果・考察

植物相、植生
 足尾では、植物相調査によって27種の植物の生育が確認された(表1。科ごとにみると、イネ科(4種)、タデ科(4種)の植物が多い。これは、当地の土壌が栄養塩(窒素など)の比較的少ない貧栄養状態であるためと考えられる。一般に、植生の一次遷移の初期過程においてはイネ科、タデ科の植物が生育することが多い(大野 1995)ため、足尾の調査地は、まさしく一次遷移の初期過程にあると推察される。外来種は9種確認され、絶滅危惧種、希少種は発見されなかった。
 群馬県桐生市内の渡良瀬川河川敷では、ハリエンジュを除くと植生調査で確認された種は全体で25種であり、足尾と同程度であった。外来種は全体で5種確認され、絶滅危惧種、希少種は発見されなかった。
 桐生大橋上流のハリエンジュ林床とススキ草原では、主要構成種が大きく異なった(表2。ハリエンジュ林床には、林床特有の植物(チヂミザサ、アオスゲ、ヤブジラミ)が多く生育し、ススキ草原では、ススキ以外ではセイタカアワダチソウやクズといった、強い光を受けることで良く生長する種が多く生育し、それ以外の種は被度が非常に小さかった。
 松原橋上流のハリエンジュ伐採実験地は、伐採後1年しか経過していないが、伐採されていない桐生大橋上流のハリエンジュ林床の植生(表2とは種組成が全く異なった。すなわち、クズ、コセンダングサが優占し、チヂミザサは少なくなっていた。これらのことは、ハリエンジュの伐採によって、短期間のうちに林内の環境条件が大きく変化していることを示唆していると考えられる。つまり、伐採という人為的インパクトで明るい光環境が形成され、これによってクズやコセンダングサといった、明るい立地を好む植物の生長が助長された(星野・清水 2005)ことが示唆される。実際、後述するように、光環境には大きな変化が見られた。
 アドバンテスト・ビオトープにおいては、植生調査で毎月少しずつ異なる植物種の生育が確認された(表3。すなわち、植生の全容を解明するためには、季節ごとに植生調査を行うのが効果的であるといえる。各月の被度の上位にある種をみると、その多くがエノコログサ、オニウシノケグサなどのイネ科草本であることが共通的特徴といえる。またマメ科植物も多く確認され、カラスノエンドウ、スズメノエンドウは春に開花する一年生植物なので、特に春先である45月に多く出現し、外来植物のシロツメクサは初夏から夏に開花するので、67月に多かった。
 各地点ごとに、各月において被度が上位ランクに位置した種を代表種としてまとめた(表4。この表によると、植栽種を除く代表種としては、ヨモギ草原ではシロツメクサ(外来種)、オニウシノケグサ(外来種)、水源の丘ではカラスノエンドウ、ヨモギ、カタバミ、ヨシ原横ではシロツメクサ(外来種)、セイタカアワダチソウ(外来種)、ススキ群落内ではセイタカアワダチソウ(外来種)、スズメノエンドウ、カラスノエンドウ、チガヤ群落ではセイタカアワダチソウ(外来種)、林内ではチヂミザサ、ヨモギ、カモガヤ(外来種)があげられる。すなわち、代表種で見る限り、まだ外来種が多いといえる。しかし、春先に全域でカラスノエンドウ、スズメノエンドウ、秋にはエノコログサといった季節的在来種が優占することも明らかになった。これは、外来種を抜き取るなどの育成管理を続けてきた結果であると考えられる。なお、20068月に、在来種であるヒナタイノコヅチ、ヤブマメ、ヤブツルアズキが繁殖し過ぎたため、ビオトープ全域の草刈り作業が行われ、またホタルの生育地を造成するために、「チガヤ群落」の大規模な刈り取りが行われた(大矢 2006)ことが、植生調査結果、特に9月のチガヤ群落の調査結果に影響を及ぼしたと考えられる。
