はじめに

 

地球温暖化のメカニズムとその影響

 地球温暖化とは、「温室効果ガス」の大気中濃度が高まることにより、地表の平均気温が上昇する現象を指す。温室効果ガスとは、太陽から入射する比較的波長の短い光線が透過するが、地表から放射される波長の長い赤外線は吸収する性質を有する気体の総称である。太陽から入射する光線は、約半分が大気や雲井で反射され、残りは大気を素通りして地表面を暖める。一方、地表から反射される赤外線は一旦温室効果ガスに吸収される。このため、地表からのエネルギーの一部はすぐに解散せず、大気中に対流して気温を引き上げる。これが「温室効果」と呼ばれるメカニズムであり、温室の外壁に相当するのが温室効果ガスである。温室効果ガスのうち問題視されているのは、人間活動に起因して大気中濃度が上昇しているCO2 、メタン、一酸化窒素、各種フロン類などである(小林 2004)。
 2011年の温室効果ガス総排出量は13億700万tonであり、その内、CO2は12億4200万ton、メタン2010万ton、一酸化二窒素2200万ton、各種フロン類が2350万tonとなっている(環境省HP 2011)。CO2は他の温室効果ガスに比べて排出量が非常に多く、環境中での寿命も長いため地球温暖化に及ぼす影響がもっとも大きい。
 大気中のCO2の濃度を比較してみると、産業革命前(1750年頃)は280ppmだったものが2012年には390.2ppmに増加している。過去65万年間の自然変動の範囲は180〜300ppmであるので、その数値を遙かに上回る増加をしている。CO2濃度がこのままの増加率で進むのであれば2060年〜2090年にはピーク時に660ppm〜790ppmになると予測されている(IPCC 2007)。
近年の世界の平均気温は2005年までの過去100年間で0.74℃上昇し、21世紀の終わりには1990年比で1.1℃〜6.4℃上昇すると予測されている。急激な温暖化による森林への影響は、分布範囲の限られている種や極地方・高山に分布する種などで顕著になると考えられている。日本列島の多雪地域では、温暖化による、積雪深や積雪期間の減少が多雪に適応した植物の更新に影響を与える可能性がある(IPCC 2007)。
 また、2012年11月18日、世界銀行は、現在の温室効果ガス削減目標を実現しても、今世紀末までには産業革命以前と比べて地球の平均気温が4℃高くなるとの試算を発表し、更なる努力により2℃程度の上昇に抑えられるとの見通しを示した(世界銀行 2012)。


2012年現在、地球の平均気温は産業革命以前と比べて0.8℃高いが、2100年には4℃高いレベルに達すると予測されている。現在の温室効果ガス削減目標が達成できなければ、2060年にも到達する可能性がある(IPCC 2007)。地球の平均気温が4℃高くなった場合、海面は0.5〜1m以上上昇し、食料の供給不足や自然災害の増加が予測される。特に小島嶼開発途上国や後発開発途上国における開発が進められることによる気温上昇は1.5℃程度と試算されており、これらの国における開発自体も影響を受けることになる。産業革命以前から2℃程度高いレベルに抑えることができればリスクを大幅に低下させることができるとして、温室効果ガス排出量の削減に向けた更なる取り組みを促している(世界銀行 2012)。
 温暖化の生態系への影響を検証した事例としては、開葉や開花などの生物季節の変化や分布域の移動などがある。例えばParmean&Yohe(2003)世界中の生物分類群(植物、鳥類、昆虫類、両生爬虫類、魚類、海洋無脊椎動物、プランクトン)の分布データを統合的に解析することで、893種類の生物種のうち434種は過去66年間で分布域や分布の中心が極地方へ移動したことを検証した(松井ら 2011)。

