序 論

自然と対立した近代の人間活動
 日本は明治時代以降急激に欧米諸国の新しい文化を取り入れるようになり、貿易を拡大し急速な産業や社会の近代化を進めた。当初わが国の輸出品として大きな位置をしめていたのは、銅と繊維であった。これに伴い、鉱山周辺では鉱毒による被害、多くの工場周辺では煤煙、騒音、悪臭が発生した。昭和30年頃に、わが国はエネルギー政策をそれまでの石炭中心から石油へ移した。これによって石油の輸入・消費が急速に増加し、同時に石油を原料とする化学工業の発展に伴う化学物質の廃棄物が増加し、高度経済成長とあいまって公害問題が多発した(山口・菊池・斉藤 1998)。これらはすなわち、物質的な豊かさと引き換えに発生した自然環境の悪化である(西岡・諸住 1994)。
 近年は、人類の生活や生産活動に欠かせない多様なサービスを提供してきた生態系の急激な喪失、劣化がめだつようになり、従来の自然資源管理のあり方への深い反省が生じた。そして失われた生態系を修復して持続可能性を確保することが21世紀の人類の最優先課題という認識が広がり、「生物多様性の保存と持続的な利用」「健全な生態系の維持」を目標として生態系修復の取り組みが始まっている(鷲谷 2003)。

自然再生事業
 近年の人類による大規模な自然破壊の結果、身近な生物が絶滅の危機に瀕したり、自然と文化の相互作用の歴史が断絶してしまったりしている。そのような現状に対して、自然そのものだけでなく、自然と人とのつながり、豊かな自然に支えられた人と人とのつながりを回復させるための試みとして、自然再生事業と呼ばれる活動の必要性が強く指摘されている(鷲谷 2003)。
 自然再生事業(Nature Restoration Projects)とは、広義には過去に損なわれた自然を積極的に取り戻すことを通じて、生態系の健全性を回復する事業の総称として使われる。狭義には、「二一世紀『環の国』づくり会議」報告(2001)における「自然再生型の公共事業を推進することが必要」との提言を受けて、公共事業のメニューの一つとして実施されるようになった「自然再生事業」、および、その後2002年に制定された「自然再生推進法」に基いた、多様な主体の協議と合意のもとで実施される「自然再生事業」のことを指すことが多い(鷲谷 2003)。「自然再生推進法」は、過去に損なわれた自然環境を取り戻すため、行政機関、地域住民、NPO、専門家等多様な主体の参加により行われる自然環境の保全、再生、創出等の自然再生事業を推進するため、200212月議員立法により制定された。所管は環境省、農林水産省、国土交通省である。
 自然再生の基本理念として、多様な主体の連携、科学的知見やモニタリングの必要性、自然環境学習の場としての活用等が定められており、また、自然再生を総合的に推進するため「自然再生基本方針」を定めることとされている。

 自然再生事業の実例としては、直線化した河川の蛇行化による湿原の回復、都市臨海部の干潟藻場の復元、自然林の回復などがあげられる。これらは単に景観を改善したり、特定の植物群落を植栽するというのではなく、その地域の生態系の健全性と生物多様性を回復していくことを目的としている。公共事業の一環として行われる自然再生事業では、環境省を中心とする関係省庁、地方公共団体、地域住民等の連携が必要とされるとともに、科学的なデータを基礎とするきめ細かな施工が求められる。これらの自然再生事業は、一見短期的な事業活動のように見受けられそうであるが、本質的には、長い年月を要する自然再生の始まりに過ぎない(財団法人環境情報普及センターHP)。
 自然再生事業を実際に行う際に必ず留意しなくてはならないことは、1)科学的データを基礎とする丁寧な実施、および2)多様な主体の参画と連携である。

1)科学的データを基礎とする丁寧な実施
 具体的には、以下の3点に留意しなくてはならない。

@
科学的データに基づいた順応的な事業実施を行うこと
 自然再生事業は、複雑で絶えず変化する生態系を対象とした事業であることから、生態系に関する十分な調査を事前に行い、事業着手後も自然環境の復元状況を常にモニタリングし、その結果に科学的な評価を加えた上で、事業にフィードバックしていくことが重要である。つまり当初の計画に拘らず、モニタリング結果を踏まえて、臨機応変に計画変更を行っていくことが必要である。

A人間は、自然の回復力の補助者であること
 生態系の健全性の回復には長期間が必要であるので、自然再生事業は、その回復のプロセスの中で補助的に人の手を加えるもの、ということを認識した上で、時間をかけて慎重に取り組むことが必要である。従来型の工事は、道路などの人工的な構造物を計画期間内に人間の手で完成させてしまうことが目的であった。しかし自然再生事業では、自然を回復させるのが目的であり、それを成しうるのは、自然そのものの持つ回復力である。人間はその条件整備、つまり、きっかけづくりと回復の補助をする。自然再生事業に着手することは、長い年月を要する自然再生の始まりに過ぎず、この意味では、自然再生事業には、従来型の「竣工=事業の完了」という概念は当てはまらない。

Bきめ細かな丁寧な手法をとること
 自然再生事業では、鉄やコンクリートではなく、間伐材や粗朶(そだ)などの地域の自然資源や伝統的な手法の活用、大型機械よりも人力を十分に活用した労働集約的な作業など、それぞれの地域の自然条件に応じたきめ細かい丁寧な手法により、自然の再生・修復を進めていくことが必要である。自然生態系は、長い進化の末に、微妙なバランスの上に成立している。鉄やコンクリート、大型機械を用いて、短期間に大きな構造物を集中的に施工するという従来型の進め方は、自然の再生・修復に適さない場合が多い。

