結果および考察
毎木調査
玉原高原ブナ林は、樹高20m程度の成木から構成されており、その中にはブナ、アサノハカエデ、コハウチワカエデ、ホウノキ、ハウチワカエデなどが生育していた。林床にはイネ科のチシマザサが密生していた。一方、群馬大学構内混交林には関東平野の里山の二次林の代表的樹種であるアカマツ、コナラ、シラカシ、クヌギ、イヌシデなどの樹木が生育していた林床にはほとんど草本はなく、シラカシの稚樹がみられた。群馬大学構内混交林では1003Fの調査地区内で成木147本(うちアカマツ63本、コナラ26本、クヌギ47本)、玉原高原ブナ林では1684Fの調査地区内で成木82本(うちブナ55本)の位置を記録した(図1、図2)。これらの成木の分布する地点における立木密度は、玉原高原ブナ林で1haあたり約487本、群馬大学構内混交林では1haあたり約1466本と算出された。
群馬大学構内混交林でのDBH分布は最大で41. 1cm、最小で6.1cmであり、DBH10〜30cmの区間に大半の成木が入った。玉原高原ブナ林内でのDBH分布は最大で105.7cm、最小で2.2cmであり、DBH50 cm 以上の区間に3分の1程度の成木が入った(図3、図4)。
群馬大学構内混交林での樹高分布は最大で28.2m、最小で3.3m、玉原高原ブナ林内での樹高分布は最大で23.3m、最小で5.7mと推定された。群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林の2調査地とも、樹高5〜15mの区間に大半の木が入った(図5、図6)。
日本海型ブナ林では、ブナ林冠木は165本程度である(島野・沖津 1994)。本研究の毎木調査では、玉原高原ブナ林で冠木に達していないものもふくめて調査したため、立木密度はこの値よりも高くなっている。すなわち、調査木のDBH、樹高は非常に広範囲にわたり、ブナの最大値に達していないものが多数含まれることになった一方で、大型の老齢木も数本含まれた。これらの結果から、玉原高原ブナ林は、少なくとも数百年間自然の状態で維持されていて、ブナの天然更新も進行中であると考えられる。
群馬大学構内の混交林は、アカマツという用材樹種に加えてコナラ、クヌギという自然に生育する樹種が数多く生育しているため、立木密度が玉原高原ブナ林の5倍以上となっている。この混交林は、もともとアカマツの植林地であったものが、群馬大学荒牧キャンパスが約30年前に敷設されてからは放置され、数年に一度、林縁の下草刈りを行う程度の管理がなされている。林床にはアカマツの稚樹は全く見られず、クヌギ、コナラも稚樹は稀である。シラカシの稚樹は多数生育しているが樹高は数十cm程度であったので、毎木調査の対象とはしていない。DBHは10〜30cmの範囲に、樹高は5〜15mの範囲にほとんどの成木が含まれる。これらの結果から、この混交林は数十年間現状の状態に維持されている里山的なものと考えられる。
リター生産
群馬大学構内混交林において、リターフォール量=リター生産速度は11〜12月に最大(0.08t/ha/day)、8・9月に最低(0.01t/ha/day)となった(図7)。本研究では12月〜4月のリターフォールを測定していないので、この間の値を亀沢(2002)の結果を用いて推定して補完すると、一年間のリター生産量は7.7t/ha/yearと推定された(図8)。玉原高原ブナ林において、リター生産速度は10・11月に最大(0.06t/ha/day)となり、6〜8月に最低(0.004t/ha/day)となった(図9)。玉原高原ブナ林では冬季積雪期間のリターフォールは測定できなかったが、この期間の値をゼロとするならば、一年間のリター生産量は5.7t/ha/yearと算出された(図10)。玉原高原ブナ林において5・6月に台風によって大枝(526g)が落下したが、確率的には非常に稀なものだと考えられるので、今回は分析からはずしてある。Bray(1964)らによると、日本の緯度36°における年間リター生産量は約6t/ha/year前後である。本研究の玉原高原ブナ林で算出された値は、これとほぼ同等となり、一方群馬大学構内混交林で算出された値は、高いものとなった。Bray(1964)らによれば、高緯度で気温の低い地域ほど、年間リター生産量は小さくなる。すなわち玉原高原ブナ林のほうが高地に位置して気温が低いため、群馬大学構内混交林よりも年間リター生産量が低くなったものと考えられる。
群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林の両地点において、リター生産は10〜12月に集中していた。これは落葉広葉の落葉によるものであると考えられる。また、群馬大学雑木林において常にある程度以上のリター生産速度があるのは、常緑針葉樹であるアカマツからが年中少しずつ落葉しているためであると考えられる。玉原高原ブナ林において5月・6月にリター生産速度が高くなっているのは、新葉を包んでいる殻が落ちたためと考えられる。
