はじめに


 外来種(alien species)とは、過去あるいは現在の自然分布域外に導入された亜種あるいはそれ以下の分類群を指し、生存し繁殖することができるあらゆる器官、配偶子、種子、卵、無性的繁殖子を含むものをいう。その中でも、起源が国外で、現在日本に存在している特に生態系への影響が大きいものを国外侵略的外来種と呼び(村上・鷲谷 2002)、本稿では国外侵略的外来種である植物のことを外来植物と言い換えて以降述べていくことにする。
 外来植物の侵入が次第に増加するようになったのは、明治維新の開国以降といわれている。それというのも、日本が諸外国との交流を持つようになり、盛んに交易が行われたためだ。開国以前にも侵入して野生化したものが確認されていたが、江戸時代の徳川幕府下にて鎖国が行われていたのでその植物数は極めてわずかなものだった(浅井 1993)。また、例として安土・桃山時代以降に侵入・渡来した植物を“帰化植物”として定義してある文献もあるが、現在では“帰化”という言葉を使用する都合上問題が出てくるため“外来植物”として定義するのが一般的になってきた。
 そもそも外来植物は海外から日本に何らかの方法で侵入してきたわけであるが、その侵入方法は村上・鷲谷(2003)によると意図的導入と非意図的導入の2タイプに分けられるという。前者は、人為的に自然分布域外に意図的に移動および放逐するタイプであり、例として観賞や植林、家畜の餌として導入することがあげられる(川道ほか 2001)。後者は、人為的ではあるが意図的でないもの例えば輸入された穀物類や苗に混入しているものや、飛行機や船、汽車、コンテナ等の輸送手段に忍び込んで侵入するというタイプである。このような侵入方法の中からいずれかの方法で明治時代に侵入してきた数は約100種類程度にすぎなかったが(浅井 1993)、近年では1500種類を超える(環境省野生生物保護対策検討会移入種問題分科会 2002)という状態になってしまった。ここまで外来植物の数が大幅に増加してしまった原因として、日本が島国であり、地史的に隔離期間が長く独自の進化を遂げていたので、食物連鎖が単純で競争相手が少なかったために在来植物が生きていく上での外来植物に対する戦略が進化していなかったためであったり、工業化・都市化等による土地の人為的攪乱が進んでいる場所が多いので定着(外来植物が新しい生息地で、継続的に生存可能な子孫を作ることに成功する過程のこと 村上・鷲谷2002)してしまうためであることがあげられるが、最大の原因というのは外来植物の生態的特性にあると考えられる。なぜなら外来植物は、乾燥した痩せ地でも生育が可能・繁殖力や生活力が強く種子を多数作る・栄養繁殖力が旺盛である・分布力や適応性が大きい・日当たりのよい陽地を好む
・一、二年草が多いといった性質を持っているからである(川道ほか 2001)。これらの要因により、在来植物の生息が困難となり今後絶滅に追いやられる可能性があり、従来の生物多様性を脅かす恐れもある。つまり、外来植物の侵入は一方的に在来植物が犠牲になるような生物間相互作用をもたらしやすい(村上・鷲谷 2002)。
 今日では、国際的にこのような外来植物に対して多くの研究がなされており様々な対策も行なわれている。日本においては、ラン科・サボテン科・ガランサス属等の輸入規制や侵入経路別の防止対策等が行なわれており(清野 2002)、2004年6月には「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(略称「外来生物法」)を公布した。この法律では、生物多様性を確保するために、生態系等に係る被害を及ぼすあるいは及ぼす可能性がある外来生物を特定外来生物として指定し、その輸入を制限し取り扱いを規制するとともに、防除等の措置を講ずることを定めている(村中ほか 2004)。外来植物が定着した際に取り得る方策として、再び導入することなしには個体群が回復することがないように、個体と種子を除去するという「根絶」や、個体群が存続してもその悪影響が問題とはならない程度にとどめておく「抑制」等があるが、これらの対策による駆除・管理には長期的な取り組みが必要になる(村上・鷲谷 2002)。