 10月の全域植物相調査の結果(表5、アドバンテスト・ビオトープに多くの在来植物種(92種)が生育していることが明らかになった。本ビオトープ内に生育する在来植物は、2001年度にはわずか25種(新岡 2002)しか生育していなかったものが次第に増加し、2002年度は28種(清水建設 2002)、2003年度は59種(星野 2004、狩谷 2004)、2004年度は48種(佐藤 2005)、が生育していることが確認されている。本年あらためて全域調査を行って91種類の在来植物の生育が確認されたことから、在来植物の移入が依然続行中であり、その定着も順調に起こっていることが強く示唆された。
 2006年度調査においては外来植物種が21種確認されたので、いわゆる帰化率(全種に対する外来種の割合)は18.6%となった。アドバンテスト・ビオトープにおける植物の帰化率は、2001年度の調査では37.5%(新岡 2002)、2002年度で45.1%(清水建設 2002)、2003年度で35.7%(星野 2004・狩谷 2004)、2004年度で33.3%(佐藤 2004)、2005年度で19.1%(大川 2006)であった。すなわち、竣工当初は帰化率が増加傾向にあったが、近年は減少傾向にあると考えられる。このことも、育成管理によって外来種の引き抜きを継続的に行ってきた結果であると考えられる。
 また、異なる立地条件下にある調査地点ごとに出現種が異なること(表5から、それぞれの立地に適した植物が定着してきたことで、ビオトープ全体の植物種多様性が高くなってきているといえる。
 アドバンテスト・ビオトープにおける2006年度調査によって、ミゾコウジュ(シバ草原、準絶滅危惧種)、フジバカマ(池周辺、絶滅危惧II類。形態変異が大きい種のため、次年度再確認の必要がある)の生育が、初めて確認された。ミゾコウジュは草刈りなどで上部植生が頻繁に消失する立地を好み、シバ草原横の草地に生えた。つまり、本種は草刈りという管理を行ったことで出現したと考えられる。フジバカマは河川敷の植物で、池のほとりに生えた。育成管理によって、自然状態に近い湿った場所ができたことによって、本種が出現したと考えられる。また、イヌトウバナ(初確認)、ヤブマオ(初確認)、クサコアカソ(初確認)、カントウヨメナ(星野 2003より継続して確認)といった、里山に普通に見られる種の生育が確認できた。これらのことから、本ビオトープの植生景観全般を俯瞰すると、量的にはまだ外来種など特定の種が多い状態ではあるが、種多様性の点からみて、次第に里山の植生に近づいていく方向で、成熟の道を歩んでいると考えられる。
 西榛名地域では、群馬県自然環境調査研究会とともに調査を行った。当調査研究会の調査全体では約800種の在来植物が発見されているが、ここでは調査者が容易に発見できた種をリストアップした(表7。その結果、アドバンテスト・ビオトープにおいても生育が確認されたイヌトウバナ、ヤブマオをはじめとする、非常に多くの里山特有の在来植物(84種)が確認された。外来種は、めだったものはアメリカセンダングサとメハジキのみであった。絶滅危惧種、希少種は、ツルカメバソウ、サジオモダカ、ヒロハヌマガヤなど数十種(群馬県自然環境調査研究会 私信)が確認されたが、詳細については保護上の理由により、非公開とする。また、「夢の花園」で行った植生調査(表6では、アケビ、ヒロハヌマガヤが多かった。
 生物多様性の創出に関する生態学の仮説で、「中規模攪乱仮説」がある。これは、中規模の攪乱下では競争に強い種が駆除されて優占できず、また環境が不均一化するので様々な生育条件が形成されるため、多くの生物種が同所的に共存することが可能になる。このため、全く攪乱を受けない場所や、大規模攪乱を受ける場所に比べると、中規模の攪乱を受ける場所の方が生物多様性が非常に高くなる、という説である(甲山 1998)。西榛名地域の里山は、農林業に持続的に利用するために、森林の部分的伐採や下草刈り、落ち葉かきが定期的に行われている(高橋 2006)。こうした持続的管理が中規模攪乱となっているために、当地域に多くの在来植物が生育しているのではないかと推察される。つまり、地域の人たちが昔ながらの農村生活を維持することによって、結果的に生物多様性が保全されてきたと考えられる。