成木生長と純生産量
群馬大学構内のアカマツ・コナラでは2002年から2004年の間、DBHの値が大きな樹木ほどDBH増加量が少なかった(図11)。玉原高原ブナ林のブナでも同様の傾向が見られたが、DBHが50cmを越える成木では著しく成長量が少なくなった(図12)。計測できた成木の本数が少なかったとはいえ、両森林において、特にDBHの小さな成木がプラスのDBH生長をしていたことが確認されたといえる。
2002年から2004年までの年間樹木生長速度は、群馬大学構内混交林で9.3t/ha/year、玉原高原ブナ林で18.0t/ha/yearと推定された。この間の葉量増加速度は、群馬大学構内混交林で0t/ha/year、玉原高原ブナ林で0.9t/ha/yearと推定された。群馬大学構内混交林での値が0と算出されるのは、佐藤(1955)によれば、アカマツの成木林では成木密度にかかわらず、分布面積あたりの葉量は一定になるとされているからである。
以上の結果から、2002年から2004年までの年間純生産量は、群馬大学構内混交林で16.1t/ha/year、玉原高原ブナ林で22.8t/ha/yearと算出された(表1)。すなわち、群馬大学構内混交林・玉原高原ブナ林ともに、森林全体としては活発な生長を続け、プラスの純生産をあげていると考えられる。
一般に森林の年間純生産量はマツ林では12.0t/ha/year、ブナ林では15.3t/ha/yearである。本研究の群馬大学構内混交林・玉原高原ブナ林で算出された値は、3〜4割高いものとなった。
土壌CO2放出速度測定地点の地温・土壌含水率の季節変化
次項で述べる土壌CO2放出速度測定地点で、同時に測定した瞬間値である。
群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林の2調査地とも、地温には測定地点間に有意な違いはなかった(図13、図14)ので、各月の平均値について検討することにする。群馬大学構内雑混交林において、地温は7月〜9月に最も高く(24.0℃程度)、12月に最も低く(9.7℃)なった(図15)。玉原高原ブナ林においては、6月〜8月に最も高く(17.1℃程度)、12月に最も低く(6.1℃)なった(図16)。群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林の間で地温を比較すると、全体としておよそ3℃〜10℃、群馬大学構内混交林のほうが高かった。
土壌含水率は、両調査地ともに測定地点間で差異がみられ、季節にかかわらず、群馬大学構内混交林において10%〜40%、玉原高原ブナ林において20%程度の分散があった(図17、図18)。これらの値を調査地別に月ごとに平均すると、群馬大学構内混交林においては、土壌含水率は5月に最も高く (34.6%)、7〜9月に最も低く(12.7%)なった(図19)。一方玉原高原ブナ林においては、4、11月が積雪・降水のため高く(80%程度)、5〜10月の間はほとんど変化なく70%程度となっていた(図20)。したがって、全体として玉原高原ブナ林における土壌含水率は、群馬大学構内混交林の約2倍となった。
土壌CO2放出速度
両調査地において、測定地点間で土壌CO2放出速度に有意な差異が見られた。すなわち群馬大学構内混交林においては、5・6月には、地点8で連続して値が高く、これに比べると地点15は連続して値が低かった(図21)。玉原高原ブナ林においては、7・8月には地点11で連続して値が高く、これに比べると地点18で連続して値が低かった(図22)。土壌CO2放出速度には土壌微生物のリター分解によるCO2放出の他に、根の呼吸や土壌動物の呼吸も含まれる。したがって、こうした地点間の短期的な変異は、土壌微生物による分解活性の変化の他に、根の呼吸活性の変化や、モグラなど大型土壌動物の予測不能な移動などに起因するものと推察される。実際、群馬大学構内混交林においては、5・6月に測定地点7の下にモグラの穴があったことが確認された。
各調査地で月ごとに平均すると、群馬大学構内混交林においては、土壌CO2放出速度は5・6月に最も高く(1.4g/h/m2)、12月に最も低く(0.2g/h/m2)なった(図23)。玉原高原ブナ林においては、7・8月に最も高く(2.1g/h/m2)、積雪の残る4月に最も低く(0.2g/h/m2)なり、ついで11月に低く(0.4g/h/m2)なった(図24)。なお、玉原高原ブナ林においては、12月以降は積雪のため測定はできなかった。
地温と土壌CO2放出速度の間には、群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林の2調査地いずれにおいても、有意な正の相関がみられた(図25、図26)。地温は2調査地いずれにおいても夏期に高く、春・秋期に低かったので、土壌CO2放出速度が春・秋期に低下するのは、地温の低下が一因であると考えられる。また、相対的に寒冷な玉原高原ブナ林の方が、土壌CO2放出速度が地温の変化により敏感に反応するものと考えられる。
