はじめに

失われゆく生物多様性と生態系機能

 日本は複雑な地形と豊富な降水量といった立地条件を有することから、5500種を超える陸上植物種が生育するなど、世界でも植物種多様性の高い地域となっている。これらのうち約三分の一の種は、日本固有の植物である(植田1993)。しかし、第二次世界大戦後の高度経済成長期以降、この豊かな自然環境を有する国土は急速な開発によって大きく変容し、21世紀を迎える頃から、生物種の絶滅と生態系の破壊が大きな社会問題となっている。都市化に伴う森林伐採・開発、湖沼や干潟の埋め立て、乱獲や大規模な駆除などが、固有の動植物の生息場所を破壊し、生物の絶滅を招いた大きな原因の一つである。

 近年、国際自然保護連合(IUCN)を中心として、世界各国で「絶滅のおそれのある生物のリスト」の作成が行われ、毎年改訂されている(IUCNホームページ参照)。このリストは「レッドリスト」と称され、レッドリストに掲載された生物の分類・生態学的特徴と絶滅危険度の現状をとりまとめた刊行物は「レッドデータブック」と称されている。日本最初の植物レッドデータブックは1989年に発行され、1997年に改訂された。さらに2000年には、環境庁版の新しい植物レッドデータブック『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブック−植物I(維管束植物)』が出版された(矢原 2003)。最新のレッドリストは2007年にとりまとめられている(植物レッドデータブックCOMPLETEホームページ参照)。

 レッドリストでは、過去にわが国に生息したことが確認されており、飼育・栽培下を含め、わが国ではすでに絶滅したと考えられる種を「絶滅(EX:Extinct)」、過去にわが国に生息したことが確認されており、飼育・栽培下では存続しているが、わが国において野生ではすでに絶滅したと考えられる種を「野生絶滅(EW:Extinct in the Wild)」、ごく近い将来における野生での絶滅の危険性がきわめて高いものを「絶滅危惧IA類(CR :Critically Endangered)」、IAほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いものを「絶滅危惧IB類(EN:Endangered)」、現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、近い将来「絶滅危惧I類」のランクに移行することが確実と考えられるものを「絶滅危惧II類(VU:Vulnerable)」、現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」として上位ランクに移行する要因を有するものを「準絶滅危惧種(NT:Near Threatened)」、環境条件の変化によって、容易に絶滅危惧のカテゴリーに移行し得る属性を有しているが、生息状況をはじめとして、ランクを判定するに足る情報が得られていない種を「情報不足(DD:Data Deficient)」と評価している。

 最新版の日本のレッドリストによると、記載されている維管束植物の種数は、絶滅33種、野生絶滅8種、絶滅危惧IA類523種、絶滅危惧IB類491種、絶滅危惧II類676種、準絶滅危惧種255種、情報不足32種の合計2018種である(植物レッドデータブックCOMPLETEホームページ参照)。

 このような生物種の絶滅や生物多様性の損失は、人類が生きていくために必要な生態系の能力を劇的に損なうことでもある。「生物多様性」とは、様々な生物がエネルギー・物質循環をつくりあげている「生態系の多様性」と、地球上に存在する全ての生物種という意味の「種の多様性」、同じ種内の異なる個体であるという意味の「遺伝子の多様性」といった3つの内容を総じた概念である。

 生態系の多様性における、「生態系」とは、ある空間(地域)に生きる全ての生物と、それらの生育にとっての必須な環境の要素からなる複雑なシステムという意味である(鷲谷2001)。どのような生物も、孤立しているものはなく、様々な無生物的な環境要素の影響を複合的に受けている。また、食べる−食べられるの関係をはじめ、種子植物とその花粉を媒介する動物との間に見られる共生関係、あるいは寄生や競争などの生物間相互作用を介して、他の種と関わりあっている。このような関係は生態系のなかで網の目のように複雑に絡まりあいながら広がっており、地球上ではほとんど全ての陸域と水域に、多数の種が相互に深い関係をもちながら生息しているのである。大別すると、陸域では森林、草原など、水域では海洋、湿地、河川、湖沼などの生態系に区分される。遺伝子の多様性とは、同じ種でも個体ごとに持っている遺伝子に違いがあり、多様であることを意味する。地理的に隔離された地域個体群は、その生息環境に適応した異なる遺伝子を持っているため、個体数の減少による遺伝子の多様性の減少は、環境の変化に対応する能力を低下させることにつながるのである。

 現在、地球環境保全の観点から多くの科学者によって危惧されている生物多様性の危機とは、特に種の多様性の急激な喪失、すなわち先にも述べたような、多くの生物種が今だかつてないほどの速度で絶滅しつつある状況のことを指している。