2)多様な主体の参画と連携
具体的には、以下の3点に留意しなくてはならない。

@各省庁間の連携をとること
 自然再生事業は、河川と湿原、干潟と藻場など複合的な生態系を対象とするケースもあるため、関係する各省庁が連携し自然再生事業を効果的・効率的に進めることが重要である。例えば、湿原の失われた生態系を自然再生事業で回復させようとする場合は、そこに流れ込む水の管理が重要である。したがって河川を所管する国土交通省、上流の森林や農地を所管する農林水産省、そして自然や野生生物を所管する環境省が相互に連携・役割分担し、全体的な構想のもとで共同して事業を進めていくことが不可欠である。

A
地方公共団体、専門家、地域住民、NPO等と連携をとること
 自然再生事業は、それぞれの地域に固有の生態系の再生を目指すものであるので、実施に当たっては、調査計画段階から事業実施、維持管理に至るまで、国だけでなく、地方公共団体、専門家、地域住民、NPO、ボランティア等多様な主体の参画が重要である。地域との連携はもちろんであり、むしろ地域からの自主的な発意や地域の主体的な取組こそ、自然再生事業の推進にとって重要な要素である。

B情報の共有と合意形成を行うこと
 自然再生事業の実施にあたっては、回復させる自然の目標を定めるが、これには生態系の現況等自然的条件、地域や国民からの社会的要請、再生のための技術的可能性などの要素が関係している。生態系の現況、過去の自然の状況、地域の産業動向といった科学的・社会的な情報を、全ての関係者が共有した上で、社会的な合意を図りながら目標設定を行うことが重要である(以上、環境省自然環境局HP)。

生物多様性
 自然再生事業で具体的に再生するべき自然とは、生態系というシステムと構成要素および生態系から人類が享受している様々な機能である。これらを「生態系サービス」と称することもあり、その機能を維持するためには、「生態系管理」と呼ばれる人類の積極的な関与による、生態系の持続を目標とした管理が具体的に検討されている(鷲谷 2003)。
 生態系はそもそも物理化学的環境要因だけでは成立せず、そこに多くの生物が共存することによって初めて成立する、複雑で動的平衡的なシステムである。したがって生態系とその機能を維持するためには、そこに生息する多くの生物の共存を可能にすること、すなわち生物の多様性を保全することが不可欠である。
 生物多様性(Biodiversity)とは、生物の間にみられる変異性を総合的に指す概念であり、現存の生物の有する空間的な広がりや変異のみならず、生物の進化・絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する幅広い概念である。
 19925月に「生物多様性条約」が制定され、20028月までに日本を含む184ヶ国がこの条約に加盟し、世界の生物多様性を保全するための具体的な取組みが検討されている。この条約に定義されるところによれば、生物多様性は以下の3層に階層化され、それぞれの層での保全が必要とされている

生態系の多様性
 様々な生物の相互作用から構成される様々な生態系が存在すること。生態系の多様性は、多様な種が棲み分けることで様々な自然条件に適応した結果であり、低下すれば環境変化などによる生物種の絶滅リスクが高まる。

・種の多様性

 様々な生物種が存在すること。種の多様性は生態系の多様性と遺伝的多様性の双方の基となり、生物多様性の要といえる。遺伝的多様性
種は同じでも、個体ごとに持っている遺伝子が異なる。それによって生ずる環境適応能力のちがいや種の分化などは生物進化のもとであり、低下すれば種の遺伝的劣化が進んで生物種の絶滅の危険性が高まる。
 
 このように生物多様性は、生命の豊かさを包括的に表した広い概念で、その保全は、食料や薬品などの生物資源の確保のみならず、人間が生存していく上で不可欠な生存基盤(ライフサポートシステム)にとっても重要である。反面、人間活動の拡大とともに、生物多様性は低下しつつあり、地球環境問題のひとつとなっている。国際的に「生物多様性条約」に基づく取り組みが進められる中で、日本でも「生物多様性国家戦略」を策定して、総合的な取り組みが実施されはじめている
(財団法人環境情報普及センターHP
 2002年に策定された「新・生物多様性国家戦略」では、日本の生物多様性が現在直面している問題を以下の3つに大別している。
 第1は、人間による「生物の過度の採取」・「生息地の破壊・劣化」に伴う「生物・生態系の減少・絶滅・消失」の危機である。これらへの対策として、人間活動の影響の低減、消失した生態系・生息地の再生を提起している。

 2は、特に里山地域など、自然と人間社会の動的な均衡の上に成立している生物多様性に対して、地域社会の側が衰退したことにより動的な均衡が崩壊しつつある危機である。この解決には、地域特性に応じた、自然と社会の新たな関係の構築という視点を必要としている。
 3は、従来日本の生態系に存在しなかった要素(アライグマセイタカアワダチソウなどの外来種ダイオキシンPCBなどの化学物質など)による攪乱の危機である。この問題に対しては、事前のリスク評価と侵入防止のための管理、および生態系からの除去などの対策が必要としている。
 1は、自然再生事業を提起するものであり、ビオトープなどの具体的活動がすでに行われている。2は、自然との共生を前提とした社会の構築を提起する物であり、日本の里山がモデルケースとなる。3は、外来種の持ち込み・拡大の防止や駆除を提起するものである。

