概 要

 地球の環境、地域の環境が大きく変質しつつある今日、生物多様性と健全な生態系を損なわない人間活動のあり方を見いだすことは、「持続可能な社会」の実現のために最も優先しなければならない課題となっている。
 近年では、生物多様性の保全活動としてビオトープづくりを行う企業が増えている。ビオトープの効果的管理の内容は、保守的な事項にとどまらず、観察・研究・育成・創作・改修等、実に多岐にわたる。このような取り組みが継続的に行われることで、生態系の保全、回復が期待される。
 そこで本研究では、ビオトープの育成管理において、外来植物種を抑制あるいは除去しつつ、在来植物種の増加を促進する方針を検討するために必要な生態学的知見を、環境情報として蓄積することを目的に、11年前に竣工したアドバンテスト・ビオトープ、一昨年竣工したチノー・ビオトープで現地調査を行った。また、地域の生態系の再生という機能を果たし始めているアドバンテスト・ビオトープについては、地域の絶滅危惧種の保護・増殖場所となる可能性を高めるために、群馬県内に生育する3種の国指定準絶滅危惧種(アサザ、フジバカマ、ミゾコウジュ)、チノー・ビオトープについては群馬県内に生育する2種の国指定準絶滅危惧種(アサザ、ミゾコウジュ)、国指定絶滅危惧Ⅱ類のコギシギシについて繁殖・栽培方法の検討を行った。
 アドバンテスト・ビオトープでの植物相調査により、在来種59種、外来種23種の計82種の生育と開花が確認された。フジバカマ、ミゾコウジュといった湿地生絶滅危惧種や、里山植物も多数継続して生育が確認された。これは外来種駆除を継続的に行った育成管理の成果といえる。
 チノー・ビオトープでは植物相調査によって、在来種100種、外来種47種の計147種の生育が確認された。カワヂシャ、ミゾコウジュ、コギシギシといった絶滅危惧種や里山植物も多数継続して生育が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地・道ばた雑草であった。出現植物の総種数に占める外来種の割合である帰化率は約32%であった。この値は、昨年の約43%よりも低く、アドバンテスト・ビオトープの竣工直後よりも低い値であった。これは継続的に外来種の引き抜き除去を行った成果である。また、外来種の少ない観音山の土壌を移植したことが原因であると考えられる。こうした良好な状態を維持するためにも、外来種の刈り取り・引き抜き駆除を行うこと、管理のための継続的モニタリングが今後も必要であると考えられる。
 本ビオトープ内の気温・地温調査から、森林の生長による環境形成作用が見られないことが示されたが、今後樹木の生長に伴って物理化学的環境が多様になることが期待される。今後は本ビオトープ内に設置されているアーズ社製の気温・地温計の計測結果や今後導入予定の百葉箱との比較を行い、継続した調査を行う必要がある。
 発芽の培養温度(10/6℃〜30/15℃の5段階)依存性解析を行ったところ、本ビオトープに生育する絶滅危惧種のうちコギシギシの最終発芽率は、設定温度範囲内では65〜85%の高い値であった。このためコギシギシの種子は温度依存性があまりなく、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。ミゾコウジュの種子は30/15℃の温度区でアドバンテスト産とチノー産の種子を用いて実験を行ったが、どちらも97.3%と高い値となった。ミゾコウジュもコギシギシ同様、土壌シードバンクをほとんど形成せず、翌年の夏までに大部分が発芽するものと推察される。フジバカマの種子は谷田川産のものとアドバンテスト・ビオトープ産のものを用いて実験を行ったが、どちらも最終発芽率は50%程度で、半数は未発芽であったことから、本種は土壌シードバンクを形成することで個体群を維持していると推察された。2011年度の実験では、アドバンテスト産の発芽率は10%程度と低い値であり、原因は近親交雑あるいは花粉不足であると考えられた。しかし、2年前からアドバンテスト・ビオトープ内にフジバカマの移植を行ってきたことで、花粉不足などの問題は解消されてきたと推察される。
 フジバカマの自生地である谷田川の土壌とアドバンテスト・ビオトープのフジバカマ生育地の土壌窒素・リン含量を分析した結果、2地点間で大きな差異は見られなかった。このことから、アドバンテスト・ビオトープ内の植栽地の土壌はフジバカマの生育に適していると考えられる。また、4月から8月にかけて生長解析を行った結果、フジバカマは主に夏季に生長していることが明らかとなった。今後は、フジバカマの主な生長期と考えられる7月以前に、1〜2回草刈りを行うことによって、良好な生長と増殖が見込まれる環境を継続的に確保する必要がある。
 アサザについても7月から9月にかけて生長解析を行った結果、光環境が良好で水深の浅いところでよく生長することが明らかになった。今年、フジバカマとアサザはチノー・ビオトープ内に移植をしたのでこれらが定着し開花することも期待したい。

 本研究により、適切に育成管理されている大型ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という機能を発揮できる可能性が高いことが明らかになった。これを実現するためには、地域特有の自然や立地環境の復元を目指した育成管理が必要不可欠である。チノー・ビオトープにおいて外来種の個体数が少ないことから、ビオトープを造成するときには、移植する土壌にもともと外来種の少ない土壌を選ぶことが、その後の育成管理を手助けするものと考えられる。

 

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