緒言
日本の河川は、国土面積が狭いことと急峻な山が多いことから、世界的に見て急流が多い。このため日本では、古来より利水・治水目的で、多くの河川改修が行われてきた。
利根川水系でも江戸時代初期から、“利根川東遷”と称さる、人工的で大規模な流路変更の工事が約60年にわたって行われた。利根川はもともと江戸の街を通り、東京湾に流れていたが、河川が氾濫しやすかった江戸の街を洪水から守るため、現在の群馬県伊勢崎市近辺で東に迂回させて、関東平野の東部をまわって現在の千葉県銚子市で太平洋に出るように改修工事が行われた(澤口2000)。
高度経済成長期からは、さらに大規模な河川改修工事であるダム建設が全国的に行われている。しかし、ダムのもたらす影響は、自然環境から人間生活まで多岐にわたり、かつ大規模である。ダム建設地では動植物が生息の場を失い、景観が損なわれ、下流では水辺の動植物が失われ、水質が悪化することが示されている。戸叶(2001)により、30年前に竣工した群馬県下久保ダムと、現在建設中の八ツ場ダムの比較研究によって、ダムの工事が入ったところは撹乱地を好む外来植物が侵入し、ダム湖の水は植物プランクトンの増殖のために異様な色に変わり、歴史のある民俗や文化が水没するといった、ダムによる広汎かつ大規模な諸影響評価が行われている。しかし、今日までダムによって失われる自然環境を無価値なものとし、ダムから得られる利益のみを謳い、全国に利水・治水そして発電を目的にした多目的ダムが多数建設されてきた(天野 2001)。群馬県内にも、都市用水、工業用水の開発や治水を目的としたダムが多数あり、小さいものを合わせると県内に53箇所のダムが稼動中であり、さらに八ツ場ダムなど4箇所が建設中である。利根川水系では、草木ダムなど8箇所の多目的ダムが稼動中である(利根川ダム資料館)。
渡良瀬川は利根川の第一支流であるが、その中上流域は足尾銅山の開発と草木ダムの建設による人間活動によって、古来より自然環境と人間生活は多大な影響を受け続けてきた。
渡良瀬川上流域に位置する足尾鉱山は古い歴史を持っており、江戸時代初期から銅山の開発が進められた。低迷が続き江戸時代末期には一度廃鉱同然となったが、明治時代に銅の大銅脈が相次いで発見され、目覚ましい近代化により急激に開発が進み、1884年には日本一の鉱山の地位を確立した。しかし、この急激な足尾銅山の隆盛は、同時に大規模な鉱毒被害を周辺地域にもたらした。開発に必要な製錬用薪炭材や坑木用材が乱伐され、さらに、製錬に伴う亜硫酸ガスが鉱山周辺の山林が枯死した。草木が枯死し、土が表面に出てくると、煙害による非常に強い毒素を含んだ土が雨によって渡良瀬川流域に流出し、広大な農地が汚染された。これがいわゆる日本の公害の原点と称されている、明治時代中期から後期にかけて一大社会問題化した足尾鉱毒事件である。このため、足尾の山地の大半は、いまだ禿山状態である(足尾に緑を育てる会 2001)。
1897年から山地を復旧するための訓令が出され治山事業が開始されたが、足尾山地の荒廃は激しく、皆伐され山火事で焼かれ、さらに80年もの間亜硫酸ガスに浸された山肌は強酸性で、保水力の無い細かい岩で覆われており土壌と養分が乏しく、植物の育つ条件は劣悪である。このため、1958年からは、ハリエンジュやクロマツなど成長しやすい植物が植林に使用された(足尾に緑を育てる会 2001)。中でも多量に植林されたハリエンジュは、マメ科の植物で根に窒素固定バクテリアが共生しているため、貧栄養土壌でも良く育つので、足尾の山林の再生において大きな期待をされていた。一方これに呼応するように、渡良瀬川流域の河川敷の広い範囲にハリエンジュが生育し始め、従来の植生が衰退している。
ハリエンジュは、北アメリカ原産で1875年頃に日本に持ち込まれたが、このように国内の本来の生態系に大きな影響を与えている外国の生物は、国外侵略的外来種と呼ばれている。またハリエンジュに共生する窒素固定菌の影響で、本来は貧栄養状態である河川敷において、ダムによる洪水・増水頻度の低下と相まって、土壌窒素含量が増加して富栄養化されている可能性が想定される。日本の河川敷に生育する在来植物は、貧栄養状態の立地を生育地とする植物が多いので、土壌の富栄養化によって生育を脅かされる可能性があると考えられる(星野・清水2005)。
渡良瀬川中流域に建設された草木ダムは、重力式コンクリートダムで、洪水調節、水道用水および、工業・農業用水の確保、発電を目的として、1965(昭和40)年に着工、1976(昭和51)年に竣工した。ダムの竣工に伴い、広大な河川植生がダム湖(草木湖)に沈み消失し、ダム建設のための工事車両の出入りや観光を目的として、ダム湖周辺の山が切り開かれて道路が敷設された。ダム竣工後は、ダム下流で渡良瀬川の流量や洪水・増水頻度が減少している。この洪水・増水頻度の低下によって、ダムより下流の河川植生の変化や水質の悪化が懸念され、外来植物の繁茂を助長している可能性がある(星野・清水2005)。
本研究では、上記のように鉱山とダム建設による物理化学的な影響を長年にわたって受け続けてきたと考えられる渡良瀬川中上流域を研究対象として、人間活動が河川植生に与える諸影響とそのメカニズムを解明することを目的とした。このため、渡良瀬川上流の足尾町、中流の草木湖周辺、および桐生市の3地域の渡良瀬川河川敷において、植物相調査、土壌窒素濃度分析を行った。この3地域での結果を比較することで、渡良瀬川中上流域において、鉱山開発とダム建設という人間活動が河川植生に与える諸影響とそのメカニズムを解析した。また、当研究対象地域で広く繁茂している外来植物ハリエンジュの種子発芽実験を行って、ハリエンジュが渡良瀬川上中流域で繁茂した生態学的原因を解析した。