滅危惧種の現状

 生物多様性の保全においてしばしば大前提となるのが、絶滅危惧種の現状把握である。絶滅危惧種とは、近い将来に絶滅のおそれのある生物種のことで、環境省および都道府県等自治体によってそのリストが作成され、分類群ごとにレッドリスト(レッドデータブックに揚げるべき日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)が公表される。これを基にレッドデータブック(日本の絶滅のおそれのある野生生物の種について、それらの生息状況等を取りまとめた本)が順次編纂される。
 レッドリストのカテゴリーは、日本ではすでに絶滅したと考えられる種を「絶滅(EX)」、飼育・栽培下でのみ存続している種を「野生絶滅(EW)」、絶滅の危機に瀕している種「絶滅危惧T類」の中で、ごく近い将来における絶滅の危険性が極めて高い種を「絶滅危惧TA類(CR)」、TA類ほどではないが、近い将来における絶滅の危険性が高い種を「絶滅危惧IB類(EN)」とし、絶滅の危険が増大している種を「絶滅危惧II類(VU)」、現時点では絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種を「準絶滅危惧(NT)」、評価するだけの情報が不足している種を「情報不足(DD)」、地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いものを「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」と7段階にランク分けされている(矢原2003)。現在、日本の哺乳類の24%、両生類の21.9%、汽水(海水と淡水との混合によって生じた低塩分の海水。内湾・河口部など)・淡水産貝類の25.1%、シダ植物・種子植物の23.8%、合計すると日本に生息する全生物種の1/4程度がこのレッドリストに名を連ねられている。
 日本列島には現在、約6000種の野生植物が存在している。その内、レッドリストには「絶滅(EX)」から「情報不足(DD)」の全ランク合わせ、維管束植物が1887分類群(種・亜種・変種を含む)、維管束植物以外の植物が482分類群があげられている(環境省自然保護局野生生物課 2000。群馬県においては、群馬県自然環境調査研究会が行った調査に基づいて、植物版レッドリストが1999年に公表されている(群馬県環境生活部自然環境課 1999。これによれば、群馬県内に生育する野生植物のうち55種がすでに絶滅しており、絶滅危惧I類に157種、絶滅危惧II類に26種、準絶滅危惧に11種、希少に104種、情報不足に29種が属し、合計382種が絶滅または絶滅のおそれありとされている。
 絶滅危惧植物の保全は生物多様性の保全の根幹の一つをなすが、その実施にあたっては、特定の種だけを対象とした対策ではなく、多様な種からなる地域生態系全体を保全する対策の必要がある。なぜなら、生物種はその生育地の長い歴史の中で進化してきたと考えられるからである(松田 2002)。

ビオトープ
 自然再生事業の一つとして、地域生態系の復元をめざしたビオトープの構築が日本においても近年盛んになっている。ビオトープはドイツで1紀ほど前に提唱され、「生物相で特徴づけられる野生生物の生活環境」という意味を持つ、景観生態学、地域生態学から生まれた学術用語である。ギリシャ語のビオスBios:生物)とトポス(Topos:場所)を合成したドイツ語で、動植物が存在する空間を対象に、景観としての等質的最小単位である「エコトープ」の中の「フィット(植物)トープ」と「ズー(動物)トープ」を対象に、生物学的な空間的不連動性で区切った景観単位のことを示す。ドイツやスイスにおいては1970年ごろから技術専門用語としても庭園や河川の自然管理に使われるようになり、現在では、日本を含めた世界中で用いられている(長谷・根元・井上・中島 2004)。
 ビオトープは、個人レベルから地域社会レベルまで、さまざまな組織が取り組める環境保全対策である。なぜなら、森林、河川、水田、都市緑地などにおいて、生態学的知見に基づいてそれぞれに特有な管理方法をとることによって、それぞれの大きさの生態系の復元をめざすことが可能であり、また管理母体それぞれのレベルにみあった管理を行うことが可能であるからである(秋山 2000)。しかし中には、ビオガーデンや学校ビオトープという、極めて小規模で生態系の復元の目的にそぐわないものや、外来種を移入してしまうという誤解もある(上赤 2001)ので、注意が必要である。
 本研究においては、アドバンテスト・ビオトープを調査地の一つとした。このビオトープは、群馬県邑楽郡明和町にある株式会社アドバンテスト群馬R&Dセンタ2号館敷地内に20014月に竣工したものである。アドバンテスト社は環境保全活動の一環として、自然環境との共生をうたって本ビオトープを構築した。面積は約17,000u(100m×170m)と、民間企業所有としては国内最大級の規模のものである。本ビオトープ建設前の用地は、雑草がまばらに育成する程度の裸地であったが、「関東平野の昔ながらの自然を再現する」、「多様な生き物の生息場を創出するために水辺のエコトーンを形成する」、「周辺の自然環境とのビオトープ・ネットワークを形成する」、「水と緑による従業員のいやしの空間を創出する」という4つのコンセプトに基づいて構築された。すなわちアドバンテスト・ビオトープは、単に緑地を創出しようというものではなく、地域の自然生態系の再生創出をめざしており、竣工後以下に示すような、「育成管理」という適切な管理を継続した結果、着々と地域の生態系の再生が実現しつつある。
 どんなにすばらしいビオトープが竣工したとしても、その生態系としての質は後の維持・管理によって大きく左右される。ビオトープづくりをはじめ自然の保全・復元を目指した事業は、目標とする地域生態系を明確にした基本構想に始まり、現地調査、環境評価、計画・設計(ゾーニング計画、目標生物相の整備・管理計画、施設整備・利用計画、モニタリング計画)を行い、さらに自然の摂理をふまえた一貫した自然環境の整備および維持・管理である「育成管理」を継続的に実施しなければならない(中村 1996)。