 生物多様性の持つ様々な自然価値を、人類は長い期間享受しているが、もし無制限に利用し続けたとしたら、容易にかつ永遠に消失してしまう恐れがある。また、生物多様性が乏しくなることによって、小さな環境の変化や病気・害虫などの外敵の侵入により、社会・政治・経済にも大きな影響を及ぼすこともある。19世紀のアイルランドでのジャガイモ飢餓や、数年前の日本でのコシヒカリを中心とした米の不作などがその例である。こうした事態へ対応するため、作物の遺伝子銀行の役割を野生生物に求める必要があり、そのためには作物のもととなる種(種群)と、それを支える生息・生育地が残っていなければならないのである(生物多様性政策研究会2002)。

 生物多様性によって駆動している生態系の諸機能を、近年では「生態系サービス」と称することもある。古来から「自然の恵み」と呼ばれて人類が享受し続けてきたものであるが、特に環境保全の経済的価値の膨大さを認識してもらうために、あえて定義されたものである。生態系サービスとは、具体的に、食糧や水の供給、疾病抑制、気候の調節など、全ての人々が生きていくために必要な、生態系からの恩恵のことである。さらに、国連により2001年から2005年に実施された生態系に関する総合的評価である「ミレニアム生態系評価(MA)」において、生態系サービス・生態系の働きは、「供給サービス」、「調整サービス」、「文化的サービス」、「基盤サービス」、の4つに分類されている。供給サービスとは、食糧や水、木材などの生産や提供のことで、調整サービスとは、気候や水質の調節、疾病抑制や自然災害の防護などである。また、文化的サービスとは、精神的充足や審美的価値、レクリエーションなどを指し、基盤サービスとは、栄養循環や光合成、土壌形成などの全ての生態系サービスの基本となるもののことである(環境省編2009)。 

 このように、生態系サービスから人類は多くの供給や利益を受けている。反対に、これらのサービスが劣化あるいは消失や減少した場合、環境汚染や自然災害の増加、資源の不足など、人類にとって重大な問題が発生するともいえる。すなわち、生物種が急速に絶滅に瀕しつつある現在、生物多様性によって機能している生態系もまた、衰退しつつあるといえる。そして生態系の衰退は、生態系サービスの劣化に直結して、我々人類の生活基盤の崩壊につながっていくと考えられる。

 生物多様性保全政策と自然再生事業

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)において「気候変動に関する国際連合枠組条約」(気候変動枠組条約)と「生物の多様性に関する条約」(生物多様性条約)が採択された。生物多様性条約はその第六条で、それぞれの国が生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした「国家戦略」つまり、国をあげて取り組むための方針と計画を作ることを求めている(鷲谷 2003)。これを受けて、日本では1995年に「生物多様性国家戦略」が策定され閣議決定された。その後2007年11月には、「第三次生物多様性国家戦略」が閣議決定された。この第三次国家戦略は、具体的な取組みについて、目標や指標などもなるべく盛り込む形で行動計画とし、実行に向けた道筋が分かりやすくなるよう努めたこと、「100年計画」といった考え方に基づくエコロジカルな国土管理の長期的な目標像を示すとともに、地球規模の生物多様性との関係について記述を強めたこと、地方公共団体、企業、NGO、国民の参画の促進について記述したことなどが大きな特徴である(環境省編2008)。

 生物多様性国家戦略では、「自然再生事業は、人為的改変により損なわれる環境と同種のものをその近くに創出する代償措置としてではなく、過去に失われた自然を積極的に取り戻すことを通じて生態系の健全性を回復することを直接の目的として行う事業」とされている(亀澤2003)。この考えのもと、ビオトープづくり、動植物やそれらの生活環境の保護、景観の回復事業などが行われている。

自然再生事業としてのビオトープの目的

 自然保護運動の一環として、自然環境復元活動が日本で始まったのは1980年代後半である。当初はホタルの里の復元運動のような小規模なものから始まり、その後このような試みは年々増加し、復元の対象とする生物の種も、トンボ、カエル、チョウ等と多様化していった。それとともに、活動に参加する市民の層も次第に厚さを増していった。このような動向の背景には、一般市民の環境、とりわけ身近な環境に対する危機意識の深まりがあったと考えられる(杉山1995)。

