概  要

 日本の河川は、国土面積が狭いことと急峻な山が多いことから急流が多い。このため、古来より利水・治水目的でダム建設などの河川改修が行われており、現地の環境や人間生活は、多大な影響を受けてきた。利根川の第一支流である渡良瀬川においても同様である。本研究では、銅山開発とダム建設による物理化学的な影響を長年にわたって受け続けてきたと考えられる渡良瀬川中上流域(上流の足尾町、中流の草木ダム周辺、および桐生市の河川敷)を研究対象とし、人間活動が河川植生に与える諸影響とそのメカニズムを解明することを目的とした。また、足尾町の山に植林され、渡良瀬川中上流域で繁茂している外来植物ハリエンジュの生態学的特性を解析した。

 植物相調査を行った結果、3地域いずれにおいても、ハリエンジュの生育が確認され、上流の足尾町の山に植林されたハリエンジュが中流の河川敷まで広範囲に拡大侵入していることが確認された。足尾町では、フサザクラ、ヤマヤナギ、ネコヤナギなど主として山地の渓流地に生育する種が多数確認され、自然状態に近い形に維持されていることが示唆された。草木ダム周辺でも、それらの種が確認され、部分的ではあるが自然状態に近い形が維持されていることが示唆された。また草木ダム周辺では、ツル植物が多く確認され、一般に林縁のような光環境が比較的良い立地では、ツル植物種の多い群落(マント群落)が成立することから、道路が切り開かれたことによって光条件が改善されたことが影響したものと推察された。桐生市では、外来種の比率が21%と高く、特に人為的撹乱を受けた河川で多く見られる外来種の繁茂がみられ、中流の河川植生がより強い人為的破壊を受けていることが明らかとなった。ダム竣工後の洪水・増水頻度の低下が、外来植物の繁茂を助長している可能性も考えられる。一方で、頻繁に河川の冠水に見舞われる地点では、ヨシ・オギ・ススキといった草丈の高い在来のイネ科草本種の生育が確認された。この地点ではハリエンジュの生育は見られず、それらの植物に被圧されているのではないかと推察された。逆にハリエンジュが樹林化している地点では、林床に生育する植物種数は少なかった。

 ハリエンジュの種子の発芽実験を行ったところ、どの温度条件でも時間をかければ高い最終発芽率(最大97%)となった。また、種皮に傷がついて不透水性が解除され、さらに発芽阻害物質が洗い流されると高い発芽率を獲得することが明らかとなった。この発芽条件を満たすには、野外では相応の時間がかかるため、その間に川に流され遠くに運ばれ、広範囲で繁茂すると推察された。

 各地域の土壌窒素濃度分析を行ったところ、ハリエンジュやクズなどマメ科植物の多い地点で、土壌窒素濃度、特に硝酸態窒素濃度が高くなった。また、本来の山地渓流植生がある程度存続しており、リター(植物遺体)が豊富に蓄積している地点では、土壌窒素濃度が比較的高くなった。逆に植物の生育密度が低い未熟土でマメ科植物も少ない地点では、土壌窒素濃度は低い値になった。土壌窒素濃度が高くなると、貧栄養に適応しており競争に弱い種である在来植物種は減少し、栄養要求性が高く競争に強い在来・外来の植物種のみが優占するようになることが懸念される。

 下流の自然環境の保全・再生のためには、ダムの水を適度に放水し河川敷がある程度の頻度で自然攪乱を受けることが必要であると考えられる。


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