具体的なビオトープの育成管理においては、以下の1)〜4)を実施する必要がある。

1)環境整備
 ビオトープを、目標とする地域生態系へと育成するために、動植物の生息・生育環境を形成し持続させる人為的整備である。具体的には、造成、地形変更、土壌改良、水系づくり、浚渫(しゅんせつ)などの大規模なものや、植栽の苗床や野生小動物の隠れ家づくりなどの小規模なものがある(中村 1996)。本ビオトープにおいては環境整備として、ハ虫類のための石積、カブトムシなどの昆虫のための伐採木の設置を行っている。

2)人為的影響の排除
 ビオトープのつくられた場所の本来の立地条件に合った、生物相の回復が自然に進行するように、人為的影響を極力排除してビオトープの変化を見守ることである。生物種の自然な移入と定着を誘導するようにとられる方法である。これは無管理状態にしておくということではなく、ビオトープの変化は監視・調査され、常に自然の現状が把握されていなければならない(中村 1996)。
 本ビオトープにおいても人為的影響を極力排除し、生物種の自然な移入と定着を誘導している。

3)生物導入
 動植物の個体、種子、群集等をビオトープに人為的に持ち込むことである。生物は自らの力で移動し、その勢力を維持・拡大する能力をもつ。しかし、その能力は種によってまちまちである。特に都市域では、本来の生物の生育域から遠いところに生育可能な空間が存在しても、生物自らの移動力では到達できなかったり、また到達するまでに非常に長い年月がかかると想定される。このよう場合には、人為的に動植物の個体や株、種子や卵を目的の場所に移動させ、その定着を図ることも必要になってくる(中村 1996)。
 本ビオトープにおいては、竣工以来ほとんどこの手法はとっていない。しかし近年、アドバンテスト社相談役の意向により、ホタルの幼虫をビオトープ内の水域に放流した。

4)生物除去
 自然の生態系はそれ自身の力で変化していくものであるが、特定の生物群集や種組成を維持・存続させようとしても、当該地域に本来生育していない動植物の個体、種子、群集等が移入することもしばしばあり、これらを人為的に排除しなければならない場合が生ずる。特に外来種(後述)は、その強い競争力と繁殖能力により在来の生物相に大きな影響を及ぼし、その地域本来の生態系をゆがめてしまう(中村 1996)ため、除去しなくてはならない。
 本ビオトープにおいては、外来種(セイタカアワダチソウ、セイヨウタンポポ、アメリカザリガニなど)の除去を定期的に行っている。
 本ビオトープにおいては、20014月の竣工後直ちに群馬大学環境科学研究室・石川真一助教授らによって、ビオトープの育成管理に関する調査研究が開始された。研究は現在も継続中で、外来植物種の抑制・除去と在来植物種の増加を実現するために必要な生態学的・環境科学的知見を、環境情報として集積している。具体的には、以下のような結果を得ている。

1)ビオトープ利用者と管理者のための生育植物情報提供
 ビオトープ内に生育する植物を調査し、毎年そのリストを作成した。その結果、在来植物(日本に昔から生育している植物)は2001年度にはわずか25種(新岡 2002)しか生育していなかったものが次第に増加し、2002年度は28種(清水建設 2002)、2003年度は59種(星野 2004、狩谷 2004) 、2004年度は48種(佐藤 2005)、2005年度は38種(大川 2006、ただし全域調査ではない)が生育していることが確認された。2003年度からは、関東地方以北の本州の田のあぜや川べりなどにのみ生育するカントウヨメナが、ビオトープ内の各所で確認されている(星野 2003)。

2)外来種の防除、在来種の増殖をめざした、出現植物の種子発芽の温度依存性解析
 ビオトープ内に生育する11種の在来植物の種子の最適発芽条件を解明し(狩谷 2004)、在来植物の効率的な繁殖を可能にした。またビオトープ内に生育する6種の外来植物と2種の在来植物が、土壌シードバンク(後述)を形成する可能性が示唆された(佐藤 2005)。

3)ビオトープ内における植物の発生予察のための土壌シードバンク解析
 土壌シードバンクを形成する種は絶滅しにくいので、それが外来種の場合には駆除のコストを十分用意しなくてはならないが、在来種の場合には、ビオトープへの定着可能性が高いと評価できる。解析の結果、林内の土壌中には外来種の種子はあまり含まれておらず、在来種の種子が多く含まれていることが示唆された。すなわち、本ビオトープ内に植栽した樹木が生長して日陰が増えたことで、明るい場所を好んで生育する外来植物の繁茂が抑制され、逆に林内を好む在来植物種が増加しているといえる(佐藤 2005)。

4)土壌中の窒素濃度と水分環境の把握
 植物にとって、栄養塩である土壌中の窒素濃度と土壌中の水分環境は、生長を左右する最も重要な環境条件である。新岡(2002)と大川(2006)の結果により、本ビオトープは竣工以後しだいに土壌中の窒素濃度が上昇し、水分環境も改善されてきていることが示唆された。