 一方、自然復元のシンボル生物と呼ばれるようになった、ホタルやトンボ、チョウ類の復元運動とは別に、直接人間とかかわりのある自然環境総体の復元運動も、同様に拡大している (杉山1995)。最近では、地域の生態系そのものの復元を目的とした自然環境再生事業が盛んに行われるようになっており、そのひとつにビオトープ構築がある(杉山1995)。「ビオトープ」という言葉は、最近新聞や雑誌に頻繁に登場し、自然環境関連のキーワードとして関心を集めているが、100年前頃から使われていた学術用語である(秋山2000)。ビオトープ(biotope)は、生き物を意味する「bios」と、場所を意味する「topos」の合成語であり、ドイツの生物学者ヘッケルによって1世紀ほど前に提唱された言葉である(大石1999)。

 ビオトープ(biotope)とは、「特定の生物群集が存在できるような特定の環境条件を備えた均質な、ある限られた地域」という意味である(生態学辞典2003)。生息地(habitat)と類似した概念であるが、生息地(habitat)が種あるいは個体群を主体とした、その育成・生息に必要な環境条件を備えた空間を指すのに対し、ビオトープ(biotope)は生物群集を主体とした概念である(西廣2003)。

 このようにビオトープは本来、「生態系」と同様な意味で使われていた。しかし今日のドイツではこの語が、環境計画とかかわる行政上の用語として用いられていることが多い。例えばドイツのバイエルン州においては、自然保護の観点から特に重要性度が高く、保存を要する地域を指す用語として使われている。一方、日本においては1990年代以降、生物の生息環境を人工的に復元した場所を指す用語として定着している(西廣2003)。例えば、河川で行われる近自然工法、環境修復やミティゲーション(開発行為による自然環境への悪影響を軽減するために、開発の対象となる生態系の持つ機能を他の場所で代償する行為)のための多自然型川づくり、湿地の保全、復元などにおいて創出される空間が、ビオトープと呼ばれている(後藤・鷲谷2003)。つまり、地域の生態系や野生動植物を保全することを、目的としてつくられた環境のことである。

 ビオトープという言葉がこれほど一般化した理由は、ひと昔前までは随所に存在した身近な自然が、この数十年間の人間活動によって、面積的にも質的にも急速に劣化してきたことによる。この言葉が最初に一般化したドイツでは、当時自然破壊が深刻であったが、日本における自然破壊もまた、さらに激しいものであった。このことに危機感を抱いた市民が、身近な自然を復元する運動を活発化させたと考えられている(杉山1999)。

 日本におけるビオトープは、静岡大学の杉山恵一教授らによって、1992年に同大学構内に造成されたものが最初とされている。このビオトープは「多様な生物の生活空間づくり」を目指したもので、約500uの荒れ地に小川、池、丘、草地などの立地環境を構築し、様々な生物を誘致している。2000年現在、約50種の植物、300種以上の昆虫類、両生類などが生息している。このことは多方面で報道され、これにより初めてビオトープを知った人も多いようであった。杉山教授のこの試みは、意識的なビオトープづくりの始まりであり、原点となっている(秋山2000)。近年では特に、学校の校庭や公園に止水域などを造成し、野生生物が生息できるようにする活動がビオトープ運動として活発に行われている。これらの各地域に造成されたビオトープは、失われた身近な自然の復元、環境教育の現場の提供、各地域における絶滅危惧種の系統維持など、生物多様性の保全において重要な役割を担うものとして期待されている(西廣2003)。

ビオトープの管理方法

 現在、ビオトープを名乗るものはかなりの数があるが、中には本来の意味から離れた形で設置されているものも多くある。遠い地域からの植物の移植や、見掛けがよく利用しやすい外来種を用いることによって、逆に生態系が破壊されてしまう危険性がある(上赤2001)。また、設置=完成、あるいは数年以内の短期間に見られる形態をもって完成、とみなしていることも少なくない。ビオトープを本来の意味に合ったものにするためには、中・長期的な「育成管理」が必要不可欠である(近自然研究会2004)。ビオトープは、土木工事上の竣工をもって完成というわけではなく、竣工が実質的なスタートとなる。その後の生物相の変遷を受け入れ、時には生物相管理を行いながら、周辺環境と融合した形態へとゆるやかに移行していくものである。また、ビオトープにおいては「造成」と「管理」の明確な区別がなく、つくるときにはその後の管理を考え、管理をしながら次なる事象をイメージしていく、といったつながりが大切であるため、従来の公園などに使われる「維持管理」ではなく「育成管理」という言葉がふさわしい。つまり、子育てと同様に「育てる」「見守る」という姿勢で構築していくことが適切であると言える(秋山2000)。

