結 論




 本研究において対象とした群馬大学構内のアカマツ・クヌギ・コナラ混交林および玉原高原ブナ林は、いずれも成木が生長途中にあり、この2年間に乾燥重量が群馬大学構内混交林では9.3t /ha/year,玉原高原ブナ林では18.0t/ha/year増加していることが示唆された。またこれらの森林では、年間のリターが群馬大学構内混交林では6.8t/ha/year、玉原高原ブナ林では4.9t/ha/year生産されていることが明らかになった。すなわちこれらの森林では、樹木の光合成によって、群馬大学構内混交林では16.1t/ha/year玉原高原ブナ林では22.8t/ha/yearの植物体が毎年蓄積されていると推定される。

それぞれの森林で生産されたリターの分解速度は、群馬大学構内混交林では0.002g/g/day、玉原高原ブナ林では0.001g/g/dayであると算出された。これに無積雪期間(群馬大学構内混交林で365日、玉原高原ブナ林で約210日)をかけると、年間のリター分解率はおよそ76%および30%程度となる。すなわち、生産されたリターのうち、それぞれ1/4および7/10程度が翌年に持ち越されるものと推定される。

 以上より、両森林ともにCO2収支がプラス、すなわち森林全体としては、CO2を蓄積している可能性が非常に高いといえる。ただし、地下における根の枯死量・分解量、土壌動物や草食動物による分解・被食量、降雨などによる流亡量などを算定し考慮する必要があるため、まだ結論を出すのは尚早である。

 これらの結果は、日本国内に現に存在する森林で、年々莫大な量のCO2を蓄積している可能性が高いことを示唆するものであり、2005年にいよいよ発効する京都議定書の遵守、および今後の地球温暖化防止対策策定において、必ず参照するべき重要なものであるといえる。

 群馬大学構内混交林と玉原高原ブナ林での結果を比較すると、リター分解速度と土壌CO2放出速度が、地温や土壌含水率などの物理化学的環境条件、およびモグラなど土壌動物の影響を強く受けることが示唆された。さらには、群馬大学構内混交林での各月のリター分解速度測定の結果に基づけば、リター分解速度は地温の高い季節に必ずしも高くはならず、降雨が少なくて土壌含水率が低下することがあれば、むしろ分解速度は低下するといえる。以上のように、リターの分解や土壌CO2放出は、森林内の様々な環境要因に左右されることが明らかになった。よって、単に植林を行えばその分森林の二酸化炭素吸収量が増大し、温暖化防止対策となりうるという考え方は安易であるといえる。というのは、植林を行う立地は一般に裸地であり、日射や降雨をさえぎるほどの林冠がないため、地温や土壌含水率の上昇といった、リター分解と土壌CO2放出に大きな影響を及ぼす環境変化が起こりやすいからである。さらには、このような環境変化は、植林した樹木が相当大きく生長するまでは続くとも考えられる。植林地では樹木の生長によって吸収されるCO2量よりも、リター分解と土壌CO2放出が促進されて放出されるCO2量の方が多い状態が、相当長期間続く可能性がある。逆に、地温上昇が極端ならば、土壌含水率が大きく低下して、リター分解と土壌CO2放出が抑制されるかもしれない。いずれにしても、新たな植林地の方が現に存在する森林よりも、高いCO2収支となる可能性をみいだすことはできない。

従来土壌CO2放出速度とリター分解速度は、森林内のごく限られた地点において測定され、これをもって森林全体の代表値とみなすことが多かった。これはもちろん、測定機器が高価であったことや、測定にかけられる労力・時間の限界を考慮してのことであるが、得られた結果の代表性、信頼性についてはあまり検討されていなかった。これに対して本研究においては、安価かつ短時間で測定できる機器を導入して、各森林調査地に多くの測定地点を設け、測定地点ごとに土壌CO2放出速度・リター分解と地温・土壌含水率の関係を詳細に比較検討した。その結果各測定地点における測定結果の間には、土壌含水率と地温では説明できない分散成分があることが示され、土壌動物やリターの厚さなど、従来は未検討な要因が影響しているとも考えられた。

今後、森林におけるCO2収支をより精緻に解明する研究を進める上では、こうした森林内での多様性に留意しなくてはならない。

 陸上生態系の炭素貯留量は大気中の炭素量の約3倍である。陸上生態系の炭素貯留量の約6割は森林生態系によって占められており、また単位面積当たりの炭素貯留量は森林が圧倒的に高い(Working Group I to the Second Assessment Report of the IPCC 1996)。森林が破壊・劣化すれば、その分大気中のCO2が増大する。森林を保護し、森林の質を向上させれば、その分大気中のCO2を吸収・固定することになる。したがって、今後、大気中のCO2の上昇を抑制するためには、森林を破壊しないように、森林の質を劣化させないように、森林保全をすることが重要である。




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