緒 言


人間の生産と消費活動が盛んになるにつれて、地球規模の環境問題が急激に深刻化してきた。中でも、「温室効果ガス」による地球温暖化は21世紀以降の最も深刻な問題の1つである。18世紀の産業革命期より、化石燃料(石油、石炭、天然ガス)が大量に使われるようになり、また森林などの植生破壊が、急速に進行した(藤森 2000)。これらによって、地球の大気中の温室効果ガス、特にCOの濃度が急激に上昇しており、その結果、地球温暖化が進行しているとされている。

 

<温暖化のメカニズム>

地球の熱の主たる源は太陽放射であり、その大部分は人の肉眼で感知できる可視光線という比較的波長の短いエネルギー波である。これによって暖められた地表から、赤外線という比較的波長の長いエネルギー波が発生する。本来、その大部分は大気圏を通り抜けて宇宙空間へ逃げていくので、太陽から与えられる熱量と、地表から宇宙へ逃げていく熱量のバランスが地球の気温を決定している。地球温暖化の原因とされる温室効果ガスにはメタン、オゾン、亜酸化窒素、フロンなどがある。これらの温室効果ガスには、赤外線を吸収し、それ自身で暖まってしまう性質がある。このため温室効果ガスが大気中にあると、本来宇宙へ逃げていくべき熱が大気中にとどまり、地球の気温が上昇する。これが地球温暖化のメカニズムである。COの地球温暖化への寄与率は50%以上を占めているので、地球温暖化防止策としては、大気中のCO濃度の増大を抑制することが最も重要ということになる(藤森 2000)。

大気中CO濃度は18世紀中までは280ppm1ppm100万分の1)程度であり、過去16万年間では170300ppmの範囲にあり、300ppmを大きく超えることはなかった。しかし19世紀から、石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料の大量消費に伴って徐々に増加し、1958年には平均315ppm1999年には366ppmと加速度的に増加し、この40年間に約50ppmも増加している(掛本 2003)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第一作業部会による第三次報告書(2001)によると、21世紀中にCO濃度は最大で4901260ppm、地球の平均気温が1.45.8℃上昇すると予測されている。

 

<地球温暖化が生態系と人間に与える影響予測>

@  種の絶滅

植物には移動速度の非常に遅いものが多く、温度の上昇速度に種の分布の移動がついていけなくなる。そして、ある種が絶滅すると、その種と共存関係にある他の種の絶滅を招く。餌を与え花粉を運んでもらう植物と昆虫の関係など、一方が絶滅すると他方も絶滅することになる(藤森 2000)。

A  食料難

温度が上昇して、降水量が同じであれば、それだけ土壌が乾燥する。乾燥化は、水資源、食料生産に深刻な影響を与えることになる(藤森 2000)。

B  海面上昇

第一に温度上昇により、海水が熱膨張により増加し、海面が上昇する。第二に南極や極地方、高山の陸上の氷が溶けることにより海面が上昇する。2050年に地球の温度が2.5℃上昇すると推定すると、熱膨張のみを考慮しても海面が32cm上昇し、2100年には68cm上昇すると推定されている(掛本 2003)。海面が1メートル上昇すると、世界中で11200万人の人々が被害を受けると考えられている(大石1999)。

C  病原菌分布

温暖化によりマラリアの分布域が広がる。日本もその範囲に入る。現に最近韓国で発生し、社会問題になっている(掛本 2003)。年平均気温が35℃上昇すると、患者は年間50008000万人も増加するとされている(大石1999)。

D  永久凍土の融解

シベリアを中心とする北方林の多くは温度上昇によって、永久凍土が融解して湿地化し、広大な森林が失われるおそれがある(藤森 2000)。また、永久凍土の下には温室効果係数の高いメタンガスが多量に蓄積されており、これが永久凍土の融解によって地上に放出されると、温暖化に拍車をかけることになる(掛本 2003)。

 