 ビオトープの育成管理の目的は、端的に言うと、できるだけ多くの生物種の生息環境を形成することである。そのための育成管理方法として必要不可欠な事項の一つに、国外外来植物(本稿では以後「外来植物」と表す)の除去がある(杉山1999)。外来植物は一般に繁殖能力が高く、周辺の在来植物の生育を阻み、衰退させてしまうおそれがある。さらには、生物多様性の低下や生態系の破壊を引き起こす危険性が高いとされている(日本生態学会2002)。その対策として、2004年6月に日本において「特定外来生物による生態系等に関わる被害の防止に関わる法律」が公布され、生態系等に関わる被害を及ぼす、あるいは及ぼす可能性がある外来生物を「特定外来生物」と指定し、防除などの措置を講ずることが定められている(近自然研究会2004)。しかしすでに生態系に入り込んだ外来生物は、法律で規制したところでいなくなるわけではない。ビオトープ創出においても、外来植物をまったく放置したならば、ビオトープは外来植物園ともなりかねないのである(杉山1995)。したがって、ビオトープの植物相をはじめとする生物多様性を高め、本来の目的に沿った構築を行うためには、勢力過大な外来植物の除去を継続的に進めていく必要がある。一方、在来植物については、増殖を促進していくことが効果的である。しかし人間が無理に手を加えることで、かえって生態系を破壊してしまうおそれもあるため、ビオトープ周辺から風や鳥によって運ばれてくる在来植物がビオトープに安定的に増加していくよう、手を添える程度が望ましい。

土壌シードバンクの活用

 ビオトープに出現する植物は、現在確認されている植物や、今後周辺から移入してくる植物の他に、土の中で休眠している「土壌シードバンク」から出現する可能性もある。種子は、芽生えの成長に不適な時期を発芽することなくやり過ごす、生理的特性(休眠発芽特性)をもっており、このような状態で休眠している土壌中の生存種子の集合体を「土壌シードバンク」という。種子の生理的特性は、それぞれの種の生育場所や生育季節によって、種ごとにさまざまである。日本では、高温多雨の夏の方が、乾燥し寒冷な条件の冬よりも植物の生長に適しており、多くの種子が冬の低温を経験してから、初めて休眠から覚める生理的特性を持っているので、春に発芽する(荒木・安島・鷲谷2003)。また、生理的に休眠している種子の中には、発芽に適した温度や水分に恵まれていても発芽せず、芽生えの生長に適した時期を示す環境シグナル(例えば交代温度)を受け取ってから発芽するものもある。そのため、土壌中には、発芽せずに休眠状態にある種子が多く含まれている(荒木・安島・鷲谷2003)。当該各地に現在生育する植物種について、個々の土壌シードバンク形成能力を発芽実験をもとに解析することで、各植物種の持続可能性を予測することができる。これらの結果をもとにして、外来植物であれば駆除・防除方策を、在来植物であれば、育成方策を具体的に構築することが可能となる。

ビオトープの有する生態系機能・CO2固定

 ビオトープとは、先にも述べたように「本来その地域に住む多様な動植物が生息できる空間」を意味し、森林、湖沼、川辺、干潟、里山、雑木林や水田など様々なビオトープがある。中でも、森林や林地、雑木林ビオトープは、生態系内の光、温度、湿度、土壌などの環境条件が多様であるため、多くの動植物の共存を可能にしており、生物種の宝庫であるといえる。しかしそれだけでなく、循環資源である木材の提供や、水の循環など、地球環境の形成・安定化にも重要な役割を果たしている。特に樹木・森林が炭素の吸収、貯蔵に果たしている役割は非常に大きく、深刻な環境問題の一つである地球温暖化の原因とされるCO2の増大を緩和する森としても大切な資源である。

地球温暖化予測と対策の現状

 地球温暖化はCO2などの温室効果ガスの大気中濃度が上昇することにより起こる。IPCC第四次評価報告書第一作業部会報告書(2007)によると、CO2の世界的な大気中濃度は、工業化以前(1750年)の約280ppmから2005年には379ppmに増加した。これは過去65万年間の自然変動範囲180〜300ppmをはるかに上回っている。また、SRES排出シナリオの範囲では、今後20年間に、10年当たり約0.2℃の割合で気温が上昇すると予測されている。さらに、IPCC第四次評価報告書第三作業部会報告書(2007)には、2000年から2030年までの間にエネルギー利用から発生するCO2排出量は、同期間中に45〜110%増加すると予想されている。

