IV-3. 結果及び考察


 IV-3-1. 植生調査


 地点1は木道改修工事が早期に行われた場所である。2001年6月にはほぼ完成していた。調査地はイネ科、カヤツリグサ科の草原が広がっていた。主な草本はカヤツリグサである。水際から低木林までの距離は11mであった。
 地点2-1、2-2も、木道改修工事が行われた場所である。工事中はショベルカーなどが乗り上げていたり、作業員の足場にもなっており、土壌が掘り返されていた。植生調査の結果、合計32種(内、草本25種)の出現を確認した[表1-1, 1-2]。低木林が工事に影響されない内陸地域にあった。主な草本出現種の構成は、アキノウナギツカミ、アキノキリンソウ、ヒメシロネなど水辺、山間の湿地を生育地とするものであった[表1]。木道から20m以内の地点では、イネ科、カヤツリグサ科の草本(ヌマガヤ、ヒナガリヤス、コハリスゲ、アブラガヤなど)が多くみられた。木道から内陸側へ離れると、キク科、バラ科などの草本(ノコンギク、ヒメシオン、キンミズヒキ、ワレモコウ)がみられた。なお、改修工事地には帰化植物はみられなかった。
 以上の出現種組成からすると、湿原は工事などの悪影響を受けていないように見えるがそうではない。平成2年の県での調査結果によると、調査地点2-1,2-2は本来ホシクサ−コイヌノハナヒゲ群落であるべきであるとされている。ホシクサ-コイヌノハナヒゲ群落とは、西南日本の低地帯を中心に分布している湿原植生であり、現在は稀少な植生の一つである。しかし、平成2年当時もこの地点は木道や観光客の攪乱による影響からオオバコ-ミノボコスゲ群落へと退行していた。また、このまま退行が進むといずれは裸地となるという指摘もなされていた(群馬県.1990)。今回の調査は7月31日まで行われた木道改修工事の直後に行ったので、帰化植物等の侵入の可能性については不明である。帰化植物には越年草が多く、一度冬を経験しなくては発芽しないものが多い。今後どういった植物が出現するのか継続して調査する必要がある。
 地点3は新しい木道から旧木道に入ったところであり、工事の影響がない地域である。主な草本はススキ、イヌワラビである[表1-1, 1-2]。木道から低木林側に4mを入った地点以遠ではササ群落がみられた。木道付近に人に踏み荒らされた形跡があった。
 地点4は、覚満淵東岸の冠水しやすい水際の多湿地である。木道が湿原を少し挟む形で設置されている。木道から湖沼にかけての湿原は面積も少なく、土壌が浸食され浮島のようになっている。湿原側では、イネ科、カヤツリグサ科群落の中に、ウメバチソウがみられた。その他にアキノキリンソウ、ヒメシロネ、ミズゴケ(種名については未確認)もみられた[表1-1, 1-2]。主にミズゴケとヌマガヤが優占していた。
 なお、地点3,4にある木道の下にはほとんど植物がみられない。旧木道は木材に打ち付けた釘が抜けかけている場所もあるなど老朽化が進んでいるが、新しく木道を整備する際には、木道整備によって植生が分断され、消滅してしまう危険性を考慮しなくてはならない。
地点5-1、5-2は駒ヶ岳山麓下で比高が高まっているところである。木道ではなく、土をならした遊歩道となっている。遊歩道を挟んで、湿原側と山地側に分かれるのだが、湿原側には丸太と丸太の間を紐で渡した柵が整備されている。湿原側(地点5-1)にみられたのは、ヤマイヌワラビ、オニゼンマイ、モミジイチゴなどの計14種である。また、ヒロハヘビノボラズ、マユミ、レンゲツツジなどに標徴される低木群落もみられた[表1-1, 1-2]。山地側には、ズミなど計9種を確認した。ズミは一般に湿原の乾燥化を示す指標種として知られている。ズミの群集がみられるのは、地点5-1、5-2が地下水位も低くなり、徐々に乾燥化に向かっている場所であるためだろう。土壌含水率調査によると、湖沼側から山地にかけて緩やかな勾配がみられた[図2]。調査地点は遊歩道が整備されており、その影響から遊歩道以遠である山地側は乾燥化が進んでいると考えていたが、含水率平均は43%を越えており、予想より乾燥化していなかった。しかし、今回、調査地点は1地点に限っており、木道による乾燥化の影響がないとはいいきれない。また、植物群落は湖沼側からイネ科カヤツリグサ科群落(0m〜18m)、ササ・シダ群落(18m〜46m)、歩道を挟みミズナラ群落(51m〜)となっていた。
 地点6は、水際からかなり離れた遊歩道沿いである。調査地域を遊歩道沿い全てとした。調査期間が8月中旬から9月下旬であったため、秋に花を咲かせる草本(タムラソウ、キオン、ヤマハハコなど)を多く確認した[表1-1, 1-2]。その他にもクガイソウ、クルマバナ、シュロソウ、コバキボウシなど山地を生育地とする草本がみられた。8月1日に行った予備調査では、アカギキンポウゲ、トネアザミなどを確認した。なお、この予備調査の際、標本を得たものは地点6の植生構成種として[表1-1, 1-2]に併記してある。
以上の他に覚満淵湿原では、遊歩道の整備に起因する問題がみられた。覚満淵の遊歩道(巾約1m)は砂利なども敷かれていない裸地である。遊歩道沿いには、登山者の靴などに付着し、種を芽生えさせた植物が拡大しつつあり、本来、山地ではみられない植物が侵入してきていた。主にみられた草本はオオバコ、シロツメクサである。植生は遊歩道を挟んで分断されており、遊歩道より湿原側は不自然な植生が少なかったが、低木林側には多くみられた。しかし、遊歩道は人間の歩く範囲を限定し、湿原を保護することが出来るため、観光化を進める上で整備されなければならないものでもある。

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