結果および考察

赤城山覚満淵

 植物相  

 すべての調査結果をまとめると、合計で15科30種の植物の生育が確認された(表 1)。このうち17種は高山性湿地に特有な植物であり、ゴマナやヤマドリゼンマイなどが代表的種である。またイタドリとノハラアザミは広範な標高でみられる普通種である。さらには、ムラサキサギゴケやヘビイチゴなど、高山地には本来生育しないはずの植物がみられた。これは人間が平地から持ち込んだものと考えられ、国内外来植物であるといえる。こうした本来この土地に生息していなかった植物の侵入は、高山植物など在来の植物の生存を脅かすのではないかと懸念されている(上赤 2001)。またオオイタドリの生育が確認されたことから、覚満淵が雪の多い日本海的な気候要素を持つことが示唆される。

減少が心配されているニッコウキスゲは、11カ所で生育(今回は開花で確認)が確認されたが、個体数は最大でも1カ所あたり18個体で(図 1)、群生とはいえない。高山湿原の象徴的植物の一つであるハナショウブは、14カ所で生育(今回は開花で確認)が確認されたが、個体数は最大でも1カ所あたり12個体で(図 2)、やはり群生とはいえない状況であった。これらは、以前は覚満淵内で多くの生育が確認されていたが、本調査では群落をなしているといえるほどの個体数を確認することはできなかった。かつて大きな個体群をなしていたものが、何らかの原因で急に衰退して小さな個体群となった場合は、絶滅の危険性が大きい(鷲谷 1999)。したがって、早急な種レベルの保全が必要といえる。

 2005年10月13日の調査では、ネバリノギランで動物の食害と想われる個体の消失がみられた。食害者はシカであるかもしれない。栃木県奥日光でもシカによる高山植物の食害が深刻化しており、シカに対する防護柵の設置や、林の更新・再生のための調査・研究が行われている。(渓畔林事業調査会 2001)

 かつて、覚満淵はニッコウキスゲが一面に咲き誇っていたと聞く。群馬県ではニッコウキスゲの著しい減少の一因は、上記のネバリノギラン同様、シカの食害ではないかと考えているようである(後述)。しかし、木道をワイド木道化した2001年以降に、著しい減少が見られることから、木道整備によって観光客のニッコウキスゲへのアクセスがより容易になり、踏みつけられたり切り取られたりする頻度が増加した可能性も否定できないと考えられる。

 

発芽実験 

イタドリ (タデ科 多年草 学名:Reynoutria japonica )

イタドリは地下に伸びる太い地下茎を持ち、住宅地や山野の道端など日当たりのよい、いたるところに生えるが、特に裸地化した場所に多い(永田 1991)。今回の実験においては、全ての温度区で発芽し(図4)、22/10℃の温度区で最も高い発芽率(18.7%)となった。このような温度依存性を有する植物の種子は、野外では土壌中に十分な水分があれば発芽するものと推察される。また、シードバンクを形成する可能性は低いと考えられる。

 

トネアザミ(キク科、多年生草本、学名:Cirsium nipponicum var. incomptum

本種は低地の林、山野に生息する多年草であり、山野のいたる所に生息する(永田)。高温区(30/15℃、25/13℃)での発芽率が高く、30/15℃で最高の発芽率(56.0%)となった(図 5)。この値は同時に覚満淵から採取した植物種子の中では、最も高い発芽率であった(表 9)。逆に、低温区での発芽率は非常に低かった。このような温度依存性をもつ植物の種子は、野外では春から夏にかけての高温条件下で、土壌中に十分な水分がある時期に多数発芽するものと推察される。

 

ヌマガヤ(イネ科、多年生草本、学名:Moliniopsis japonica

本種は、本州から沖縄まで生息し、山地帯から高山帯の路傍、湿地に見られる多年草である(豊国 1988)。今回の実験においては、すべての温度区においてほとんど発芽がみられなかった(図 6)。本種は冬期を経験させる冷湿処理を行うことで、発芽するようになるのではないかと推察される。いずれにしても本種の発芽には比較的多くの環境条件が整うことが必要であると推察され、土壌シードバンクの形成の可能性が示唆される。また、結実直後の発芽率が低いことは、仮に親植物個体群が何らかの原因で壊滅した場合には、その再生が極めて難しいことを示唆している。

 

マルバタケブキ(キク科、多年生草本、学名:Ligularia dentata

本種は山地の草原から深山にかけてのやや湿り気のある場所に生息する多年草である(永田 1991)。全ての温度区で最終発芽率は5%未満と、非常に低かった(図 7)。本種は冬期を経験させる冷湿処理を行うことで、発芽するようになるのではないかと推察される。いずれにしても本種の発芽には比較的多くの環境条件が整うことが必要であると推察され、土壌シードバンクの形成の可能性が示唆される。また、結実直後の発芽率が低いことは、仮に親植物個体群が何らかの原因で壊滅した場合には、その再生が極めて難しいことを示唆している。

 