 18世紀の産業革命期より、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料が大量に使われるようになり、また、森林などの植生破壊が急速に進行した(藤森2004)。これらによって、地球の大気中の温室効果ガス、特にCO2の濃度が急激に上昇しており、その結果地球温暖化が進行しているとされている。近年の気温上昇、海水温上昇、氷河後退や海面上昇は顕著で、IPCCは、最近の気候システムの温暖化は疑いがないとしている(本間 2008)。地球温暖化が与える影響としては、食料難、伝染病の流行地域の拡大も予測されている。また急激な気温上昇と降水パターンの変化から、生態系にも大きな影響を与えることになる。IPCC第四次評価報告書第二作業部会からの提案(2007)によると、これまで評価された植物及び、動物種の約20〜30%は、全体平均気温の上昇が1.5〜2.5℃を超えた場合、増加する絶滅のリスクに直面する可能性が高いとされている。これは、温暖化が進むと、高緯度や標高の高い地域への移動を強いられるため、移動速度の遅い動植物は、生息範囲を広げることが難しくなるためである。日本に生育する樹木も、気温の変化のスピードについていけず枯れたり、生息できなくなると予測されている(荘村2000)。また、森林にすみかや餌を依存している動物種が絶滅したり、その種と共存関係にある他の種の絶滅をも招く恐れがある。

 そこで地球温暖化に歯止めをかけるため、1997年12月、日本で気候変動枠組条約第三回締約国会議(COP3)が開催され、京都議定書が採択された。京都議定書では、締約国に対して2008年〜2012年の温室効果ガスを、1990年を基準年として、EUは8%、日本は6%削減することなどが義務付けられた。

 しかし、2004年度時点における日本の温室効果ガスの総排出量は、前年度比で0.2%減少しているものの、基準年と比較すると7.4%も上回ってしまっている。このような中、2009年9月、日本の鳩山由紀夫首相は、国連総会の一環である気候変動首脳会合で、中期目標として温室効果ガスを1990年比で2020年までに25%削減することを目指すことを表明した。

 現在、CO2削減対策としては、省エネルギー利用や、化石燃料に変わる代替エネルギーの利用、開発などが進められている。様々な対策が考えられているが特に効果的な方法は、森林生態系によるCO2吸収である。日本でも、CO2削減目標を達成するため、森林のCO2固定機能が大きく期待されている。1997年採択された京都議定書において、森林などの陸上生態系による一定条件内のCO2吸収量を排出削減量から差し引くことができるように定められ、2001年のCOP7において、日本は管理された森林による吸収上限枠が3.9%まで認められた(藤森2004)。しかし、森林によるCO2吸収量を測定する研究には困難が多く、それほど進展していない。なぜなら、森林生態系ごとにCO2収支および収支に対する生物的、物理化学的環境条件の諸影響が異なるため、信頼度の高い情報を取りまとめることが難しいからである。森林生態系を、実効性のあるCO2吸収元として位置づけるためには、様々な森林生態系のCO2収支と、それに対する環境要因の影響に関する研究が必要である。

研究目的

 現在ビオトープづくりは、いたるところで行われているが、そのほとんどはきわめて小面積の場所において行われている(杉山1999)。これら小規模のビオトープの育成管理に関する研究は多く存在するが、近年、造成が行われ始めている大規模ビオトープの育成管理に関する研究例は非常に少ない。大規模ビオトープの生態系は、生物多様性の保持機能、CO2吸収機能などが期待されている。こうしたビオトープの生態系機能が低下・破壊しないようにするためには、ビオトープを育て、見守るための具体的な育成管理方法を確立しなくてはならない。これらを実現するためには、まず当該各地における植物種多様性と、物理化学的環境を解明しなくてはならない。また、森林生態系による二酸化炭素の緩和策を考えるには、森林生態系の炭素の固定速度・蓄積量を把握しておかなければならない。

 そこで本研究では、ビオトープの育成管理において、外来植物種を抑制あるいは除去しつつ、在来植物種の増加を促進する方策を検討するために必要な生態学的知見を、環境情報として蓄積することと、ビオトープの森林生態系におけるCO2固定量を明確にすることを目的とした。調査地は、株式会社アドバンテスト群馬R&Dセンタ2号館(群馬県邑楽郡明和町)敷地内に2001年4月に竣工した面積約17,000uの大型ビオトープ、高崎観音山(高崎市石原町)、2010年竣工予定である男井戸川調節池建設予定地(伊勢崎市豊城町)、天沼親水公園(太田市新田上田中町)、妙参寺沼親水公園(太田市新田大根町)とし、これら各調査地において植物相調査を行って、植物種多様性の現状を解明した。さらに、発芽実験により種子発芽の温度依存性を解析することにより、多様性の維持機構に関する考察を行った。また、アドバンテスト・ビオトープにおいては、竣工後8年が経過し、樹木が大きく育ちCO2吸収機能が期待できるようになったため、ビオトープ内の林が年間どのくらいのCO2を吸収しているのかも見積もった。

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