土壌シードバンク
 足尾で採取した土壌においては、8種の植物の出現が確認された(表8。コアカソ(26個体)が多く、イヌタデ(3個体)も出現した。なお、植物が小さすぎて判定できない未同定種が3種ある。絶滅危惧種、希少種は出現しなかった。2回実験を行ったが出現植物種数は少なかったことから、当地において土壌シードバンクを形成するような植物種の生育は多くないと考えられる。一方、コアカソとイヌタデが植物相調査において確認されている(表1ことから、当地の土壌シードバンクの形成が、上部の植物種構成に依存していることが示唆される。
 桐生大橋上流のハリエンジュ林床で採取した土壌においては13種の植物の出現が確認された(表9。在来種ではチヂミザサ(12個体)、チガヤ(9個体)が多く出現し、外来種はセイタカアワダチソウ(10個体)、カモガヤ(9個体)が多かった。なお、未同定種が6種ある。
 桐生大橋上流のススキ草原で採取した土壌においては、8種の植物の出現が確認された。在来種はススキ(11個体)、シバ(3個体)が多く、外来種はセイタカアワダチソウ(21個体)、オニウシノケグサ(18個体)が多かった。なお、未同定種が1種ある。
 松原橋上流のハリエンジュ伐採地で採取した土壌においては、8種の植物の出現が確認された。在来種はツユクサ(5個体)、タネツケバナ(4個体)であり、外来種はカモガヤ(1個体)であった。
 以上のように、桐生大橋上流および松原橋上流で採取した土壌から出現した植物種の大部分は、上部に成立している植生に存在している種(表2であり、当地の土壌シードバンクの形成が、上部の植物種構成に依存していることが示唆される。
 アドバンテスト・ビオトープ内で採取した土壌においては、ヨモギ草原では、6種の植物の出現が確認された(表10。在来種はヨモギ(2個体)、エノコログサ(2個体)、カタバミ(3個体)であり、外来種はシロツメクサ(5個体)、であった。水源の丘では、7種の植物の出現が確認された(表10。在来種は、メヒシバ(1個体)、ジシバリ(1個体)であり、外来種はシロツメクサ(7個体)、オニウシノケグサ(2個体)、カモガヤ(2個体)であった。なお、未同定種が1種ある。ヨシ原横では、5種の植物の出現が確認された(表10。在来種はチガヤ(118個体)と多く、チヂミザサ(1個体)であり、外来種は出現しなかった。なお、未同定種が1種ある。ススキ群落では、3種の植物の出現が確認された(表10。在来種はチガヤ(2個体)であり、外来種はオニウシノケグサ(4個体)であった。チガヤ群落では、6種の植物の出現が確認された(表10。在来種はクズ(3個体)、チガヤ(3個体)であり、外来種はシロツメクサ(3個体)、イグサSP14個体)であった。林内では、10種の植物の出現が確認された(表10。在来種は、ウシハコベ(21個体)、チヂミザサ(14個体)であり、外来種はオニウシノケグサ(8個体)であった。なお、未同定種が1種ある。
 以上のビオトープの土壌における土壌シードバンク解析結果は、林(1977)が「土壌シードバンクの種組成は、地上部の植生の種組成と違っている場合が多い、地上植生の遷移がすすんで多年草の草本群落となっても地中には一年草の草本の種子が埋蔵されていることが一般的な傾向である」としていることには合致しない。すなわち本ビオトープの土壌シードバンクからは、上部・周辺植物と同じ種で、多年草が多数出現した。どちらがより一般的な傾向であるかについては、今後の研究の発展を待たざるを得ない。
 西榛名地域内で採取した土壌については、ミョウガ畑では、7種の植物の出現が確認された(表11。在来種はツリフネソウ(14個体)、イヌタデ(11個体)であり、外来種は出現しなかった。なお、未同定種が3種ある。夢の花園では、12種の植物の出現が確認された(表11。在来種はツリフネソウ(5個体)、カタバミ(5個体)であり、外来種は出現しなかった。なお、未同定種が2種ある。ワシタニヒルズでは、6種の植物の出現が確認された(表11。在来種はノブキ(3個体)、スズメノヒエ(3個体)であり、外来種はセイタカアワダチソウ(1個体)であった。なお、未同定種が1種ある。大沢ため池の中では、8種の植物の出現が確認された(表11。在来種はマツバイ(46個体)、ヒメヒラテンツキ(24個体)であり外来種は出現しなかった。
 以上の里山の各調査地の土壌シードバンク解析結果から、里山では土壌シードバンクの種構成が上部・周辺植物相を直接反映しているわけではない可能性が示唆された。このことは、特に里山特有の植物種の種子休眠特性に関係している可能性が考えられる。西榛名地域のような里山では、コナラなどから構成される二次林が、薪炭やシイタケのほだ木用採取用に、20年前後のサイクルで伐採・萌芽更新を繰り返すように管理されている。こうした長期的なサイクルの中では、里山特有の植物種は種子が長期間休眠して、数十年に一度訪れる、伐採により明るくなる生育適地の出現に備えるようになっているのかもしれない。いずれにしても、植物種子の休眠・解除機構はまだまだ明らかになっていないことが多いため、実験に基づいた解明が必要である。また、今回用いた実生発生法にも改善の余地があるとも考えられる。すなわち、冷湿処理期間を長くしたり、冷湿・培養のサイクルを複数化して、土壌中の種子に現実に近い時間経過を、短期間に経験させるような工夫を検討する必要があると考えられる。

