考察
1発芽に対する温度の影響
高温条件による種子発芽実験(図1−1)では、水上で採取された種子が10.7%、前橋で採取された種子が44%の発芽率であったのに対し、低温条件による種子発芽実験(図1−2)では水上で採取された種子と前橋で採取された種子がともに80%以上の発芽率を記録した。このことは、30℃/15℃の高温条件より15℃/7℃の低温条件の方が、水上、前橋の両地点で採取された種子ともに発芽に適しているということを示唆している。特に水上で採取された種子に関しては、発芽率が低温条件で80.7%なのに対して、高温条件では10.7%という低い数値だった。前橋で採取された種子が高温条件でも発芽率が44%であったことを考えると、このことは水上で採取された種子が前橋より寒冷な水上の気候(図13,図14,図15,図16,図17,図18,図19)に適応した結果だと思われる。
2生存率の季節的推移
水上の調査地のオオブタクサの生存率(図2−1)は伊勢崎の調査地のオオブタクサの生存率(図2−1)に比べて調査期間を通して常に高かった。このことは、水上が前橋より1年を通して気温が低く、気温の高い季節が短いことが影響していると思われる(図13,図14,図15,図16,図17,図18,図19)。寒冷な気候の地方は夏が短いため、そこに生育する個体は成長できる期間が短い。そのため温暖な地方に比べ個体サイズが大きくならず種内の生存競争が激しくないため生存率が高くなるものと考えられる。逆に温暖な地方では成長できる期間が長く、個体サイズが大きくなり、弱い個体は淘汰されるため、生存率は低くなるものと考えられる。伊勢崎の調査地のオオブタクサの芽生え密度は水上の調査地と比較して2分の1程度と低く、その後の個体群密度も水上の調査地より伊勢崎の調査地の方が常に低かったにもかかわらず、伊勢崎の調査地のオオブタクサの生存率が水上の調査地のものに比べて2分の1程度であったことから、伊勢崎の調査地ではオオブタクサの激しい種内競争が展開されていたと考えられる。
3生長様式
水上の調査地のオオブタクサのバイオマス(図3−1)と大学構内で栽培したオオブタクサのバイオマスがほぼ同じ数値で推移していた。これは水上で採取した個体が温暖な前橋で栽培されたにもかかわらず、寒冷な水上で生育した個体とほぼ同等の生長しかできなかったことを示している。このことは水上のオオブタクサが、寒冷で生長できる期間が短い水上の気候(図13,図14,図15,図16,図17,図18,図19)に適応している可能性を示唆している。寒冷で生長できる期間の短い水上の群落では温暖な前橋や伊勢崎の群落に比べ大きな個体は少なく、個体数密度も高い(図12)。このような環境の水上で生育するうちに個体サイズが小さくなったのかもしれない。
しかし、オオブタクサを育てた大学構内と水上では栄養状態、日照条件等が同一ではないため、今後は栄養状態、日照条件等を同じにして、再度実験をする必要がある。
水上の調査地のオオブタクサと大学構内で栽培したオオブタクサのLAR(図4)、NAR(図5)を比較すると、LARは大学構内で栽培したオオブタクサが高く、NARは水上の調査地のオオブタクサの方が高くなっている。これは大学構内ではオオブタクサが互いに被陰しないように間隔をとって鉢を並べたのに対し、水上の調査地では自然状態のままなので、互いに被陰し、下方の日光の当たらない葉が枯れ落ちたためと考えられる。両者はバイオマスがほぼ同じなので、葉の量の多い大学構内で栽培したオオブタクサのLARが高くなり、少ない葉の量で大学構内で栽培したオオブタクサと同じバイオマスまで生長した水上の調査地のオオブタクサのNARが高くなったと思われる。NARは光合成で生産したエネルギーと呼吸で消費したエネルギーの差分なので、高温により呼吸で消費するエネルギーが多くなると、その分NARは低下する。このことから、水上の調査地のオオブタクサのNARが高かったのは、気温の低さも原因の一つと考えられる。また、伊勢崎の調査地のオオブタクサが7月、8月頃にNARを大きく低下させている原因は高温による呼吸の消費エネルギーの増加と水分欠乏によるものと思われる。