自然再生の目標としての里山
 山国であり資源の乏しい国である日本では、古来より居住地域に隣接した丘陵地や山地を様々な形で利用してきた。こうした居住地域に隣接した地域は、「里山」と呼ばれている。「里山」は多義性を持った用語であるが、「人間の手によって管理された自然」というのが、現在の一般的な概念である(武内 2001)。
 里山は、人間に管理されたいわば「二次的自然」であり、大規模な開発ではしばしば失われるが、放置したままでも変質するため、人間が適正に関与し管理することが前提となる。昔ながらの里山は、農林業を営む人々によって維持されてきた。里山の中核をなす雑木林の下草や落葉は堆肥や燃料にされ、樹木は20年から30年に一度伐採されて薪や炭にされた。また、里山で成長する木材は建築材として、キノコ、山菜などの林産品は食糧として利用された。里山の利活用に際しては地域コミュニティのなかでルールがつくられ、里山は大切に守り育まれながら、人づくりの場としての機能も担ってきた。(里山を考える会HP)。
 第二次世界大戦後、エネルギー源が薪炭から石油に大きく変化したことから、里山は急速に利用されなくなったといえる。続く1960年代の高度経済成長期の急激な都市化により、低山地・丘陵地の二次林を切り開いて住宅地の開発が進み、昔からの日本の自然風景としての里山は失われていった。しかし1990年代以降は、全国各地で里山の自然の保護や、さらに積極的な保全対策を行う市民活動が活発化しつつある(武内 2001。具体的な取り組みとしては、以下の活動があげられる。

1)ボランティアによる里山の雑木林管理
 多摩ニュータウンの東緑に位置する桜ヶ丘公園雑木林において、1991年に活動が開始された。80名ほどのボランティアが中心となり、下刈り、落ち葉かき、コナラ苗の植栽などの管理作業を行い、雑木林の台帳作りや雑木林の光の分布などのモニタリング調査も行っている(倉木・麻生 1994)。

2)管理組合による里山の管理
 東京都町田市北部の多摩丘陵に、都が1978年に指定した「図師小野路歴史環境保全地域」がある。20015月現在、約5割が民有地、残りの約5割が都有地であり、都は1996年から、この都有地約16haの植生管理を、地域内の農家と関係者からなる町田歴環管理組合に委託し、農民が長年培ってきた手法を活用し、雑木林や水田などの管理を行っている(北川 2001)。

3粗朶(そだ)を通じた里山管理の再開

 茨城県霞ヶ浦における自然再生事業「アサザプロジェクト」の一環である。里山にある植物が資源として利用されれば、放棄されていた里山管理が再開される可能性がある。「粗朶(そだ)」は、雑木林の枝を束ねたものである。粗朶の需要を掘り起こすことによって、雑木林の枝打ち管理を再開した。また粗朶を生産するために、粗朶組合を結成して地域における雇用の創出を図った(鷲谷 1999)。
以上の実例にみられるように、里山を維持していくためには、人による自然への働きかけを継続することが必要とされるので、その保全活動においては、必要とする労力を永続的に得るための仕組みを、どのように構築するかが重要となる。
 しかしその一方で、都市化の進展に伴う農村の過疎化・高齢化などの社会構造の変化により、里山に人手をかけることがますます困難になってきている。人が里山に手を加えるのをやめて放棄されると遷移が進み、里山特有の動植物が生息できなくなる。近年は、以前は普通に見られたメダカタガメも、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧II類とされるほど減少した(財団法人環境情報普及センターHP)。
 一般に、比較的均質で安定な生育・生息場所では、生物間の競争の結果、競争力の大きい種が資源を独占し、それ以外の種が排除され多様性が低下する傾向がある。里山では、人が薪や落ち葉などの採取のため、定期的に手を加えることによって、中程度の攪乱や環境ストレスが発生する。これらによって競争力の大きい種の生育が多少なりとも抑制され、競争による排除が起こりにくくなり、結果的に多くの生物種が共存すると考えられている(武内・鷲谷・恒川 2001。すなわち、里山は生物多様性の高い生態系である可能性が推察される
 本研究では、群馬県の榛名山西部にひろがる農村地域を里山のモデル調査地として選択した。以後、本調査地を「西榛名地域」と呼称する。本地域の土地面積の約1/4は田畑で、3/5は山林であり、住民の多くは農業を基幹産業として長年営み、特産品としてミョウガとシイタケを栽培している。65歳以上の高齢者人口が全人口の3割を越えるほど高齢化が進み、農業の後継者不足が懸念されている。
 2005年に、群馬県自然環境調査研究会と群馬大学社会情報学部・環境科学研究室が、この西榛名地域において植物相調査を行った。その結果、本地域において60種以上の里山特有の植物の生育が確認された。この中には、絶滅危惧植物に指定されている植物、およびそれに準ずる植物も多く含まれている(高橋 2006