主要生育植物の発芽特性
 各調査地で採取した11種の植物(表12の種子の発芽の温度依存性は、以下のとおりとなった。
 
西榛名地域で採取した種

1.
アキノタムラソウ
 本種は日本の在来種で、本州、四国、九州の山野の道端などに生える多年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において2%と最小となり、17/8℃区において10.7%と最大となった(図3。いずれの温度区においても最終発芽率が低かったことから、本種の種子の多くが休眠状態にあり、今回用いたような1回の冷湿処理だけでは、休眠が解除されないものと推察される。

2.サジオモダカ
 本種は日本の在来種で、中部地方より北部の、湖沼、池、川、水田など浅瀬に生育沼や池などの浅い水中に生える多年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では22/10℃区において3.3%と最小となり、25/13℃区で6.7%と最大となった(図4いずれの温度区においても最終発芽率が低かったことから、アキノタムラソウと同様に本種の種子も多くが休眠状態にあり、今回用いたような1回の冷湿処理だけでは、休眠が解除されないものと推察される。高橋(2006)も同じ地域で採取したサジオモダカの種子について同様の発芽実験を行い、同様に最終発芽率が低いことを報告している。

アドバンテスト・ビオトープで採取した種

3.オオニシキソウ
 本種は北アメリカ原産の外来植物で、本州、四国、九州、沖縄に分布し、市街地の道端や空き地に生える一年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において0%、つまり発芽せず、17/8℃区以上の区では温度の高い区ほど最終発芽率が高くなり、30/15℃区において56%と最大となった(図5

4.ギシギシ
 本種は日本の在来種で、本邦全土のやや湿ったところに生える多年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では差が少なく、すべての温度区において84%以上の高い発芽率となった(図6。すなわち、本種の種子には休眠するものはほとんどなく、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。

5.キツネアザミ
 本種は古代に渡来したため外来種扱いとなっておらず、日本の在来種扱いとなっている。本州、四国、九州の道端、田畑、空き地などに生える二年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では最小が10/6℃区において0.7%と最小となり、25/13℃区において52.7%と最大で、30/15℃区においては18%とこれより低くなった(図7。すなわち本種の発芽最適温度は25/13℃近辺であり、これよりも高温の状態におかれると、多くの種子が二次休眠状態になって発芽しないものと考えられる。

6.キュウリグサ
 本種は日本の在来種で、本邦全土の道端や畑、庭などに生える二年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において10.7%と最小となり、17/8℃〜25/13℃区ではいずれも50%以上の高い値となった。一方、30/15℃区における発芽率は49.3%と25/13℃区よりも低くなった(図8。以上より本種の発芽最適温度は17/8℃〜25/13℃と広範囲であり、これよりも高温の状態におかれると、キツネアザミと同様に多くの種子が二次休眠状態になって発芽しないものと考えられる。