伊勢崎の調査地のオオブタクサのRGRが7月頃に大きく低下しているが、これは落葉によるLARの低下と、NARの低下に起因しているものと思われる。伊勢崎の調査地では水上の調査地と同じく自然状態のままで、かつ、水上の調査地よりも激しい種内競争が繰り広げられていたと考えられるため、互いに大きく被陰し、日光の当たらない下方の葉が枯れ落ち、LARが低下したものと考えられる。NARの低下については、伊勢崎の調査地における気温が高く、呼吸によるエネルギー消費の増加が原因だと考えられる。
また水上の調査地のオオブタクサのSWRが大学構内で栽培したオオブタクサよりも常に高く(図9)、逆に水上の調査地のオオブタクサのLWRは大学構内で栽培したオオブタクサよりも常に低い(図8)ことからも、自然状態で密生した水上の調査地のオオブタクサに密度効果が働いていたと考えられる。
SWRから、どの調査地のオオブタクサも全バイオマスの4〜7割ほどを茎に費やしていることが分かるが(図9)、このことはオオブタクサの競争者としての特性を強く表していると言える。茎に多くのバイオマスを配分し、より高い位置に葉を展開することができれば生存するために不可欠な太陽光をめぐる競争に強くなることができるからである。
一方、RWRを見ると全バイオマスの中の1〜3割しか根に費やしていないことが分かる(図10)。太陽光をめぐる競争に強いオオブタクサが河川敷以外の場所であまり繁茂しない原因は根の少なさによるものかもしれない。水と栄養状態に恵まれた河川敷の土壌においては少ない根でもオオブタクサの生長を支えるだけの資源を吸収できても、痩せて乾燥した土地においては少ない根で大きく生長するだけの資源を吸収することが難しいのかもしれない。このためにオオブタクサが河川敷以外の場所であまり大繁茂をしていないという可能性もある。なお、大学構内で栽培したオオブタクサのRWRが他の調査地の物に比べて高いのは、鉢で栽培したので回収時の根の欠損が少なかったことも原因の一つとして考えられる。
オオブタクサの種子生産数はバイオマスが増加するにつれて増える有意な傾向がみられた。(図11)また、水上の調査地のオオブタクサと大学構内で栽培したオオブタクサに比べて、伊勢崎の調査地のオオブタクサは同じバイオマスでも生産する種子の数が少なかった。
このことは寒冷な水上の調査地のオオブタクサが、潜在的には温暖な伊勢崎の調査地のオオブタクサ以上の種子生産能力を持っているということを示している。また、水上の調査地のオオブタクサより大学構内で栽培したオオブタクサが同じバイオマスでもつくる種子の数が多いという傾向があらわれたのは、大学構内のものに肥料をあたえ、栄養状態が良好だったためだと考えられる。
水上と伊勢崎の調査地における1m2あたりの種子生産数を算出したところ、伊勢崎の調査地の9月30日における1m2あたりの種子生産数は10786個で、10月28日における1m2あたりの種子生産数は5730個であった。一方、水上の調査地の10月27日における1m2あたりの種子生産数は7171個であった。伊勢崎の調査地のオオブタクサは水上の調査地のオオブタクサに比べ生長、枯死ともに早かったため、単純に比較することは難しいが、個体群レベルでも水上の調査地のオオブタクサが伊勢崎の調査地のオオブタクサとほぼ同等の種子生産能力を持っている可能性を示唆している。
4推定発芽日と個体サイズの関係
伊勢崎の調査地のオオブタクサは水上の調査地のオオブタクサよりも約2ヶ月も早く発芽していた可能性があるという結果が出た。伊勢崎の調査地のオオブタクサが水上の調査地と大学構内で栽培したオオブタクサに比べて非常に大きなバイオマスを蓄積できるのは、このエマージェンスの早さが理由だと考えられる。