森林・植生への温暖化の影響

 森林生態系への影響を検証した事例は、欧米の森林生態系を対象とした報告がある。ノルウェーでは19の山岳で過去68年間に低地性植物、匍匐性低木、分布の広い種を中心に分布標高が上昇した。スイスアルプスの高山帯では、1985年以降の気温上昇によって植物の分布範囲が上昇し、種数が増加している。デンマークとスウェーデンでは、セイヨウヒイラギが温暖化とともに北進している。フランスにおいては過去100年間で山地性植物171種のうち118種の分布範囲が標高高域に上昇した。分布範囲が狭い山地性植物は、分布域がより広い植物よりも分布移動の程度が大きく、また短寿命の草本種は長寿命の木本種よりも大きく分布した(Walther 2005)。逆に、低標高側へ分布を拡げた植物が53種類報告されている(Lenoir 2008)。このようにむしろ分布標高が下がる理由として、温暖化と人間活動による土地改変によって撹乱が増加し、それが種競争の一時的な減少に繋がり、分布拡大のチャンスが増加したことがあげられている(松井ら 2011)。
 ここ2、3000年間の地球気候を反映して、各地には自然条件に適応したそれぞれ特徴ある植生が発達している。北極海周辺のアラスカ、カナダ、シベリアの周極地域には針葉樹林が、その南の多湿な冷温帯には落葉広葉樹林が、それに続く多湿な暖温帯には常緑広葉樹林が、低緯度の高温多雨帯には亜熱帯雨林や熱帯雨林が広がっている。一方、両半球の23.5度を中心とした亜熱帯高圧帯とユーラシア大陸中央には、水分不足の砂漠・乾燥地が分布しており、生産力の低い草原、低木林、サバンナが発達し、貧弱な生態系を維持させている(内嶋 2005)。上記のように世界各地の気候条件に適応した植生がそれぞれの地域に分布し、地域によって異なる植物生産力を土台に、それぞれ固有の生態系を構成している。
温暖化により地球上の植生気候帯は南北または高山側へ移動するものと、単純には予測することができる。また、植物は「世代間移動」によって主に移動するため、植生気候帯の移動より遅れるのが普通である。「世代間移動」とは植物は個体そのものでは移動できないため、生育場所で花を咲かせ、種子をつけ、この種子が風や水の流れ、また動物や鳥を介して広がり、そこで発芽して生長して種子を生産する、という過程を繰り返しながら分布を移動することである。そのため時間がかかる。例えば、主な樹種の移動速度は10年間でマツが15㎞、ブナが2〜3㎞、コナラが2〜3㎞に対し、地球温暖化による植生気候帯の移動速度はエゾマツが49㎞、ケヤキが44㎞となっている。したがって、地球温暖化による植生気候帯の移動速度と好適気候域の移動速度の間にはこのような大きなギャップがあることが分かっている(内嶋 2005)。好適気候域の移動速度が速いため、多くの健全な森林の活性が低下し、また実生の生長も大幅に抑制されると危惧されている。
温暖化により減少していくと予測される事例にブナ林がある。ブナ林は「緑のダム」と呼ばれ、雨水や雪水を多く蓄え、土砂の流出を防止する機能がある。ブナはその地域の森林の圧倒的な優占種となり、動物や植物、菌類など多様な生物が生息し、食物連鎖や物質循環によって密接に関係しながら生態系と美しい景観を形作っているため、生態系にとってはきわめて重要な種であることが多い。ブナ科は世界に8属、700種以上が知られ、世界の熱帯から温帯にかけて広く分布している。日本には5属22種が分布しており、その面積は、日本の天然林総面積の17%にあたる23000km2 であり、北海道南部の黒松内低地以南、本州、四国、九州に広く分布している(原 1996)。
しかし、温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2008)は、現在ブナ林が分布する地域における分布適域は、2031〜2050年には減少するという予測をしている。そもそも温度条件の面からみるとブナ林の分布域は、暖かさの指数でほぼ45〜85℃・月の範囲内にあり、ブナを含むブナ属は、気温の年較差が小さく湿潤な、海洋的な気候下に分布する植物とされている(紀藤 2008)。この分布域の南端付近となる六甲山のブナ林は、海抜750m以上で成立しており、面積約700haになる。太平洋側のブナは結実率が低いと言われているが、ここでは14年間の長期にわたって結実しないこともあり、後継樹がなかなか育たない。今後、温暖化が進み現在よりも気温が1.1℃上昇すると、六甲山からブナだけではなく多くの植物が消滅あるいは衰退すると予測されている(服部・栃本 2008)。
温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2008)は、降水量の変化もブナ林の分布域の変化に強い影響を及ぼすとしている。気温が現状より2℃上昇する場合、同時に降水量が40%増加すると分布適域は現状の6割に減少するだけだが、降水量が逆に40%減少すると分布適域は現状の2割以下に減少してしまう。気温上昇が4℃上昇すると、降水量が40%増加しても分布適域が1割に減少してしまう。このように温度上昇だけでなく、降水量の減少がブナ林分布確率を大きく低下させる結果になるということが予測されている。
温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2009)は、暖かさの指数、最寒月最低気温、冬季降水量変化、夏季降水量変化を気候変数として、将来のブナ林の適域を予測した。これによると全国的な傾向として、温暖化に伴いブナ林の適域は失われていく結果となっている。低標高域はブナ林の成立に適さなくなり、ブナは低標高域に分布する他の樹種に置き換えられる可能性があり、最も厳しい安定化レベルの場合には、今世紀末には全ブナ林の36%の衰退は免れないとされる。特に東海・中部・近畿、中国・四国・九州のブナ林は温暖化の進行に伴い、大幅に適域が失われるとされている。さらに、地球温暖化に伴い、ブナがより北方に移動する機会が増えると予測されている。ブナ林の北限は北海道の渡島半島黒松内低地付近にあるが、この北限が温暖化によって、より北東に分布適域が広がる。したがって、温暖化に伴いブナが北限を超えて北東域に侵入する機会が増えると考えられている。
ブナと同じようにマツ枯れによる深刻な被害がでると予測されている。マツ林は日本三景に代表されるような美しい景観を形作り、防風や防砂、防潮機能などの保安林としての機能も保持している。温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2009)は温暖化によりマツ枯れの被害が加速され、疎林化が起こり、ササやシダで覆われる植生が増加すると予測している。
最終氷河期が終わり、約1万年をかけ現在の分布域にまで広がったブナ林とその生態系の多くが、20世紀後半のわずか数十年という短い時間で、人間による開発行為によりすでに大きく改変され、多くが消失している。地球温暖化によるさらなるブナ林の急激な消失や改変という大きな変化は、森林そのものの生態系や周辺の河川、沿岸海域の生態系に影響をおよぼすことになる危険性が高いと考えられる。
また、遠山(2012)の温室栽培実験結果によると、+2℃までの昼間の温度上昇は、クヌギ、コナラ実生の生長に影響を与えないが、シラカシ実生の生長には促進的に働いた。シラカシは日本の暖温帯域を広く覆う極相林の主要構成樹種の一つであるので、この結果は日本の森林の将来を予測するために重要であると言える。