土壌シードバンクとその自然再生における利用
 土壌シードバンク(種子の貯蔵庫の意、埋土種子集団ともいう)とは、土壌中にある生存種子の集合体である。近年は自然再生事業において、失われた植生(植物種・個体の地域的集団のこと)を回復する科学的手段として、土壌シードバンクを利用するための研究が進められている(荒木・安島・鷲谷 2003
 種子植物は種としての移動分散のために種子を生産するが、種子の移動先が発芽後の芽生えにとって良好な生育環境である保証はない。このため多くの植物種において、種子は芽生えの生長に不適な環境条件下では発芽せず、これをやり過ごすために休眠する特性を有することが知られている。休眠している種子は、発芽に適した温度や水分に恵まれていても発芽せず、芽生えの生長に適した環境条件が訪れたことを示すシグナルを受け取ってから発芽する(鷲谷  1990)。土壌中には、休眠解除のための環境シグナルあるいは発芽に適した条件が与えられないために発芽せず、休眠(発芽に適した条件が与えられていても生理的に発芽を抑制する状態)あるいは休止(発芽に適した条件が与えられないために発芽しない状態)の状態にある種子が、土壌シードバンクとして多く含まれている。
 土壌シードバンクには、とりこまれた種子が1年以内に発芽(または死亡)する「季節的シードバンク」と、1年以上の期間にわたって発芽を延期して存続する「永続的シードバンク」の2つのタイプがある。永続的シードバンクを形成する植物種には、種子が死亡せずに数十年から100年以上の間、土壌中で生存するものが知られている。このように長い間土壌シードバンクとして種子が残存する植物種は、例え地上の個体が死滅していても、いつか再び芽生えて種の再生を図ることができる可能性がある。
 変動性の高い環境下に生育する植物種は、地上個体の死滅する確率が高いため、永続的シードバンクを形成するものが多いとされる。したがって環境変動の大きな水辺や湿地などにおいて、自然再生に土壌シードバンクを利用できる可能性が高いとされている。しかし、土壌シードバンクの利用には、以下のように限界と留意すべきこともある。
 1)ある地域内において、永続的シードバンクを形成する植物種は多いとは限らない。土壌シードバンクからの再生が期待できない植物種もある。
 2)土壌シードバンク中の生存種子の量は、地上からの新たな種子の供給がなければ時間とともに指数関数的に減少する。このため、地上から植物個体が消失してから長期間が経過している場合には、たとえ永続的シードバンクを形成する種であっても、土壌シードバンク中の生存種子量は著しく少なく、大量の土壌を用いても植物種の再生が困難なこともある。
 3)土壌シードバンクから出現した芽生えが定着し、持続的に生育するには、芽生えの生育に適した環境条件が確保されていなければならない。土壌シードバンクから発芽させても、それらが定着できずに死亡すれば、それは土壌シードバンクの「無駄遣い」であるといえる。無駄に土壌シードバンクを消費しないためには、目標とする植物種(群)の生育条件をよく吟味し、これを確保したうえで土壌を利用する必要がある。
 4日本に定着している外来植物には、環境変動の大きな攪乱地に依存して生きるために、永続的な土壌シードバンクを形成するための休眠特性をもつものが少なくない。したがって外来植物が優占する場所においては、しばしば土壌シードバンク中に外来植物の種子が大量に蓄積している。このような土壌シードバンクを用いれば、自然再生どころか外来植物の蔓延を助長することになりかねない。
 また土壌シードバンクの組成は、その場所の植物群落遷移等の履歴に大きく左右され、また空間的な不均一性(場所による違い)がきわめて大きい。これは土壌シードバンクの組成が、地上部からの新しい種子の参入と種子の死亡や発芽により常に変動しているからである。したがって、土壌シードバンクの利用に際しては、あらかじめ土壌シードバンク中の種組成や量と、これらの場所による違いなどを十分に調べておく必要がある(以上、荒木・安島・鷲谷 2003)。

外来種とその自然再生・生物多様性保全に対する影響
 外来種(Alien Speciesとは、過去あるいは現在の自然分布域外に人為的に導入された種、亜種、あるいはそれ以下の分類群を指す(村上・鷲谷 2003)。
 外来種は、在来の生物種や生態系に様々な影響を及ぼす。中には奄美・沖縄のマングース小笠原ノヤギ、アノールトカゲのように、在来種の絶滅を招くような重大な影響を与えるものもある。現在では、人による直接利用のための大量導入と、人と物資の頻繁な移動に伴う非意図的な導入が日常化し、地理的な障壁が生物移動の障壁として役に立たなくなった。このため、多くの野生生物が本来の生息地外に持ち込まれ、その一部の種が野生化し定着した結果、外来種として生態系や人間活動に何らかの影響を及ぼすことが多くなってきた。
 一方で、農耕地、植林地、市街地など、人為的干渉の大きな場所が陸地面積に占める割合が急激に増大し、自然界には存在しない大規模な攪乱地が地球全体に広がった。これに乗じて、自然な攪乱地や荒れ地に適応していた一部の生物種が、人為的な攪乱地に分布を拡大した。その結果、限られた数の生物種がコスモポリタン種(世界中に分布する生物種のこと)として大量に生育するようになり、地球全体の生物相の均質化が急速に進みつつある。多くの外来種が人為的な攪乱の大きい場所に定着している。外来種が地域生物相に占める割合は、当該地域における生態系への人為的攪乱の強さと、外来種の人為的移動の機会の多さによって決まるので、地域生物相への人為的な影響の大きさを示す指標の一つともなる(村上・鷲谷 2003)。
 外来種対策のために「特定外来生物に係る生態系等への被害の防止に関する法律」(以下外来生物法と略す)が20046月に公布され、翌年6月には生態系等に悪影響を及ぼしていることが明らかな外来種として、1432種が「特定外来生物」として第一次指定され、規制が開始された。なお、「外来生物」は、「外来生物法」において使われる言葉で、海外から日本に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物、と定義されている。また、外来生物のうち、定着している・いないにかかわらず、特に大きな影響を及ぼす生物を「侵略的外来生物」としている。ただし、これらの生物も本来の生態系の中ではごく普通に生活していたものである(財団法人環境情報普及センターHP)。
 村上・鷲谷(2003)によると、外来種の導入経路は、意図的導入と非意図的導入の2タイプに分けられる。前者は、人為的に自然分布域外に意図的に移動および放遂されるタイプであり、観賞用や植林用、酪農の飼料など、明確な利用目的を持って導入される。例えば近年話題となっているブラックバスは釣り目的、外国産クワガタムシは観賞用に導入された後に定着した(川道・岩槻・堂本 2001)。後者は、人為的ではあるが意図的ではないもので、輸入された穀物類や苗に混入している場合や、輸送機器に混入して移動するタイプである。花粉症の原因種として有名なブタクサ、オオブタクサは、輸入穀物や家畜飼料に混入して日本国内に持ち込まれた。
 このように増加の一途をたどっている外来種は、生物多様性の保全上、最も重要な課題の一つとされ、生物多様性条約の枠組みの中でも対策が検討されている。また日本国内では、一部の外来種の駆除が進められている。以下に実例をあげる。

