総合考察

植物相からみてアドバンテスト・ビオトープは、何百年も人と自然の共生によって生物多様性を高く維持してきた里山からはまだまだかけ離れているが、河川敷のような自然再生の端緒の状況と比べれば、はるかに生物多様性の再生を実現しているといえる。一方、準絶滅危惧種のミゾコウジュの生育(再確認が必要だが)、絶滅危惧II類のフジバカマの生育、そして里山にも多く生育するイヌトウバナの繁茂といった、ビオトープの植生が徐々に里山のそれに近づいて行っていることを強く示唆する結果も得られた。ビオトープにおいては、植物種多様性が増大するにつれて、昆虫種と動物種の多様性も増大する(小松ら、2005)ことから、今後も、植物種多様性を増大させるように、多様な生育環境を形成し、外来種の選択的駆除を行うといった、育成管理を継続していくことが生物多様性全体の増大にとって重要であると考えられる。
 ビオトープの土壌シードバンクは、少なくとも河川敷と比べれば豊かになっており、生育植物種の絶滅確率が低下したといえる。土壌シードバンク解析のための実験手法である実生発生法を今後も里山の研究に適用するためには、実験デザインの改良が必要かもしれない。具体的には、冷湿処理期間の検討、冷湿処理と培養を繰り返し行う実験手法の検討が必要であろう。また、発芽実験をさらに多くの植物種に対して行うことによって、種別の発芽の温度依存性と二次休眠特性および二次休眠の解除機構を解明する必要がある。
 アキノタムラソウ、サジオモダカは、冷湿処理を施した後にいずれの温度条件で培養しても最終発芽率が低く、多くの種子が休眠状態にあることが示唆された。このことから、里山に生育する植物種は、休眠状態にある種子を多く生産する可能性が示唆された。土壌シードバンク解析において、里山の土壌からの出現種が少なかったことも、この示唆を支持している。今後は里山に生育する植物種の種子休眠の解除機構について、実験的に解明する必要がある。それによって、里山の植物種多様性が高い理由の一端が解明されるものと期待される。
 ビオトープでの生育が確認された準絶滅危惧植物・ミゾコウジュは、土壌シードバンクを形成しない可能性が高いと言える。したがって本種がビオトープ内で存続するためには、本種にとって良好な生育状態を維持するため、発芽季節である春先に、草原とその周辺を草刈りして、日当たりを良くしておく必要がある。これは、他の土壌シードバンクを形成しない可能性のある在来種の存続にとっても必要不可欠な管理である。
  ハリエンジュは1回の伐倒では1年以内に再樹林化してしまうが、継続して萌芽を皆伐することにより、駆除が可能になると考えられる。現在、国土交通省では今後30年の利根川流域の河川整備計画を策定中であり、渡良瀬川の整備計画の最重要ポイントは、ハリエンジュの駆除をはじめとする河川敷の自然の再生である。本研究の成果を、こうした自然再生事業においても役立てることができるであろう。
 里山はビオトープのような自然再生事業の目標であるが、すでにビオトープに里山の植物が出現してきているので、現実的に到達可能性が十分あるといえる。では、里山の未来はどうなるのだろうか。高齢化、離農、離村で、従来型の自然共生型農業は衰退するかもしれない。観光開発などと浮かれていないで、「自然と共生する持続可能な社会」をめざすべきである。なぜなら、昔ながらの方法で里山を育成管理することは、自然と共生することであり、里山の在来植物の保全、さらには里山自然環境の保全と結びつくからである。実際、序論で取り上げたように、全国各地で里山の再利用、保全活動が行われている。里山の生物多様性と育成管理に関する知見を深めながら、今後もさらにこうした活動を活発にしていく必要がある。また、里山とビオトープそれぞれで得た育成管理方法、環境情報を互いに生かすことで、自然再生事業の進むべき道筋が明確になると考えられる。
                                               

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