概 要

地域生態系と生物多様性の復元を目的とした自然再生事業が盛んになってきているが、再生目標とする自然がいかなるもので、どこまで目標を実現しているのかを評価する方法は確立されていない。そこで本研究では、自然再生事業の一つである大型ビオトープを対象として、自然再生事業の科学的評価方法の検討と目標の達成度合いの中間評価を行うことを目的とした。このため、自然再生事業の初期段階にある渡良瀬川河川敷、育成管理手法を継続的に実施しているアドバンテスト・ビオトープ、そして目標たるべき群馬県西榛名地域の里山における植物種多様性の現状を、植物相・植生調査、土壌シードバンク解析、発芽実験などの生態学的手法により解明し、結果を調査地間で比較検証した。
 植物相・植生調査を行った結果、渡良瀬川上流の栃木県足尾町内の河川敷では、イネ科、タデ科の植物が確認され、一次遷移の初期過程にあるものと推察された。中流の群馬県桐生市内桐生大橋上流河川敷のハリエンジュ林床では、林床特有のごく小数の植物種が生育し、ススキ草原では強い光を受けることで良く生長する植物種が確認された。アドバンテスト・ビオトープでは、一月おきに異なる複数の立地において植生調査を行った結果、代表種で見る限り、全体的にはまだ外来種が多いことが確認された。しかし10月の全域植物相調査の結果、優占状態ではないものの在来植物種92種が確認されたため、植物相からみて生物多様性の再生が実現されつつあるといえる。西榛名地域では、アドバンテスト・ビオトープにおいても生育が確認されたイヌトウバナ、ヤブマオをはじめとする、多くの里山特有の在来植物種84種が確認された。土壌シードバンク解析を行った結果、足尾町内の河川敷では、土壌シードバンクの種構成が上部の植物種構成に依存していることが示唆された。桐生市内の河川敷およびアドバンテスト・ビオトープにおいても同様の結果が得られた。一方西榛名地域においては、土壌シードバンクの種構成が上部・周辺植物相を直接反映しているわけではない可能性が示唆された。主要生育植物の発芽実験を行った結果、西榛名地域の里山に生育する在来種アキノタムラソウ、サジオモダカは、多くの種子が休眠状態にあることが示唆された。アドバンテスト・ビオトープで採取した種子の発芽特性は、三つのグループに大別され、このうち在来植物グループ2は、発芽の最適温度が存在する植物種群であり、最適温度よりも高い温度にさらされると、一部の種子が休眠することが明らかになった。このため、このグループ2に属するキツネアザミ、キンエノコロ、キュウリグサは、土壌シードバンクを形成するものと考えられる。さらに、ビオトープでの生育が初確認されたミゾコウジュ(準絶滅危惧)は、高温になるほど発芽率が高くなったことから、土壌シードバンクを形成しない可能性が高いことが示唆された。ハリエンジュ伐採実験を行った結果、再生してくる萌芽の本数、萌芽の総乾燥重量は、切り株の直径と正比例することが明らかになった。再び萌芽を全て切除したところ、再生してくる萌芽数、総乾燥重量とも激減し、一部の個体は枯死した。ハリエンジュは1回の伐倒では速やかに再樹林化してしまうが、継続して萌芽を皆伐することにより駆除が可能になると考えられ、自然再生の第一歩としての実施が望まれる。
 里山はビオトープのような自然再生事業の目標であるが、すでにビオトープに里山の植物が出現してきているので、現実的に到達可能性が十分あるといえる。

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