CO2排出の世界的動向

 1970年にジュネーブで開かれた世界気候会議で、多くの研究者が、地球気候の未来は今後の10~20年間に人間社会がどのようなエネルギー政策を採用するかにかかっている、と警告していた。しかしこの警告は無視され、世界の多くの国、特に先進国は経済発展に力を集中してきた。これを支えてきたエネルギー源は、化石燃料である。
 西暦1800年を境として、エネルギー消費は薪炭を主とする新鮮太陽エネルギー時代から石炭・石油そして天然ガスを柱とする化石太陽エネルギー時代へと移行した。その様子を明示するために、20世紀における1次エネルギー供給量の実績と21世紀におけるそれの予測を示すと、年間の1次エネルギー供給量は、20世紀始めの石油換算で約3万tonから西暦2000年の100億tonへと、33倍も増大している。第2次産業革命とも呼ばれる1950年代を契機として、石炭から石油・天然ガスへの移行が進むと、2000年には1次エネルギー全供給量の約60%を石油・天然ガスが占め、これに石炭を加えると化石燃料による1次エネルギー供給は約90%に達した結果となっている(内嶋 2005)。
 21世紀になっても、私たちは毎年、原油100億ton相当するエネルギーを使用して240億tonという膨大なCO2を大気中に排出している。このCO2は地球上で均一に排出されているのではなく、先進国が多く分布する北半球で、より多量に排出されている。エネルギー使用量は先進国の多い北半球に集中し、中でも北緯30度から60度までの緯度帯に集中している。それゆえ北半球の先進諸国は、現在進行している地球温暖化に大きな責任を有しているといえる(内嶋 2005)。
 IPCC第1作業部会第4次報告書(2007)によると地球全体の炭素の循環量は、陸上約120 Gton(Gton=10億ton)と海洋の約90 Gtonであり、全体で約年210 Gtonもの炭素を循環させている。その中で化石燃料消費からの排出量は年6.4 Gtonで、年々増加している状況である。地球全体の炭素収支において、年3.2 Gtonもの炭素が大気中に貯蓄し続けており、大気中のCO2濃度を上昇させ続けている状況である。