実例1)オオブタク 
 北米原産のキク科一年草である。原産地では、農耕地に侵入して厄介な害草となっている。日本では空き地などに群生し、風媒花であるため大量の花粉を飛散させ、花粉症の原因の一つとなっている。
 本種が日本へ入って来たのは、戦後間もない昭和20年代であるとされる。戦後、日本はアメリカから大量の穀物や豆類を輸入するようになり、オオブタクサの種子が輸入大豆や飼料用の穀物に混ざって日本国内に持ち込まれ、異物として捨てられることによって河原や造成地などに広がったものと考えられる(鷲谷 2002)。
 さいたま市の荒川河川敷にある田島ヶ原における研究結果(宮脇・鷲谷 1996)によると、オオブタクサの個体密度の高い場所ほど植物の種多様性が低くなった。当地の植生を保全するために、オオブタクサの芽生えを抜き取って駆除を試みた。オオブタクサは土壌シードバンクを形成するので、それも考慮した個体群動態モデルを用いて、駆除を実現するために抜くべき芽生えの分量を推定したところ、毎年発生する芽生えの99%を抜かなくてはならないと算出された(鷲谷 2002)。

実例2)シナダレスズメガヤ
 利根川水系鬼怒川中流域には広く礫質河原が広がり、礫質河原でしか生育できないカワラノギクやカワラハハコなどの在来植物が多く生育する。しかし近年、外来牧草シナダレスズメガヤの侵入が目立ち、礫質河原の植生が大きく変化しつつある。
 本種は南アフリカの乾燥・半乾燥地域の草原に自生する、イネ科の多年生草本である。根、茎、葉のいずれも細く密生して株立ち状となるため、土砂を抱いて不安定な土壌を固定する効果があり、砂防用の緑化植物として広く用いられている。日本では戦後に導入され、中山間地域の道路法面の緑化・浸食防止、砂防工事などに広く用いられてきた。現在多くの河川においてシナダレスズメガヤの生育が見られるが(国土交通省直轄の123河川中105河川に分布)、その多くは、上記目的で使用された場所で生産された種子が、河川水流にのって分散してきたものと思われる。
 シナダレスズメガヤが河原に侵入すると、冠水時に砂を堆積して河原の微地形を改変し、また密生して他種を被圧することで、河原固有の在来種の衰退をもたらしている可能性がある(村中・鷲谷 2002)。

実例3)ハリエンジュ(ニセアカシア) 
 ハリエンジュは北米東部原産のマメ科の高木であり、養蜂、薪炭用樹種として利用される。日本には1873年に、砂防樹種、街路樹等の緑化樹種として導入された。現在では、山腹、渓流、河原、海岸、放棄農作地など様々な立地へ侵入しているが、それらは過去の緑化施工地からの逸出によるものと考えられている。
 現在、長野県梓川(あづさがわ)では、上流部のダム建設の後に急激に河川敷内が樹林化、すなわちハリエンジュ林およびハリエンジュとヤナギの混交林が増加し、植生景観の多様性が低下することが懸念されている。また石川県安宅(あたか)の海岸林では、ハリエンジュの樹林化が進むにつれて、植物群落の種多様性が低下することが懸念されている。こうした現状を受けて国土交通省は、今後排除すべき有害な外来種としてハリエンジュを挙げているが、このような植生管理を国家レベルで実現するためには、外来種の分布と動態を把握するためのモニタリングが不可欠である(前河 2002)。

