して影響が大きく、外来植物がハリエンジュ林およびその駆除後に特異的に多くなる現象の一因として考えられている(河田 2009;ペレンゲル 2010)。

 

ショカツサイ(アブラナ科一年生草本、Orychophragmus violaceus):県内危険外来生物

 中国原産の一年生草本で、9月頃発芽して秋冬に生長し、2月〜5月に開花、6月頃に結実する冬季一年草で、発芽率が比較的高いため、しばしば高密度個体群を形成する。路傍などの強光環境下に多く分布して旺盛に生育する。逆に暗い(相対光量子密度で5%以下)環境下にはほとんど分布せず、試験的に植栽しても生長は非常に悪い。種子は高温でより発芽率が高く、10℃〜15℃で30%前後、25℃以上だと50%〜80%程度が発芽する(石川ら 2009)。

  本種に覆われて日陰にされると、相対光量子密度が春先の数ヶ月間にわたって30%程度に低下する。このことによって、在来の春植物種の発芽と生育に悪影響を及ぼすおそれがある。実際、本種が高密度で生育する場所においては、在来の春植物はほとんど生育しない。

 種子に2ヶ月間の冷湿処理や再冷湿処理を施すと、発芽はほとんどみられなくなることから、本種の種子は散布後に主として秋に発芽し、未発芽の種子は冬の低温にさらされると二次休眠が誘導されて、永続的シードバンクを形成する可能性が高いと考えられている(柴宮 2009)。

 

生物多様性条約と外来種

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミットでは、生物多様性条約と気候変動枠組条約の2つの重要な条約が採択された。今や、人間活動によって地球の生態系が重大な悪影響を受けていることは、近年の研究により次第に解明され、深刻な社会問題として広く認識されるようになっている。万年単位で進化してきた生物および生物相互の関係が、短期間で急速に失われていく、生物多様性の喪失は、そのうち最も危急の問題の1つである。2007年7月、189カ国及び欧州共同体が締約国である生物多様性条約は、外来種とその生物多様性に対するインパクトが世界的な重大問題として重要であることを認識し、その第8条(h)項は締約国に対して、「生態系、生息地もしくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御しもしくは撲滅すること」(公定訳文)を求めている(村上・鷲谷 2002;川道ら 2001)。

 日本は、本条約を1993年に批准した。締約国は、生物多様性保全国家戦略の策定、重要地域のモニタリング、保護地域の指定と管理などの保全策を講じることとされている。日本では、2002年に「新・生物多様性国家戦略」を策定し、乱開発による生息・生育地域の消滅、二次林の荒廃による里地・里山の劣化、外来種などによる環境の攪乱を「3つの危機」として警告している(池田 2006)。

 

土壌シードバンク

 種子は、移動分散に適した形態をもっているだけでなく、芽生えの成長に不適な時期を発芽することなくやり過ごすための生理的特性(休眠発芽特性)をもち、空間的分散のみならず時間的分散にも長けている。生理的に休眠する特性をもつ種子は、環境条件に応じて積極的に発芽を抑制しているともいえる。土壌中には、休眠解除のための環境シグナルあるいは発芽に適した条件が与えられないために発芽せず、休眠(発芽に適した条件が与えられていても生理的に発芽を抑制する状態)あるいは休止(発芽に適した条件が与えられないために発芽しない状態)の状態にある種子が多く含まれている。そのような生存種子の集合が土壌シードバンクである。土壌シードバンクは、とりこまれた種子が一年以内に発芽(または死亡)するか、それ以上の期間にわたって発芽を延期して存続するかにより、季節的シードバンクおよび永続的シードバンクの二つのタイプに分類される。永続的土壌シードバンクの形成には、ギャップ検出機構など、特別の環境シグナルが与えられないと解除されない生理的休眠が関与していることが多く、攪乱依存種や水辺を生育場所とする植物の多くがこのタイプのシードバンクを形成することが知られている(荒木ら 2003)。

 

研究目的

 本研究では、7種類の外来植物(キク科:オオキンケイギク、オオブタクサ、アメリカセンダングサ、イネ科:ヒメモロコシ、イヌムギ、カモガヤ、マメ科:ハリエンジュ)をモデル植物として用いて、操作された環境条件(温度、光量子密度、土壌窒素濃度)下で発芽実験、生長解析を行うことにより、外来植物の旺盛な生長能力・繁殖能力の原因を明らかにすることを目的とする。また、渡良瀬川流域・神流川流域で現地調査を行い、外来植物の一種であるハリエンジュの侵入拡大による植物相の変化を解明する。

 宮脇(1994)によると、日本において外来植物はキク科が最も多く、次にイネ科、マメ科、アブラナ科で、これら上位4科で全外来植物種の50%以上を占めている。そのため、研究におけるモデル植物として入手しやすく、また、過去の研究例のあるこれら4科キク科、イネ科、マメ科の3科に属し、かつ近年全国規模で繁茂が報告されている上記の7種の植物をモデル植物として用いることとした。

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