<温暖化防止のための諸施策>

IPCCの報告書によると、現在のCOの排出量はすでに地球の水圏、生物圏の吸収能力を3倍オーバーしているとされる(高木1995)。これを受けて1997年の気候変動枠組条約第三回締約国会議(COP3)において、国別の具体的な二酸化炭素の削減割当量が決められた。いわゆる「京都議定書」である。具体的には、2010年までに、世界全体のCO発生量を1990年のレベルにまで(日本は、1990年の排出量から6%にまで)削減しようというものである(小島2003)。

現在、CO削減対策としては、CO2放出抑制のための省エネルギー利用技術や、太陽光、風力、波力などの化石燃料に代わる代替エネルギーの利用、低CO発生エネルギーシステムの開発などがとられる。また、物理化学手段でCOを分離・回収する方法、植林により樹木に大気中からCO2を吸収させる方法が研究されている(掛本 2003)。

この中でも特に効果的な方法は、森林生態系によるCOの吸収である。陸上生態系の炭素貯留量は大気中の炭素量の3倍であり、陸上生態系の炭素貯留量の約6割は森林生態系によって占められている。したがって、森林生態系によるCO吸収・固定を促進すれば、さらに膨大な量のCOを“自然”に蓄積することになる。また天然林を保護する方法は、最も低コストで余分なエネルギーや薬剤、資材を使うことなく、多量の炭素を貯留できる。森林生態系では、枯死木や死葉・根は徐々に分解されてCOとなって放出されるが、この過程には数年~数十年の年月がかかる。このため森林生態系は、比較的長期にわたって大量の炭素を貯留しており、生態系としての炭素貯留量を高める重要な要素であるといえる(藤森 2000)。

京都議定書では、各国の有する森林や農地、草地などの生態系によるCOの吸収量が、排出削減目標量から差し引かれることになった。農地・草地に比べると、森林によるCOの吸収量を測定(推定)する研究には困難が多く、進行していない。なぜなら森林の主たる構成要素である樹木は、形態や分布構造が複雑で、また測定対象範囲が広いため測定が困難なこと、および立地環境のちがいにより千差万別に異なる森林で、信頼度の高いデータを取りまとめることが難しいことである(藤森 2004)。

森林生態系では、光合成によるCO吸収と同時に、土壌呼吸という動植物の枯死体 ・土壌有機物の分解および根の呼吸によってCOが放出されている。つまり森林生態系はCOの吸収源であると同時に発生源でもあるため、対象となる地域が全体としてCOを吸収しているのか、差し引きゼロなのか、あるいは放出しているのかをまず解明しなくてはならない。当然、この収支=CO収支は、光合成量、呼吸量、リター(落葉・落枝)の生産量と分解量のバランスで決まる。

森林のリターフォール=リター生産量については過去に多くの研究が気候・土壌・樹種などとの関係についてなされている(堤 1989)。わが国の森林におけるリターフォール量は、3~8t/haであるが、この量は気候帯によって異なり、気温の上昇とともに多くなる。また、構成樹種によっても異なり、落葉広葉樹林よりも針葉樹林の方が少ないという(Cole 1981)。

リター分解により放出されるCOは土壌呼吸の一要素として測定されている。土壌呼吸の測定値には、この他に植物の根の呼吸によるCO放出量が含まれている。この二つのCO放出量を分離定量しようとする試みがなされているが、今のところ十分ではない。また、これまでの研究を見ると、COの吸収量、発生量ともにまだ測定の精度は必ずしも高いとはいえない。

そこで本研究では、立地と構成樹種の異なる2つの代表的森林生態系(玉原高原ブナ林と群大構内混交林)において、リターの生産・分解量、および樹幹成長量を測定することにより、CO収支バランスを構成する主要素の動態と、それらに対する立地環境条件の影響を解析することを目的とした。さらに携帯型COセンサーを用いた密閉型土壌呼吸チャンバーを用いて、直接林床からのCO放出速度を測定し、その結果をリター分解速度の測定結果と比較することによって、CO収支バランスの算定精度を高める手法を検討した。

リター生産はリタートラップ法により、リター分解はリターバッグ法により、また樹幹成長量は毎木調査法により測定する。同時に地温、土壌含水率も測定して、CO収支との関係を解析する。

 




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