7.キンエノコログサ
 本種は日本の在来種で、本州、北海道、四国、九州に分布し、田、野原、あぜ道などに生える一年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において47.3%と最小となり、17/8℃〜25/13℃区ではいずれも60%以上の高い値となった。一方、30/15℃区における発芽率は55.3%と25/13℃区よりも低くなった(図9。以上より本種の発芽最適温度はキュウリグサと同様に17/8℃〜25/13℃と広範囲であり、これよりも高温の状態におかれると、キツネアザミやキュウリグサと同様に多くの種子が二次休眠状態になって発芽しないものと考えられる。

8.コマツヨイグサ
 本州は北米原産の外来植物で、北海道から南西諸島に分布し、都会の荒れ地や河原他、特に海岸の砂浜に多い二年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では差が少ないが、高い温度区においてより高い発芽率となった(図10。しかし、30/15℃区においても半分近くの種子が発芽しないため、何らかの休眠状態にあるか、見かけでは判別できない未熟な状態にあるものと考えられる。

9.スイバ
 本種は日本の在来種で、本邦各地の道端、空き地などに普通に生える多年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では差が少なく、すべての温度区において1321%程度の発芽率となった(図11。これだけ多くの種子が未熟であることが判別できないとは考えにくいので、本種の種子の大部分は何らかの休眠状態にあるものと考えられる。

10.ヤブツルアズキ
 本種は日本の在来種で、本州、四国、九州の草地に生えるつる性多年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において4.7%と非常に低かったが、これ以外の温度区ではすべて73%以上の発芽率となった。(図12。すなわち、本種の種子には休眠するものはほとんどなく、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。

11.ミゾコウジュ
 本種は日本の在来種で、本州、四国、九州、沖縄諸島に生える一年草である。培養76日後の最終発芽率は、設定温度範囲内では10/6℃区において発芽せず、これ以外の温度区ではすべて90%以上の発芽率となった(図13。すなわち、本種の種子は生産された翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。
 以上の結果より、今回実験に用いた植物種を、在来種か外来種かという由来と、種子発芽の温度依存性に基づいてグループ化した(図14

 西榛名地域の里山に生育する在来種2種は、一つのグループとして位置づけることができる(図14。すなわち、いずれの温度区においても最終発芽率が低かったことから、種子の多くが休眠状態にあり、今回用いたような1回の冷湿処理だけでは、休眠が解除されないものと推察されるグループである。一方サジオモダカは、現地(大沢ため池の中)で採取した土壌からの出現も見られなかった(表11にもかかわらず、現地に生育していた。このことから本種は、比較的長期間にわたって土壌中で休眠し、その後に発芽してくるものと推察され、冷湿処理と培養を繰り返すなどして検証する必要があると考えられる。 
 アドバンテスト・ビオトープに生育する在来種の発芽特性は、三つのグループに大別される(図15。在来植物グループ1にはギシギシ、スイバが属し、広い温度域で高い発芽率を有する種である。スイバは全体に発芽率が低いので、土壌シードバンクを形成する可能性があると考えられるが、逆にギシギシは全体に発芽率が非常に高いので、土壌シードバンクを形成する可能性は少ないと考えられる。在来植物グループ2にはキツネアザミ、キンエノコロ、キュウリグサが属し、広範囲であるが発芽の最適温度が存在する種であり、最適温度よりも高い温度にさらされると、一部の種子が休眠する。このためこの3種は、土壌シードバンクを形成するものと考えられる。在来植物グループ3にはヤブツルアズキ、ミゾコウジュが属し、温度が高いほど発芽率が高くなることから、夏を越える土壌シードバンクを形成することは考えにくい。
 アドバンテスト・ビオトープに生育する2種の外来植物種(オオニシキソウ、コマツヨイグサ)は、いずれも高温になるほど最終発芽率が高くなった。しかし、30/15℃という高温区でも種子の半数が発芽しなかったため、土壌シードバンクを形成する可能性があるものと推察される。
 狩谷(2004)も同様にオオニシキソウの種子発芽実験を行い、最終発芽率は30/15℃区で53%であり、高温によって二次休眠が誘導され、土壌シードバンクを形成する可能性があると推察している。以上の結果より、オオニシキソウは個体除去を続けても、短期間でビオトープから完全に除去できる可能性は低いと考えられる。しかし、本種は一年草なので、個体除去を開花期あるいは遅くとも結実までに行えば、土壌シードバンクはしだいに縮退していく可能性があると考えられる。

