概 要

 生物種の絶滅と生態系の破壊は大きな社会問題である。最新版の日本のレッドリストには、2018種もの維管束植物が記載されている。これに伴って、生物と環境条件の複雑な相互作用で形成されている生態系も、急速に破壊されつつある。また急速に進行している地球温暖化はこれを加速している。こうした自然破壊は、人類の生存に不可欠な自然の恵みである様々な「生態系サービス」を劇的に損い、人類の生存基盤を脅かしている。

 近年、地域の生態系や野生動植物の保全を目的とした自然再生事業の一つであるビオトープの造成例が増えている。ビオトープづくりは、積極的・継続的な育成管理によって行われるもので、生物多様性の保全に新たな方向性をもたらすことが期待されている。また地球温暖化防止のため、京都議定書で約束した温室効果ガス、特にCO2の削減は急務である。このため日本では、森林のCO2吸収源としての役割が大きく期待されている。

 そこで本研究では、ビオトープの育成管理において、外来植物種を抑制あるいは除去しつつ、在来植物種の増加を促進する方策を検討するために必要な生態学的知見を、環境情報として蓄積することと、ビオトープ内の林地の生態系サービスのうちCO固定機能を定量化することを目的とし、8年前に竣工したアドバンテスト・ビオトープ、現在造成中の男井戸川遊水池内ビオトープ、これから造成するチノー藤岡事業所内ビオトープに植物・土壌を移植する高崎観音山雑木林などで現地調査を行った。

 アドバンテスト・ビオトープでの植物相調査により、在来種86種、外来種33種の計119種の生育と開花が確認された。これにより、生育種数は継続的に動的平衡状態にあるものと考えられる。また、今年度の調査で5種の在来種(オオバヤナギ、ナキリスゲ、ヤブミョウガ、カモノハシ、ネムノキ)の生育が新たに確認され、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤといった湿地性絶滅危惧種や、イヌトウバナ、ユウガギクといった里山植物の継続的生育も確認された。これは外来種駆除を継続的に行った、育成管理の成果といえる。すなわち本ビオトープでは本来の目的通り、着実に関東の自然生態系が復元されつつあるといえる。

 発芽の温度依存性解析により、本ビオトープに生育する在来植物のうちフジバカマ、メリケンカルカヤ、メハジキは土壌シードバンクを形成することで個体群を維持し、アメリカセンダングサとチカラシバは発芽時期をあえて選択せず、土壌水分が十分にあれば速やかに発芽する種であると推察された。

 また毎木調査とリター生産・分解速度の計測により、本ビオトープ内の林地のCO2固定機能を定量化した。その結果、現在蓄積されている炭素量は49.0tonCで、年間炭素固定速度は7.0tonC/yearと、自然林の1/3〜1/2の機能を有していることが明らかになった。すなわち本ビオトープは、地球温暖化の防止機能という生態系サービス機能を有していると考えられる。

 高崎観音山での植物相調査によって、在来種40種、外来種1種の計41種の生育が確認され、ほとんどが山野性植物などであった。文献調査からも、この十数年程度以内に多くの在来種(100種)が生育していたことが明らかになった。以上の結果から、観音山からの植物・土壌の移植によって、チノー・ビオトープにおいて豊かな地域生態系を復元できる可能性が非常に高いと考えられる。

 男井戸川調節池での植物相調査では、在来種24種、外来種4種の計28種が確認され、主として水田・湿地性のものであり外来種の出現は少数であった。今後の遊水池整備後の管理に際しては、外来植物、特に強雑草であるキシュウスズメノヒエの駆除と継続的モニタリングを行う必要がある。

 生物相が変化し、生物多様性がすでに失われた自然を復元することは容易なことではない。しかし本研究により、ビオトープという自然再生事業は、生物多様性だけでなく、生態系サービス機能も再生することができる可能性が高いことが明らかになった。すなわち、「絶滅危惧種などの生物多様性の保全」と、「気温の緩和や炭素固定などの環境安定化機能」の再生である。これらを実現するためには、地域特有の自然や立地環境の復元を目指した育成管理が必要不可欠である。また、林地のCO固定機能をより拡大するためには、植林などによって林地面積を拡大していくことが効果的であると考えられる。

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