 以上のことから、今後も外来植物が侵入してくる可能性がないとは言えず、侵入してきた植物および既に定着してしまっている外来植物を駆除する際には、各々の種の生物的特性を知っていなければならない。宮脇(1994)によると、外来植物は日本においてキク科が最も多く次にイネ科、マメ科、アブラナ科となっており、これら4科で全外来植物種の50%以上を占めていることが明らかになっている。そのため、これら4科に属する外来植物について重点的に研究を行っている必要があると言える。
 そこで本研究では、上記4科それぞれに属する外来植物について研究していくのは多くの時間を要するため対象をアブラナ科、マメ科の2科にしぼり、その中から近年繁茂が問題視されているハナダイコンとハリエンジュの2種をモデルとして取り上げ、生態的特性を解析していくこととした。
 ハナダイコン(Orychophragmus violaceus O.E.Schulz)はアブラナ科の冬期一年草で、別名でショカツサイ・オオアラセイトウとも言う。中国原産で江戸時代に導入され日本各地で逸出・野生化している(清水 2001)。また、導入されてからよく目につくようになったのは戦後のことで、これは1939年に南京紫金山から持ち込まれた種子を増やして頒布されたためである(長田 1992)。現在、さらに人為的に道端等に播種されるようになったため、今後一層分布域を拡大させていく恐れがある。
 以下に今日までのハナダイコンに関する先行研究で示唆されていることを列挙する。
1 高温環境下で発芽率が高く、低温環境下では発芽率が低い(津村 2002)
2 インターネット調査の結果、日本では北部地域より南部地域に分布が多い(津村 2002)
3 生存・生長における限界光強度は、相対光量子密度で9%程度(中嶋 2003)
4 比較的広い光強度下で生息可能だが、林床など暗い立地に侵入する可能性は低い(中嶋 2003)
5 より明るい光環境下の方がよく生育し、多くの大きな種子を生産する(今枝 2004)
6 発芽後の個体の生存率は相対光強度10%程度の環境下で最も高い(今枝 2004)
7 発芽速度は相対光密度100%地点の種子の方が10%地点の種子よりも早く、最終発芽率は相対光密度10%地点のほうが高い(今枝 2004)
 以上のような結果により今回必要とされる研究は、ハナダイコンの生育する光環境に応じて種子発芽特性が異なる可能性についてのさらなる検証と、毎年刈り取りを行なっても再び芽を出し繁茂することから、シードバンクを持つ可能性についての検証を行なう必要がある。そのため、群馬大学荒牧キャンパス構内に生育している地点における光強度の測定、このうちの数地点における個体・個体種子の計量と温度勾配恒温器による発芽実験、人工的に光条件を変えた人工被陰実験を行なった。
 ハリエンジュ(Robinia pseudoacacia L.)は別名ニセアカシアともいい、マメ科の落葉高木である。北アメリカ原産で明治時代初期に砂防用として導入され、現在では斜面緑化にも利用されている。原産国の荒れ地・氾濫原・乾燥地などで進化したため、一般の植物の生育に適さない厳しい環境条件に適応し、繁茂する(村上・鷲谷 2002)。また、ハリエンジュは幹の萌芽力が強く、河川において台風による出水で木が倒れたがそこから再生して生長し、しかもその萌芽が1年で1〜3倍程度生長していることがわかった例がある。ゆえに、仮に洪水が起こったとしても翌年には急激な萌芽により本数が増加し、洪水から2年経た後には自然淘汰され本数は減少するものの、萌芽の急激な生長により樹林化が促進されることが明らかになっている(清水ほか 1999)。そのことにより、ハリエンジュの下に生育する植物は十分な光を得ることができないので、生長に多大な影響を及ぼす恐れがある。
 以上のことからさらに必要とされる研究は、河川にてどの程度生育が見られるのかについての調査、種子発芽における最適温度の検証、何年でどのくらい生長するのかについての検証を行なう必要がある。そこで、河川での分布調査においては、群馬大学工学部の清水義彦助教授より渡良瀬川にて多数分布しているという情報を得たので、渡良瀬川上流(栃木県足尾町)から下流(栃木県佐野市)にかけて調査を実施した。また、その際に伐採してきたハリエンジュを利用した年輪解析、温度勾配恒温器による発芽実験、群馬大学荒牧キャンパス構内に生育しているハリエンジュの樹高測定を行った。
 これらにより、なぜ両種の繁茂が見られるのか、また両種の下に生育する植物がどのような影響を受けるのかについても光環境の面から検討していくことにした。


 
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