調査地概要

アドバンテスト・ビオトープ(群馬県邑楽郡明和町)

 群馬県邑楽郡明和町、株式会社アドバンテスト群馬R&Dセンタ2号館敷地内に2001年4月に竣工した大型ビオトープである(図12写真1)。本ビオトープは、半導体試験装置等の開発・製造業者であるアドバンテスト社が、環境保全活動の一環として、自然環境との共生をうたって構築したものである。本ビオトープの面積は約17,000?と、民間企業所有としては国内最大級の規模のものである(図2)。ビオトープは工業団地の一角に位置しており、建設前の用地は、雑草がまばらに育成する程度の裸地であった。敷地周辺は水田が広がり、畑地、雑木林などが点在しており、敷地北側には谷田川が、約2km南には利根川が流れている。

 本ビオトープは、「多様な生き物の生育空間の創出とネットワーク」、「失われつつある昔ながらの風景の再現」、「従業員の安らぎの場の創出」を目標として造成された。「多様な生き物の生育空間の創出とネットワーク」とは、地域の多様な生物種が生息できるよう、生態学的な知見に基づいた生育空間を創出し、R&Dセンタの北側に谷田川をはじめとする、周辺環境との連続性とネットワークを形成しようというものである。「失われつつある昔ながらの風景の再現」とは、ひと昔前には関東平野北部のどこにでも広がっていた広大な氾濫原、失われてしまった水辺、湿性環境、雑木林と空き地の草原などの風景の再生を目指し、周辺環境の保全を行なうというものである。「従業員の安らぎの場の創出」とは、工場内で働く従業員の人々に対して、自然と触れ合える安らぎの場を創出するものである。このように、本ビオトープは単純に緑地を創出しようというものではなく、本来の定義に沿ったビオトープの創出を目指している。

 本ビオトープの設計にあたっては、関東平野の昔ながらの田園風景の復元を目指して、高低さ3m程度の微地形と、大きく分けて水辺、樹林、草地からなる多様な環境が配置されている。これにより、エコトーンと呼ばれる性質の異なった2つの環境が接する推移帯が形成され、より自然に近い環境を創出し、多様な生物種が生息できる空間が確保されている。また、ビオトープ内には、ビオトープ装置(石積ビオトープ:2地点、伐採木ビオトープ:4地点、伐採竹ビオトープ:3地点、砂礫ビオトープ:1地点)が配置されており、多様な小動物種の生息を可能としている。周辺には、日本国内樹種(クス、シラカシ、ケヤキ等)の植栽木からなる既存の環境保全林を残し、さらに新たに北関東に育成する樹種からスダジイ、アラカシ、ヤブツバキ等を選定して植栽した。また、水辺に植栽したヨシは、近隣の放棄水田からの移植を行なったものである(図2)。

 これまでの調査結果から、本ビオトープには多くの外来植物の侵入が確認されている。2001年度の調査では15種の外来植物が確認され、全出現植物種に対する外来植物種の割合は38%であった(新岡2002)。2002年度の調査では23種で45%、2003年度の調査では33種で36%(星野2004)、2004年度の調査では24種で33%(佐藤2005)、2006年度の調査では21種で19%(依田2006)の外来植物の侵入が確認された。以降2007年度の調査では22種、22%(高岩2007)、2008年度の調査では38種、29%(高橋2008)の外来植物の侵入が確認された。一方、在来植物については多くの種の定着が確認されており、2001年度は25種であったが毎年増加し、2007年度には79種が確認され(高岩 2007)、2008年度には94種が確認された(高橋2008)(図3)。

 本ビオトープの育成管理に対しては、竣工時から群馬大学社会情報学部環境科学研究室の石川真一教授が、生態学的学術調査に基づいたアドバイスを行なっている。そこで上記のようなビオトープの趣旨にそぐわない外来植物が確認された場合は、その除去・時期を検討し、アドバンテスト社に提案してきた。アドバンテスト社は、これをもとにしてビオトープの管理を行なっている。2003年度は主にセイタカアワダチソウ、ハルジオン、ヒメジョオン、ヒメムカシヨモギ、ノボロギク、ヒメモロコシ、コセンダングサ、アメリカセンダングサ、イトバギク、オオアレチノギク等の外来植物の除去を実施している(星野2003)。また、シロツメクサは、本ビオトープの土壌シードバンク解析により、大きなシードバンクを形成していることが示唆されており、アメリカフウロとオランダミミナグサは、土壌シードバンク・植生調査の双方で侵入が確認されている(狩谷2004)。在来種では、2006年度に準絶滅危惧のミゾコウジュ、絶滅危惧?種のフジバカマの生育が確認された(依田2006)。今年度も毎月1回程度の調査を行い、ビオトープの育成管理方法を逐次策定し、報告した。