ハリエンジュは、自然再生を必要としている荒廃地においても猛威をふるっているため、自然再生事業の初期段階において徹底駆除する必要に迫られている。本種はマメ科に属するので、空中窒素固定能力を有する根粒菌と共生しているため、荒廃地でも旺盛に生長繁茂して、しばしば純群落を形成する。このような状態になると、窒素を多量に含むハリエンジュの落葉の供給によって土壌は富栄養化するが、生長の早いハリエンジュが光を遮ってしまい、もともと生長の遅い在来植物は、被圧されて生長できなくなってしまう。さらにハリエンジュは根から再生できる能力があり、地上部を伐採しても根から多数の芽(根萌芽)を発生させ、短期間で幹が回復してしまう。再生した幹は1年で1m以上も伸長し、また鋭い棘を持っている。このため伐採による駆除は成果をあげていない(岡山理科大学・総合情報学部・生物地球システム学科・波田善夫研究室HP)。
 ハリエンジュは栃木県と群馬県を流れる渡良瀬川の河川敷においても繁茂し、樹林化している。1998年に大きな洪水があり、渡良瀬川の中流にある草木ダムの水が放水されてから、その下流にある桐生市内の河川敷においてハリエンジュが急増し樹林化した。ハリエンジュは倒木や根から萌芽し再生するので、洪水の際に倒木したところから増加し、樹林化したと考えられている(星野・清水 2005)。
 群馬大学環境科学研究室においては、栃木県足尾町から群馬県桐生市までの間の渡良瀬川河川敷において、ハリエンジュの生態学的特性の解析を行っている。以下にこれまでに明らかになった結果を概説する。
 1)桐生市から足尾町の間の渡良瀬川中・上流域の河川敷では、61箇所でハリエンジュが複数本生育している。これらの分布地点はいずれも土壌のある河原、または河床から一段上がった道路沿いで、岩石河原では全く生育は見られなかった。桐生市内の渡良瀬川河原では、土壌のある部分のほとんどがハリエンジュの樹林で覆われている。これに対して、桐生市より下流の佐野市内の河原は、ヨシなどの草丈の高い在来草本に一面覆われていて、ハリエンジュの分布は見られなかった。足尾町の山地では、鉱毒により衰退した山林の復元のためハリエンジュを植林しており、これが下流域に広がるハリエンジュの種子供給源になっているのかもしれない(慶野 2005)。
 2)ハリエンジュの幹の年輪解析を行ったところ、萌芽幹(根萌芽を含む)の方が非萌芽幹よりも直径成長が早い可能性が示唆された(慶野 2005)。
 3)ハリエンジュやクズなどのマメ科植物の多い地点では、土壌中の特に硝酸態窒素濃度が高い値になった。逆に植物の生育密度が低い未熟土でマメ科植物の少ない地点では低い値になった。土壌窒素濃度が高くなると、貧栄養に適応している競争に弱い種である在来植物種は減少し、栄養要求性が高く競争に強い在来・外来種のみが優占するようになることが懸念される(石原 2006)。
 本研究においては、こうした先行研究の結果を継承して、栃木県足尾町および群馬県桐生市の渡良瀬川河川敷を調査地として比較研究を行うことにより、外来植物であるハリエンジュが在来植物に与える影響を解明するとともに、ハリエンジュの効果的な駆除方法を検討する。

本研究の目的
 以上のように、生態系を形成し、生態系サービスと称される諸機能を実現している根源たる生物多様性が、現在急速に低下しつつある。新・生物多様性国家戦略において提起されているように、生物多様性の復元のためには今や自然再生事業が不可欠であり、生物多様性の維持による自然との共生を前提とした社会の構築のモデルケースは、日本の里山である。そして、これらの生物多様性の保全・自然との共生にとって最も大きな問題は、外来種の増大と絶滅危惧種の衰退である。
 自然再生事業は、放置された廃棄物を処理するような、単なる政策的な環境問題解決手法ではない。生物多様性と健全な生態系の回復という、科学的に検証する必要のある目標の実現のための手法である。したがって自然再生事業の実施に際しては、生態学をはじめとする科学の関与が欠かせない。すなわち、事業の自然への働きかけの効果を生態学的なモニタリングで確かめながら、よりよい方法を探る「順応的管理手法」(鷲谷 19992001)とよばれる管理手法を用いることになる。具体的には、科学研究の基本手法と同様に、仮説をたて、実験を行い、実験結果の検証を行ったのちに、その結果をもとにして更に発展的な仮説をたてる、という仮説―検証のサイクルを繰り返すことになる。自然再生事業において仮説に相当するのは「再生目標の設定」「再生手法の立案」であり、実験に相当するのは「再生事業の実施」、そして検証に相当するのは「事業のモニタリング」である(西廣・鷲谷 2003
 このように自然再生事業は、生物多様性と健全な生態系の回復という、科学的な目標の実現をめざして、科学研究と類似のプロセスを実施する。しかし自然再生事業の到達可能な目標は、明確に設定されているとは言い難い。いまや原始の自然が再生不能であるのは当然と思われるので、目標として設定することは現実的ではない。現在取り組まれている自然再事業の多くが、継続的な人の管理を前提としているのであるから、まさに里山こそが実現可能な目標たるべきということになる。
 本研究では、自然再生事業が、その実現可能な目標たるべき里山の何をどこまで再生できるのかを解明することを目的とする。そしてこの目的を達成するために、まず里山の植物種多様性の現状を解明する。里山としては、群馬県西榛名地域を調査地とする。次に、実際に実施されている自然再生事業として、「育成管理」と呼ばれる順応的管理手法を継続的に実施している、群馬県明和町のアドバンテスト・ビオトープを対象として植物種多様性の現状を解明し、結果を里山である西榛名と比較する。これにより本ビオトープが、竣工から今日までに植物種多様性の再生をいかほど実現したのかを中間検証する。さらには、栃木県足尾町および群馬県桐生市内の渡良瀬川河川敷の植物種多様性の比較を行うことにより、外来樹木のハリエンジュが自然再生事業の初期過程において引き起こしている問題点を明らかにし、またハリエンジュの効果的な駆除方法について試行し、その効果を検証する。
 以上の解明・検証のために、各調査地において植生・植物相調査を行って植物種多様性を評価する。また各調査地の土壌シードバンクの解析を行って、植物種多様性の維持の可能性、および外来種の発生の可能性を評価する。さらには、いくつかの代表的な植物種の種子を対象に発芽実験を行って、種子休眠特性の有無を確認して土壌シードバンク形成可能性を評価する。
 外来樹木ハリエンジュが在来植物に与える影響を解明するためには、植生調査に加えて光環境と土壌窒素環境の改変状況に関する環境測定を行う。また、桐生市内においてハリエンジュの伐採実験を行い、駆除を試行する。

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