生物多様性と生態系サービスへの温暖化の影響

 生物多様性とは、生物もしくは生態系における変異性、すなわち、様々な生態系に、様々な種が、様々な遺伝子をもって生きている様を示している(松井ら 2011)。また、生物の誕生から現在に続く、形態や機能の変異の不連続性に着目している言葉であり、生物は形態や機能を変化さることで、環境の変化に適応し絶滅を免れてきた(植田 1993)。陸域自然生態系のうち、原生的な天然林、特に熱帯雨林は地球全体の生物多様性にとってやはり重要な意味を持っている。また、人工林や農地、半自然草地など人為の影響の下で形成された生態系も、自然生態系と同等以上の高い生物多様性を示す場合がある(滝ら 2011)。
 日本は複雑な地形と豊富な降水量といった立地条件を有しており、5500種を越える陸上植物種が生育するなど、世界でも有数の植物多様性の高い地域となっている(植田 1993)。
 植物の多様性は、温度環境への依存性がきわめて大きいため、地球温暖化の進行により、生態系の攪乱や種の絶滅など生物多様性に対しても深刻な影響が生じることが危惧されている。予測される地球温暖化では、多数の植物種の絶滅が起こり、これが生態系全体に波及することで地球規模での生物多様性の減少を引き起こすと予測される(大政 2003)。
 生物多様性は人類の生存にとって非常に重要な役割をしている。特に食糧の材料の多くは生物多様性の恵みであり、人が利用しているエネルギーの3分の2以上を供給しているという予測もある。衣や住についても生物多様性に起源する材料なしには成立しない。また、みどりは人間環境を快適なものにする最も大切な要素であり、豊かなみどりは多様な生物たちの生存を保障し、多様な生物たちの織りなす複雑な生態的関係性はこの自然環境を安定させる。そのため、1992年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)では、生物多様性条約が採択されることとなった。生物多様性を保全・利用し、失われた生態系を再生していかなければならない。「生態系」とは、非生物的な環境と植物や動物、微生物の群集とが機能的な単位として相互作用している動的な複合体である。どの生物も孤立していることはなく、様々な無生物的な環境要素の影響を複合的に受けている。そして人間は「自然の恵み」として、生態系の諸機能を享受し続けている。この機能は「生態系サービス」と呼ばれている(MEA 2007)。
 生態系サービスは、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、そしてこれら3つのサービスの根幹となる基盤サービスという4種類に分けられている(MEA 2007)。
 供給サービスとは、食糧、遷移、木材、燃料、薬、遺伝子資源、装飾品など、自然生態系から得られる産物である。
 調整サービスとは、大気質の調整、気候の調整、洪水などの水の調整、水質の浄化、土壌浸食の抑制、疾病の予防、病害虫の抑制、花粉の媒介、自然災害の制御など、自然生態系が持つ調整機能によって得られるサービスである。
 文化的サービスとは宗教価値、知識や教育価値、審美的価値、文化的遺産、娯楽やエコツーリズムなど、精神的な質の向上、知識の発達などを通して得られる非物質的な恵みである。
 基盤サービスとは、土壌の形成、物質や水の循環など、他のすべての生態系サービスの基盤となるサービスであり、人間生活への影響が間接的であるもの、またその影響が現れるまでに長い期間がかかるものがここに含まれる。
 森林が生み出す生態系サービスの特徴は、他の陸上生態系と比較して、現存量が大きく、より複雑な構造を持つと言える。森林による生態系サービスは、巨大な三次元構造の中での生物や非生物間の複雑な相互作用によって生み出される(滝ら 2011)。
 森林サービスの中でも目に見える形で直接手に入れられる木材、薪、薬草、山菜、キノコ、などの財の供給サービスは理解しやすい。また、森林浴やハイキングなどの、人々が森林で余暇を楽しむことによって得られる、文化的サービスもわかりやすい。しかしそれら以外にも、森林の樹木や土壌は、大気汚染物質の除去、気候の調節、水質の調整、土壌の浸食、野生動物への生息場所や食糧の提供、周辺農地への病害虫の抑制や花粉の媒介などに貢献している。これら生態系機能とも言い換えられる調節サービスや、生態系機能の基礎となる土壌形成や物質・水循環などの基盤サービスにも森林は大きく関与している(滝ら 2011)。
 地球環境保全の観点から、多くの科学者によって生物多様性の危機が指摘されている。環境省(2012)は日本の生物多様性が現在直面している危機として、「生物多様性国家戦略2010」および「生物多様性国家戦略2012-2020」において、4つの危機を挙げている。第一の危機は「人間活動ないし開発が直接的にもたらす種の減少、絶滅、あるいは生態系の破壊、分断、劣化を通じた生息・生育空間の縮小、消失」、第二の危機は「生活様式・産業構造の変化、人口減少など社会経済の変化に伴い、自然に対する人間の働きかけが縮小撤退することによる里地里山などの環境の質の変化、種の減少ないし生息・生育状況の変化」、第三の危機は「外来種や化学物質など人為的に持ち込まれたものによる生態系の攪乱」、第四の危機は「地球規模で生じる地球温暖化による影響」である。
IPCC第四次評価報告書第二作業部会のとりまとめ(2007)により、これまでに評価された植物及び、動物種の約20〜30%は、地球全体の平均気温の上昇が1.5〜2.5℃を越えた場合、増加する絶滅リスクに直面する可能性が高いという予測をしている。温度上昇は植物の光合成生産活動、ひいては植物の生長と生存・繁殖に直接的な影響を及ぼす。大地に根を張り暮らす植物にとって移動は簡単ではないため、温暖化によって多くの植物の衰退・絶滅、そしてこれに起因する動物の衰退・絶滅が引き起こされる可能性が高いということである。そこで、まず温暖化が地域生態系の基盤である植物の多様性に及ぼす影響を解明し、正確に評価する必要がある(大政 2003)。