土壌窒素濃度
 各調査地から採取した土壌中の硝酸態窒素濃度、亜硝酸態窒素濃度、アンモニア態窒素濃度の三態合計値である総窒素濃度(Total-N)の平均値は、群馬県桐生市内の渡良瀬川、桐生大橋上流および松原橋上流の河川敷の土壌において63107mg/Lと最も高かった(表13。これらの調査地に多く生育しているハリエンジュとクズはマメ科の植物で、窒素ガスを硝酸態窒素に固定する根粒菌と根で共生しているため、土壌中の硝酸態窒素濃度が高くなったと考えられる。石原(2006)の先行研究においても、同地域における土壌中の総窒素濃度は5166mg/Lと、本研究の結果と同等であることが示されている。
 これに対して、西榛名地域とアドバンテスト・ビオトープにおいては、同一地域内においても立地によって総窒素濃度が大きく異なるという結果が得られた。すなわち、西榛名地域では、大沢ため池の中の土壌で1.96mg/L、ミョウガ畑の土壌で31.54mg/Lと、最大値と最小値の間に約15倍もの差のある、多様な総窒素濃度となっていた。大沢ため池はおよそ2年前に掘削してつくられたばかりであり、ミョウガ畑では毎年近辺のコナラ林の落葉を搬入して、ミョウガの栽培のための堆肥としているという、管理利用方法の違いがこの多様性を生じさせたものと考えられる。アドバンテスト・ビオトープでは、ヨシ原横の土壌で0.42mg/L、林内で1828mg/L程度と、西榛名地域でみられた以上に総窒素濃度の多様性が見られた。ヨシ原横は、常に上流の水源から供給される清浄な工業用水によって洗い流されており、林内は植栽された樹木(シラカシ、コナラ、クスノキなど)の落葉が毎年自然に供給されているため、このような多様性が生じたものと考えられる。
 足尾の土壌の総窒素濃度は、22mg/Lと西榛名地域やアドバンテスト・ビオトープの土壌の総窒素濃度と同等の値となった。渡良瀬川上流域の河川敷は砂質土壌で植物もそれほど密には生育していないにもかかわらず、このような比較的高い値となった原因は、当調査地にヤブマメが生育していたこと(表1ではないかと推察される。
 一般に、長期にわたって土壌含水率の高い土壌中は遊離酸素の少ない還元的な状態になっているため、含有窒素の三態の中で、酸素を含まないアンモニア態窒素の比率が高くなる。すなわち、アンモニア態窒素濃度比は、当該地の長期的な土壌水分条件を反映しているといえる。実際、アドバンテスト・ビオトープ内の池に近い地点(ヨシ原横、ススキ群落)の土壌では、アンモニア態窒素比はそれぞれ0.581.02と高かった。また西榛名の大沢ため池の中の土壌は水中の土壌であり、アンモニア態窒素比は2.6と最高値を示した。西榛名地域の土壌では、アンモニア態窒素濃度比(0.32.6)が、アドバンテスト・ビオトープの値(0.11.1)よりも全般的に高かったことから、土壌含水率が長期にわたって高い、すなわち保水性の高い土壌となっていると考えられる。桐生大橋上流および松原橋上流の河川敷の土壌では、アンモニア態窒素比が0.060.16と低かった。河川敷とはいえ、上流に草木ダムが建設されたため渡良瀬川の流量・洪水頻度がともに低下しているので、土壌が乾燥化しているものと推察される。足尾の土壌においてアンモニア態窒素比が0.11と低いのは、保水性の悪い砂質土壌であることに起因していると推察される。
 このように土壌水分の利用可能性とアンモニア態窒素濃度の高い地点には、それに呼応した特異的かつ希少な植物が生育し、それによって地域の植物種多様性が増大すると考えられる。実際本研究の調査地においても、絶滅危惧II類のフジバカマがビオトープの池近くに出現した。