高崎観音山(高崎市石原町)

 当調査地は、群馬県高崎市南部に位置する、「観音山」または「岩野谷丘陵」と呼ばれている丘陵地帯を指す(図1)。標高200m前後で、周囲は烏川、碓氷川、鏑川、高田川に囲まれており、山頂には同市のシンボルとなっている白衣観音像が建立されている。山頂周辺は観音山公園として整備されており、染料植物園や野鳥の森などがあり、3000本の桜が植えられた桜の名所にもなっている。また植物や野鳥、史跡を楽しみながら散策することができる約21kmの自然歩道が設定されている。

 本研究においては、株式会社チノー藤岡事業所(群馬県藤岡市森)敷地内に造成予定であるビオトープに、樹木や土壌の移植を予定している観音山中腹の3地点(コナラ植林地2地点と、放置林1地点)を調査地とし、植物相調査を行った(写真2)。このビオトープは、記録計、調節計、温度センサーなど各種試験装置の製品とサービスを提供するチノー社が、環境への取り組みの一環として、自然環境との共生を目的として現在構築中のものである。2009年9月に構築が決定し、機器事業部である藤岡事業所敷地内にて現在造成工事が行われている。用地はまだ雑草がまばらに育成する裸地であるが、ビオトープ内の植物相を豊かにするために、観音山の中腹の3地点から植物や土壌を移植・再配置することを予定している。本研究では、観音山の現地の植物相調査、および文献調査を行うことで、ビオトープの景観および植物種多様性の創出のために移植すべき種の特定や、今後土壌シードバンクから出現するであろう植物種の推定を行った。

男井戸川調節池(伊勢崎市豊城町)

 当調査地は、利根川の支流である男井戸川の調節池を指す(図1写真3)。伊勢崎市では、たびたび起こる男井戸川の洪水に備えるために調節池(遊水池)を造成中である。計画段階において、男井戸川は市街地を流れているので川幅を広げることが難しく、早急な対策を行うためには遊水池をつくることが有効であると考えられたため、治水だけでなく水質改善、生物の生育・生息環境の確保などの点においても同時に整備することが基本方針に盛り込まれた。2001年から住民と県との懇談会が開かれ、遊水池の管理に対する住民参加を促進している。また、2008年11月から住民参加型の検討委員会が開かれており、利活用計画を検討してきたが、2009年に県(河川管理者)としての技術的・行政的な検証を加えた最終的な利活用計画が確定した。これにより、本遊水池の一部を水生ビオトープとして整備することとなった。

 2008年度に群馬大学社会情報学部環境科学研究室で行われた現地調査により、遊水池予定地の一部に水を引いてつくられた湿地において、水田・湿地生在来種23種、畑地雑草14種、外来種18種が確認された。この中には直近の自生地から導入されたアサザをはじめ、オモダカ、カワヂシャ、シャジクモの計4種の絶滅危惧種が含まれている(高橋2008)。こうした保護の重要性が高い植物相を水生ビオトープ内に再生するため、群馬県中部県民局・伊勢崎土木事務所によって、当地の表土の一部を別所に温存して遊水地整備後に再配置し、土壌シードバンクから植生を再生する計画が実施されている。本研究では、この温存中の土壌3カ所と、その周辺の植物相調査を行うことで、今後の遊水池の建設・管理を行うための基礎資料作りを行った。

天沼親水公園(太田市新田上田中町)

 当調査地は、群馬県太田市新田上田中町にある天沼周辺を整備した公園である(図1写真4)。新田地域は大間々扇状地の扇端部に位置しており、赤城南西や扇状地に降った雨が地下水となり、標高60mのところで湧出するため、古くから多くの湧水地があった場所である。現在では、枯渇や埋め立てられたものが多くあるが、天沼は現在でも湧水が確認できる数少ないうちの一つである。公園には、沼を囲むように散策路が設けられ、水生植物が観察できる歩道や遊具が設置されている。本研究では、植物相調査を行うことで、当調査地の植物種多様性の現状の解明を行った。

妙参寺沼親水公園(太田市新田大根町)

 当調査地は、利根川に注ぐ一級河川石田川の源流である矢太神水源から200mほど南にある(図1写真5)。矢太神水源は、現在でも自噴する湧水であり、水源の東側はほたるの里公園として整備されている。当調査地は、妙参寺沼を豊かで潤いのある水辺空間、地域の人々の憩いの場となることを目的として、2005年に整備された公園である。周囲に散策路が設けられ、水生植物の観察や多彩な草花の観賞が出来るようになっている。本研究では、植物相調査を行うことで、当調査地の植物種多様性の現状の解明を行った。

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