概 要

 

 現在、分類群を越えて、ほとんどの種の個体群の大きさや分布範囲のいずれか一方、もしくは両方が減少している。IUCNの絶滅基準では、「絶滅の危機に瀕している」と分類される種の大部分は、100年以内におよそ10%の確率で絶滅する可能性がある。
 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)では気候変動の枠組み条約と並んで、生物多様性条約が採択された。生物多様性条約は、人間活動の影響を生物多様性の維持可能な範囲にとどめ、生態系要素の不可逆的な喪失の防止をめざそうとするものである。生物多様性を保全し、持続的に利用し、失われた自然を再生するのが生物多様性条約の目的である。ヒトの生活と生産活動は、多様な生き物が生み出す自然の営みや生態系サービスで成り立っている。種の絶滅の連鎖によって、生態系が単純化しその機能が損なわれていくことは、人間社会の持続可能性を大きく損なうものであると言える。
 そこで、自然再生事業としてあげられるのがビオトープである。ビオトープづくりの目的は、人間の手によって失われた自然環境を人間の手によって復元することで、人間を含めて多様な種がバランスよく生態系を営んでいた当時の復元を目指すことである。群馬県内にも企業が竣工した大型ビオトープが存在する。
本研究では、ビオトープの育成管理において、外来植物種を抑制あるいは除去しつつ、在来植物種の増加を促進する方針を検討するために必要な生態学的知見を、環境情報として蓄積することを目的に、2001年4月に竣工したアドバンテスト・ビオトープ(群馬県邑楽郡明和町)、2010年10月に竣工したチノー・ビオトープ群馬県藤岡市森)、男井戸調整池(伊勢崎市)で現地調査を行った。また、地域の生態系の再生という機能を果たし始めているアドバンテスト・ビオトープについては、地域の絶滅危惧種の保護・増殖場所となる可能性を高めるために、群馬県内に生育する2種の国指定準絶滅危惧種(フジバカマとミゾコウジュ)の繁殖・栽培方法の検討を行った。
アドバンテスト・ビオトープでは、植物相調査の結果、在来種59種、外来種23種の計82種の生育と開花が確認された。その中にはフジバカマ、ミゾコウジュといった湿地生絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。
チノー・ビオトープでは、在来種100種、外来種47種の計147種が確認され、その中には、前年度に引き続き準絶滅危惧種のカワヂシャ、ミゾコウジュが確認された。
伊勢崎市の男井戸調整池では、植物相調査により在来種37種、外来種27種の計64種が確認され、準絶滅危惧種であるカワヂシャと、新たに準絶滅危惧種のミゾコウジュの生育を確認することができた。また、これらの植物の中には、水田・湿地、畑地雑草が多数出現しており、これは当地が水田として利用されていた時期に形成された永続的土壌シードバンクから発芽したものと考えられる。
このように、これらのビオトープは周辺に生態系が豊かな休耕田が多数存在するなど、周囲の環境にも恵まれていることもあり、絶滅危惧種が生育しやすい環境にある。調査地で確認された植物には、ビオトープの目標となるべき里地・里山の植物、または類似の植物も確認されているため、生物の保護上重要性の高い地域であるといえる。
また、発芽の温度依存性実験によって、アドバンテスト・ビオトープに生育するフジバカマとミゾコウジュの2種の絶滅危惧種の発芽特性を分析した。アドバンテスト産のフジバカマについては、前年度の同実験において同種子の最終発芽率は10%程度であったことから、アドバンテスト・ビオトープ内に生育するフジバカマの種子は未成熟または不稔のものが多いと推察されていた。しかし、今年度の同実験において冷湿処理を施したフジバカマの種子の最終発芽率は50%を超え、その起源と考えられる谷田川の種子と同程度の発芽率となった。アドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマは近親交雑あるいは花粉不足であると考えられていたが、移植を継続的に行ったことにより、これらが解消されたものと推測される。起源と考えられる谷田川の種子を移植したことにより、フジバカマが当地の環境に馴染み、定着しているものと考えられる。
ミゾコウジュの種子は、30/15℃の温度区で実験を行った結果、最終発芽率は約97.3%と非常に高い値となり、高い温度区が発芽に適していることを示した。以上の結果から、ミゾコウジュは翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察された。
異なる光条件下における栽培実験では、フジバカマを光量子密度3%、9%、13%、100%の光条件区に分けて栽培し生長解析を行ったところ、初期サンプリングで4.063gであったものが最終サンプリング時には約0.455g(3%)〜約6.586 g(100%)となり、光環境が良好であれば良く生長することが明らかになった。相対生長速度(RGR, g g-1day-1)の値も相対光量子密度100%の裸地において最大となった。また、同種の生長期は5〜8月と考えられ、そのピークは7〜8月であることが明らかになった。
本研究により、ビオトープは絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という目的を達成する可能性が高いことが明らかになった。すなわち、今後も継続的にモニタリングや実験を行い、育成管理を行っていく必要がある。


 

 

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