土壌含水率と土壌CO2放出速度の間には、群馬大学構内混交林において有意な正の相関がみられ、玉原では弱い負の相関がみられた(図27、図28)。玉原高原ブナ林では、土壌含水率が高い季節には地温が低かったため、この負の相関はみかけ上のものであると考えられる。また4月・11月外の期間には土壌含水率はほとんど変化がなかったため、玉原では主として地温の季節変化が土壌CO2放出速度の季節変化を制御していたと考えられる。
リター分解速度
群馬大学構内混交林においては、リター分解速度は4〜5月、7〜9月に最高(0.004g/g/day)となり、5〜7月に最低でほぼゼロとなった(図29)。5〜7月がほぼゼロとなっているのは、リターバッグ内のリターの乾燥重量を求めるために用いた周辺リターの含水率の測定が上手くできなかったためである。また、バッグ自体(ポリエステル網の袋)の水分含水率が高かったことにより質量が増加してしまったことも原因として考えられる。6月は雨の後日に測定したため、リターバッグ内のリターが水を多量に含んでおり、サンプリングした周辺リター水分含水率よりもリターバッグ内のリターの含水率が高かったため、測定不能となった。今後はこれら含水率を正確に測定する手法を開発する必要がある。亀澤(2002)によると、リターの分解は温度の上昇に伴って上昇し、土壌含水率の低下に伴って低下する。4・5月、7〜9月に分解速度が高いのは、5月は土壌含水率が高く、7〜9月は気温が高かったため土壌微生物が活性化したためと考えられる。また5〜7月に分解速度が小さいのは7月に含水率が低かったためである。
地点ごとの月別リター分解速度は、地点間で大きく異なっていた(図30)。全体平均値と同じ質量変化となったのは12地点中10地点(地点3・4・5・6・7・8・9・10・11・12)で、1地点は常に分解速度が高いもの(地点1)、他のリターバッグと逆の質量変化をしているもの(地点2)があった。これは、その地点だけ地温・水分含水率が高かったなどの要因が考えられる。しかしCO2放出速度測定時における地点別の地温測定の結果(図13)から、地点間で地温の差は大きくないので、地温による影響は考えにくい。また土壌含水率についても地点2で特に高いというわけではない。年間リター分解速度は、地点2が全体平均値の約2倍の値と、大きな地点間差異が見られた(図31)。以上より、物理的環境条件の違いでは、リター分解速度の地点間差は説明できないといえる。
玉原高原ブナ林においては、リターの含水率がうまく測定できなかったため、月別のリター分解速度は測定できなかった。このため、年間平均リター分解速度のみを示す(図32)。玉原高原ブナ林における年間リター分解速度は、12地点中、8地点(地点1・2・3・5・7・9・11・12)が全体平均値とほぼ同等となった。一方2地点(地点8・10)で全体平均値の約2倍の値、2地点(地点4・6)で全体平均値の約1/2の値と、大きな地点間差異が見られた。CO2放出速度測定時における地点別の地温・土壌含水率測定の結果(図14、図18)から、地温に地点間差はないが、土壌含水率に差が認められたので、この差が地点ごとの年間平均リター分解速度の差を生じさせているとも推察できる。しかし、平均値の約2倍の分解速度であった地点8・10においては、他の地点と比べて、年間を通して常に土壌含水率が高かったわけではなく、また平均の約1/2の分解速度であった地点4・6においても、常に土壌含水率が低いわけではなかった。すなわち、物理的環境条件の違いでは、リター分解速度の地点間差は説明できないということである。今後は、微生物活性やリターの質などの生物環境の地点間差について研究する必要がある。
群馬大学構内混交林における年間リター分解速度は、玉原高原ブナ林の値の約2倍となった。これは、第一には地温の差によるものであると考えられる。本研究で連続測定した結果によれば、群馬大学構内混交林における日平均地温は、玉原高原ブナ林の値よりも季節を通じておおむね5℃〜10℃高かった(図33、図34)。また、樹種によりリター分解速度が異なることも一因として考えられる。石井ら(1982)の樹種別のリター分解速度結果によると、コナラの4月から11月までのリター分解率は38.2%である。本研究で明らかになった同時期の群馬大学構内混交林におけるリター分解率は34.1%、玉原高原ブナ林においては24.5%であった。すなわち、コナラリターを多く含む群馬大学雑木林のリター分解率は、コナラのリター分解率と同等であり、ブナリターはこれに比べると分解されにくいのかもしれない。今後は、ブナリターとコナラリターを同じ制御温度条件下で培養して分解速度を比較するなど、さらに精緻な実験による検討が必要であると考えられる。