京都議定書の中の森林の位置

 化石燃料の大量消費による大気中のCO2の増加とそれを一因とする地球規模の温暖化を食い止めるため、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第3回締約会議(1997年12月、京都)において、京都議定書として具体的な数値目標が合意された。この京都議定書の3条4項に、限定的であるが、森林による吸収分を各国のCO2削減量に反映させるように明記された。
 しかしながら、議定書に示された内容はいくつかの異なる解釈が可能であり、批判も少なくない。たとえば全ての森林が吸収する量を対象としていないことや人為的影響の範囲が明確でない等々である。このような批判は、CO2吸収に関する政策努力と、科学的な事実の評価とを混合しているために生じる。
 京都議定書で採用されたネット方式は、化石燃料の使用によって生じたCO2の排出削減目標に関する政府努力を考慮しようとする「合意」であって、科学的に見た収支計算とは必ずしもかみ合わない。個々で示す吸収量、貯留量は、政策決定や国際交渉の場で用いる数値であり、生物化学的に定義され計算される数値とは異なる(峠田 2000)。このため、京都議定書に基づき日本政府が定めた、3.6%という、国内における森林のCO2吸収によるCO2排出量削減相当の数字は、学術的な根拠は極めて薄弱である。
 京都議定書に基づき沼田市・新宿区のカーボンオフセット協定が2010年に締結された。これは、沼田市白沢町の面積17.20haのゴルフ場跡地に、樹齢数年のコナラ稚樹約4,000本を植林し、2010年〜2030年の間、新宿区が経費を負担して管理するものである。
 群馬県がこの協定に対して認証した当該コナラ植林地のCO2吸収量は、年間約70 ton、協定期間の10年間の総計で約700 tonであった。これは学術的には到底推計できない、巨大な量である。この算定は、京都議定書による“炭素ストック変化量及びGHG排出・吸収量の算定方法”の算定式によるものである。この式の中には、林学分野でスギなど一斉植林された林分の樹木現存量の簡易算定に用いられる“バイオマス拡大係数”が用いられている。スギ一斉林では、植栽された稚樹は自然にはほとんど死亡しないものとしてバイオマスの推移を算定するので、この拡大係数は常に正の一定値である。したがって、このような係数を用いて、死亡率がゼロでないことと生長速度が均一でないことが明確に予測される樹種・樹林について、植栽した直後にバイオマスの推移を算定することは、非常に過大なCO2吸収・固定量をはじき出すことになる(金井 2012)。

