緒言

 地球環境問題とは、人間活動により地球規模の環境に変化が起き、生態系や人間活動にさまざまな影響を生じる問題である。主な地球環境問題として、地球温暖化、オゾン層破壊、大気汚染(酸性雨)、海洋汚染などがある。その中でも、最も多くの人たちが加担し、最も多くの人たちが影響を受けるグローバルなものは地球温暖化問題である(藤森 2004)。地球温暖化は、CO2などの温室効果ガスの大気中濃度が上昇することにより起こる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC:International Panel on Climate Change)の第一作業部会による第三次報告書(2001)によると、21世紀までに大気中のCO2濃度は、540ppm〜970ppmに上昇し、地球全体の平均気温は、1.4℃〜5.8℃上昇すると予測されている。1861年以降約150年間の気温上昇が0.6±0.2℃であったのと比較すると、大幅な上昇が予測されているといえる(小林 2004)。これらのことから、温暖化防止策の中心はCO2排出量の削減にあることは明白である。

 そこで地球温暖化に歯止めをかけるため、1997年12月に第3回気候変動枠組み条約締約国会議(COP3)が開催され、京都議定書が採択された。京都議定書では、全世界のCO2排出量を1990年を基準年として、EU全体は8%、カナダは6%削減することを目標とし、各国への排出削減量が割り当てられた(藤森 2004)。その京都議定書がいよいよ2005年2月16日に発効し、日本は、1990年の排出量から6%削減することを義務づけられた(小林 2004)。

 世界の森林は、年間7〜8億(C)トン程度のCO2を吸収していると推定されている。その根拠となっているのは、2000年に発表された「IPCC吸収源特別報告書」で示された年間CO2収支である。陸上生態系によるCO2純吸収量が、森林のCO2吸収量にほぼ相当していると考えられている。また、陸上生態系の炭素の貯蔵量は、大気中の炭素貯蔵量の約3倍であり、陸上生態系の炭素貯蔵量のうち約6割は森林生態系によって占められている(藤森 2004)。これらを受け京都議定書においても、各国の有する森林などの陸上生態系によるCO2吸収量をCO2排出削減目標量から差し引くことができることになっており、日本は森林による吸収量を3.9%まで認められた。

 しかし、この京都議定書にはさまざまな問題点がある。森林によるCO2吸収量の測定データは、まだ十分とはいえない。また、京都議定書でいう「森林」には、森林下の土壌も含まれている(木村 2004)。土壌中には、土壌微生物が数多く生息しており、リター(落葉落枝)などの有機物を分解し、CO2を放出している。リター分解によって放出されるCO2は、森林のCO2吸収量に影響を及ぼすと考えられる。

 リターバッグ法によるリター分解速度の測定は、リターの含水率の推定方法が確立されていないため、サンプリングによって破壊的に行わざるを得ず、厳密な意味での連続測定ができない。

 土壌からのCO2放出速度の測定は、密閉式、通気式のチャンバー法が主流であるが、どちらも高額で手間がかかり、汎用化されていないし、多点測定で空間的不均一性を解析するには至っていない。

 以上のように、実効的にも政策的にも、CO2吸収源として注目されている森林生態系であるが、残念ながらそこでのCO2収支に関する研究は、CO2吸収源としての実用化からはほど遠い。最大の問題点は、森林生態系ごとにCO2収支および収支に対する生物的、物理化学的環境条件の諸影響が異なるため、統一的に整理できるほどデータがそろっていないことである。またCO2収支の測定手法もまだ未確立で、さまざまな問題点が指摘されている。

 そこで本研究では、町田(2005)の後を受けて、日本の代表的森林生態系であるアカマツ・コナラ・クヌギ混交林(群馬県前橋市群馬大学構内)において、リターバッグ法の改良と汎用CO2放出速度測定システムによる多点測定を行う。これらによって、平地混交林におけるリター分解速度と土壌からのCO2放出速度の定量化、およびこれらと環境条件(地温、土壌含水率)の関係を解析する。

リター生産はリタートラップ法により、リター分解はリターバック法により測定する。リター分解の測定精度を高めるため、リターバック法にはダミーバック法を用いた。さらに、携帯型CO2センサーを用いた密閉型土壌呼吸チャンバーを用いて、直接林床からのCO2放出速度を測定し、その結果をリター分解速度の測定結果と比較検討する。同時に、地温、土壌含水率の測定を行い、リター分解との関係を解析する。

 本研究は、玉原高原ブナ林における河原の研究との共同研究である。したがって、本研究で得られた結果を町田(2005)および河原の結果と比較することによって、異なる森林生態系、異なる年次におけるリター分解速度と土壌からのCO2放出速度の定量化と諸環境条件との関係をより明確に解明することをめざす。またこれらの結果を基にして、今後の京都議定書をはじめとする国際的なCO2削減対策の中における森林生態系、特に人の管理下にある平地森林生態系の位置づけについて考察する。

       

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