 以上のように、イタドリやトネアザミのような比較的広い範囲で生育する植物は、結実直後でも比較的多くの種子が発芽することが確認された。一方、湿生地を好む高山植物であるヌマガヤやマルバタケブキの発芽は結実直後にはほとんど見られなかった(表 2)。これらの湿生植物は、冬期を経験した後に発芽するか、あるいは土壌シードバンクを永続的に形成する可能性があり、今後は冷湿処理を施した後に発芽実験を行い、検証を進める必要がある。

 

インタビュー調査

質問に対して、以下のような話がなされた。

1 管理主体:土地所有者である群馬県が管理を行う直営方式をとっている。環境・森林局自然環境課の中の自然公園・景観グループが直接的な管理に当たっている。

2 管理方法:地元の方が県立公園管理員として定期的に覚満淵を見回っている。県の非常勤職員にあたり報酬が支払われている。この管理員が破損などの報告を自然環境課に報告し、課が対策を行うという形で管理されている。管理員は10年以上この職にあり、土地柄をよく理解していると思われる。

3 管理指針:「観光と自然のバランス」を重視している。利用者の利便性も十分に考慮しており、自然保護を最優先しているわけではない。また、管理にあたりこれまで行政アドバイザーやパブリックコメントを求めたことはない。今のところその予定もないが、必要性は感じる。

また、県立公園は都市公園的な管理下にあるが、自然の景観を大事にするという意味で、目的的には自然公園としての扱いにある。

4現状把握: 覚満淵の利用者数は把握しておらず、把握するシステム自体が設けられていない。

 現在覚満淵ではヒメジョオンやオオバコなどの外来種の繁殖がめだっていることに対しては、いままで問題意識をもったことはなかった。公園管理担当として、覚満淵の植物のリストアップ等は行っていないが、動植物担当のグループが行っているかもしれない。

 ニッコウキスゲの急激な減少に関しては、認識したのは最近であり現状は把握しておらず、対策も先は見えていない。原因は「シカによる食害」と考えているが、確証はつかんでいない。

5 木道設置について:木道は、観光目的の利用者の利便性のためであり、また木道を設置することで、不用意に湿原内に侵入することを避けるためのものと位置づけている。木道設置はその他の広い範囲での湿原保護につながり、木道下の植物が多少なりとも被害を受けることは仕方ないと考えている。

今回の調査で、昔設置された二本木道の下では隙間に植物が生育していたが、現在設置されているワイド木道下では植物は全く確認されなかった。この点に関しては、覚満淵は大きな面であり、そこにワイド木道という少し太めの線をひいても大きな影響はないと考えている。ワイド木道設置自体に関しても、車椅子での利用ができるようバリアフリーをめざして二本木道からの付け替えを行い、また現在も工事を進行中であるが、実際に福祉的利用がなされているか、県が確認したことはない。ワイド木道設置は福祉団体からの要求による。他の県民が植物保護を求めた場合でも、県はユニバーサルデザインを促進しているので、優先されるのは福祉である。

以上のインタビュー調査結果より、覚満淵の管理、特にワイド木道に関しては以下のような問題点があると考えられる。

木道は景観観光を目的としているので、陸域と水域を同時に楽しめるように設置されている。このため水辺域という非常に生物多様性の高い地域が犠牲となっている。被害を受ける面積はどこに木道という線を設けても同じであるが、エコトーンの密度が高い水辺域に設置されることにより、被害を受ける生物種数は多くなる。県が景観観光を優先しているのに対して、現地を訪れた観光客からは「高山植物を観にきているのに年々減少している」という話も聞かれた。景観を重視する行政側と、植物などの野生生物を目的としている観光客側、この双方の観点の違いは大きい。

また、福祉と自然保護という、一見相容れないとは思えない二つの行為が、覚満淵の管理主体である県の中では対立概念化している。その一因は、県民による要求と利用実態とのバランスを考慮するという観点がないために、一部の県民の意見にのみに従うことで県民の意見を取り入れた結果となっていることにある。県民からのパブリックコメントの募集など、広く利用者の声を集約するためのシステムも用意していない。

さらには現地の学術的モニタリング調査を行っておらず、覚満淵でも外来種の侵入が始まっていることも把握していない。したがって、現状把握や学術的なデータに基づいた施策決定という行程もとっていない。

県は、観光と自然保護のバランスをとることを念頭において管理しているが、そこに持続的利用という観点はない。4年前の新岡の研究(2002)において、湿原環境に多大な負の影響をあたえると指摘されたワイド木道の敷設は、環境影響評価も行わないままに本年度も続行が決定されており、路線変更も考えていない。

以上のように、県の覚満淵管理方法の最大の特徴は、覚満淵の現状を把握していない点、何より把握しようとする積極的意志がない点にある。観光利用と自然保護の両輪に重点をおいているとのことだが、実際にはより取り組みやすい観光利用に傾倒して力を注いでいるといえる。

今後覚満淵を観光資源として持続的に利用するためには、県も環境保全に積極的に取り組むことが重要であると考えられる。そのためにはまず早急に学術的自然環境調査を行って現状を把握し、これに基づいて管理方針、管理方法を明確にし、長期的視野に立った対応を行う必要がある。またこれらのプロセスに必ず専門家の意見を積極的に取り入れ、現状報告と今後の対応方針・方法などを公にしていくことが望ましいと考えられる。


   
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