炭素貯蔵庫としての森林の政策上の扱い

 世界の森林は、政策上は年間7〜8億炭素ton程度のCO2を吸収していると推定されている。その根拠となっているのは、2000年5月に発表された、「IPCC吸収源特別報告書」で示されたCO2の年間収支である。このCO2の年間収支に記載されている、陸上生態系によるCO2純吸収量が、森林のCO2吸収量にほぼ相殺すると考えられている。また、同じく「IPCC吸収源特別報告書」は、森林植生に4660億ton、森林土壌に2兆tonの炭素が貯蔵されているとの推計値も明らかにしている。森林植生が貯蔵している炭素量は全植生の貯留炭素量の8割近くを占め、土壌でも森林は4割を占めている。世界の森林は陸地面積の3割をカバーしているに過ぎないが、重要な炭素の貯蔵庫になっている。
 ここでいう「森林」の定義は、以下のようになっている。
 京都議定書でCO2の吸収源として認められた森林を、実際どのように吸収源として評価するかは、締約国会議(COP)および「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)等で検討されたが、各国の利害や思惑が絡んで難航したが、2001年10月〜11月に開催されたCOP7(マラケシュ合意)でようやく決定した(小林 2004)。
 マラケシュ合意による森林の定義は、FAO(世界農業機関)の定義に比べて詳細に決められている。これは、京都議定書の第3条3項および、同条4項で対象とする森林の範囲をより厳密に規定しようとしたためである。ただし、世界にはさまざまなタイプの森林が分布しているため、樹高、密度、面積の数字には幅を持たせ、この範囲内で各国が選択できるようになっている。
 日本の森林については、マラシュケ合意で示された定義の幅のどの数字を用いても、吸収源の対象となる森林面積は変わらないとみられている(小林 2004)。
 IPCCは、土地利用、土地利用変化及び林業分野(LULUCF)において、保護、吸収、代替の3つの方法をとることにより、大気中のCO2濃度の上昇を緩和できるとの見方を示している。
・保護:植生や土壌有機物と生態系から取り出される製品を含めた、現存の炭素埋蔵量を保持、保全する積極的処置。
・吸収:すでに存在する炭素貯留量を増加させるために意図的にとられる処置
・代替:化石燃料やエネルギー集約的製品を再生可能な生物的生産物に置き換え、それによって化石燃料の燃焼から発生するCO2の排出を回避する行動。
 具体的には、2001年に公表した「IPCC第3次評価報告書」の第3作業部会報告書における緩和政策の章で、LULUCFの地球温暖化防止機能は「森林や農地用地、そしてその他陸上生態系システムは、大きな炭素緩和ポテンシャルを提供する。必ずしも恒久的なものではないが、炭素保全し隔離することは、他のオプションのさらなる開発や実施に時間の猶予を与える可能性がある。」と記載されている。
 またIPCCは、LULUCFが有するCO2の増加を緩和する機能を「生物的緩和」と呼び、「生物的緩和」対策を進めるために、次の3つの戦略を提示している。
1.既存の炭素プールの保全
2.炭素プールの規模拡大による(炭素の)隔離
3.持続可能に生産できる生物起源の製品への転換
 これらの戦略と前述の3つの方法と対比すると、保護が1、吸収が2、代替が3の戦略に該当する。
 さらにIPCCは別の戦略の例として、「緩和オプション」を示している。この中には「保全と隔離」と称する、より多くの炭素貯蔵を生むとともに、人為的・自然乱獲による炭素排出を限定する上で重要な働きをする方法として、作物、木材、持続可能な代替エネルギーを生産するために、土地を適切に管理することを挙げている。またこの方法を「原則的に無限に温暖化の緩和策として続けることが可能で、気候変動緩和の便益を増やせる可能性がある。適切に実施するなら、社会、経済、環境便益を得ることができる」と評価している。
 以上のように、森林を持続的に管理・運営し、環境に配慮しながら木材を適切に利用することで、地球温暖化の防止に貢献できることが、国際的な検討の場でも認められているわけである(小林 2004)。

