結果および考察

 

植物相調査

2003年度は計7回の調査により、ビオトープ全域において92種(外来植物:33種、在来種59種)の出現が確認された(3)。2001年度の調査における出現種は40種(外来植物:15種、在来種:25種)(新岡 2002)、2002年度は51種(外来植物:23種、在来種28種)であり、今年度は特に出現種数が増加しているといえる。このことから、ビオトープ内の植物相の多様化が進んでいるものと思われる。一方、帰化率(出現する植物の総種数に占める外来植物の割合)は、2001年度が38%2002年度が45%、今年度が36%であり、今年度は2001年度の値に近いものとなった。今年度確認された92種中、初めて出現が確認された種は46種(外来植物:15種、在来種:31種)であった(4)。また、2001年度、または2002年度の調査で確認されたが今年度の調査では確認されなかった種は、31種(外来植物13種、在来種:18種)であった(5)。なお、2001年度および2002年度の両年度で確認されていた種は、すべて今年度でも確認された。

今年度も植物相調査の結果から、ビオトープの趣旨にそぐわない外来植物が確認された場合は、その除去方法・時期を検討し、アドバンテスト社に提案した。アドバンテスト社は、これをもとにしてビオトープの管理を行った(6)。今年度は、主にセイタカアワダチソウ、ハルジオン、ヒメジョオン、ヒメムカシヨモギ、ノボロギク、ギニアグラス、コセンダングサ、アメリカセンダングサ、イトバギク、オオアレチノギク等の外来植物の除去を実施した。アドバンテスト社は、9月からは専任作業員の雇用も行っており、外来植物の継続的な除去作業が進められている。現在のビオトープは、植物相の多様化ともに外来植物数も増加しており、外来植物については予断を許さない状況である。今後も、引き続き継続的な除去作業が必要であると考えられる。

 一方、在来種についてもカントウヨメナなど、今年度新たに31種の出現が確認されており、今後の種の増加が期待される。植物相管理においては、従来は主に外来植物の除去に重点を置いてきたが、今後は在来種を増やす方策についても検討しうる段階に入ってきているものと思われる。

 

植生調査

 ヨモギ草原、シバ草原、ススキ草原、林内の立地環境ごとに、異なる出現種の傾向がみられた(7)。このことから、それぞれの特有の環境の創出が進んでいるものと考えられる。

ヨモギ草原においては、3地点ともにシロツメクサの被度が最も大きくなっていた。その値は、ヨモギ草原3で最も高く41.9%、次いでヨモギ草原131.3%、ヨモギ草原230.2%であった。一方、ヨモギの被度は、ヨモギ草原17.1%、ヨモギ草原24.0%、ヨモギ草原32.9%となっていた。このヨモギ草原と呼ばれている地帯は、ビオトープ造成時にヨモギを群落予定代表種にする目的で草原一帯に種子がまかれた地帯である。造成年度である2001年度の植生調査においては、ヨモギの定着率は0.2%49Fのコドラートに株数1)と低い値であったが、今年度の調査では被度は依然低かったものの、2001年度に比べると大きく増加していた。今後、さらにヨモギの被度を高めるためには、草原内に広い範囲で侵入しているシロツメクサ等の外来植物の除去が必要であると考えられる。

 シバ草原におけるシバの被度は65.0%であり、ほぼ植栽計画通りの姿となっている。しかし、ヨモギ草原と同様に、シバ草原においてもシロツメクサの被度が30%と高い値になっており、拡大がみられる。シバ草原においてもシロツメクサ除去の必要性があるものと考えられる。

 ススキ草原は、順調にその環境が創出されているものと思われる。調査範囲におけるススキの被度は、植栽年度の2001年度の調査では、20%(定着率にすると11.5%)程度であったが、今年度の調査では100%という結果になった。2001年度の調査時は、ススキの穂も出ていなく他の種との判別がつきにくいといったような状態であったが、植栽後3年目となる今年度では、穂の高さも2mほどまでに成長し、順調にススキ群落を形成している。

 林内においては、ヤブガラシ、ヘクソカズラ、イヌムギ、ハイチゴザサの被度が高くなっており、これらの種は林内特有にみられるものであった。また、調査を行った6月の時点では確認されなかったが、チヂミザサ等の林床性植物が、9月頃から林内で数多くみられるようになっている。これらのことから、理想的な林内の環境が創出されつつあるものと考えられる。

 