ハリエンジュによる相対光量子密度の改変
 桐生大橋上流のハリエンジュ林床では、6月まではほとんど相対光量子密度の低下がみられない。しかし展葉終了後の9月には、隣接するススキ群落の中と同等な値に低下した(図16。ススキは非常に密度の高い群落を形成するので、中は暗い。ハリエンジュ林では、ハリエンジュの個体密度がススキに比べれば非常に低い(目分量で1uあたり1本以下)にもかかわらず、樹冠(森林の上部にある葉の層)が密なために、展葉後にはススキ群落と同等の暗さになるのだと考えられる。

 このため、当該ハリエンジュ林床にはチヂミザサ、ヤブジラミ、アオスゲといった、暗い林床に特異的に生育する種や、クズのようにつる植物で他の木にまきついてはい上がる種といった、ごく限られた種しか生育しておらず、また本来の河川植生の優占種であるススキも非常に少なかった。ススキ群落の中も同様に暗いので、決して多くの植物種が生育可能なわけではないが、少なくともススキ自体は旺盛に繁茂していた。
 松原橋上流のハリエンジュ伐採実験地では、萌芽したハリエンジュの樹冠上部で相対光量子密度を測定しても、100%になったのは展葉前の4月のみであった(図16。これは、伐採によって光環境が良くなったことで、クズやコセンダングサが繁茂して(表2、ハリエンジュ萌芽の樹冠さえも覆ってしまったことに起因する。結果として、ハリエンジュ樹冠下部は、桐生大橋上流のススキ草原の中と同程度の相対光量子密度となり、非常に暗い状態になっていたといえる。これでは、ススキ群落の中と同様に、生育可能な植物種はきわめて限定されると懸念される。

ハリエンジュ伐採実験
 松原橋上流のハリエンジュ林は、国土交通省渡瀬川河川工事事務所によって200531日に皆伐された。しかしハリエンジュは、一度伐採しても、切り株からの萌芽と根からの萌芽(根萌芽)によって、数年以内に再樹林化することが報告されている(清水・小葉竹・津久井 2000)。
 そこで皆伐から約一年後の展葉前である200643日に、松原橋上流のハリエンジュ林において20株を選択して萌芽の全てを切除した。その際に計測した萌芽の本数、萌芽の総乾燥重量は、切り株の直径と正比例することが明らかになった(図18。すなわち、あまり大きくなってからハリエンジュを伐採しても、萌芽が多くなって再樹林化がただちに起こってしまうものと推察される。
 同じ20株のハリエンジュについて、20061212日に再び萌芽を全て切除し、1回目の萌芽切除後に発生した萌芽の本数と総乾燥重量を測定したところ、これらは1回目の切断後の結果と同様に、切り株の直径と正比例するという結果となった(図19。しかし、1回目の萌芽切除後と比べると、20本全ての実験個体において萌芽本数、総乾燥重量とも激減した。また、実験個体のうち4本では、萌芽が見られなかった、つまり枯死したものと考えられる。また、枯死に至っていないが、萌芽が1本しか出なかった大型切り株が1つあった。この枯死または衰退した5本の実験個体の切り株の直径はまちまちである。すなわち、幹の抜倒とその翌年の萌芽の切除により、個体サイズによらない枯死が誘発されたといえる。こうした枯死の原因は、伐採と萌芽による貯蔵物質の枯渇とはいえず、なんらかの病虫害の誘発によると推察される。
 いずれにせよ、幹の抜倒後も毎年萌芽をすべて切除することによって、ハリエンジュの駆除が可能になることが示唆される。前河(1997)は、ハリエンジュ群落の林相転換のために、a)ハリエンジュを伐採し、根萌芽を定期的に刈り取る区、b)ハリエンジュを伐採しその後の刈り取りを行わない区、c)ハリエンジュ群落内に樹下植栽する区と、4つの管理条件の異なる処理区を設けて、各立地に適応すると考えられる在来性の高木種の植栽を行った。その結果、a)のようにハリエンジュを定期的に伐採することが高木種の生育に望ましいと結論づけた。本研究の結果により、さらに一段進んで、定期的な伐採によって直接的にハリエンジュの衰退・枯死を誘発する可能性が示唆されたといえる。

戻る               次へ               目次へ