森林の樹木現存量

 これまでに計測された世界各地の森林の樹木現存量(バイオマス)の平均値は、熱帯雨林で450 ton ha-1、熱帯季節林で350 ton ha-1、温帯常緑樹林で350 ton ha-1、温帯落葉樹林で300 ton ha-1、北方針針葉樹林で20 ton ha-1と、森林タイプによって大きく異なるとされる(ホイタッカー 1975)。これらの計測は、毎木調査により各樹木個体の樹高と胸高直径(DBH)を測定し、そこから地上部・地下部の重量を推定し、さらにリタートラップ法などにより推定した葉重量を加える「積み上げ法」によって行われたものである(依田 1971)。

森林のCO2固定能力=生態系純生産

 一定時間内に葉が光合成によって生産した有機物の総量が森林の生産量であり、これを総生産量という。植物自身も、生活に必要なエネルギーを得るため呼吸を行い、CO2を放出するから、光合成量と呼吸量の差が実際のCO2吸収量となる。生きた植物体の基本的なCO2収支は、光合成量と呼吸量の差である純生産量として表される(峠田 2000)。

 純生産量=総生産量(光合成量)-呼吸量

 純生産の構成要素である呼吸量、光合成量は、樹種、林齢、環境条件によって大きく変わる。光合成産物の呼吸への配分は若い林分では約50%を占め、現存量の増大と共に増大する。残りが樹体を構成するが、これを動物などに被食される量は相対的に極めて少なく、大部分は現存量の増分( =樹木の生長)となるか、あるいは枯死量へと変わる。森林の生長に関する一般的な仮説としては、若い生長しつつある林分では現存量の増分が大きいが、しだいに小さくなって、枯死量の割合が増えていくとされている(菊沢 1999)。
 森林の葉量は様々な条件によって変わるが、巨視的にみると生活系によって違う。日本の各種森林の葉量を比較すると、落葉広葉樹林、およびカラマツ林がもっとも少なく、約3 ton ha-1であり、スギ林でもっとも多く19.6 ton ha-1である(堤 1987)。
 葉による光合成生産物量である純生産量(速度)は、各森林の平均値で熱帯雨林が22ton ha-1yr-1、熱帯季節林が16 ton ha-1yr-1、温帯常緑樹林が13 ton ha-1yr-1、温帯落葉樹林が12ton ha-1yr-1、北方針針葉樹林が8 ton ha-1yr-1と実測されている(ホイタッカー 1975)。
森林生態系全体の炭素収支を考えてみると、収入は光合成生産、支出は生態系全体の呼吸量である。これは樹木と呼吸との土壌に蓄積された有機物の分解による呼吸量に分けられる。
 生態系純生産量=総生産量-生態系呼吸量
=総生産量-樹木呼吸量-土壌呼吸量
=総生産量-土壌呼吸量
 ただし、ここでの土壌呼吸量には、有機物の分解量の他に植物の根の呼吸量も含まれている。本当は根の呼吸量を差し引いた、有機物の分解による量を知りたいのだが、土から発生してくるCO2から根の呼吸量を分離するのは困難であり、研究のボトルネックになっている(菊沢 1999)。
 純生産量は植物の生産量(一次生産量)であり、大気中のCO2吸収量に相当する。しかし、CO2の長期貯留という観点からは1年間またはそれ以上の期間で収支を計算する必要がある。この期間には動物によって葉や幹が食べられ、人間によって収穫されてしまうなどの損失が生じる。また、各機関の寿命と生活のリズムによって、草本植物では植物体のほとんど全部、木本植物でも葉や枝の一部が毎年枯死する。このため、森林などの植物群落の生長量である現存量の式は以下のようになる。