ギニアグラス群落分布調査

 ビオトープ内の全域において、計47地点でギニアグラスの群落が確認された(88)。分布地点は、シバ草原内とヨモギ草原内で合わせて43地点とその大半を占めている。特にシバ草原では西側、ヨモギ草原では東側に分布地点が多かった。群落面積は8Fのものが最大であった。面積ごとの頻度分布(9)では、2Fの地点が13地点と最も多く、次いで、1F未満の11地点、3Fの8地点であった。また、5F以上の広い面積の地点も4地点確認された。ギニアグラスについては2002年度にもビオトープ内で確認されていたが、急速な拡大がみられたのは今年度からである。ギニアグラスは多年生草本のため、来年度以降さらに分布域を拡大する可能性が否定できない。今年度は刈り取りと「う形で対処をしてきたが、それだけではギニアグラスの成長を効果的に抑制することができなかった。このため、刈り取りでは除去方法としては不十分であると考えられる。試みとして、722日の群落分布調査実施後に、地点40のギニアグラスの引き抜きを行った。その後の経過は、完全除去という形には至らなかったものの、成長速度は遅くなり、サイズの縮小も確認された。今後は、刈り取りではなく引き抜きという形での対処をすることにより、より効果的な除去が可能であると考えられる。

                    

相対光強度

 調査地点の林内計36地点において、相対光強度は2.489.4%の範囲であった(9)。光強度10%ごとの頻度分布(10b)でみてみると、最も多かったのが10%未満の13地点であり、次いで1020%8地点となっている。2001年度の調査結果(10a、調査地点数は34)と今年度の調査結果を比較すると、2001年度においては、光強度10%未満の地点は1地点のみとなっており、10%未満の地点が今年度は大幅に増えているといえる。本調査を実施した地点は、ビオトープ造成以前から敷地内にあったケヤキとクスノキを囲むように、新たに高木を植栽した地帯である。植栽を行った2001年度の調査では、植栽した高木がまだ大きく育っていなく、その密度も低いため、上方からの光にさらされているのが現状であると報告されている(新岡 2002)。2001年度の調査後にも、新たにに数本の樹木の植栽を行っているが、低光強度の地点の大幅な増加は、ビオトープ造成時に植栽した高木の成長によるものと考えられる。森林の下などに生える林床性の植物は、光強度10%以下の地点で生育するものが多いとされているので、今後のビオトープ林内における林床性植物の拡大が期待される。

 

土壌含水率

 調査地点の計13地点において、土壌含水率は6.525.4%の範囲であった(10)。立地環境ごと(11)にまとめると、水辺が24.3%、林内が13.0%、シバ草原が10.9%、ヨモギ草原が8.5%、ススキ草原が6.8%と含水率の違いがみられた。このことから、ビオトープにおける土壌水分環境は立地環境ごとに多様化しているといえる。特に、水辺においてはセリやイグサなどの湿地環境で生育する植物の出現が確認されていることから、水辺環境の創出が着実に進んでいるものと考えられる。

 

土壌窒素濃度

 計8地点での測定結果から求めた、立地環境別の窒素態比は、ヨモギ草原で7.75、林内で44.85、水辺で11.71という結果となった(1314)。

林内の窒素態比がヨモギ草原、水辺と比較して、非常に高い値となっている。これは、林内での硝酸態窒素の濃度が乾燥土壌1gあたりで0.01503mg/g、土壌水分1Lあたりで44.22mg/Lと高い値になっているためである(11121213)。林内の硝酸態窒素濃度が高い原因として、林内の樹木の葉が落ち、その葉が腐食し土壌の栄養分となっていることが考えられる。また、林内ではクズ、カラスノエンドウ等のマメ科の植物が多く確認されている。マメ科の植物は窒素を硝酸態窒素へ変える根粒菌を持っており、これにより林内の土壌中の硝酸が増加したものとも考えられる。

一方、ヨモギ草原、水辺における窒素態比は低い値となった。特に水辺2における窒素濃度が非常に低い値となっているが、これはビオトープ造成時に池の周辺を固めるために粘土質の土壌を使用していることが原因であると考えられる。

 土壌窒素濃度については、今年度初めて測定したものであるために、時間的変化による比較や考察が難しい。そのため、今後の継続的な測定が必要であると思われる。

 

気温・地温

 20034月‐10�獅フ立地環境別の平均気温については、草原が最も高く、次いで林内、水辺、平均地温については、草原が最も高く、次いで水辺、林内という結果となった(1415)。気温よりも地温のほうが立地環境間での気温差が大きくなっており、特に8月の平均地温では、草原と林内との間で2.4℃の差があった。草原の温度が気温、地温ともに高い原因として、日光をさえぎるものが何もないこと考えられる。一方、水辺の測定地点は樹木やヨシの陰となっていたために、林内と同じように、草原と比べて温度が低くなったものと考えられる。地温のほうが、気温よりも立地環境ごとの多様性が実現されており、今後の出現植物の発芽に影響を与えるものと思われる。

 

動物・昆虫の生息状況

 今年度も清水建設によって動物・昆虫の生息状況が調査された。昆虫は、草原では、モンキチョウ、モンシロチョウ、ベニシジミ等の草地性チョウ類のほか、ウスバキトンボ、アキアカネ等が確認された。林内では、コミスジ、ゴマダラチョウ等のチョウ類、ノコギリクワガタ、シロテンハナムグリ等のコウチュウ類等が確認された。なお、ノコギリクワガタは今年x初めて確認された。水辺では、アシアイトンボやシオカラトンボ等のトンボ類やヤナギルリハムシ等が確認された。このように、立地環境ごとに異なった傾向の種がみられるほか、新たな種も確認されていることから、それぞれの立地環境の創出が着実に進んでいるものと考えられる。また、今年度の調査で初めて、ススキ、チガヤ等の草地を生息環境とするチョウ類であり、全国的にも減少傾向にあるギンイチモンジセセリが確認された。このことは、ビオトープ造成時に植栽したススキやチガヤが順調に定着しているためと考えられる。また、鳥類ではコサギ、カルガモ、モズ等が確認されたほか、セッカ(草地環境を好む種)が今年度初めて確認された。水生生物ではメダカ、カワニナ、アメリカザリガニ等が確認された。動物、昆虫についても今後の種の増加が期待される。

 また、ビオトープ装置もコウチュウ類、カメムシ類などの昆虫類、ゲジ、ヤスデなどの土壌動物等、多様な生物によって利用されていることが確認された。伐採木ビオトープからは、クワガタ類の幼虫が確認されており、樹林性の昆虫類が定着してきたものと思われる。また、伐採竹ビオトープでは、狩りバチの蛹が確認されており、繁殖場として機能しているものと思われる。このことから、各ビオトープ装置が順調に機能しているものと思われる。

 

国内・国外ビオトープとの比較

 他の国内のビオトープにおいても、外来植物の侵入は育成管理上の大きな問題となっている。アドバンテストビオトープでも多くみられたが、国内ビオトープのさきがけといわれる静岡大学構内のビオトープにおいても、一夏放置したところセイタカアワダチソウに覆い尽くされてしまったとの報告がある(杉山 1995)。また、埼玉県の三ツ又沼ビオトープにおいてもセイタカアワダチソウ、その他オオブタクサ、アレチウチといった外来植物の侵入が多く、「外来植物駆除計画」のもと継続的な育成管理が行われている。この計画ではセイタカアワダチソウは引き抜きに加えて、移植ゴテ等を用いて根の掘り起し出しまで行っている。また在来種等への影響を小さくするためには、4月頃の芽生え出現直後に除去を実施する必要があると報告されている(外来種影響・対策研究会 2001)。本年度アドバンテストビオトープでは、敷地内全域にわたるセイタカアワダチソウをはじめとする外来植物の除去を行ったが、来年度以降もその出現が減少しなければ、さらに徹底した除去が必要になってくると思われる。

国内のビオトープづくりとしては、学校ビオトープが広まりつつあるが、学校ビオトープは自然復元よりも自然体験をさせる教育の場として設定されているため、生物多様性の面でも規制が大きい(上赤 2001)。これに対し、アドバンテストビオトープはビオトープ本来の理念のもとでつくられている上、規模が非常に大きいため、生物の多様性も非常に高い。学校ビオトープは子どもにとっての環境学習や自然学習の実体験の場として適しているが、本来のビオトープとは異なるものとして扱うべきであると思われる。

大型ビオトープの展開の可能性として、ビオトープの地域住民への開放をあげることができる。サッポロビール静岡工場ビオトープは、工場緑化事業を地域の文化興隆への貢献と捉え、地域の人たちへの積極的な開放が行われている。また静岡県清水市の中部電力火力発電所では、地域共生型発電所づくりの一環として構内にビオトープを造成して以降、年間300名程だった発電所への見学者数が年間約2,000人へと大きく増加している(秋山 2000)。これは、人々のビオトープに対する高い関心を示しているものと思われる。地域住民への開放は管理上での問題も含むため、実現は難しいかもしれないが、大型ビオトープは地域住民にとっての「安らぎの場」「自然環境の学習の場」としても好適であると思われる。

ビオトープ先進国であるドイツでは、すでに30年ほど前から環境復元の手法としてビオトープが定着しており、法律でもビオトープづくりが定められている。ドイツにおけるビオトープは、主に破壊された自然の再生を目的としており、その規模も大きい。特に道路や河川は、ビオトープづくりに大いに活用されており、広い範囲でのビオトープネットワークが形成されている(秋山 2000)。

 

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