 現存量の変化量※=純生産量-枯死脱落量-被食量
      ※通常、面積・期間当たりの乾燥重量で表される(ton ha-1yr-1)

 枯死量、被食量は森林の植物現存量を減少させるが、全体のCO2の収支の計算上は、直ちに放出とはならない。

森林樹木のCO2固定量の推定

 ある期間に森林樹木に吸収されたCO2量は、森林樹木の現存量の変化から求めるのが最も直接的である。日本の森林樹木の現存量は個別の林分ごとの台帳(森林調査簿)に森林のタイプや蓄積などが記入され、その集約によって統計的資料が作られている。現状では国家森林資源調査などの統計的な調査に基づいたデータがないので、森林調査簿の積み上げによる統計値によって計算をすることになる。

 CO2固定量の近似値=
    (期末現存量量-期首現存量)×現存量中のCO2換算係数

 しかし現在の森林調査簿の数値は定期的な毎木調査の結果ではなく、前述のような現存量の拡大係数を用いた推定であるため、数値の妥当性には大きな疑問が残る。
 日本の森林樹木のCO2固定量を、上記の手法により月平均気温10℃以上の月について集計すると、森林面積合計2527万haの合計は年間26414万ton ha-1yr-1、森林面積あたり10.5tonに相当する。しかしこの結果は、現存量の拡大係数を用いた推定であるため、妥当性は不明である。

森林のモニタリングの必要性

 森林のCO2の吸収、貯留を高めていくための方策を検討するには、貯留の長期的な動態に関するできるだけ正確な科学的情報を把握する必要がある。しかし、政策決定や国際交渉の場で用いられる数値資料は、科学的な根拠に乏しいものである。
 林野庁は、平成11年度から森林のモニタリングサイトを全国約1万6千か所に設定し、定期的な毎木調査などを行っている(藤森 2000)。

研究目的

 植物はCO2を吸収するので、栽培すれば地球温暖化を防止するのに役立つかもしれない。しかし、管理方法を間違えば、かえってCO2を放出してしまうかもしれない。たとえば森林では樹木がCO2を吸収するが、落葉・落枝(リター)などは微生物が分解してCO2を戻してしまうので全体としてCO2を吸収しているのか、放出しているのかは、測定してみないとわからない。
 日本は2005年2月16日に発行した京都議定書に基づき大幅なCO2の排出削減を行わなくてはならない。その削減方法の1つとして森林によるCO2の吸収があり、環境省はこれにより1990年と比較し3.6%の削減量を見込んでいる。しかしながら、そもそも日本の森林にどれだけのCO2の吸収量があるかが不明であるため、この数値が正確かどうかさえ今のところ不明であり、科学的に認められているわけではない。
 本研究では、平地雑木林における樹木の現存量を明らかにし、これに過去の研究結果を適用して生長速度を推定することにより、平地雑木林が有するCO2固定能力の長期的な動態をシミュレートすることを目的とした。
 鈴木(2010)は、毎木調査によってアドバンテスト・ビオトープの樹木現存量を算出し、ここから樹木のCO2固定速度を推定する方法を確立した。本研究ではこの手法を改良して、群馬大学荒牧キャンパス構内雑木林およびチノー・ビオトープ内のコナラ林の樹木現存量と樹木のCO2固定速度ををシミュレートする。


 


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